第60話 小人さんと蟲毒の呪法 ななつめ


「どうしたの、ハーヤ君」


「少し相談があって」


 ここは冒険者ギルド。


 珍しく一人でやってきた双子兄に、中の冒険者らは興味津々である。

 何しろ二人は初のクエストで大金星をあげた。

 さらにその後も討伐など、多くの功績をあげ、ついこの間、鉄級冒険者になったばかりだ。

 前代未聞の一桁歳鉄級冒険者。

 この先が楽しみな子供らに、無関心であれと言う方が無理だろう。

 

 しかし、深刻そうな千早の様子に軽く眼をすがめ、ギルマスは二階を顎で示す。


「ギルマスの執務室へいきましょうか。果実水くらいは出すわよ」


 真っ赤な口紅をひいた唇に、にっと弧を描き、人好きする笑みでギルマスは千早を見た。


 途端に、お耳ダンボだった冒険者らが落胆の声をあげる。

 それに首をかしげ、千早はギルマスに手をひかれて二階へ上がっていった。




「それで? 相談って何かしら?」


 出された果実水のカップを両手で持ちながら、千早は何度も唇を舐めて、落ち着かない様子でギルマスを見上げる。


「そのっ、絶対、誰にも秘密にしていただけますか?」


 子供の秘密。これは重大だ。

 通常でも子供の秘密は、非常に深い悩みである。

 大人から見れば大したことじゃなくとも、当の本人にとっては人生を左右するような一大事が多い。


 ましてや、この双子の片割れだ。なんの相談なのか、胸がドキドキする。


「オーケイ、誰にも言わないわ」


 微笑むギルマスに、ぱあっと顔を明るくさせ、千早は自分の身に起きた事を話す。





 .....聞かなきゃ良かった。


 好奇心が猫を殺すとか言った詩人は誰だったかしらね。

 ホント、その通りだわ。


「頭の中に誰かがいて、坊やの身体をのっとり、小人さんを狙ってる? 穏やかじゃないわね」


「そうなんです。僕の身体を寄越せって..... 怖くて。でも、周りに知られたら、きっとヒーロと離される。それは、絶対に嫌なんです」


 顔をくしゃりと歪め、必死に涙をこらえる千早。


 足で頬杖をつき、ふーむと考え込んだギルマスは、そこに至った経緯も尋ねる。

 どこかに鍵があるかもしれない。

 千早は、辿々しく、今回の巡礼の切っ掛けになったマルチェロ王子の手紙の事から話し出した。


 そして再び頭を抱えるギルマス。


 精霊復活? で、あちらにもクイーンの森と同じ罠があり? さらには古代遺産と思われる魔術道具と文献っ?!


 知るんじゃなかった。


 絶句するギルマスを、すがるように見つめる千早。


 この坊っちゃんは、自分が何を口にしたのか分かっていない。

 その一つ一つが国家機密規模であり、一介のギルマスが知って良い情報でない事にも。

 ただただ妹の傍にいたい。それだけなのだ。


 細く長い溜め息をつき、ギルマスは千早を見つめた。


「その話によると、黒紫の魔力結晶が鍵のようね。それに近づかなければ、たぶん大丈夫なんじゃないかしら?」


 それと精霊。


 みんなが復活を喜んでいるらしいが、そういった関連に疎いギルマスは、素直に喜べない。

 何故なら、そこから千早の情緒が崩壊している気がするからだ。

 双子が冒険者登録に来た時。クエストを終えて報告に来た時。

 彼らに違和感はなかった。いつも通りの微笑ましい兄妹だった。


 なのに、ほんの半年もせぬうちに千早は変わったのだ。


 その謎の誰かが言う、千早が小人さんに持つ邪な感情。

 その片鱗を、確かにギルマスも感じる。

 これも以前にはなかったモノだ。事が急速に変わりすぎていた。


 こういうときは、おしなべて某かの関与が有るモノである。


「ねぇ? サラマンダーだっけ? 見せてくれる?」


「うん」


 千早が指を閃かすと、そこに二体の精霊が現れた。

 軽く瞠目し、ギルマスは炯眼に眼をすがめる。


「ねぇ? 貴方達、千早君の味方なのよね?」


『きゃうっ』


『ほうっ!』


 元気に返事をするトカゲとノーム。


「千早君が絶対よね? それ以上の存在はいないわよね?」


『『..........』』


 押し黙る二匹。


 ついっとギルマスの柳眉が跳ね上がった。


 こいつらは何かを隠している。そう直感する。

 彼らにとって、契約者は絶対なはずだ。姿を見なくなって久しくも、そういった文献はそこかしこに残っていた。

 ギルマスも例に漏れず、魔術や呪術などの文献には眼を通している。

 その彼らが絶対ではないと答えたのだ。沈黙は肯定。

 疑問系で聞いたにも関わらず、返事をしないというのは、そうではないという意思表示。


 ここで突き詰めると千早が訝るだろう。


「千早君と仲良くしてね。私の大事な子供達なの」


 微笑むギルマスに大きく返事をして、二体の精霊は煙のように消えた。


 精霊。黒紫の魔力結晶。千早に棲む何者か。


 しばし天を仰ぎ、ギルマスは口を開く。


「情報が少なすぎるわね。これから色々判明するでしょうけど。ハーヤ」


 びくっと千早が身体を震わす。


「貴方は、そのままで良くてよ? まだ何も起きてはいない。むしろ、貴方が被害者じゃないの。そんな正体も分からない奴の言動に踊らされる事はないわ」


 千早の眼が限界まで見開き、大きな瞳を戦慄かせた。


「私は今までの貴方達を知っている。貴方がどれだけ妹を愛して大切にしていたか知っている。そこに邪なモノなんて感じた事はないわ。大丈夫」


「.....うんっ」


 大粒の涙をポロポロと溢し、千早は泣きながら太郎君と王宮へ戻っていく。


 それを見送りつつ、ギルマスは大仰に溜め息をついた。


「居るんでしょ? 今のが全部みたいよ?」


 ギルマスの声に反応し、ゆらりと部屋の隅の影が傾いだ。


『お気づきか』


「分かるわよ。伊達にギルマスやってないわ」


『彼の子供への心遣い、感謝する』


「どういたしまして。彼には秘密にね。大事にしてあげて?」


 小さく頷くと、傾いだ影は何事もなかったかのように静かになった。


 王宮の暗部か。まだまだ甘いわね、千早ちゃん。


 くふりと口角を上げて、ギルマスは書庫に向かう。

 有象無象の書籍の中に、今を打破する情報があるかもしれない。

 小さな仲間を救うため、ギルマスを筆頭とした冒険者達が動き出す。





「それで?」


 ここは王宮、いつものロメールの執務室で、複数の人々から多くの情報が寄せられていた。


「彼の身の内にいる誰かとやらが問題です。何者でしょう?」


「それより、御令嬢だろうっ! 何か起きてからでは遅いっ、早急に兄君と引き離さねば」


「それをして暴走でもさせる気ですか? あの並々ならぬ執着を、誰が宥めるのです?」


 雁首揃えて捲し立てるのは、毎度お馴染みハロルド騎士団長と、近衛騎士団長。そして、普段は滅多に表に現れない暗部の総括。


 暗部からの報告を聞いたロメールが近衛騎士団長をも呼び出したのだ。


「正直ね。静観するしかないんだよね。ギルマスの弁じゃないが、確かに情報が少なすぎる」


 ギルドでの一件は、少なからぬ衝撃をロメールに与えた。

 ロメールは千早に信頼されていると思っていた。複雑なアレコレはあれど、少なくとも頼りにはされていると。


 なのに、このていたらくだ。涙も出やしない。


 千早の気持ちは分かる。周りに知られたら、妹と引き離されるとの不安があったのだろう。

 しかし、自分がそのように愚昧に彼等を扱うと思われたのが心外だった。


 しばし沈痛な面持ちで宙を見つめ、ロメールは指を閃かせた。


 ぽんっと現れる彼の精霊達。

 周囲の驚きを余所に、ロメールは自分の精霊達に問いかける。


「そなたらにとって、私は絶対の契約者か?」


『『..........』』


 押し黙る精霊達。


 残されていた文献には、精霊にとって契約者が絶対と記されていたため、ロメールもあえて聞いた事はなかった。

 精霊と言葉は交わせない。意志疎通が精々だ。

 なのでロメールは答えに近づくよう誘導する。


「そなたらには、他に絶対者がいるのか?」


『『..........』』


 返事がない。否定か肯定か。通常ならば、沈黙は肯定だ。


「それは神々か?」


 ふと二体の雰囲気が変わる。不思議そうな顔でロメールを見上げていた。

 二体を訝かりつつも、ロメールは質問を変える。


「他に絶対者がいるとして、そなたらは逆らう事が可能か?」


『.....きゅぅっ』


『..........』


 反応が分かれた。


 サラマンダーは消極的ではあるが、逆らう気があるような反応だ。


 一体どういう事なのか。


 精霊達には契約者とは別の絶対者がいる。これが神々であるというなら話は分かるのだが、その質問に、疑問顔を返してきた。


 わからない。


 頭を抱えたロメールだが、周囲と話し合った結果、王宮はロメールの指示通り静観の構えを取ることになる。


 じわじわと掘られる足元の陥穽に、今の彼等は気付いていない。

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