第147話 御先と御遣い ここのつめ


「ラーナ! ドーナルっ!」


 テケテケ駈けていく小人さん。その先には蠍と蟻地獄のコンビが子供らにかこまれて日向ぼっこをしていた。


《おや、お久しゅう》


《よう来たな。揉め事か?》


「なーんでアタシが来たら揉め事としか思いつかないのかなっ?」


 ぷーっと膨れる小人さんを柔らかく眺め、その頭をそっと撫でる巨大蠍様。


 いや、撫でるのは構わないんだけど、尻尾を使うな、尻尾を。毒あるんじゃないの?


 じっとりと半開きな眼を据わらせつつ、小人さんはピョインと蠍の背中に飛び乗った。


 あ、あったかい。良いなコレ。


 今は夏も終わりに近いが、最北部間際に位置するドナウティルでは既に秋の気候だ。夜にはかなり冷え込むので、この温さが嬉しい。

 ぬくぬくと背中に張り付く小人さんに首を傾げて、巨大蠍のラーナが声をかけた。


《揉め事でないなら観光か? 何か用があるんじゃねぇの?》


 小人さんとともにやって来た千早とドルフェンらを見渡して蟻地獄のドーナルが口を挟む。


《我の事だろう。このままで良いよ》


「やっぱ、そう? 何でか聞いてもい?」


 カストラートの森以外の主らは、全てレギオンと命運を共にする気らしい。

 小人さんの質問にしばし思案し、ドーナルはとつとつと言葉を紡いだ。


《.....カストラートの御仁や、わしとブレッド、トリガーとレギオン様。これまで五つの闇魔結晶を回収し、オルガの金色の魔結晶も回ったな? .....ひとつ足らぬと思わなんだか?》


 その言葉にチェーザレが眉を上げる。


『確かに。我が最初に感じた魔結晶の数は七つだった。カストラートの小わっぱが魔結晶を量産していたので誤差かと思うたが』


 千早の中にいるチェーザレがドーナルを厳めしく見た。それに頷き、ドーナルも切なげな眼差しでチェーザレを見る。


《誤差ではござらん。もうひとつ魔結晶があるのです、主様》


『だが、記憶は全て戻っておるぞ? たぶん。神としての力も。他に何があると?』


《申せませぬ。それを伝えたら、最後の魔結晶は色を失ってしまうのです。ゆえに.....》


 そこまで口にして、ドーナルは遠くに眼を馳せる。


《.....我らは最後まで主様と共に》


 訝しげな顔をドーナルに向けながら、チェーザレは小人さんに視線を振った。千尋にも意味は分からないが、確かに向かうべき場所はもうひとつある。


「水の魔力循環装置かな?」


 魔力循環装置があると言うことは、その下に魔結晶がある可能性も高い。訪れていない場所はソコだけだった。

 キルファン帝国の大陸が失われた今、海に潜れば行けないことはないだろう。


「カエル達の守護があれば問題ないしね。海蛇らに頼めば水先案内もしてもらえるし、この後、行ってみようか」


 むんっと仁王立ちする小人さんを見て、慌ててドルフェンが付け加える。


「少々御待ちをっ! キチンと王弟殿下に報告をし、準備を整えてからが宜しいかと。もう秋に入ります。芸術劇場のしたくも始めねばなりません」


 あっ、と口をあけて呆ける小人さん。


 そうだった、秋にアルカディア初の演劇が開催されるのだ。芸術劇場の名に恥じぬよう、一階ホールを絵画や彫刻等の展示場にする予定だし、カフェやレストランも併設の予定だ。

 周辺に植えた木々や花の調整も必要だし、ライトアップ用の魔術具の選別もあるんだった。

 他にも劇場周辺の庭園に出店する屋台の申請や警備に雇う冒険者と兵士らの調整など、やる事が山積みな秋である。


「うわぁ..... 一日七十二時間欲しい」


 タラリと冷や汗を流す小人さんに、苦笑を隠せぬ小人隊。

 あわあわと狼狽えてドナウティル王都へと翔ていく蜜蜂馬車を見送り、ドーナルは静かに俯いた。


《.....最後の一瞬まで。主様と共に》


《あのさぁ? アイツが望むかね、それ?》


 睦まじく寄り添う双子の姿がドーナルの瞼に浮かぶ。

 まんざらでも無さそうにはにかんだ笑顔のチェーザレ。あの幸せを続けさせるためにも、レギオンの御遣い達は止まる訳にはいかない。


《屍同然だった主様の過去を思えば..... 今世は必ず幸せにして差し上げたいのだ》


 遠く小さな点になった馬車。その中で笑っているだろう元少年神。


 うわ言のように呟くドーナルを、ただ見守るしかないラーナてある。




「もう立つのか? もっと居たら良いのにっ!」


 目的だった魔術機関の確認と森来訪を済ませ、小人さんはそそくさと帰りの準備を始めた。

 贈り物に持ってきた御菓子や蜂蜜、蜜蝋や魔術具のための魔法石。これらを届ける理由でドナウティル王都にも寄ったに過ぎない小人さん。


「まあ、今度はフロンティアで逢おう? 招待してあるっしょ? フロンティア芸術劇場のオープンにさ。待ってるからね♪」


 そう。多くの国々に御披露目し、演劇の概念を広めたい千尋は、回ってきた辺境の国々にも招待状を置いてきていた。

 蜜蜂馬車の送り迎えつきで、芸術劇場オープンから一週間。各国の王侯貴族を迎える予定である。

 それぞれの国同士が馬車で三週間から一ヶ月ちょいな距離のあるアルカディアだ。通常であれば招待も至難の業。

 留学などの長期滞在の目的でもなくば、おいそれとやっては来られない。

 その問題を解決したのが蜜蜂馬車。空を行くコレが、最北端のスーキャラバ王国からでも一週間ほどで招待客を届けてくれる。

 今や馬車の内部は一軒家並みだ。十や二十の人々を乗せても何ともない。随員に魔術師を同伴させれば荷物も最小で済むし、至れり尽くせりなのである。


 にししっと笑う小人さんを複雑な顔で見つめ、やや膨れっ面なマーロウ。


 そんな彼を横目に、小人さん達は帰還する。




「絶対に行くからっ! 早めに迎えに来いよなっ!!」


 飛び立つ馬車に叫ぶマーロウの頭を、ガシッとマサハドの指が掴んだ。


「ならば、しっかりと仕事を片付けてゆけよ? 進み具合しだいで滞在日程を決めるからな?」


 黒い笑みを張り付け、ギリギリと指に力を込める兄を涙目で睨み、いててて、いててと呟くマーロウ。

 そんな二人を眺めつつ、苦笑する小人さん。


 二年前の騒動を思えば、信じられない光景である。


 良かったねぇ、マーロウ。


 わちゃわちゃやらかす二人の仲裁に、慌ててディーバダッタが入った辺りで蜜蜂馬車の速度が乗り、一気に大空へと駆け出していく。


 やることは山積みなれど、楽しい悩みだ。


 やるぞーっ! アルカディア初の演劇、アルカディア初の演劇兼美術館の芸術劇場。一般に公開されるのも初めてらしいし、世界の度肝を抜いてやろうっと♪


 中央区域の国々にもロメールが打診を入れていたし、結構色好い返事があったと聞く。


「んふふふ、あーっ、楽しみだねぇっ!」


 ぴょんぴょん跳ね回る小人さんの頭の中は、芸術劇場の事で一杯だった。

 もはや、水の魔力循環装置の件は欠片も残っていない。


 後日、祭りを堪能した小人さんがソレを思い出した時には季節が変わり、いくらフロンティアが南方とはいえ、とても海に潜れる季節ではなくなっていた。


「あーーーーいぃぃぃっっ!」


「後悔先に立たずだね」


 やや呆れ気味な千早に生温く見守られるのも御愛嬌。


 こうして新年を迎え、ウィルフェの婚礼や新学期と立て続けのお祭りに巻き込まれ、否応なく最後の巡礼が後回しになる小人さんだった。


「どうして、こうなったぁぁーっ!」


 毎度お馴染みなフレーズを叫ぶ未来を、今は知らない小人さんである♪

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