第148話 御先と御遣い とおっ


《.....夢のようだの》


 金色の環が完成し、世界に祝福が響き渡る。荘厳な光が厚い雲間から伸びて、ある数ヵ所を指し示した。

 それはフロンティアと、クラウディア、そしてドナウティルを照らし、すうっと消えていく。


《.....今世も我は選ばれなんだか》


 レギオンは妙なる調に耳を擽らせながら、悄然と肩を丸めた。


《.....ならば裏・を》


 鬼のレギオンの双眸がうっすらと光り、剣呑な光芒を波打たせる。

 周囲の小鬼達の瞳も不穏に輝き、仄かな赤みがさしていた。

 一種異様な雰囲気を醸すフラウワーズ辺境の森。この異変に、今はまだ誰も気づいていない。




「建物は完成したよね? 美術品の搬入は? それを警備するための人員は確保出来てる?」


 巡礼から帰還して二日。しばしの休息を経て、小人さんは芸術劇場オープンに向けて走り出した。


「庭園を造った造園師らはどうしてる? 秋の庭は順調? トラブルはない?」


 土地を決めてから二年。四季折々の自然や花々を観賞出来るよう、すでに何度も試行錯誤で庭園は造られている。

 芸術劇場を中心に四方へ大通りをひき、さらに大きな外周を回る道を造り、所々に広場やテーマをもった場所を用意した。

 見渡す限りの広い庭が劇場劇場の周辺を彩っているのだ。


「庭園は樹木専門の庭師を五名。内四人に四方の区画をそれぞれ管理してもらい、その部下らと四季の郷を造ってもらっております」


「残る一人は?」


「全体のバランスを管理する者です。何処にも属さず、庭園全体に眼を配っております」


 なるほど、監修か。


 小人さんは頷き、劇場劇場周辺の地図を見ながら、庭園外周を確認する。


「この五つの広場では何をやる予定?」


 劇場劇場外周に用意された五つの広場。ここは四季のテーマをもった造園が予定されている。


「今回は各国の庭をテーマにしております。キルファン、ドナウティル、フラウワーズ、カストラート、残る一つに各国の屋台モノを集めてみました」


 近場で親しい国の協力を得て行われたらしい。庭園は一般にも解放されるので、親しみやすい屋台を集めたのだそうだ。

 そして説明していた文官は、思い出したかのように、小人さんへおずおずと聞いてきた。


「芸術劇場一階ホールへ集められた美術品も..... 無料で一般公開されるとの予定ですが。.....本気で?」


 一階には一般から募集した美術品が並ぶ予定で、さらに二階には専門家による美術品、三階には専門家の宝飾品が並べられる。

 一階は公開と同時に販売も考えられており、各ブースには腕に覚えのある職人達による販売用の装飾品や美術品、艶やかに彩られた生活用品なども並ぶ。


「これ、文具や食器とかカトラリーとか。美術品以外にもかなりスペースをとっておられますが、何故?」


 疑問顔な文官にほくそ笑み、小人さんは説明した。


「なら、なんで王宮では食器を飾り棚に飾るのかなぁ?」


 そう、一般家庭でも裕福な家は飾り棚に食器を飾る。普段使いにはせず、ここぞという時用の、とっておきなもてなし道具だ。


「.....それは。磁器は高価な物です。おいそれと置けるモノではありませんし、万一がないように管理されます」


「それって、美術品や宝飾品と何処がちがうの?」


 文官は、はっと顔を上げた。


 食器こそが何より身近な芸術品。毎日を彩る細やかな贅沢に相応しい品である。

 一般に解放される予定の一階は、そういった庶民にも手の届く品々を置きたいのだ。

 見た目で高価だと分かる宝飾品より、絵や細工でガラリと雰囲気の変わる食器や文具。それぞれの好みや嗜好が反映される生活用品こそが、芸術品の名を頂くに相応しいだろう。


「なるほど。平民にも手の届く芸術品ですか」


 得心顔で頷く文官。


 庭園外周の外にも各区画を用意し、一般の露店に解放する予定だし、多くの人々が集まる憩いの場所にしたい小人さんだった。


 ほんと、土地だけは有り余ってるアルカディアに感謝だわ。


 こうしたテーマパークで一番難問とされるのが建設場所だ。それが、そこここに転がっているアルカディア。

 学園都市の横の土地を使えたのも大きい。

 少なくとも学園都市に住む人々で、それなりの集客は見込めるからだ。逆に学園都市を見学したい人々が芸術劇場周辺の旅館を使い、相乗効果で御互いを賑わわせるだろう。


 それを期待して隣り合わせに造られた芸術劇場。満を持しての御披露目のため、そこらじゅうを駆け回る小人さんだった。




「旅館の方はどう? 借り切り式な露天風呂とか、数はダイジョブ?」


「はい、各階に七つずつ。時間をずらして使えば、十分かと」


 小人さん達がキルファンで泊まった宿屋を参考に造られた旅館。各国の貴族用の物と、庶民用の物を各二棟。

 庶民用の棟には大浴場を造ったが、貴族には使えない。肌を見せることを、はしたないと感じるアルカディアの御婦人ら。特に貴族階級は個室の風呂が絶対に必要なのである。

 だがせっかくの旅先で、あのせせこましい猫足風呂では味気ない。

 そういう小人さんの主導により、芸術劇場と庭園を一望出来る露天風呂が考案された。魔法を使えば毎回のお湯張りも簡単なフロンティアならではのサービスである。

 下からは見えぬよう工夫され、御婦人方が安心して利用出来るプライベートな空間。

 一階から段々に設計し、星空を仰げる露天風呂。出来上がっている浴場を見学して、小人さんは、ぐぬぬぬっと奥歯を噛み締めた。


 アタシが巡礼した時に、コレがあればなぁ。


 各国を回ったにも関わらず、旅気分を堪能する余裕の無かった小人さん。その鬱憤を晴らすかのように、あれもこれもと旅館に詰め込んだ小人さんである。

 選べる寝間着で浴衣も用意してあるし、使い回しレンタルと新品買い取り式が選べたりなど、これでもかと小人さんの夢が反映していた。


 そんなこんなで、あっちこっちを飛び回り、満足のいく出来に安堵しつつ小人さんはワクワクを止められない。


 楽しみだなぁ。ほんっと、ようやくここまで来れたよね、うん。


 一から始めねばならなかった演劇事業。芸術品や美術品を展示する美術館というモノも、アルカディアには存在しない。

 そういった高価なモノは個人が注文して所有するモノなのだ。

 絵の具なども、原料に鉱石を使うものが多く高価で、とても庶民に手を出せるモノではない。さらに絵画ともなれば、原材料だけで途方もない金額である。

 裕福な者にしか描くことは出来ず、自ずとその門も狭められていた。


 しかし、それを憂いていた小人さん。


 過去に冒険者をやっていた時、染め物用の虫の依頼を受けて思い付いた染色事業。

 その結果出来上がった、植物由来による絵の具達。その御披露目も目論んでいる小人さん。

 土地の有り余るアルカディアでは、栽培方法さえ確立されれば量産は容易い。

 密かに行わせていた染料の開発にも目処がたち、さらにはソレを画材になるまで研究させたのだ。


 にししっ、絵師も確保済みだし、もう作品も出来上がってるしね。皆の驚く顔が眼に浮かぶにょ♪


 そんなこんなで各場所を確認して、ようよう屋敷に戻った小人さんを出迎えてくれた家に、何故かメルダがいる。


《お帰りなさいませ。金色の環の成就、おめでとうございます》


「は?」


 深々と頭を下げるメルダに、真ん丸目玉な小人さん。

 聞けばメルダらは例の共鳴を聞いたという。


《雲間から光が伸びて、それはもう美しゅうございました》


 とろんと複眼まで蕩けたメルダの笑顔に絶句する小人さん。


 どうやら、小人さんがサファードらに召喚された時に共鳴が起きていたらしい。オルガと盟約した瞬間だろう。


 地下にいた&サファードに召喚されたアレコレで小人さんには分からなかったのだ。どうやらその音は地下にまでは届かないようだった。


 にゃあぁぁぁーーーっ!! 数百年に一回のイベントを見逃すなんてぇぇーーーっ!!


 あまりの事に呆然となる小人さん。


 この後、巡礼に関しての細かい色々を、後の金色の王のために書き記す小人さんだが、時に既に遅し。

 最後の金色の王となる少女が書いたソレを目にする新たな者はいない。


 眼を血走らせて筆を叩きつける未来の小人さんに合掌♪



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