第149話 芸術劇場と小人さん


「うわあああぁぁっ!」


 眼を煌めかせて駆け回る子供達。


 秋も深まり、昼夜の気温差が肌で感じられるようになった頃。芸術劇場外周の一般公開がされた。

 高い柵に囲まれた庭園の外側にも簡易的な庭が広がり、野生種に近い植物が植えられ森が構築されている。地球で言う森林公園だ。もちろん、森を形成したのは小人さん。

 計算して植えられた森は陽当たりも良く、敷き詰められた石畳の道に明るい影をちりばめていた。

 外周柵を背にして立ち並ぶ、数々の屋台や露店商。飲食スペースとしてベンチがいたる所にあり、ゴミ箱も設置されている。

 初めての御披露目された森林公園に、訪れた人々は興味津々だった。


「これは野苺ではなくて? もう夏も終わるのに珍しいこと」


「あれは栗ですか?」


「違うわ、ドングリじゃないかしら? ほら、帽子もついているわ」


 きゃあきゃあと賑やかな貴族学院の子供らや先生達。引率すべき教師もが子供同様、好奇心に眼を輝かせている。


「はーい、注目ーっ! これから秋の植物採集キットを御配りします。並んでねー」


 芸術劇場専任の学術員が片手に振って見せたのは二十センチ四方の紙箱。厚さは三センチほどのソレには色々な備品が詰められていた。

 パラフィン紙のように薄く透ける紙が十五枚。小さなネジのついた金具が十個。あとは革紐と麻糸が二メートルずつ。

 そして小さな携帯用ハサミとナイフのセットである。


「これは、こうして..... ほら、キレイに保存出来るでしょう?」


 学術員は紅葉で赤や黄色に染まった落ち葉を拾い、パラフィン紙に挟んで見せた。


「こっちは、こうして..... ね? チャームが作れます」


 金具をドングリに捻りながら差し込み、その金具へ紐を通し、首に下げる学術員。

 おおおーっとどよめく子供らの中に教師が混じっていたのも御愛嬌。

 大きな葉っぱにハサミで切れ込みや穴を作り、紐をつけてお面にしたり、細い枝をさらに細くナイフで削って、やじろべえを作ったりと色々な遊びを学術員達が実演し、子供達から歓声を受けている。


「本来、このセットは有料なのですが、今日の御披露目に国王陛下が無料配布してくださいました。皆さん楽しんでいってくださいね。.....ちなみに、大人は有料です」


 ほうほうと呟きながら、秋のお楽しみセットを手にしていた教師らが、ぎくりと肩を震わせた。

 これも小人さんの発案だ。四季折々を楽しめる採集セット。とっかかりは何でも良い。多くの楽しみを自ら発見してほしい。

 森には宝物が山ほどある。本当の深い森は危険が一杯だが、こうして安全な森で遊び方や歩き方を学んで欲しいと思う。


 そして森を忌避せず、尊重し、正しいつきあい方を知ってもらいたい。


 森は良いことばかりではない。危険な生き物や植物もある。そういった事に興味を抱き、慎重に学んで行けるよう、小人さんは近々図書館も建てる予定だ。

 幸いな事に、フロンティアには平民にも無料で通える学習院がある。洗礼を終えた子供らには通う義務があった。

 地球で言う義務教育と似たような形式的で、これには小人さんも最初驚いていた。


「人材育成は大切だよ?」


 しれっと述べたロメールに頷くしかない小人さん。

 でもまあ、実際は二年か三年ほどしか通わない子供が多いとか。

 十歳にもなれば子供も重要な働き手だ。長時間子供らを拘束される学校へ通うのに、親が良い顔をしなくなるらしい。


 .....世知辛いにょん。


 そうして結局は裕福な子供らしか通わず、学歴に差が出来てしまうのだ。


 読み書きと釣り銭の計算が出来たら十分だという労働階級の庶民達には、倫理で諭せない越えがたい感情の壁が存在する。

 比較的裕福なフロンティアですらこうなのだから、他の国々は御察しである。


 他国では識字率など庶民にはない。あっても特権階級な役人らぐらいで、ほとんどの知識を貴族階級が独占している。


 ドナウティルから引き取った民達に、基本的な文字や計算を教えたのも懐かしい思い出。それがないとフロンティアでは暮らしてゆけない事実に、罪人として追放された元ドナウティル貴族達は驚いていたが。

 まあ、そうは言っても前述したように学問より労働優先な庶民の知識はしれており、十進法すらあやふやな程度。

 アルカディアの数字が文字数字なことも禍し、未だに計算が困難である事も否めない。


 .....入れちゃうかぁ? アラビア数字。


 思わず眼を据わらせて、ゼロが恋しくなる小人さんである。ゼロひとつで、ほぼ計算に関しての煩わしさはなくなるだろう。

 これはジョルジェ家とキルファンだけの秘密になっていた。


 数学の概念もないところにアラビア数字をぶっ込んでも大丈夫か分からないしなぁ。ほんと、ゼロを見つけた羊飼いは偉大だね。


 悶々と悩みの尽きない小人さん。


 そんな千尋を余所に、貴族学院や王都の人々で賑わいながら、初の森林公園御披露目は穏やかに終わりを迎えた。




「凄かったねーっ! 食べ物も美味しかったし、硝子細工や銀細工とか珍しい露店商もでてて」


 興奮気味に捲し立てる千早は、風変わりな絵描きに似顔絵を描いてもらって御満悦である。

 芸術劇場の名前に惹かれたのか、様々な絵描きや絵画や彫刻の露店売りなど、一般公開の場所なのに、他では見ない珍しいモノが扱われていた。

 石材や木彫りで造られた色々なモチーフ。定番の動植物から伝説の魔物まで。古今東西のアレコレが並ぶ露店は、見ているだけでも楽しい。

 中には灰皿や文鎮など実用的なモノもあり、大人達の眼を引いていた。

 立て掛けられた色々な絵も、それを囲う額縁の方に人気があったりと、思わぬ光景を目にしたりもする。


「絵はいらないから、その分まけろっ!」


「俺は絵を売ってるんだよっ!」


 涙目で叫ぶ店主。


 だよねー。


 思わず苦笑いしか浮かばない小人さんである。


 芸術劇場外周柵の外は森林公園だ。露店商も自由出店となっている。出店数に制限があるため予約制。すでに半年先まで予約が埋まっていると聞き、眼が点になった小人さんだった。


 こうして何度も公開を重ね、人々が森林公園に慣れたころ、ようやく芸術劇場外周柵内側も公開となる。


 外の森林公園と違い、設えられた見事な庭園に人々は眼を見張った。感嘆の溜め息がそこここに零れ、知らず知らず緊張した空気が張りつめる。


 その様子に、一人ほくそ笑む小人さん。


 他国と違い、比較的キレイな庭園や花々に慣れ親しんでいるフロンティア王都の人々や貴族らを驚かせられたのなら大成功だろう。


 ふっふっふっと肩を揺らす小人さんを、呆れたような眼差しで見つめるロメール他大勢だった。


「アレどうする?」


「ほっとくしかないでしょ?」


 千早の呟きに、しれっと宣うロメール。


「まあ、分からないでもありませんが。見事なモノですし」


「御菓子のお城にも欲しいな..... アレとか」


 ドルフェンの感嘆に、ザックが他愛もなさげな声をあげた。


「あの子は、また.....」


「いや、でも良く出来ているじゃないか」


「料理長、自分だけ狡いっしょ」


 困惑げな桜と嬉しげに眼を輝かせるドラゴの間で、思わずアドリスが眼を据わらせる。


「チィヒーロ様ですから」


「ねぇ?」


「.....なんと御立派になって」


 微笑み合うヒュリアとサーシャ。ナーヤに至っては感無量で涙しか出ないらしい。


 それぞれが思うところを口にした芸術劇場庭園も完成し、本館オープンの矢先に何かが起きるのは、もはや小人さんの運命としか言いようがない。


 各国へ飛ばした蜜蜂馬車。


 それらが、殆ど空で戻ってきたのだ。特定の親しい国を除いて。


「.....どゆこと?」


 カストラート、フラウワーズ、ドナウティル。この三つ以外は誰も乗っていない。


 空の馬車を覗き込みながら問いかける小人さんに、各馬車へ同乗していた魔術師達が言い辛そうに説明をした。


「その..... フロンティアの芸術劇場や魔物馬車の理屈が分からないと」


「は?」


 思わず首を傾げる小人さん。魔術師らの話の要点をかいつまんだところ、美術品を展示するとか、そのための建物とかが理解出来ないらしい。

 もちろん演劇がどうとかも。さらには魔物によって空を飛ぶなど言語道断。そんな危ない物を寄越す国を信用出来るかっ、との事らしい。


 各国の返事は、陸路で行くから待ってろとの事。


 その内容を小人さんが理解した途端、ざーっと下がる周囲の気温。


「.....へぇぇぇ。あらぁ。そうなのぉ」


 満面の笑顔を彩る極寒のブリザード。雪の結晶が舞い散って見えるのは恐怖から来る幻覚だろうか。


「なら良いわぁ。御手紙だけ届けてきてくださるぅ?」


 舌っ足らずな可愛らしい声なのに、何故かツキンとしたトゲが突き刺さる気がする魔術師達。

 幸い芸術劇場一階には販売用の文具が豊富に用意されていた。それを一式購入し、小人さんはサラサラと便箋に一筆入れ、次々に封をする。


「これを届けてくださいませ。どうせ、出発まで時間をかけるだろうし」


 にっこり笑って差し出された封筒を受け取り、空の馬車に再び乗り込んだ魔術師達は、それぞれの管轄の国へとすっ翔んでいった。


「馬鹿にすんのも大概にせぇよ」


 半目で空をやぶ睨みする小人さんから放たれる冷気は半端なく、誰も声をかける勇気がない。


 しかし後日、手紙の中身を知ったロメールは、止めておくんだったと机に突っ伏した。


 各国へ送られた手紙の中身は招待状のキャンセル。


 意味不明な催しに御誘いして申し訳ありませんでした。魔物馬車のモノノケは森の主の一族。フロンティアの最大級の歓迎でしたがお気に召さなかったとか。これ以上の歓待は不可能でございます。なので今回のご招待は流してくださいませ。また、新たに今回以上の歓待が出来るようになれば、あらためて御招待いたす所存にございます。


 体の良い三行半。今より良いもてなしが出来るようになるまで招待しない。つまり、来るんじゃねぇぞ? の裏返しである。


 これから魔力と魔法の復活するアルカディアで魔法国家フロンティアの協力を得られない。各国は喉元に槍を突き付けられたようなモノだった。


 前代未聞な建物や催しなのだ。訝しみ警戒されるのは当たり前。モノノケが危険視されるのも当然である。


 だが、馬車を空で返すのは悪手だった。


 国家としての虚勢もあるだろう。弱味を見せないようにとのマウント行為の意味もあったに違いない。

 しかし、せめて、外交の一人くらいは乗せて返すべきだったのだ。緩衝材として説明出来る誰かを。

 孤立して独立立地なアルカディアの国々には隣国という概念がない。当然、外交にも疎い。疎遠になっても困る国がないからだ。

 結果、通常運行で傲慢さを発揮した各国は、フロンティアと親しくなる千載一遇のチャンスを棒に振ったのである。


 他国と親しくなくても困らないのはフロンティアも同じなのに。


 それを各国が理解するのは、遠い未来ではない。そして終わった事は忘れる小人さんの性格を知る、少数の国々で起きた阿鼻叫喚。


 


「だから言ったであろうがっ! あの御仁は容赦しないとっ!! もう良いっ! 私がゆくっ! 魔術師殿よ、このまま乗せてくれっ!!」


 必死に止める臣下達を振り切り、馬車へと乗り込むのはスーキャラバ王国のサリーム王太子。

 本人は行く気満々だったのだが、周りに止められ、先回りされ、招待に応じ損ねていた。王も臣下らに焚き付けられ優柔不断になっていたようだ。


 サリームがギャアギャアやらかしていたころ、別な国でも一悶着起きている。




「魔物の馬車など危険だろうがっ! 高価な美術品を飾る屋敷だと? そんな馬鹿なモノを建てる訳がないっ! 騙されておるのが分からないのかっ!」


 声高に叫ぶのはヴィンセント。なんと、この男、侯爵家の外交権限を使いフロンティアからの迎えの馬車を勝手に追い返していたらしい。

 招待に応じる予定だった女王とメグ王女は御立腹。侯爵や女王に散々絞られ、騎士らに拘束されて連れ出される最後まで、ずっと彼は喚いていた。


「.....愚息が、とんでもない事をいたしまして、謝罪の言葉もございません」


 傅く侯爵を辛辣に見据え、女王は吐き捨てるように呟く。


「.....婚約も考え直さねばなるまいよ、侯爵」


「.....はっ」


 唾棄するがごとき嫌悪を隠しもしない女王に、侯爵は背筋を凍りつかせた。

 そんな茶番に興味もないメグは、オロオロと女王を見る。


「どうしましょう、お母様。王女殿下に不愉快な誤解を与えてしまったに違いないわ」


「大丈夫。彼の御仁は、そのように狭量ではあるまいよ。キチンと謝罪を伝えたら良いのだ」


「そうね、きっと笑って許してくださるわね」


 心配げな娘を女王が抱き締めていた頃。ある国でも憤怒の怒声が響き渡っていた。




「私にあてられた招待状を何処にやりましたかっ! 馬車を追い返したとも聞きましたっ! いい加減になされませいっ!!」


 所変わってクラウディア王国。


 空をゆく蜜蜂馬車を見たレアンによって直ぐ様南辺境伯へ連絡がゆき、事の次第を知ったオーギュストはパスカールへ連絡をした。

 招待状はパスカールへ渡るはずだったのだが、獣人らの買取りにまぎれ、クラウディア国王の書簡に潜り込んでしまっていたのだ。

 そしてそれを読んだ国王は、招待状を暖炉にくべてしまう。


「招待状など燃やしてしまったわっ! ははははっ」


 嘲るように嗤うクラウディア国王を余所に、再びやってきた蜜蜂馬車が城の中庭に到着し、パスカールは窓から飛び出した。南辺境伯と共に。

 そして魔術師から手紙を受け取り、内容を眼にして思わず天を仰ぐ。


「なんとお詫びすれば..... 辺境伯、どうしたら良いのでしょうか」


 狼狽えるパスカールから手紙を受け取り、オーギュストも辛辣に眼をすがめた。


「間に合います。このまま馬車に乗せてもらい、直に御詫びをいたしましょう。王女殿下は正直に話せば分かってくださる方です」


 好好爺な眼差しでパスカールを落ち着かせ、オーギュストは魔術師に視線を振る。魔術師も心得たかのように頷いてくれた。


「共に来てくれるか?」


「もちろんでございます」


 ぎゃあぎゃあ喚きたてるクラウディア国王を尻目に馬車へ乗り込むパスカール王子と南辺境伯。


 こうして幾つかの国々は小人さんの逆鱗から免れ、良好な関係を築いていく。


 後の世界にその名を轟かせるフロンティア芸術劇場。


 幸運にもその誕生に立ち合えた人々は、長く僥倖に恵まれたという。天の配剤という小人さんの力業で。


 優しい人々に約束された幸せは、小人さんを介して延々と紡がれていくのである♪

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