第150話 芸術劇場と小人さん ふたつめ


「ヒーロっ!」


「マーロウっ」


 空馬車を見送った小人さんは、貴賓館に案内されていた招待客らを王宮で出迎えた。

 王室御一家勢揃いにも関わらず、小人さんを抱き上げ、振り回すマーロウ。

 まるで少女にじゃれつく大型犬のようである。


「長かったぞ、元気にしておったか?」


「元気だにょんっ、マーロウも仕事は終わらせてきたのよね?」


「..........」


 そっと視線を逸らせる大型犬マーロウ。こめかみに浮かぶ彼の冷や汗を半目で見据え、小人さんは扉側に立つマサハドに視線で尋ねた。

 それに軽く眉を上げて、マサハドは溜め息をつく。


「正直、半分も終わらせてはおらぬな。正味三日ほどで帰国せねばならん」


「それは無い、兄上っ!」


「陛下と呼べ、馬鹿者っ!」


 かこーんっと錫杖で殴られつつも、兄上ぇぇっとマーロウはすがりついた。


「一応、一週間で予定をたててあるんだけど..... マーロウだけ強制送還?」


 うに?っと小首を傾げる小人さんに、厳めしい顔でマサハドは頷く。その横で絶望的に情けない顔をするマーロウ。


「仕方無いじゃん? マーロウ。御仕事しないと御飯が食べられないにょ」


 しれっと宣う小人さん。


 何故に御飯? 


 すっとんきょうな表情のマサハドらドナウティル側と、うんうんと小さく頷くフロンティア王家。


 フロンティアの王宮で、事あるごとに小人さんが言う『働かざる者食うべからず』

 それを実践する千尋は、王族の誰かが勉強や仕事をサボると、テケテケ厨房へゆき、容赦なく食事のグレードを下げたり、おやつを禁止したりなどの指示を出し、言葉の意味を理解させる。


「だーってアタシの権利だも。文句言うなら、甘味どころがホワイトソースもフォンも和風調味料も、みーんな禁止しちゃうぞっ!」


 それら全ては小人さんの発案&所有権のあるモノ。料理を劇的に変貌させたアレコレを禁じられたら、あとは塩と香辛料しか残らない。

 わちゃわちゃ狼狽えて仕事を終わらせていく国王や王太子らに、生温い眼差しを向けるロメール。

 王族に仕事を問答無用でやらせる小人さんを、パチパチと拍手をしながら涙目で讃える宮内人達。


 そんなこんなで、美味しい御飯=相応の労働という図式が、すっかり定着しているフロンティア王都である。


「他国の親善だって仕事の内だぞっ?」


「まあ、たしかに? でも、お国に御仕事残して来てるんだよね? しかも半分も」


 往生際悪く、わちゃわちゃするマーロウを呆れたような顔で見る小人さん。


 そこへ思わぬ助け船。.....いや、とどめかもしれない。


「大丈夫だ。持ってきてある」


 さっと軽く挙げられたマサハドの右手。そこには多くの書類を抱えた侍従らが苦笑いで立っていた。


「は?」


「え?」


 思わず間抜けな声を上げる二人をニヤリと一瞥し、マサハドは腕を組みつつ首を傾いだ。


「フロンティアに滞在したいなら、平行して仕事をこなすんだな、マーロウ? でないと書類共々、強制送還だぞ?」


 してやられた。


 唖然とするマーロウを連れて、ドナウティル一行は挨拶を済ませると用意された旅館へと向かって行った。


「つよww」


「うん、さすが国王陛下だね」


 クスクス笑う双子を微笑ましそうに見つめ、王室御一家の出迎えは続く。




「此度は御招待にあずかり、真に、ありがとう存じます」


「ようこそ、御越しくださいました。どうか、ごゆるりと楽しんでいって下さいませ」


 目の前にはマルチェロ王太子と並び、イスマイル王子とパチェスタ王子がいる。


「久しいな。相変わらず、やらかしておるようだの? そなた」


 柔らかな眼差しに茶目っ気を混ぜて、マルチェロ王子太子は小人さんの頭を撫でた。


「やらかしてって..... 楽しいは正義ですのよ? 王太子様?」


 されるがままに撫でられる小人さんに、おずおずとイスマイル王子が声をかける。


「御無沙汰しております。学園ではあまり会えませんでしたが、素晴らしい物をお造りになられましたね。観劇を楽しみにしております」


 人好きする優しげな笑顔。


 二人は今期でフロンティア貴族学院の留学を終えるため、最後の公務としてフラウワーズ側の貴賓をかってでたのだとか。

 先日行われた一般解放にも参加しており、未知の文化に触れ、芸術劇場のオープンを心待ちにしていた。


「以前はお助けいただき、本当にありがとうございました。御礼らしい事も出来ずに心苦しく思っておりましたが..... この機会に、これを」


 はにかみながらパチェスタが渡してきたのは陶器で出来た掌大のお人形。身の丈ほどの花を抱えた人形は、可愛らしい妖精のようで、つるりとした質感が心地好い。


「まあ、愛らしいこと。ありがとう存じます、パチェスタ様」


 嬉しそうに受けとる小人さん。その無邪気な笑顔におされ、パチェスタの目元に朱が走る。


「いえ.....っ、そのっ、これ、オルゴールなんです、ここのネジを回すと.....」


 パチェスタは慌てて人形の台座の底に隠されたネジをキリキリと回した。

 するとカタカタ人形が動きだし、台座の上で花を振りながら回り出す。

 それをテーブルに置き、感嘆の眼で眺める小人さん。


「まあぁ、凄いですわねっ! 以前フラウワーズを訪れたときにもハープの自動演奏とかを拝見いたしましたが、こんな小さな物は無かったですわ」


 単調だが可愛らしい音楽にあわせて踊る人形。耳慣れない曲に、ふんふんと首を振る小人さんを、パチェスタは幸せそうに見つめていた。


「こちらは私からです。弟を助けていただき、ありがとう存じます、ハーヤ様」


 幸せそうなパチェスタをやぶ睨みする千早に、イスマイル王子は不思議な物を差し出す。


「これは?」


「スリングショットと言いまして、新たに開発された簡易的な投擲玩具です。こうして玉をつがえ、的に当てて楽しみます」


 その言葉に、小人さんがバッと振り返る。


 イスマイル達をガン見する少女を見て、マルチェロ王太子が苦笑した。


「前に、そなたの考案した玩具だ。このようなモノがあると良いなぁと申しておっただろう? それをイスマイルの耳が拾っていたようでな。.....夢中で研究してたぞ?」


 以前、フロンティアの新年晩餐会にマルチェロ王太子が訪れた時、こう言うのが欲しいんだけどと、Y字型の木の枝を拾い、紐をかけてどのようなモノなのか説明していた小人さん。

 どうやら、その会話をイスマイルが聞いていて興味を持ったらしい。

 ゴムや、その代用品があるか分からないため、そこで立ち消えとなった話だが、この御仁は諦めなかったようだ。


「この紐は特殊な素材を編み、伸縮性を高くしたモノです。ほら、どんなに伸ばしても元にもどるのですよ。これを利用して..... こう、玉を打ち込みます」


 さも楽しげに説明するイスマイルに頷き、千早も同じように空打ちしてみる。

 強度は十分。木や軽石を丸く削ったモノを玉にしているらしいが、玉に鉄や鉛を使えば武器にもなるのではなかろうか。

 玩具として開発してきたイスマイルだが、千早は頭の中で武器に転用出来ないかを考えていた。

 軽量で携帯しやすく場所も取らない。持ち歩きに最適な投擲武器である。


 微かに口角を上げる千早が何を考えているのか丸分かりな小人さん。


 兄妹だよねぇ..... うん。


 同じ事を考えて、マルチェロ王太子に相談していた以前の己を思い出し、思わず乾いた笑みの浮かぶ小人さんだった。




「これ、使えるよね。玉に重量のあるモノを..... ついでに鋭利なトゲとかをつければ殺傷力も上げられそうだし」


 ボソボソと小人さんに囁くお兄ちゃん。


 殺傷力て..... 殺る気満々ですね、御兄様。


 フラウワーズ御一行を見送りつつ、笑顔の張り付く小人さん。

 マルチェロ王太子は、名残惜しそうにファティマを見つめている。


 ああ、仲が良さそうで良かった。


 無理やり思考をほのぼのにもって行き、小人さんらは最後の招待客らを出迎えた。




「御招待いただき、ありがとう存じます」


 深々と頭を下げるカストラート国王の口上も終わらぬうちに飛び出してきたのはルイスシャルル。


「逢いたかったよ、お嫁様ーーっ!!」


 小人さんに飛びつこうとしたシャルルを羽交い締めにし、アウグフェルは無言で引きずっていく。


「お嫁様ぁーっ、あーっっ!」


「落ち着け、兄さんっ! 今は公務だっ!」


 あ゛ーーーっと情けない声をあげるシャルルを生温く一瞥し、小人さんは新カストラート国王を見上げた。


「胸中御察しいたします」


「ありがとう。まあ、それでも可愛い弟なので」


 くすっと顔を見合わせて笑う二人。


「あれから、どのようになりまして? 貴族街は復興しましたか?」


 神妙な顔で頷き、カストラート国王は、あの事件からの子細を説明した。

 幸いな事に人的被害は少なく、燃え広がった火災も最小限に抑えられたようだ。


「それもこれも、救助や鎮火にモノノケらが協力してくれたおかげです。本当に感謝いたしております」


 さらにはザイジャリー伯爵家と公爵家が協力して復興を支援し、その財源を立て替えてくれたらしい。

 前王のバカなやらかしで長く戦に明け暮れていたカストラートには、余剰な蓄えが無かったからだ。


「つまり、カストラートは個人に借財が出来たのですね」


「その通りです。お恥ずかしい話ですが、これから返済して行きたいと思います」


 公爵達は支援であって借財ではないと言ってくれているらしいが、大きな借りを放置しておくと、後に心無い者が現れたとき禍の種になるだろう。


 要らぬ火種は持ち越さないに限る。


 無言で頷き合う二人を、不思議そうに見つめるフロンティアの面々。お嫁様ーっと雄叫びを上げるシャルルを羽交い締めにしたまま、カストラート一行も旅館へと案内されて行った。


「さあ、明日から忙しくなるねっ!」


「まずは王都の視察だっけ? 孤児院や学習院と..... お菓子のお城見学?」


「そこは外せないねっ! 少しでもフロンティアを理解してもらわないとねっ!」


 なるべく各国が同時に揃うよう、日程を調整してモノノケ馬車を送っていたのだが、それは無為に終わった。

 ならば訪れてくれた人々に最大限のおもてなしをと気合いを入れる小人さん。


 それが終わり、やりきった感満載なところへ、新たな賓客らがモノノケ馬車でやってくるとは思ってもいない王宮である。




「どうして。こうなった?」


 毎度お馴染みのフレーズを口にして、スーキャラバ王国、クラウディア王国、トルゼビント王国の人々を出迎える近い未来を、今の小人さんは知らない♪

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