第151話 芸術劇場と小人さん みっつめ


「しかし、これは良いな」


 御茶をしながら、マルチェロ王太子はモノノケ馬車の中を見渡した。

 相変わらず床へ直に座るタイプのリビングだが、広い室内には家具や装飾が施され、ゆったり寛げるスペースになっている。

 厚手の絨毯に、ふかふかなクッション。簡易キッチンからは良い香りが漂い、一緒に乗っている賓客の皆様をソワソワさせる。


「フロンティア自慢の空間魔法ですわ。外観以上の重さはなく、蜜蜂達の負担もございませんの」


 ふくりと優美な笑みを浮かべ、小人さんは説明した。

 実際の理屈はよく分かっていないが、封じ玉にしろ、中身の重さは無効なのだ。外から見た以上の変化はしない。

 だからモノノケ馬車も同じ。中がどれだけ広くなろうが、物を入れようが、馬車一台分の重量しかない。


「不思議なものですねぇ、魔法とは」


 うんうんと頷くカストラート国王。


 昨日は貴賓の皆様にゆっくり旅館で休んでいただき、今日も午後からまったりと王都観光の予定である。

 スケジュールの詰め込みはしない。むしろ余裕を持たせて、自由に散策していただくつもりの小人さんだ。

 決まったコースをなぞるだけでは見えない物もある。フロンティア生まれでフロンティア育ちな者には見えないモノも。

 こちらの見せたい印象を押し付けるのではなく、あちらがどのような印象を持ってくれるのか、それを知りたい小人さんだった。


「夕べの晩餐といい、今朝の食事といい、フロンティアは食べ物の美味しい国だよな。知ってはいたけど、国に帰国してから、その凄さを実感したよ」


 テーブルに出されたカナッペを手に取り、感慨深げに呟くマーロウ。


「フロンティアはレシピを開示しております。他所の国でもフロンティアの料理が作られていると聞きましたが?」


「なぞるのは簡単だ。しかし、基本が違うのだよ。素材の質も料理人の腕もな」


 小人さんがファティマとして暴れまわり、生まれ変わって爆走を始めてから十年以上。その間に考案された料理や甘味はアルカディアを席巻した。

 だがやはり、小人さんから直に教わった者と、単に文字の羅列としてレシピを受け取っただけの者とでは、完成品に雲泥の差があるらしい。

 日常的な指導で培う細やかな感覚的なモノは、ただの文面からでは伝わらないのだ。


「皇女殿下におかれましては御健勝そうで何より。このような晴れ舞台にお招きいただき、感無量でございます」


 皇女言うなし。


 好好爺な眼差しで小人さんを見つめるのは、夕べ遅くに到着したキルファンの御一行。

 キルファンはフロンティアと隣接しているため、唯一モノノケ馬車に頼らずともやってこられる国だ。

 前日に集合としてはあったが、まだまだ国として若いキルファンは忙しく、今回の芸術劇場御披露目のために必死に時間を作ってきてくれたのだ。

 現キルファン国王は橘睦月。なんと和樹の御父上である。


 和樹が出奔してから紆余曲折。結局、最高位にあった橘家が初の王家を興したらしい。


 だが、彼等にとって今の地位は預かりモノ。いずれは桜の直系の誰かに譲りたいと目論んでいる。


「皇女殿下?」


 素直に疑問を口にするカストラート国王。


 それに頷き、マルチェロ王太子とマーロウは苦虫を潰した。


「少しややこしいのですが、チィヒーロ王女殿下の母御は元キルファン帝国の皇女殿下であらせられました。ゆえにキルファンにとってはジョルジュ家が皇帝陛下の本家にあたるのです」


「なんとっ、ではチィヒーロ様は生粋の皇女殿下ではございませんか。いずれはチッハーヤ殿がキルファンの皇位を継がれるのですね」


 柔らかな笑みに涙を滲ませる橘翁。


「そうなってくだされば、この老骨も思い残す事はございません」


 勝手に盛り上がる賓客らを乾いた眼で見渡し、小人さんはうんざりと天を仰いだ。


 あー、もー、説明もメンドイ。


 歯茎が浮きそうになるのを根性で抑える小人さんの横で、千早が炯眼に眼をすがめる。


「それは既に御断りしてあるはずですよ? 橘翁。僕達はフロンティア貴族です。キルファンはキルファンとして、これからを歩んでください」


 すばっと一刀両断されて、しゅるしゅる萎むキルファン国王。それを横目に、克己が千早を宥めた。


「まあまあ。老い先短い年寄りの願望じゃないの。相変わらずだね、ジョルジュ伯爵令息は」


 にっと快活な笑みを浮かべて眼に弧を描く男性に、千早は思わず視線を逸らす。

 母である桜と同じ、黒髪黒目の青年。実際には、とっくに三十路を越えているらしいのだが、その姿は若々しく二十歳程度にしか見えない。

 東洋人は若く見られやすく、さらに今では混血の進み始めたキルファンだ。純血の日本人な克己は余計に若く見える。


 立場的に国王の側近としてついてきた克己だが、双子達との気安さや親しい感じに、各国の賓客は眼を見張った。

 アドリスとは違う別のベクトルでの兄貴分。全てを見通しているかのようなこの男性が千早は苦手だった。

 まるで妹の事を何でも知っているみたいに、ずけずけと怒鳴り合い、じゃれ合い、にかっと微笑み合う。

 どう足掻いても割り込めない小人さんとの特別な親密さを感じさせる克己が、物心ついた頃から大嫌いな千早。

 何故か、ここぞという時に小人さんが頼るのは彼である。ロメールでも千早でもドルフェンでもなく、克己を頼る。

 克己もフットワークが軽く、小人さんの頼みとあらば、ほいほいやってきた。

 そして周りには分からない会話を交わすのだ。

 今回の芸術劇場の話だって、発端は紙芝居や人形劇からの延長だ。必死に解説する妹の話が理解出来ない周囲を余所に、克己だけは理解を示した。

 そして、あれやこれやと言い争い、今の演劇事業の原型を作りあげたのだ。


 こうして出来上がった今なら、千早やロメールにも小人さんのやりたい事が理解出来る。


 この結果を導き出すための、紙芝居や人形劇だった。

 これを最初から理解し、惜しみ無く支援してきた克己に、千早は強い敵愾心を抱いている。


 こればかりは次元の差なのでどうしようもないのだが、それを知っても理解は出来ない、にぃーに。

 ロメールも理解とまではいかないが、それでも、そういうモノなのだろうと納得はしている。


 たった二人きりの現代人。その絆は、無意識に遺伝子を越えて二人を結びつけていた。


 千早から放たれる絶対零度の視線にも慣れたもの。克己は、ていていっと剃刀のような視線を叩き落とし、小人さんに話を振る。


「今日は孤児院と学習院だっけ?」


「うん。ついでに御菓子のお城かな。シャルル達も久し振りっしょ? 楽しんでいってね♪」


 この馬車の中には王族らと小人さんの側近しかいない。何のかんのと色々やらかしてきた仲間意識。いつの間にか砕けた口調の小人さんに、周りは大きく頷いた。


 そうこうするうちにモノノケ馬車は王都へ到着。他の馬車も着陸して、その中からわらわらと賓客が降りてくる。


 各国からやってきたのは王族らと数名の貴族達。王族以外はそれぞれの国専用の馬車に乗せて移動していた。

 足をつけた道の甃の滑らかさに驚き、綺麗に設えられた建物に驚き、道ゆく人々の明るい顔に驚く各国の貴族達。


「なんと緻密な..... 歪みも何もありませんね。どうやったらこのように美しい甃が敷けるのか」


「それより御覧くださいっ、建物の柱に木が使われておりますっ! ここは貴族街ですか? それにしても何と贅沢なっ、素晴らしいっ!」


「民も幸せそうですね。陰りのない笑顔です。豊かな国なのでしょうね」


 感嘆の眼差しを泳がせまくる貴族達。


 それに苦笑し、小人さんらは王都を案内する。.....徒歩で。


「え? 歩くのですか? 馬車は? 護衛は? 疲れてしまうし、危険でしょうっ?!」


 あからさまに狼狽える貴族らを無視して、王族達も小人さんに倣い歩き出した。


「立派な二本の脚を持っておるだろうが」


「窓から眺めるだけで視察と言えるのか? その目、その手、その足で、しっかりと現状を確認せよ」


「フロンティアは我々の国とは違うのだ」


 そう言うと、各国の王族達はそこいら中に視線を走らせる。

 それにつられて貴族らも視線を泳がせ、視界に入ったモノに固唾を呑んだ。

 そこここに潜む小さな生き物達。それは魔物。屋根の庇や木の枝や。細い通りからもチラチラ蠢くモノノケが見える。


「あれらがおる限り、我々に危害は及ばぬよ」


 さも当たり前のようなマルチェロ王太子の言葉に、高速で頷くしかない貴族達。

 それ以外にも暗部や騎士団の護衛がいるのだが、わざわざ言う必要はない。


 小人さんは大仰なのを好まないから。


 それを心得たフロンティアの王宮は、騎士団すらも隠密に長けている。如何に覚らせず護衛が出来るか。それが小人さんの周りに求められる技能だった。


 まあ、もちろん、小人さんらは気づいているのだが、その努力が嬉しいので知らんぷり。


 こうして規格外を連続で叩き込み、ほくそ笑む王族達によって、貴族らを意識改革させるためのスパルタな現地視察が始まった。


 小人さん慣れしていない貴族達は、凝り固まった古い慣習を、これでもかとぶち壊される事となる。


「良いの?」


「構わん。荒療治だ」


「ですね。百聞は一見にしかず。いくら言語に尽くしても理解しませなんだので」


「骨の髄まで身に染みさせてやってくれ」


 良い笑顔で腹黒い事を宣う賓客達。


 連れてきた貴族らは国の中枢をあずかるトップらしい。


「頭が馬鹿だと部下が苦労するしね。ありったけ叩き込んでかえしましょかね♪」


 にっと笑う小人さんと、小さく頷く王族達。理解ある友好国を嬉しく思いながら、小人さんと並ぶ彼等の王都散策が始まった。


 振り回される貴族らに、合掌♪



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