第152話 芸術劇場と小人さん よっつめ

「ここが学習院です。平民の子供が無償で自由に通える学校ですわ」


 小人さんが皆を案内したのは王都端の建物。いざと言う時に兵士の避難所になるよう、高くそびえる外壁を背に建てられていた。

 兵士らが駐屯する事も仮想し建てられた堅牢な学校は、王都中の子供が集まるため、とても大きい。地上三階、地下一階の構造で、地下は備蓄倉庫にもなっている。


「一クラス二十名で、初等科、中等科までございます。成績優秀な者には貴族学習院へ編入の道もございますわ」


 ほほぅと見上げる賓客達。


「平民の学校ですか? 平民に教育など必要なのでしょうか?」


 怪訝そうな貴族が小人さんを見下ろす。

 それに淑やかな笑みを返し、小人さんは口許に扇を広げた。


「得手不得手は誰にでもございます。多くを学ばせ、誰にどんな才能があるのか確認するのは大切な事でしてよ?」


「平民に、いったいどんな才能があると.....」


 唾棄するような視線で学校から出てくる子供らを見つめ、ふと、貴族達は多くの子供達が抱えている板に気づいた。

 小さな身体に不似合いな板。長さ一メートル、幅七十センチくらいの薄い板を抱えた子供らは、小人さんを見つけて駆け寄ってくる。


「小人さんだっ!」


「ほんとだ、王女様だ」


 わらわらやってきた子供達に破顔し、小人さんはかぶっていた猫をぶん投げた。


「やっふぁい、みんなっ! 元気そうだね」


「はいっ! これから劇場の森へ行くんですっ!」


 わぁわぁと群がる子供らに、やや引き気味な貴族達。そんな彼等の奇異の眼に見つめられながら、子供達は元気に手を振って立ち去っていった。


「あれは? 板をもっていたね、みんな」


 不思議そうに見送るマルチェロ王太子の疑問を耳に、小人さんは近くの雑貨屋へ向かう。

 そこは学習院専門の雑貨屋で、学校が生徒に配布したチケットと交換に文具を販売していた。生徒が学習院で使う文具は国からの支給品なのだ。もちろん、金子で購入することも可能である。


「このセットですわ。写生セット」


 小人さんが持ち上げたのは、先程の子供達が持っていた板と肩掛けカバンのセット。

 カバンの中には、木炭と水彩絵の具と筆。それにパレットや水入れが入っていた。水入れは皮製の折り畳み式である。

 マルチェロ王太子の気になった板は画板だ。


「風景や人物、動物など、目の前にあるモノを自由に描く道具ですの。今回の芸術劇場オープン記念に一年ほど前から売り出されたモノをですわ」


「絵を描くっ? 平民がっ?!」


 ぎょっと眼を剥く貴族らと、王族達。


 木材、石材などを削る彫刻は一般的で、平民にも手の届く趣味だ。飾り細工の職人も平民が多い。

 しかし絵画となれば話は別。画材は高価なもので平民には手の届かない代物だ。貴重な鉱石を原材料にする絵の具が多く、貴族の中でも裕福な者にしか手に入らない。

 筆やテレピン油など、絵画に関する道具も専門家しか作っておらず、どれもこれもが特注で半端なく金子がかかる。


 そんな絵画を平民の、しかも子供らが?


 信じられないモノを見る眼差しの周囲に、フロンティアの面々は悪戯げな眼を見合わせた。

 ここ数年で劇的に変わった絵画事情を彼等は眼にして知っていたからだ。


「こちらは水彩絵の具と申しまして。手軽に絵を描ける画材ですの。テレピン油や専門の道具など必要としませんわ。水で洗い流せるので、子供らでも気軽に使えますのよ?」


 そう。植物由来の染料開発はやってきていた小人さん。染料、顔料は出来たものの、問題は固着材。絵の具には必須のとろみを出す固着材がフロンティアには見当たらなかったのだ。


 しかしそれもキルファンにはあった。


 キルファンは独自の進化を遂げた国&常に新たな知識がもたらされてきていた国である。

 それら全てがスライドしてきた今のキルファン王国の協力を受け、小人さんの野望は大きくふくらんで開花したのだ。

 

 神様のやらかしに、ホント、感謝しかないよね。


 小人さんの説明を受けて、カバンの中の絵の具の瓶や筆を物珍しそうに眺める賓客達。


「水で? 不思議な絵の具ですね」


「劇場の森とは? 招待された芸術劇場に関係しているのですか?」


「こんな高度な教育を平民に施すなんて..... フロンティアは狂ってる」


 所々に交ざる悪意の欠片。


 そういうのは聞こえないように言いなよね。


 貴族達の侮蔑に満ちた忌々しげな呟きを耳にした王族らは、恥ずかしいやら、腹立たしいやら。なんとも複雑な顔をしている。


「まあ、フロンティアではこんな感じです。学びたい者に門戸を開き、誰でも受け入れます。家の事情で学べないなどもありますが、基本は平等です」


 さらに学校地下の備蓄を使い、子供らへ昼食も提供しているなど、他国では有り得ないアレコレを説明する小人さん。


「無償で? もったいない。何故そのような事を?」


「貴方の国では古くなった備蓄食糧をどうなさいますか?」


「.....そうですね。使えそうなモノは軍で使います。兵士らに支給したり。どうにもならないような物は処分します」


 他も同じような感じらしく、うんうんと首を揃えて頷いている。


「そうですよね。入れ換える時は、何処もそんなモノですわよね。フロンティアでは一ヶ月分ずつの備蓄に分けて管理し、一ヶ月分ごとに新たな備蓄を入れ換えています。その際に古いモノから順に学校の食事に提供するのです」


 そうすれば備蓄は常に新しく、いざと言う時、狼狽えずに済む。子供らも十分に栄養のある食事がとれ、たとえ一食だけでも満足に食べられるというのは、健康を維持するのに重要な事だった。


 これを提案したのも小人さんである。


 緊急時の備蓄の流れや学校の仕組みを知り、それならこうして使い続けていけば、死蔵も出ないし一気に入れ換えるより楽になると騎士団に捩じ込んだのだ。

 十二ヶ月に区分けされた備蓄は管理も楽になり、備蓄+多少の食材で回される学校給食は、生徒の親からも歓迎された。

 それまでは各家庭で弁当を毎日持たせていたらしく、貧しい者は昼抜きで授業を受けていて、やはり切ない思いをしていたからだ。


「平等に学ばせるなら、御飯は重要でしょーがっっ!!」


 空腹で頭が働くかぁぁーーっ!!


 がーっと絶叫する幼女の頃の小人さんに押しきられ、備蓄を学校の食事に回すようになったが、これも英断だったと騎士団の面々は懐かしそうに眼を細めた。

 足りない食材は裕福な生徒の家が提供してくれ、子供の数が多い事から、その負担も微々たるもので、未だに続いている。

 裕福な者ほど長く学校に通うので、それが途切れる事はない。

 昼食の提供を始めた国や騎士団は人々から感謝され、思わぬ相乗効果が湧き起こった。


 優しさには優しさにが返されるのだ。


 威圧的で近寄り難い騎士や兵士らのイメージが一掃され、心ばかりの差し入れや労いを人々から受けるようになる。

 ほんの少しの変化だが、それが大きく変わっていくのは世の常だ。

 今では世間話を交わすほど、街の人々と距離の近づいたフロンティア騎士団。


 ああ、本当に。幸せとは身近に転がっているモノなのですね。


 幼女のもたらしてくれた、柔らかで穏やかな日常が心地好い。


 彼らにとって幸せの象徴であるのは、黄緑色のポンチョで駆け回っていた小人さん。

 薄く笑んだまま、騎士らは成長した幼女を見つめていた。

 どんなに成長しても、彼等の眼に映るのは小さな幼女。妖精だの天使だのと呼ばれていた金色の王の再来と言われる小人さんを、全力で守ると心に誓う騎士達である。




「こちらが孤児院です。教会とは別で、子供らの親代わりとなり、慈しみ、大切に育てておられますわ」


 これもまた大きな建物だ。賓客達は、あんぐりと口をあけた。

 二階建てで横に長い煉瓦造りの建物からは、賑やかな子供達の声が響いている。ぱっと見、低位貴族の屋敷と言っても過言ではない立派な建物。

 教会の孤児院と合同になったバルベス院長の孤児院は、以前よりかなり大きくなっている。

 教会から派遣された神父やシスターが教師を受け持ち、子供らの生活の面倒も見ていて、街の人々の協力による職業訓練的なものも行われていた。

 せっせと木材や石材を削ったり、籠を編んだり、色々な物をこさえる子供達。なかには編み物や刺繍、パッチワークなど、針仕事に精を出す者もいる。

 その見事な手つきに感心しつつ、賓客らは院内の畑や家畜も見学した。


「良い畑ですね。青々として美味しそうな野菜です。フロンティアはまだ暖かいですし、収穫も期待出来そうですね」


 思わず顔を綻ばせるマサハド。


 そっか、ドナウティルはそろそろ雪の降る頃だものね。


 アルカディア大陸の最北端に近いドナウティルは乾燥した空気と寒さの凍みる地域である。最南端なフロンティアが羨ましくもあるのだろう。


「家畜も元気そうだ。.....しかし多くはないか? 孤児院で消費できる量には見えないが」


 怪訝そうに呟くアウグフェルの視界には、ずらっと並ぶ畜舎と鶏舎。町外れな事を利用して、孤児院そのものの四倍の広さを院内の庭は持つ。

 畑はもちろん、果樹園すら完備されたそこは、まごうことなき農場と牧場のミニチュアだった。


「あ~っと。まあ、半分は別な場所に卸されてますので」


 そっと眼を逸らして宙を見つめる小人さん。

 そう。ここで収穫されたモノの半数は、ザックが興した甘味事業に卸されていた。ミルクや卵、季節の果実等々。御菓子には大量に必要なのである。

 そのために拡張されたと言っても過言ではない孤児院の庭。

 孤児院と御菓子のお城は表裏一体。そこから教会に寄進もしており、以前の確執を乗り越えて良い関係を築いていた。

 教会側も、孤児関係を全てバルベス院長に委託して、本来の業務を優先出来るようになり、御互いにウィンウィン。

 なんの憂いもない穏やかな日常を手に入れた。


 ここまで来るのも長かったよね。うん。


 思わず感慨に耽る小人さん。


 十年という月日は決して短くはない。試行錯誤、紆余曲折、時には派手にぶつかり、ようよう収まるところに収まった感じである。

 ドン底だった孤児院を知っている小人さんは、今の悠々自適な孤児院の姿に喜びもひとしおだった。


 慈愛が満ち溢れた瞳で、満足そうな笑みを浮かべる小人さんと、不可思議そうな王族達。

 それを余所に、テチテチと街を歩き回る小人さん。柱のキズひとつにも色々な思い出が脳裏に甦る。


 ああ、楽しい。そうそう、あそこも.... ここでも、やらかしたっけ。


 一人ノスタルジーに浸る少女の後を、素直についていく高貴な一団。

 小人さんが街を駆け回っていたため、それを追いかける騎士達や武官、文官などが日常的に目撃されていた王都である。

 高貴な方々がうろついているのにも慣れたもの。

 道行く人々も、一瞬、眼を奪われはしても、すぐに興味を失ってくれる。変に馴れ馴れしくしたり、詮索したりはしてこない。


 ああ、またか。小人さんだな。.....と。


 良いのか悪いのか、非常におおらかなフロンティア。これに慣れてはいけないのだが、いつの間にか無頓着になりつつある小人さんチームの王族達。


「.....不味くね? これ」


「貴婦人らしくすべきかな?」


「もうすでに引きこもってんだろ、それ」


 ぼそぼそと呟き合う克己と小人さん。


「これに慣れてくれたら、帰国した時、平民を見る目が変わるかもよ? ワンチャンあるじゃん」


「ノーチャンだわ、ぼけ。生粋の中世舐めんな」


 カフを使うまでもなく聞こえる会話に、一人歯噛みする千早。


 わんちゃん? のーちゃん? 意味が分からない。何の話してるのさっ!


 ぐぬぬぬっと眉を怒らせる千早に気づきもせず、一行はフロンティア王都名物、御菓子のお城へと向かう。

 自然な日常を見せたいとの小人さんの御願いから、学習院でも孤児院でも特に挨拶などは受けなかった。

 ふらりと訪れ、ふらりと出ていく奇妙な一団。それがまさか国賓だなどとは誰も思わない。フロンティア王都の人々が、変に貴人慣れしている事も功を奏した。


 規格外なアレコレを見せつけられて、はち切れそうな御腹を抱える各国の貴族達。だがこれはまだ序の口。


 こうして波乱の幕開けは、おおむね穏やかに過ぎていく。


 チラホラ降りかかる悪意の欠片を、ペチペチと扇で叩き落とす小人さんである♪

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