第153話 芸術劇場と小人さん いつつめ


「.....これはっ」


 目の前にそびえるは、文字通り小さなお城。孤児院の隣にあった赤煉瓦のお店はそのままに、芸術劇場を囲む森林公園近くに新たな二号店が建てられていた。


 これもまた、今回の目玉である。


 王都を軽く視察した一団は、用意されていた馬車に乗ってここまでやってきたのだが、その馬車の椅子や背凭れに驚愕する各国の貴族達。

 マーロウやマルチェロみたいにフロンティアへ留学していた者らにはお馴染みの馬車だ。冒険者をやっていたアウグフェルにも。


「ああ、良いな、この座り心地」


「ホント、どれだけクッションを重ねても、振動だけはどうにもならないしな」


 ゆったりと沈み込む柔らかいスプリング。その表面もしっかりしたキルト生地が重ねられ、パーツごとを繋げる部分に使われた伸縮性のある生地が、程よく伸びてお尻をささえてくれる。同じ仕組みが背凭れにも使われているため、元々少ない馬車の振動を皆無にまで減らしてくれる。


「馬車の箱部分と車輪の台車部分の境にクッション的な部分を使っておりますの」


 現代で言うサスペンション。しかも、その隙間の緩衝材にスライム素材を使っている。

 仕組みとしては単純なモノだが、異世界素材によって目覚ましい進化を遂げた。

 ファティマの頃に考案したポケットコイルのクッションとともに、極限まで振動を殺せるフロンティアの馬車。

 しかも他国に類を見ない滑らかな甃を走るのだ。まるで氷の上を滑るがごとく進む馬車に、初乗車の貴族らは言葉もない。


「こんな.....っ、これも魔法ですか?」


「いいえ? 魔法など欠片もつかっておりません。.....あ、空間を広げるのにはつかっておりますわね」


 馬車の中は広い空間。六人掛けのソファーが向かい合わせに三列並んでいた。

 中央の席に双子と王族達。後部に各国貴族達。前部には侍従と護衛ら。合計三十名ほどが乗っている。


 外観、通常サイズの箱馬車にだ。


 大空を飛んだ蜜蜂馬車にも使われていた魔法だ。こうして日常的に使われている事に驚嘆を隠せない各国貴族達。


 いったい何なんだ、この国は?


 部屋の広さが自由自在とは..... 微かな振動を感じるか感じないかの馬車にも心底驚かされる。


 平民に教育を与えるとか、食事を振る舞うとか。しかも、その全てが無償? ありえんっ!!


 孤児院が豊かだなどと聞いたこともない。孤児など税金にたかる虫のようなモノではないのか? あんな立派な建物に住み、農場や牧場を営むとか..... おかしいだろう?


 木を柱にした見事な街が平民の区域だったとは..... てっきり貴族街だと思っていた。花々が植わり美しい景観の街並みが平民街..... 我が国の貴族街すら、あそこまで贅沢な外観をしてはおらぬ。


 それぞれの貴族らが思うところを脳裏に反芻するなか、馬車は目的の場所へと到着した。


 そして冒頭に戻る。


 揃いも揃って、あんぐりと顎を落とす貴族らを一瞥し、小人さんは声高に口を開いた。


「こちらが我が国を代表する甘味のお城。名付けて『御菓子のお城』ですわ」


 懐かしい名称に小人さんの眼が弧を描く。


 彼女が地球人だったころ住んでいた名古屋市。その近辺には多くのアミューズメントパークが存在し、なかでも小人さんのお気に入りだったのが、『御菓子の城』である。

 建物の中には多くの御菓子がディスプレイされ、吹き抜けを穿つように展示されていた、二階の天井にまで届くウェディングケーキ。

 他にも御菓子の家、御菓子の街、御菓子の遊園地、御菓子の森など、色々なテーマにそった御菓子の展示物。

 カフェでは好きなモノを食べられ、そこで販売されている御菓子工場の見学も出来るし、専用スペースで手作り製作も可能。

 ダイナミックで可愛らしい御菓子の数々を見て回り、甘い匂いの漂う工場をガラス越しに見学し、作った御菓子を抱えて、カフェで御茶をする。定番のお土産はスイートポテト。

 それが過去の小人さんのルーティン。季節ごとに訪れていたお気に入りの場所を脳裏に描き、少女は懐かしそうに目の前のお城を見上げる。


 出来る限り近づけたつもりだけど。


 前々世の記憶は朧気だ。建物も似てはいるが、やはり違う感じがする。細かいディテールに拘れるほど覚えてはいなかった。

 少し切なく萎れる小人さんの横で、克己が信じられないような顔で眼を見開き、静かに呟く。その声はあからさまに震えていた。


「.....御菓子の城? マジかっ!」


「一宮に住んでたなら知ってるよね。あんまり似てないかもだけど、頑張ったにょ」


「似てないっ? そっくりだろうっ?! おいおい、中はどうなんだ? あのでっかいケーキとかあんのかっ? 御菓子の街とかはっ?」


 克己は生まれてからずっと難病で病院のベッドに縛り付けられていた。ネットの動画や写真でしか世界を知らない。

 彼にとって近場のアミューズメントパークは、行きたいところナンバーワンの夢場所だった。


 電車一本ですぐに行ける場所なのに.....


 生命維持の機械を外せない克己には、病院周辺を車椅子で散歩するくらいしか許されていなかったのである。


 そんな克己の眼に、ぶわりと涙が浮かぶ。


「おいおいおい..... マジかよ。ここに来て夢が叶うとか。皮肉きかせすぎだろうよ、創世神様よ」


 誰しもが遠くの憧れより、近くの親密さの方が心に沁みる。その例にもれず、克己も地元のアレコレが大好きだった。


 某ネズミーランドの缶クッキー。貰って嬉しくはあるが、それより某お城のスイートポテトに心が震える。


 呆れかえるほどに調べ、眺め、見つめつづけてきたアレコレ。


 山ひとつを丸々使って作られた、コアラが有名な動植物園。金のシャチホコをのせた青い城。お猿パークや民族博物館。温泉遊園地や時代村。目の前にそびえるお城も、そのひとつだった。


 ははっと無邪気な笑みを浮かべた克己の頬に一筋の涙が伝う。

 それを見上げ、小人さんも改めて、御菓子のお城を見た。


 うん。上出来だよね。悪くない。


 そして隣に立つ克己の指を、ぎゅっと掴み、引っ張るように駆け出していく。


「ケーキはもちろん、御菓子の街やなんかもあるにょんっ! それぞれ、焼き菓子、生菓子、季節のスイーツと色々なエリア作ったん、見に行こっ!」


「.....ああっ、楽しみだっ!」


 破顔した小人さんに引かれるまま駆け出した克己は、眼を輝かせ、小人さんを追い抜かす勢いで足を動かす。

 唖然とそれを見送っていた賓客達も、慌てた千早の先導で御菓子のお城へと向かった。


 きゃーっっと一直線に走り去る二人の姿に苦虫を噛み潰しつつ、ドルフェンやヒュリアに手助けしてもらい親善特使らを案内していく千早。


 あのねぇ~っ! TPOは何処へやったのさ、ヒーロっ!!


 ロメール直伝の薄ら笑いを駆使し、平静を装いながらも、頭の中で妹を毒づく兄である。




「すっげぇーっ! なにこれ、レゴみてぇっ」


「あ、アタシもそれ思ったっ! アイシングクッキーとか、繋いでた時に♪」


 きゃっきゃっと走り回る御子様二匹。一人は三十路越え。


 そんな二人に呆れたような眼差しを見せる親善特使一行だが、それも一瞬。まるで王宮広間を思わせるような豪奢な空間に言葉を失った。


 御菓子のお城正面入り口を入ると一番に眼に入るのは、ドでかいケーキ。

 氷の魔法で冷凍されたケーキは表面から冷気が立ち上ぼり、何もせずともドライアイスのような背景を作り出している。大広間の床をただよう白い靄が幻想的だ。

 その左右の湾曲した階段から二階に上がれ、壁一面にあるガラス窓の下は御菓子工房。今は何も作っていないが、オープンしたら販売用の御菓子を作る職人らを見学出来る。

 さらに広間左右をデコレーションする多くの御菓子のディスプレイ。

 色々な趣向をこらした御菓子の箱庭は絶品の一言だ。


「これは焼き菓子ですか? 家や.....教会? ベンチとか、凄いですね、とても御菓子とは思えない」


「こちらは生菓子のようです。雪景色ですね、素晴らしい」


「こっちはゼリーですっ! 夏の風景でしょうか。海も綺麗で美味しそうですっ!」


 イスマイルが眼をキラキラとさせて感嘆の声を上げた。パチェスタは無言だが、その頬の高揚ぶりから夢中なのが見て分かる。

 畳一畳ほどの箱庭に作られた繊細な空間。各々並べられたそれらを凝視し、誰もが見惚れ、溜め息を隠せない。


「いやはや、何とも贅沢な。これは大量の砂糖や蜂蜜が使われておるのでしょう?」


「どちらも高価な品だ。なにより、この緻密で繊細な御菓子の数々。たしかに芸術品といっても過言ではありませんな」


 にっと満足げな笑みを浮かべ、興奮醒めやらぬ克己を連れて、小人さんは左右の広間の扉を開かせた。


「左が焼き菓子。右が生菓子です。今日に限り、オープン時同様に準備させてあります。御堪能くださいませ」


 言われて覗き込んだ人々は、思わず固まる。

 そこには中央に八方睨みのキッチンが備えられ、三方の壁一面にズラリと御菓子のブースが並べられていたのだ。

 南側は大きなガラス扉が三つあり、今は全面開け放たれている。その先は広いテラスで、森林公園を一望出来る造りになっていた。


「お好きなモノを御持ちになり、飲食スペースのテーブルで御召し上がり下さい。中央のキッチンにいるパティシエ達が季節の果物や冷たいデザート、暖かいデザートも用意いたします」


 言われてキッチンを見る人々。キッチンの中には三人のコックスーツの男性らがおり、深々と頭を下げた。


「なんともはや..... 贅沢の極みですな」


「あら。そうでもありませんわ。ここの入場料は銀貨二枚ですから」


 そう。御菓子のお城の入場料は大人銀貨二枚、子供銀貨一枚。それだけで食べ放題の場所なのである。

 無論、オプションは別。御菓子作り体験や、各種販売用のお土産は別途支払いだった。

 普段は食べられないようなアイスクリームやシャーベット。デコレーションされたプリンやゼリーなど、特別感を押し出した雰囲気が売りである。

 フレンチトーストやクレープのライブクッキング。火魔法によるキャラメリゼや、氷魔法によるクラッシュなど、見てても楽しい仕様になっていた。

 そういった繊細な魔法加減は、長く料理に携わってきた者らにしか再現出来ない。

 ここで御披露目しても、魔法新興国には不可能な芸当である。

 もしここで小人さんが魔法でやろうとしても、ダークマター擬きな消し炭が量産されるだけだろう。それぐらい積み重ねと感覚がモノを言う技術だった。


 彼女の目の前には、キッチンブースに群がる親善特使の面々。

 各々、出来上がったデザートに感嘆の眼を向けていた。


「ホイップクリーム? 生クリーム? どう違うのだ? 全く分からん」


「マドレーヌ? フィナンシェ? え? そっちはパウンドケーキ? .....形以外、同じではないか?」


「カヌレ? 真っ黒だぞ? 失敗しておらぬか? 焦がしたのだろう?」


「見て見て、兄上っ! 水の中に真ん丸なゼリーがっ!」


「それを掬って.....? 飲み物に? え? これで飲むのか」


 ゼリー飲料用の太い紙ストローを不可思議そうに眺めるイスマイルとパチェスタ。

 他の皆様も侍従らに、あれもこれもと取り分けさせて御満悦そうである。


「やっぱ、美味しいモノの前に敵はいないよねぇ♪」


 テラスのテーブルで御茶を片手に頷く小人さん。その正面には大皿に盛られた数々のケーキと、ガラスの器一杯のアイスクリームやシャーベットがあった。


 この小さな身体の何処に入るのか。


 見ているだけでお腹一杯な千早を余所に、小人さんと克己はガツガツと御菓子を食べる。


「これだよ、これっ! スイートポテトっ! キルファンでも食べたことあるけど、御菓子の城で食べるのは格別だなっ!」


「良かったね♪ ここがオープンしたら、季節を問わず何でも食べられるようになるにょ、うんっ、最高っ!」


 いや、普段から何でも作らせて食べてるよね?


 思わず半眼を据わらせて、天を仰ぐ千早。


 思い出補正という言葉を知らない彼には、現代人二人の感傷は分からない。


 親善特使らが帰ると、待ち構えていた王都の人々や貴族らにも御菓子のお城が解放された。


 お残しが大嫌いな小人さん。


 絶対に余るだろう御菓子を無料で振る舞うようパティシエ達に指示していたのだ。さらに街にも知らせていた。


 一足早く御菓子のお城を堪能してる人々を脳裏に浮かべ、小人さんは親善特使一行を連れて王宮へと戻っていく。


 今夜は歓迎晩餐会。そこで彼女は、克己の言っていた生粋の中世というものを実感することとなる。


「どーして、こうなったっ?!」


 毎度お馴染みな台詞を口にしつつ、上手く行っている時ほど油断してはならない己の人生を、うっかり忘れていた小人さんだった。

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