第146話 御先と御遣い やっつめ


「これで辺境の国は皆まわったねー」


 スーキャラバ王国を後にして、小人さんはのたのたとクッションに埋まっている。その周囲には多くのモノノケ達。

 見る人が見れば白雪姫的な童話の一幕にも見えるが、群がる物がモノノケだ。とても、そんなメルヘンチックな光景ではない。

 ウサギやヒヨコ、リスなどはともかく、蜘蛛や蛇に、蛙や蠍やカマキリ。床を這うのは大小様々な百足様。

 嫌いな人が見れば、絶叫ものの光景である。

 各森を経由して、さらに増えたお供たちは嬉しそうに御菓子をポリポリしていた。


「次はドナウティルか。少し羽根を伸ばせそうだな」


 アドリスの差し出す御茶を受け取り、小人さんも嬉しそうに頷く。


「そうだね。マーロウ達なら猫をかぶる必要もないし。まったり出来そうだにょ」


 これまで各国で猫を山ほどかぶってきたせいか、小人さんは本気で安堵を顔に浮かべた。

 それを微笑ましそうに見守る小人隊とは別に、魔術師親子が驚愕の面持ちで、じっとりと冷や汗を垂らす。


 いや、アレで? 猫をかぶっていたのは分かるけど、アレだけ遣りたい放題してて羽根が伸ばせてないって..... どんだけだよっ!


 ダーヴィーが知るのは、基本的な貴族らの生活だ。高飛車で傲慢で贅沢三昧な、悪い意味での貴人達。

 その分プライドも高く、無作法や無礼を嫌い、序列を重んじる生粋の貴族達。


 それを基準として見たら、小人さんは破天荒過ぎる。無秩序で明け透けで読み合いも何もあったもんじゃない。

 相手の弱点をこれでもかと抉り、思うがままに話を進めていく。多少の譲歩もなく、ニタリと嗤って切り捨てる。

 まるで獣のような自由奔放さ。礼儀のオブラートをかけても隠しきれない野性味が際立つ少女だった。


 それでも猫が仕事をしていたのだと彼等が知ったのは、主の森に着いた時。


 主の森で小人さんは、わぁいと踊り出し、モノノケらと戯れていた。まるで無邪気な市井の子供達のように。


 ああ、素はこれか。


 軽く納得して微笑んだ二人だが、それもまだ猫をかぶっていたらしい。


 茫然としつつもダーヴィーは確認する。


「あー.....と。ドナウティルでも、俺らはレクチャーですか?」


 不安げなダーヴィーに視線を振り、少女は顔を横に動かした。


「ううん。ドナウティルにはマーロウがいるし、すでに専属の魔術師達がフロンティアから派遣されてるんでレクチャーは要らないかな」


 そう。フロンティアの貴族学院に王子が留学していたドナウティルとフラウワーズは、他の国に一歩先んじて魔術機関が出来上がっている。

 今では研究に力を注げるほどにまで育った機関が。特にフラウワーズは基礎固めを進めており、それらを発展させるのも早かったのだ。

 ドナウティルにもキルファンから送られた技術者が滞在し、技術支援、災害復興支援なども続けられ、目覚ましい発展を遂げているとの噂がフロンティアに届いている。


「楽しみだねぇ」


 幸せそうに眼を細める小人さん。


 長かった。ここまで来るのに何年かけただろうか。二歳から準備を始め、七歳から世界を駆け回り、ようよう神々との約束が終わりを迎えようとしている。


 そしてふと、小人さんはある事に気づく。


 .....共鳴を聞いていない。


 メルダとサファードが我が眼を疑ったという世界に轟いた共鳴。金色の環が完成した証を、小人さんはまだ耳にもしていなかった。


 え? どゆこと? まさか、完成してないの? 何かが足りてない?


 思わず愕然とした小人さんを乗せたまま、休憩を挟みつつ、昼夜飛び続けた蜜蜂馬車はドナウティル王国に到着する。


 地面で旗を振る人々の誘導に従い、小人さんは蜜蜂達に王宮中庭へ馬車を降ろすよう指示を出した。

 赤と白の見慣れた旗。各種誘導に使うソレはキルファンからもたらされた物だろう。

 静かに降りた蜜蜂馬車へ、満面の笑顔で駆け寄るのはマーロウ。


「ヒーロっ! よく来てくれたっ!!」


「久し振りだにょ、マーロウ。しばらく御世話になるね」


 小人さんの脇を抱えて持ち上げる王子に、眼を丸くする魔術師親子。あまりに親しげなその姿は、まるで近しい親戚のようだ。他国の赤の他人とは思えない。

 そのまま少女を片手で抱き抱え、王宮に向かおうとするマーロウを、ドルフェンと千早が止めた。


「降ろしていただけますか? チヒロ様に失礼でありましょう」


「失礼以前に触るなっ! 仮にも乙女だぞっ!」


 剣も顕な番犬二人に睨まれ、マーロウは小人さんに視線を落とす。


「嫌か?」


「嫌じゃないけど、大きくなったね、マーロウ。また背が伸びたんじゃない?」


 十歳近くにしては小さめな小人さんと、十五歳にしては大きめなマーロウ。その身長差は五十センチ以上。

 小人さんを片手に乗せても平気なマーロウは、鍛練もかかしていないに違いない。二年前と比べたら、子供と大人ほどにも大きく変貌していた。


「ヒーロっ! 抱っこして欲しいなら、にぃーにがして上げるからっ!」


 マーロウと比べると、まだまだ御子様な千早は、とても片手で小人さんを抱えられる体型ではない。


「僭越ながら、私が.....」


 当たり前のように差し出されたドルフェンの腕をマーロウが叩き落とした。そして鼻を鳴らしてドルフェンを見据える。


「本当に僭越だな。従者の分際で。そちらに控えおろう」


 叩き落とされた己の腕を茫然と見つめ、ドルフェンは顔に生温い笑みをはいた。

 千早とドルフェン、二人揃って不穏な殺気をぶわりと醸し出した瞬間。

 誰かがマーロウの後頭部に何かを勢いよくブチ当てる。

 かこーんっと良い音をたてて当てられたのは金銀宝石に彩られた豪奢な錫杖。


「ーーーったぁぁぁっ!」


 思わず踞るマーロウから飛び降り、小人さんが見上げた先に居たのは、新国王となったマサハド。忌々しげな眼差しを隠しもせず、じっとりとマーロウを見下ろしている。


「黙って見ておれば、そなたは..... 阿呆ぅかっ! フロンティアの従者に喧嘩を売るなっ!」


 マーロウを怒鳴り付けるマサハドの後ろにはディーバダッタとその家族。困ったような顔で苦笑する夫婦の陰から飛び出して来たのはテーピィア王子とアリストロ王子。ディーバダッタの息子達だ。


「チィヒーロ様っ! 覚えておられますか? テーピィアですっ」


「アリストロです」


 テーピィア王子? うわっ、こっちも大きくなったなぁっ!


 ドナウティル王家特有の青銀な髪に、茜色の瞳。屈託ない笑顔で微笑む二人は、当たり前だが二年前よりも大きくなっていた。


「覚えておりますよ、両殿下。お久し振りにございます」


 そそとカーテシーを決め、恭しく頭を下げる小人さんを見て、慌てて二人も頭を下げる。


「御挨拶もなく失礼をっ、ようこそお越しくださいました」


「おこしくださいました」


 可愛い子供らの様子に和む大人達。


 がるるるっと涙目で三人を睨み付けるマーロウを再び小突き、マサハドらにガードされながらフロンティア一行はドナウティル王宮へと入っていった。


 以前に滞在した離宮を借りて、沢山の荷物を封じ玉から割り出す騎士団を横目に、マーロウはワクワクした顔で小人さんを見つめる。


「今回はどのくらい滞在出来るんだ? 一週間か? それとも一ヶ月? なんなら、ずっとでも構わないぞ? そのまま嫁げば良い」


「身ひとつで馬鹿な事を」


 王族ジョークは笑えない。


「そんなもの要らぬわ。とびっきりなモノを私が用意してしんぜよう」


 真顔なマーロウを冷ややかに眺める小人隊。千早が指を鳴らし、ドルフェンが剣の鍔を浮かせた辺りで、わざとらしい咳が後ろから聞こえた。


「マーロウ。そなた、大概にせぇよ? それ以上ほざくなら、まずは仕事を片付けてこいっ! そなたを野放しにしておくと命が幾つあっても足りぬわっ!!」


 比喩でなく物理で。


 愚かな弟の後頭部で再び甲高い音を響かせる新国王陛下である。


 フロンティアの火薬庫と名高い小人隊。それに真っ正面から突撃していく姿は、いつ見ていても心臓に悪いとマサハドは思った。

 各国に潜入する暗部の報せが、今ではリアルタイムなドナウティルである。

 マーロウが主体となって運営される魔術機関。水鏡や風送りなどを体得済みな貴族達も増え、拙いながらも情報が送られてくるようになった。


 その中身に新たな震撼を走らせるドナウティルではあるが。


 ほとんどが小人さんの逸話。数ヵ月とおかず、あちらこちらから入る悲鳴のような報告を聞き、つくづくドナウティルは運が良かったと安堵に胸を撫で下ろすマサハドだった。


 カストラートが半属国化とか、クラウディアの森が枯れて魔物が集まり国が陥落寸前だったとか、トルゼビセント王国の王女殿下と仲睦まじくあるとか。

 ほんの昨日にも、スーキャラバ王国の王太子が魔物を連れて散歩していたなど、眼や耳を疑う情報がわしわしと届いていた。

 なかでも、魔物に破壊されたカストラートの貴族街の映像や、クラウディアを包囲するような夥しい数の魔物の映像に度肝を抜かれ、あらためてフロンティアには逆らうまいとマサハドは心に誓う。

 一歩間違えば、ドナウティルも同じ目にあっていたのだろう。たまたまマーロウが小人さんと仲良くなり、死地にあったことから助太刀してもらえ、なしくずし的に結ばれた仲間意識。

 結果、想像もしていなかった結末を迎えて、今がある。


 ああ、本当に幸運であった。当時は後のない絶望的状況だったが、それが小人さんという稀有な後ろ楯を呼び寄せてくれたのだ。


 キャン×キャンやる子供達を眺めて、今の至福を噛み締めるマサハド。

 声を上げて笑う兄弟。命の危険を知らずに育つ子供ら。何の憂いもない王家の未来。


 しかし、そこに不穏な空気が漏れ広がる。


 マーロウの不躾な物言いに爆発寸前なフロンティアの面々を敏感に察知して、マサハドは考えなしな弟の後頭部を再び殴るべく錫杖を掲げて、わざとらしく咳をした。


 錫杖で殴られ、おおおおっ? と踞る可愛い弟。


 おまえ、ほんっとーっに己の立場を弁えないと不味いよ? 盛大な空回りをしつつも諦めない根性は認めるけどね?


 フロンティアとドナウティルでは王族の常識が違う。ドナウティルは身分が絶対の階級社会。どのような横暴でも通るし、それを行うことがステータスでもある。常に権力がある事を内外にしめさねばならない。


 しかし、フロンティアは違うのだ。理不尽な要求や専横を行う者は恥知らずと後ろ指を指される。


 強者が弱者に持つべきは余裕であって、傲りではない。与えるモノは庇護であって、蹂躙ではない。

 それが後の納税者生み出し育むのだ。


「せっかくの金づるを減らして、どーすんのよ。馬鹿じゃね?」


 小人さんの説明に、目から鱗なマサハドと側近達。その通りである。


 .....まだまだ我が国は遅れている。


 フロンティアを介してフラウワーズとも良好な現在。キルファンから訪れた技術者らとともに試行錯誤な毎日だが、少しは前進していると信じたい。


 全く前進せぬ、こやつを、まずは矯正せねばなっ!


 魔術機関の責任者でありながら仕事を放り出してきたマーロウに説教をかましつつも、楽しい毎日に、ついつい頬が緩むマサハドである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る