第145話 御先と御遣い ななつめ


「..........」


「..........」


 あの一件のあと、スーキャラバ国王に拝み倒され、結局、魔術関連のレクチャーをする事になった小人さん。

 基本的な事を理解してもらわないと、フロンティアの魔術師らを派遣する事も出来ないからだ。

 まあそれはヒャスバルとダーヴィー達に丸投げしているので構わないのだが.....


 そのせいでスーキャラバの王宮に滞在する羽目になった小人さん。


 のこのこと王宮を散策する少女のあとを、誰かがこっそりとついてくる。


「.....なんだろう?」


「嫌な目付きですね」


 訝しげに眼をすがめて、付かず離れずついてくる誰かを睨む千早とドルフェン。

 こっそりのつもりなのだろうが、周囲にいる護衛や側仕えらがオロオロしているため、全くこっそりになっていない。


 あの騒ぎで必死にひき止めるスーキャラバ国王に折れた小人さんは、晩餐で件の王太子から謝罪を受けた。

 彼の名前はサリーム。去年立太子したばかりで今年十七歳。

 本当に悪気は無かったのだという王太子の言い訳を右から左に流し、小人さんは魔力と魔法の復活を詳しく話した。それに伴う基本的な知識と心得のレクチャーをしたい事も。

 満面の笑みで受け入れてくれた国王と対照的に、サリームは憮然と眼を見開き、ただ黙って話を聞いていたのだが.....


 翌日から小人さんを付け回す王太子。


 何処に行くにもチラチラ見えるサリームの影に、小人さんも流石に辟易とする。


 時折、潤んだ眼差しに慈愛を溜めて、ほうっと溜め息をつかれ、小人さんは背筋に悪寒が走った。


 蕩けるような熱視線。


 鈍感な小人さんは気づいていないが、ここまであからさまな情熱を乗せた視線に千早達が気づかないわけはない。


 .....変態だ。少女趣味の変態だ。


 氷点下を下回る冷たい冷笑で、サリームを睨み付ける小人隊。しかし、それを知らぬ小人さんの一言で事態は一変した。

 警戒も顕に睨み付けていた小人隊を余所に、小人さんはサリームを手招きしたのだ。


「んっもぅぅ! 鬱陶しいなぁ。おいで?」


「え?」


 思わず呆ける王太子。


「ヒーロっ?!」


「チヒロ様っ?!」


 慌てる千早達を気にしつつ近寄ってきたサリームへ、小人さんは一匹の蜜蜂を手渡した。


「モノノケに興味あるんでしょ? はいっ!」


「よ.....っ、よろしいのですか?」


「遠目でずっと見られるよりマシにょ」


 むんっと鼻を鳴らす小人さん。


 ほにゃりと雪崩を起こした顔でそっと蜜蜂を抱き締める王太子の姿に、小人隊の面々は顎を落とす。


 つまりは、あの情熱的な視線の先はモノノケ達だったのか。


「他に何があるのさ。.....あ、バッカねー、アタシみたいなチンチクリンに情を寄せるような物好きはいないって」


 ひらひらと掌を振る小人さんに、思わず眼を据わらせる千早達。


 その物好きは少なくとも王族だけで片手はいるんですけどね。


 だが敢えて口にはしない。万一、小人さんが意識して、それらしい素振りでも見せようものなら、相手に要らぬ燃料を注ぐことになるし、それに応じて、少なくとも小人さん超溺愛家族らは相手に突きつけるための得物を研ぎ出すだろう。


 発火、爆発間違いなしである。


 寝てる子を起こす必要はない。うん。


 視線で頷き合い、お口にチャックをする小人隊。

 知らず知らず、長閑な日常に地雷を埋めまくる小人さん。

 自分が気にするほど、周りは自分を見てやしないが持論な彼女だが、自分が思うほど周りは無関心ではないという事を、後々思いしることとなる。


「だから言ったじゃないかぁぁーっ!」


「うにゃぁぁぁーんっ!」


 少し遠い未来に、己の自覚の無さをロメールに叱られ、泣きわめく小人さんがいるのだが、それもまた別の話。




「.....あー」


 蜜蜂を抱き締めながら涙を溢すサリームに、ぎょっとする小人さん達。


「.....ぁー、ぅあー.....ぅぅ」


 ほたほたと泣く王太子を慰めるように、脚で頬を突っつく蜜蜂様。

 思わず固まってしまったフロンティアの面々に苦笑し、王太子の側仕え達が困ったかのように目配せした。


「.....王太子様は魔物が御好きで」


「辺境の森まで遠征しては、なつかせようと挑戦しておられたのです」


 聞けば毎月のように森へと向かい、餌付けしてみたり、冒険者らに頼んで何とか捕まえては撫でようとしたりと、孤軍奮闘していたらしい。

 檻の中から威嚇されつつも、手を入れては噛まれ、引っ掛かれ、それでも庭に離して少しでも慣れてもらおうと試みては、頭突きで吹っ飛ばされたりと、側仕えらから見たら血の気の凍りつく日々だったとか。


「猪の魔物に突き上げられた時は.....」


「死んだと思いました..... あ、いや」


 胡乱な眼差しで宙を見つめていた側仕えが、咄嗟に口を押さえる。話しすぎたと思ったのだろう。たしかに聞くだけでお腹一杯になる内容だ。

 蜜蜂を抱き締めている腕に、うっすらと走る多くの傷痕。背中や腹には、もっと大きな傷があるのだろう。


「.....ぅー」


 感無量を体現する人がそこにいた。


「ドルフェン、癒しを」


「畏まりました」


 小人さんに頷き、ドルフェンは両手をサリームにかかげる。途端に王太子を包む淡い光。

 靄のような魔力に包まれ、王太子の身体が何度か発光する。


「えぇ?」


「まあ.....っ!」


 眼に見えていた傷が薄くなって消え、何かを感じたのかサリームは涙で真っ赤になった顔を上げた。


「痛みが.....? え? 傷がない?」


 身体を捻って腹や背中を確認する王太子。


 それを微笑ましく見つめて、小人さんは花が綻ぶかのように優しく笑う。


「治癒魔法ですわ。ドルフェンは魔力の高い貴族です。部位欠損でも癒せますの」


「なんと..... .....? なのに王女殿下の傷は癒されないのですか?」


 サリームが指摘したのは小人さんの腕に走る無数の赤い線。

 うっすらとだが、たしかに存在するソレは、以前、ジョーカーの森から割れた深淵に繋がる亀裂で出来た傷だった。


「これは少し訳ありでして.....」


 物憂げに傷を眺める小人さん。その横に立つドルフェンが、苦し気に眉を寄せる。

 闇の精霊王がつけた傷。これには治癒魔法がきかなかったのだ。闇の魔力は金色の魔力を食う。そのせいだろう。

 たぶん闇の魔力は、全ての魔力を相殺する力を持つのだ。逆に金色の魔力で闇の魔力を相殺も出来る。こちらが先手をとれればだ。

 力の比重としては闇の魔力が金色の魔力を凌駕する。


 そこまで考えて、小人さんはハッとした。


 だから高次の者達は闇の精霊王に手を出せない? ひょっとしたら、闇の精霊王は高次の者達にとって天敵になるのではないか?


 闇の精霊王は高次の者らをも喰らえる?


 己の思考に没頭する小人さんを余所に、蜜蜂から離れない王太子を何とか引き剥がそうと、必死に奮闘する千早とドルフェンだった。




「馬車で一日の辺りに主の森がございます。主に逢いに参りますが、御一緒しますか?」


 午後になって小人さんは王太子の離宮を訪れ、主の森に行こうと誘う。

 毎月のようにサリームも訪うている森だ。一も二もなく了承し、彼はいそいそとモノノケ馬車に乗り込んだ。

 そして他の人々の例に漏れず、中の空間と外観を何度も見比べて唖然としている。


 これにも慣れたよねぇ。


 ロメールの魔改造が進み、今や平屋一戸建てほどの空間を維持するモノノケ馬車。リビングと双子の寝室や騎士団の寝室。簡易キッチンまである徹底ぶり。もはやまごうことなき家だった。


 小人さんの秘密基地。


 空をゆくため、トイレだけはつけられないのが難点か。基本、乗り物のトイレは穴だけなのだ。馬糞と同じく道に垂れ流し。空から、おそそが降るなど恐ろし過ぎるだろう。


 これも改良したら良いのに。興味なさげだもんなぁ、ロメール。


 専門以外には無関心なのが職人だ。それは魔術師も同じである。


 そんなこんなを考えつつ、通常なら馬車で一日の距離を数時間でかっ飛ばし、小人さんは鶏の森へやってきた。


「ラゴーン、いるー?」


 小人さんの魔力によって豊かな緑を得た森から、ガサガサと音をたてて現れたのは巨大鶏様。周囲を跳ね回るヒヨコも元気である。


《よう来られた、ささ、卵はいかがかな?》


 ダチョウのような大きい卵を嬉しそうに差し出すラゴン。子供らの生まれる卵とは別の無精卵らしい。

 それに眼を輝かせるアドリスとザックに卵を任せ、小人さんはもう一匹の主に眼をやる。


「今日は、あんたに話があってきたさー」


《知っているよ。答えは否だ》


「そっか、了解」


 大きな鎌を持つ巨大カマキリ、ブレッド。彼もまた、レギオンと生涯を共にするようだ。

 二匹と会話する小人さんを見つめ、ふおおぉぉぉっと感動している王太子。


「本当に魔物らと睦まじいのですね? 秘訣とかあれば、是非とも御教授願いたい」


 キラキラ輝く羨望の眼で凝視され、いたたまれなくなる小人さん。


「難しいことはありませんわ。主の一族は知性ある魔物。一緒に美味しいモノを食べたり、筆談したり..... まあ、御近所付き合いみたいな?」


 嘘は言っていない。うん。


 ほうほう、と頷くサリーム。そして用意していた食べ物を側仕え達に運ばせた。

 野菜や果物、簡単な焼き料理等々。


「何が御好みか存じませんで..... 取り敢えず色々と用意してみました」


 野生の魔物らで惨敗してきたサリームは、すがるように巨大鶏を見上げる。

 それに鷹揚な頷きを見せ、ラゴンは籠の中にあった肉の串焼きを咥えた。


《料理なるモノは魔物には作れぬ。.....美味いな》


 器用に嘴で肉をこそぎとり、もちゃもちゃと御満悦な巨大鶏様。地面に書かれた文字を読んで、満面の笑みで頭に花を咲かせまくる王太子。


 こうして小人さんの橋渡しにより、サリームの念願は叶う。

 全力で名残を惜しむ王太子に、なんとラゴンは一匹の子供をつけてくれたのだ。


《こやつが何度も森を訪うていたのは知っておりました。.....満身創痍で帰っていくのも。悪いようにはなりますまいて》


 だばーっと滝のような涙で埋まるサリームを、呆れたような顔で見つめる小人さん。

 彼もまた、苔の一念の力技で森の主に認められていた。


 身体張ってた甲斐があったねぇ?


 目的を果たして帰還するモノノケ馬車を、巨大カマキリ様が切なげな顔で見送っている。


《.....考えは変わらぬかよ、ブレッド》


《変わらねぇな。.....あるじ様のためだ。俺ぁ、レギオン様に従う》


 ラゴンに背を向けて森の奥へと消えていくブレッド。


《頑なだの》


 ラゴンの呟きは誰にも拾われず、森を抜ける風に霧散した。


 主達に横たわる不穏な空気。


 小人さんの知らない何かが、静かに頭をもたげ始める。



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