第144話 御先と御遣い むっつめ
「これは..... いったい、どうしたことだ?」
唖然とするスーキャラバ国王。
そこは謁見の間。縄を打たれて跪いているのはスーキャラバ王国正規軍の鎧を纏う騎士達だった。
「さあ? それをお聞きしたくて参りましたのよ?」
ずらっと並べられた騎士らの背後には、眼に弧を描き、ふくりと微笑む可愛らしい少女。豪奢ないでたちで扇を閃かせている。
時を遡ること数十分前。
王宮前面にいきなり降りた馬車。多くの魔物に守られた馬車に括られた網には、スーキャラバ王国正規軍の鎧を纏った騎士らが詰め込まれ、蜜蜂の魔物に吊るされていた。
その馬車から降りてきたのは二人の子供達。
豪奢な衣装を身につけ、子供らしくない炯眼な眼差しでスーキャラバ国王に謁見を申し込んできたという。
「なんだ、それは? 魔物? 空から降りてきた? ふざけるのも大概にせよ」
呆れたような側近の言葉を正面から受け止め、門番の兵士はギロリと眼を据わらせた。
「ふざけているのならどれほどマシか..... 災害級の魔物を率きつれた王族など..... 私自身信じたくもございませんっ!」
「王族っ?!」
ざわりと広間の空気が蠢く。
「護衛の騎士らによれば、フロンティア王国の王女殿下だとのこと。しかも、辺境入りした途端にスーキャラバ王国の兵士達に囲まれ、連行されそうになったそうです。網に捕らわれている者は、その一部だと」
国王の顔が奇妙に歪んだ。
フロンティアより親善特使が訪れる話は通っている。何でも、魔法や魔力に関する報告があるとの事だった。
他にも娯楽として紙芝居や人形劇、最近中央区域で流行っているらしい甘味。フラウワーズと共同開発した魔術道具など、多岐にわたる技術を持ってきてくれるとかで、国王も楽しみにしていたのだ。
中央区域は閉鎖的で辺境を受け入れてくれない。戦力は歴然としていてスーキャラバに太刀打ちも出来ない。
そんななか中央と懇意にしているフロンティアからの客人の来訪を、スーキャラバの貴族達も期待に胸を膨らませて待ちかねていた。それなのに.....
誰かがフロンティアの親善特使一行を襲った?
国王は、ぎりっと玉座の手摺を掴む。その掴んだ指先の白さから、スーキャラバ国王が如何に憤慨しているかが感じ取れた。
「すぐに謁見の用意を..... 客人を待たせてはならぬぞ」
こうして僅かな時間でスーキャラバ国王は小人さんと対面したのである。
「この者らの話によれば、王太子殿下が、わたくしどもを連行せよと仰ったとか。武力行使もいとわないと。舐められたものですわね、フロンティアも」
軽く嘆息し、チラリとスーキャラバ国王を眺める小人さん。
「王太子が.....? そのほうら、間違いないのだなっ?」
国王の詰問に頷く騎士達。
「フロンティアの親善特使とは聞いておりませなんだが..... 魔物が牽く馬車を確保し、連行せよとの御命令でした」
魔物が牽く馬車など小人隊しか有り得ない。やや眼を据わらせるフロンティア騎士達。
それを余所に、スーキャラバ国王は王太子を呼ぶよう侍従に申し付けていた。
「大変申し訳ないことを..... 神々に誓ってスーキャラバ王国はフロンティアを害しようなどとは思っておりませぬ。むしろ、新しい技術や娯楽をお持ちくださると楽しみにしておりました」
狼狽を隠さぬスーキャラバ国王の態度を見て、ふうむと小人さんは思案する。
ってことは王太子の独断?
国王と小人さんが幾つか言葉を交わすうちに、謁見の間の扉が開き一人の青年が現れた。
年の頃は二十歳前後。薄い赤茶色の髪に灰青の瞳。背の中程まである髪を首の後ろでひとつ結わきにした青年は、ジロリと小人さん一行を見渡した。
「何事ですか、父上」
しれっと小人さんの横を通りすぎ、青年は玉座のスーキャラバ国王を見上げる。
「そこな者達が、そなたの命で辺境へ向かったと言うが。相違ないか?」
「ございません」
低く答えた王太子の言葉で、場が騒然となった。ざわざわする呟きをモノともせず、彼は言葉を続ける。
「フロンティアから親善特使が参られると聞き、歓迎しようと案内を申し付けました。それが何か?」
「歓迎?」
涼しい顔で宣う王太子の説明に、勢いよく切り込んだのは小人さん。
「こちらでは武力を用いて連行しようとするのを歓迎と申されますの?」
「.....道中、危険のないように護衛をつけるのは当然かと。我が国はフロンティアと違い、治安が宜しくございません」
「まあぁぁっ、わたくし、引っ立てると恫喝されましたのよ? それが護衛? スーキャラバ王国では、そう申されますのね。存じませんでしたわ」
王太子の澄ました眉がピクリと震えた。それを見逃す小人さんではない。彼が口を開く前に、ガトリング砲のごとく畳み掛ける。
「騎士達はフロンティア特使だとも知らなかったようですし、護衛対象が何者なのかも知らせずに部隊を派遣するのがスーキャラバの遣り方ですのねぇ。兵士らが気の毒ですわ。こんな場所で晒し者にされて。上に立つ者として、そんな曖昧な命令を出された兵士に同情いたしますわぁ」
しん.....っと静まり返る広間で、王太子のみが眼を剥き奥歯を噛み締めていた。
言い逃れなんかさせないにょん。
小人さんの言葉に感嘆の眼差しを向けるスーキャラバの騎士達。彼等は王太子から魔物の牽く馬車の一行を捕獲し、離宮へ連行せよとしか聞いていなかった。
それがフロンティア王族の一行だと知ったのは相対した時。それでも王太子の命を守ろうとしたのに、彼の御仁は騎士らの独断にすり替えようとしたのだ。
歓迎の案内に出したのに、騎士達が勝手に武力行使に出たのだと。
話の流れからそれを察し、絶望に項垂れた騎士達の耳に信じられない言葉が届く。
フロンティアの王女殿下が、その不穏な話の流れを断ち切った。過不足なく事態の説明をし、王太子の逃げ道を塞いだのだ。
どんな理不尽を押し付けられようとも王家に仕えるのが騎士である。後の王となる王太子の命令であれば従う他はない。それが国の安寧に繋がる。
だが、フロンティアの王女殿下は言うのだ。上に不条理を言われる兵士らが気の毒だと。
分かって下さる方がおられる。
それだけで騎士は報われる。
ここでどのような沙汰が下りようとも、理解してくれる誰かがいるだけで本望だ。
騎士達は覚悟している。王太子の失態を隠すために自分らは処分されるだろうと。
アルカディアの大抵の国はそうだ。目下の者を道具にしか思っていない。むしろ、高貴な方のために犠牲になれるのは誉れと刷り込まれていた。
例に漏れず、跪く彼等も王太子のために汚名をかぶる覚悟を決める。それが王家に泥を塗らない最善の策。
しかし彼等は知らない。小人さんという生き物を。
「下の者の失態は上の者が責任を持たないと。少なくともフロンティアではそのようになっておりますのよ?」
ふふっと可愛らしい声で呟く少女。
えっ? と顔全面に疑問符を浮かべるスーキャラバ王国の人々。
「騎士らが犯した失態は王太子様の責任です。さらには王太子様の失態は国王陛下の..... さあ? どうなさいますか?」
小首を傾げてあざと可愛い顔をする小人さん。
それに狼狽え、澄ました仮面を放り投げたのは王太子だった。
「そんな馬鹿なっ! 従える部下がどれほどいると思っておられるかっ! その全ての兵士が、何か揉め事を起こせば、私に責があるとっ?!」
「その通りです。部下らを統率し規律を守らせる事も出来ぬ者に国王は務まりませんことよ? 王太子殿下?」
「有り得んっ!」
ずかずかと小人さんに近づき、恫喝する王太子。その間に滑り込み、ドルフェンが厳めしく王太子を見下ろした。
「敬愛する主君の恥にならぬよう尽くすのが部下です。そう思える御方に仕えられる事こそ騎士の誉れ」
屈強な体躯の騎士に見下ろされ、僅かな怯えを見せる王太子。ドルフェンの言葉は、裏を返せば、不祥事を起こす部下しか持てない王族は慮外者なのだと辛辣に物語っていた。
「もし私が何かを起こせば、王女殿下は全力で庇おうとなさるでしょう。だからこそ、そのような窮地を主君に招かぬよう、私は誠心誠意尽くす所存」
「これが騎士と言うものです。わたくしも何かが起きぬよう、しっかりと細部まで指示を出しますわ。.....それを怠るなんて。王太子殿下は為政者に向いておられないのではなくて?」
やれやれと首を振る少女を見て、真っ青から真っ赤に顔色を変える王太子。もはや先ほどまでの余裕は何処へやら。頭に湯気が見えそうなほど激昂していた。
そりゃそうだろう。未熟者と公衆の面前で罵られたのだ。それも他国の騎士に。さらには小人さんから王の器ではないと暗に皮肉られて、気づかないわけはない。
「よくも.....っ、そのようなっ!」
今にも飛びかかりそうな王太子を、国王の一喝が止める。
「もう良いっ! 王女殿下の仰るとおりだ。そなたはいたらなすぎる。騎士らは御苦労であった。後で褒賞をとらすゆえ下がれ」
「父上っ?!」
「そなたも下がれっ! これ以上の醜態をさらすでないわっ!」
何かを叫びながら騎士達に引きずられていく王太子。それを疲れたような顔で見送り、スーキャラバ国王は小人さんを見た。
「お恥ずかしい限りです。これに呆れず、両国懇意にしていただけると、ありがたいのですが.....」
いや、無理じゃない?
フロンティア一同の顔から察したのだろう。軽く天を仰ぎ、片手で眼をおおうスーキャラバ国王だった。
そんな益体もない一幕が、謁見の間を気まずい空気で満たしていた頃。
無理やり離宮へ下がらされた王太子は荒れていた。
「なんでこんな事にっ?!」
テーブルの上に用意されていた料理や酒を叩き落として、テーブルクロスまでも引っ張り床に叩きつける。
上手くゆけば、今この場にはあの王女殿下がいたはずだった。そして和やかに酒宴を催し、フロンティアの秘密を聞き出せるはずだったのに。
強硬な手段を用いた非礼を詫び、個人的に用意していた贈り物を渡して親密になりたかった。
王宮に迎えてからでは個人的な面会時間など取れない。始終スーキャラバ騎士の護衛がつくに決まっている。そのため、どうしても王宮に入る前に、この離宮で会いたかったのに。
王太子の離宮は王宮とは別の出入口を持つ。私的な面会や外出があるためだ。だから、そこを利用して、何とか王女殿下一行を招こうと画策したのだ。
なのに、失敗した。
失敗したどころではない。あろうことか、王女殿下への心象が最悪になってしまった。
何年も恋い焦がれた王女殿下の。
「お可愛らしい方だった..... 理想通りに、多くの魔物を従えて。ああ、何て事だっ!!」
王太子は忘れない。数年前に空をかけめぐった魔物の馬車を。
成人したばかりだった彼は、大空を飛ぶモノノケ馬車に一目惚れしたのだ。それを自在に操るという王女殿下にも。
どんな方なのだろう? 幼い王女殿下と聞く。きっと素晴らしい方に違いない。
憧憬の眼差しを向けつつ、彼は全力で小人さんの事を調べた。魔物と王宮に住み、多くの技術や知識を持つ賢人。
身分に分け隔てなく親切で優しく、政略結婚の婚約者がいる事。
親善特使で回る時は、少数の護衛や側仕えしかつけていないなど、事細かに調べあげて今回の暴挙に及んだのだ。
手荒に迎えれば、優しいと評判の王女殿下の事だ。きっと従者を守るため、素直にしたがってくれると思っていた。
まさか返り討ちにし、王宮へ連行してくるなどとは思いもよらなかった。
「どのようにして魔物を操っておられるのか..... 知りたかったのに。きっとフロンティアの秘技だろう。.....もう、聞き出す事も出来ないな」
王太子が小人さんを秘密裏に迎えたかった理由である。
王の眼がある場所で無体は働けない。
「ああ..... どんな事をしても聞き出したかったのに。魔物を従えるって、どんな感じなのだろうか。さぞ心地好かろうなぁ」
うっとりと呟く王太子。
その瞳に浮かぶ狂気じみた光を、謁見の間にいる小人さんは知らない。
フロンティアや他の国とは違うベクトルで小人さんに執着し、拗らせた人間がここにもいた。
魔物に極度の偏愛を示す、スーキャラバ王国王太子の存在を、今は全く知らない小人さんである。
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