第143話 御先と御遣い いつつめ
「さーて、そろそろ馬車を走らせようか」
巨大ムカデの森に寄って、小人さん達一行は遠目に見えるスーキャラバ王国辺境手前でモノノケ馬車を下ろす。
以前、反対側の森を訪れた時にはスーキャラバ王国内に入らなかった。急いでいたのもあったし、余計な手間を取りたくもなかったからだ。
比較的おおらかで、国内に入らないならモノノケ馬車の飛行も許してくれたので、それに甘えたのである。
「ここはどんな国かなぁ? ワクワクすんね♪」
窓から辺境の村を眺める小人さんを捕獲し、ヒュリアが優美に微笑んだ。
「宿につく前にお支度をしましょうね。磨いて差し上げますわ」
弧を描きつつも笑っていない黄昏色の瞳。うにゃあぁぁっと連行される少女を見送り、騎士達は苦笑い。
トルゼビソント王国滞在時に先触れを出してあったスーキャラバ王国への入国は問題ないはずだった。
そのはずだったのだ。
「あれぇ?」
辺境の村の宿屋に到着した小人隊は、いきなり多くの兵士に囲まれた。それぞれ得物を構えて立ち並ぶ軽鎧の兵士と、金属の甲冑を着た騎士らしき者達。
モノノケらが威嚇するのを抑え、ドルフェンは馬車から降りて話をする。
「何事か? この馬車はフロンティア親善特使の一行だ。入国許可もいただいている。何も問題はないはずたが?」
ざんっと相対し、騎士同士が顔を見合わせるなか、責任者らしい人物が甲冑の面ぽおを上げ、声高に叫んだ。
「王太子のお召しですっ、共においでいただきましょうっ!」
王太子?
つまり強制的に連行するため、わざわざこんな辺境に部隊を派遣して待ち構えていた訳か。
ざっと見渡しても百人はいる。大半の兵士は軽鎧。甲冑の者らは十人ほど。
手にした武器も大半が青銅である。お話しにならない武力だ。思わず天を仰ぎ軽く思案するドルフェン。
チラリと視線を馬車に流せば、窓から覗いていた小人さんが、にかっと破顔する。
.....ですよね。
この中世観の強いアルカディアでは、舐められたら最後だ。強さこそ正義。目の前の兵士達が武器を構えて見せつけているのも同じ理屈。
「正規の手順を踏んでの入国だ。無体を強いるとあらば、圧し通る」
ドルフェンが右手を振ると、多くのモノノケ達が本領を発揮した。
カエルの守護に蜜蜂らの風魔法。居並ぶ兵士達の頭上に撒き散らされたのは、縦横無尽に走る蜘蛛の糸。
「抵抗するならば引っ立てるぞっ!」
「やれるものならやってみよ。そなたらなど騎士が出るまでもないわ」
ほくそ笑むドルフェンと対照的に怯える兵士達。空に放たれた蜘蛛の糸が相手へ絡まった瞬間、蜘蛛達が糸を引き絞る。
「うわっ?」
「なんだ、これっ!」
「痛い、痛いっ!?」
刃物すら受け付けぬ主の一族の糸でがんじがらめにされ、百人からなる兵士達に動揺が走った。
それを見逃さず、風魔法をつかい兵士達を吹っ飛ばす蜜蜂様。
甲冑の騎士達も手も足も出せない。絡まる細い糸がガッチリとその行動を阻んでいた。
「こんな糸で.....っ! むむむっ!」
いくら力を入れても切れない糸。普通の裁縫糸より細い、眼に見えぬほど細い糸なのに、全く歯がたたなかった。
あまりの細さで絡まるのにも気づかず反応が遅れ、百人からなる部隊は芋虫の山と化す。
騎士が出るまでもないというか、騎士より遥かに強いのがモノノケ隊だ。生温い笑みを浮かべ、ドルフェンらフロンティア騎士はスーキャラバ王国の人々を睨め下ろしていた。
「どうやら我らを捕らえよとの命令が下っている様子。いかがなさいますか? チヒロ様」
うごうごと蠢き呻く兵士達の前に、一人の少女が現れる。
艶やに波打つ黒髪。萌え出る新緑を思わせる淡い瞳。すらりと伸びた肢体に纏うのは見事な御衣装。
慎ましやかな光沢を放つ前合わせのドレスは、絹のように見えるがそうでないようにも見えた。
シルク独特のツルツル感が薄く、描かれた模様もスーキャラバ王国では見たこともない意匠。そこで彼等は、ハッと息を呑む。
そう、布に直接描かれている模様に気がついたのだ。染めでもなく、縫いでもなく、まるで一枚の絵画のように描かれた生地。
間違いなく筆を滑らせて描かれたであろう模様を見つめ、さらにはそれを彩る立体的な刺繍に摘まみ細工の花々。
その全てがスーキャラバの人々にとって、未知との遭遇だった。
この装いひとつで計られる技術力の差。兵士達はともかく、騎士らしき甲冑の男達は身分ある者なのだろう。降り立った小人さんの見事な姿に固唾を呑み込む。
「手荒い歓迎、ありがとう存じます。王太子様からの御召しとありましたが、国王陛下は御存じで?」
しゃなりと膝下丈のドレスを翻し、小人さんは声高に叫んだ男性の前に立った。
「.....我等は命令に従うだけでございます」
苦々しげに呟く男性を見下ろし、小人さんは扇を広げ、淑やかにほくそ笑む。
「あら、そうですの。では王宮で直に御尋ねする事にしますわ。王太子様がフロンティアへ喧嘩を売った理由を、国王陛下に」
「喧嘩を売ってなどっ! .....っ」
慌てて弁明しようと、男が顔を上げるが、その先を口にする前に喉が凍りついた。
彼の視界に入ったのは、温度の欠片もない無機質な瞳。冴えざえとした眼差しに気圧され、この国では歴戦の兵であろう男どもが微動だに出来ない。
潜ってきた修羅場が違うのだ。命のやり取りどころが、世界の命運をかけて神々と闘った覇気は、未だに衰えていない小人さん。
十把一絡げな男どもなぞ、何するものぞ。
「戯けた事を。武力をもって連行しようとする行為を、スーキャラバ王国では紳士的とでも言うのですか? あいにくフロンティアは悪意には百倍返しと相場が決まっておりますの。せっかくの親善を台無しにしてくれた王太子の責任は国王陛下に取っていただくとしましょうか」
いや、その相場はチヒロ様だけのルールですよね?
思いはしても口には出さない小人隊。しかし、ここで黙っていられない者が飛び出してきた。
「王弟殿下からの通信ですっ!」
事のしだいをダーヴィーが実況中継していたようだ。結果、フロンティアから物言いが入ったらしい。
ダーヴィーの横槍に、ちっと舌打ちする小人さん。
それを信じられない面持ちで凝視する魔術師親子。
今、舌打ちしたっ? したよねっ? なんてお姫様だよっ!
ざわざわと落ち着かないスーキャラバの兵士達の前に水鏡を張り、二人はフロンティア王宮と繋ぐ。
『初めまして。聞こえているかな? 私はフロンティア国王側近筆頭、ロメール・フォン・リグレットと申します。お見知りおきを』
国王側近筆頭と聞き、眼を見開くスーキャラバの男達。
『簡単な経緯は伝わっております。何故に王太子殿はチィヒーロ王女を連行せよと? 事としだいによっては、フロンティアから正式な抗議をさせていただくが?』
キチンと手順を踏み、正式な訪問を許可されているにも関わらず、国内に入ったとたん拉致しようなど言語道断と、遠回しでオブラートに包みながら話すロメール。
『フロンティアは魔法国家です。こうして、常時連絡を取り合えます。 .....秘密裏に事に及ぼうなんて浅ましい真似は出来ないと王太子殿に御伝えくださいませ』
優しげだったロメールが一瞬で鋭く獰猛な顔に変貌する。冷利な眼差しで見据えられ、スーキャラバの兵士達は力なく項垂れた。
『こんな国を訪れる必要はない。モノノケ馬車でとっとと迂回してしまいなさい』
淡々と述べるロメールに、反論するのは小人さん。
「えーっ! まだ観光もしてないにょっ!」
『観光より、身の安全でしょ?』
「王太子か何か知らないけど返り討ちにするからダイジョブっ」
『それ、何処にも大丈夫な要素ないよねっ? むしろ事を荒立てる未来しか見えないんだけどっ? 誰もが君と同じ世界線で生きてるわけじゃないからねっ?!』
喧々囂々と捲し立てる二人の会話を耳に、大きく頷く小人隊と、すっとんきょうな顔を並べるスーキャラバ兵士。
「じゃっ、王都までっ! こいつら連れていって事のしだいを聞くくらいは良いよねっ? ロメールだって気になるでしょ?」
『う.....っ、まあ、確かに』
「馬車で飛んでいくからさっ、危なくないし、危険を感じたら同じように飛んで逃げるしっ!」
それを出来る実力がある小人さん。さすがにロメールも否定は出来ない。
『.....了解。今回の話を聞くだけだよ? 間違っても揉め事に首を突っ込まないようにね?』
ぜーぜーと言い争った二人の妥協案である。
「やったぁっ! スーキャラバ国王に釘を刺して、帰りはまったり観光していこうね♪」
『結局それなのかいっ、君はーっ!!』
がーっと吠えるロメールを余所に、小人さんは蜘蛛の糸で網を縒らせて、その中に甲冑の男達を入れた。
「え? 何を.....?」
身動きの取れない状態のまま網に袋詰めされた男達は、次の瞬間、馬車とともに大空へと羽ばたく。
「あんたらには国王の前で証言してもらうさー、他の兵士は自力で帰りなねーっ」
馬車の窓から手を振りながら、小人さんがそう言うと、蜘蛛達が各々の糸をプツリと切った。
途端にたゆむ細い糸。その糸を握りしめつつ、兵士達は呆然と小さく消えるモノノケ馬車を見送っていた。
いったい何が起きたのか。
たぶん双方、訳が分からないまま、一路スーキャラバ王国王都を目指す小人隊である。
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