第142話 御先と御遣い よっつめ
「あれだけで大丈夫かな?」
モノノケ馬車で寛ぎながら、千早は御茶をすする。
小人さんがプロデュースしたメグ王女のドレスの事を言っているのだろう。どんな相手か知らないが、新年の宴であのドレスを見た時どのような事態になるのか、千早には全く予想がつかなかった。
あれを身につけたメグ王女はとても綺麗で、よく似合っていたが、聞けば相手の婚約者は王女殿下を見下して不器量だと罵ってきていたらしい。
千早には信じられない言葉だった。
メグ王女は可愛らしい御方だ。どこから不器量などという言葉が出てきたのか。万一、それが事実であったとしても、身内ならば気にもしない。むしろ誉めてより良く生きていけるよう愛するものではないのか?
眼は口ほどにモノを言う。
メグ王女の話を聞き、この世のものとも思えぬ辛辣な眼差しで疑問符を浮かべる兄に、小人さんは苦笑した。
だよねぇ? 信じられないよねぇ?
単なる雑談として話に花を咲かせている小人さん達だが、ヴィンセント側との見識に深い溝がある事を知らない。
これは王家側も知らなかった事。
メグとの婚約はヴィンセントが望んで父親に頼み込んだという事実。
王家側は大公側からの妥当な打診だと受け入れたし、その王家から又聞きした小人さんに、ヴィンセントの真意など分かりようもない。
最初に小人さんの抱いた拗らせ男子の感想は、後で贈られた衣装を見て勘違いだと小人さんの中で上書きされた。が、実はそれこそが真実だったのである。
これから先に起こる修羅場を知らない彼は、今日もメグに逢いに王宮を訪ねていた。
「そなたは不器量だが、刺繍の御手は人並みだな。これなら、私の外套に刺させてやっても良い」
「左様でございますか」
メグが刺していた刺繍枠を勝手に取り上げて見聞するヴィンセント。そして、ふと、メグの様子に違和感を覚えた。
何時もなら涙ながらに、ありがとうございますとか、頑張りますとか、喜ぶはずの彼女が座ったまま無感動。
数日前に壊した髪飾りが女王陛下からの贈り物だったと知り、慌てて謝罪に赴いたヴィンセントだが、そこでも虚ろな眼差しの女王から一瞥をもらうだけという有り様だった。
明らかに以前とは違う王宮の違和感。
訳が分からないが、少しは機嫌をとるべきか?
ヴィンセントは、幼い頃に憧れた王女殿下を優しく見つめる。
彼女の可愛らしさは自分だけが知っていれば良い。外身など関係ない。自分はメグ王女の中身に惚れたのだから。
むしろ可愛らしい外見は邪魔だった。何時いかなる不埒者が現れるか分からない。
だからこそ、あえて埋没するような地味な服装を送っていた。壁の花になっていようとも、ヴィンセントには一瞬で彼女を識別出来る。二人を邪魔する者は誰もいない。
だが、あまりに不興を買うのも不味いと思い、彼は刺繍枠をテーブルに置くと椅子に腰掛けた。
「夏も盛りで花が見頃だという。こんど湖へピクニックにゆこう」
愛しい王女を優しく見つめ提案するヴィンセント。しかしそれは、すうっと顔を上げた王女により打ち砕かれる。
嫌悪に揺れる新緑の瞳。
「結構です。わたくしのような不器量者を連れていてはヴィンセント様の恥でございましょう? 他の美しい御令嬢を御誘いあそばせ」
言葉もなく唖然とするヴィンセントを置き去りにして、メグはガゼボを後にする。
ここからメグの反撃が始まった。
御茶会、夜会、外出もろもろ。どれに誘ってもすげなく断られるヴィンセント。
事あるごとに、『不器量なので』『ヴィンセント様がお恥ずかしいでしょう?』『そのような催しに出られるドレスはございません』などなど。
今までの彼の行いを利用した意趣返しを連続で叩き込まれ、ヴィンセントは思わず狼狽えた。
「そんな事は関係ないっ! そなたは私に従っておれば良いのだっ!」
「そうして笑い者になれとと? わたくしが笑い者にされるのが、とても嬉しいようですわね? ヴィンセント様」
最近のメグはヴィンセントの贈ったドレスを着ていない。慎ましやかだが明るい色のドレスを身に纏っている。
王宮ならそれでも良い。他の殿方にアピールするわけでもないし、可愛らしい王女の姿は彼にとっても眼福である。
だが、人目に触れるとなれば別だ。周囲に埋没する衣装を着させたい。
拗れた恋慕と悋気で糾われた縄は太く依られ、彼の中に未だ健在だ。
「笑い者になどしておらぬだろうっ!」
「笑い者だと仰ったではないですか」
その通り。王家の色も待たぬ王女など笑い者だ。慎ましやかに控え、前に出るなと言い続けて来たのはヴィンセントである。
「目立たぬよう私の傍におれば良いではないかっ、そなたになど誰も気づかぬわっ!」
「そうして気づいた方々に仰るのでしょう? 不器量な婚約者で苦労していると」
これも、その通りだった。特に相手が男性ならば、周囲がドン引くほど悋気丸出しで威嚇してきた。
「不器量でも良いと言っておるのだ! 何故に分からないっ?!」
「可愛いと仰ってくださる方が沢山おられるので。不器量だと仰る方に魅力を感じないだけですわ」
「な.....っ?!」
どこのどいつだっ?!
愕然とするヴィンセント。それに気づきもせず、メグは言葉を続けた。
「政略結婚だからと我慢をしてきましたけど。.....もう、やめましたの。わたくしが不器量で恥ずかしくて苦労なさるのであれば、何時でも婚約解消いたしましてよ?」
可愛いお洋服は淑女の武装だとフロンティアの王女殿下は言っていた。明るい気持ちは、自信と力を与えてくれると。
その通りだわ。
お気に入りのドレスからエールを貰って、メグは冷たく婚約者を一瞥し、ふんっと踵を返す。
立ち去るメグから視線を外せず、ヴィンセントは彼女が消えた扉を、呆然と凝視していた。
こうして反旗を翻した王女殿下と婚約者の、仁義なき戦いの火蓋が切られたのである。
しかし、そんな未来を知るはずもない小人さん。兄の疑問に、指折りしつつ答えていた。
「メグは周りから愛されている事を知ったでしょー? 味方が一杯いるでしょー? 綺麗なお洋服や飾りで武装することを覚えたでしょー? 相手が悪いと気づいたでしょー? .....負ける要素ないよね♪」
にぱーっと良い笑顔の妹に溜め息をつき、千早も薄い笑みをはく。そこへ話を窺っていたドルフェンが声をかけた。
「トルゼビソント王国のことは、それで良いとして、次のスーキャバ王国なのですが」
テーブルに広げられた地図を指差し、ドルフェンは微かに眉を寄せる。
「スーキャバ王国はトルゼビソント王国の女王が中継ぎで、王子らの成長を待っている状態なのを掴んでおります。暗部の報告によれば、ここは少々不穏な空気のある国です」
ふむ。と、地図を覗き込む小人さん。
トルゼビソント王国の王子は十二歳と七歳。アルカディアの慣習では成人前の王族は立太子出来ない。それゆえ、前国王が崩御したあと王妃が女王として政務をおこなっている。
男子優先なだけで女子にも継承権はあるが、メグは婚約済みで嫁ぐ予定だったため、後継者から外されていた。
来年成人予定のメグが、暫定でも立太子する事はない。
そういった詳しい事まで知らなくば、メグとの婚姻でトルゼビソント王国を乗っ取ろうとか考える馬鹿野郎様も出てきそうだ。
「まあ途中の主の森で一泊して、詳しい内情をそれとなく教えておこうかにょ。メグが駒にならないと知れば、妙な気も起こさないだろうし」
そうですね、と地図を丸めるドルフェン。
しかしあらゆる事態が斜め上半捻りする己の人生を舐めていた小人さんは、新年の宴でメグが婚約解消し、彼女の王位継承権が再浮上する未来をまだ知らない。
「来ましたっ!」
「.....はい?」
フロンティア貴族学院の制服に身を包み、小人さんと同じ中等部へメグが留学してくる未来も。
呆気に取られた小人さんと千早を巻き込み、フロンティア中心に動き出す世界の予定など、神々すら予測していなかった。
波乱万丈しか用意されていない小人さんの未来に乾杯♪
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