第141話 御先と御遣い みっつめ
「にゅ?」
魔法の説明や状況のハウツーは一日やそこらで終わりはしない。
あうあう渋る魔術師親子を送り出して、今日も小人さんは、まったりしようとトルゼビソント王宮を散策していた。
すると、何処からか言い争う声がする。
なんとなく気になり、道なき植え込みを匍匐前進していく小人さん。
するとしばらくして開けた芝生のある場所が現れ、そこにあるガゼボに小さな人影が見えた。
「だから、似合わないと言っているのだっ! そなたは不器量なのだから、もっと慎ましくしておれっ!」
身も蓋もない事を宣う少年。赤い髪に青い眼の整った顔立ちだが、その表情は忌々しげに歪んでいる。
「.....も、申し訳ありません」
かたや、もう一方は栗色の髪に緑の瞳の少女。優しげな風貌で所在なさげに立っていた。
どちらも成人しているかしていないかの年齢で、少年の方は苦虫を噛み潰しながら、何かを少女に投げつけて足早に立ち去っていく。
落ちたソレを大切そうに拾い、栗色の髪の少女は嗚咽を上げだした。
「なぜ.....? わたくしが気に入らないなら、放っておいてくださらないの?」
ポツポツと呟かれる言葉で、小人さんは大体を理解する。
あ~、素直になれないヤツね。あとで黒歴史として、心の中でもんどり打つんだな。若いねぇ。
思春期あるある。好きな相手に素直になれず、むしろ嫌がらせ染みた対応をしてしまう法則。
だが、よろしくない。どうやら、あの少年は、少女の大切な何かを壊したようだ。
シクシクと泣く少女を放っておけず、小人さんは、脅かさないようにそれとなく姿を現した。
「どうかなさいまして?」
突如現れた子供に、少女は慌てて涙を隠す。
「お見苦しい姿を..... なんでもございませをんの」
たしかに美人とは言えないが、可愛らしい顔立ちの少女。これを不器量とは、どんだけお前の周りの顔面偏差値は高いんだよと、あの少年に胸ぐらを掴み上げたくなる小人さん。
そんな殺伐とした脳内を隠して、そっと手を差し出し、小人さんは少女の持つ何かに触れる。
びくっと震えた細い指を両手で包み、相手を見上げると、可愛らしく首を傾げて微笑んだ。
「なにかお困りの御様子。よろしければお話くださいませんか?」
温かな笑顔に押され、少女はとつとつと話をしてくれた。
彼女はトルゼビソント国女王の第三王女、メグ殿下。金にも近い亜麻色な髪と空色の瞳を持つ王族の中で、彼女だけが栗色の髪に緑の瞳らしく、それは今は亡き父親譲りなのだという。
五人の子供達の中で唯一父親似のメグを、女王陛下は大層可愛がっておられるとか。
「これは、御母様から頂いた成人用の髪飾りでしたの。.....これに合わせてドレスを用意していただくつもりだったのですが」
曇り顔でメグは項垂れた。
先ほどの少年はメグの婚約者で、大公の一人息子。名前をヴィンセントというらしい。
昔から王家の色を持たぬメグを厭い、地味な色目だと愚痴を溢してきた。地味=不器量の図式で、罵られない日は無かったというから手に負えない。
なんというか、まあ。
子供らしい虚栄心。そして今になって修正もきかずに足掻いている彼の様が眼に浮かぶようである。
思わず乾いた笑みを浮かべる小人さん。
「こんな雅やかな物が似合わないのは分かっておりますの。でも、御母様のお心を踏みにじられたかのようで。.....悲しくて」
さめざめと涙にくれる王女に柔らかな視線を向け、小人さんは、どうしたものかと考える。
多分だが、ヴィンセントは勝手に用意された髪飾りや用意する予定のドレスが気に入らないのだろう。
人生の節目にあたる御祝いから爪弾きにされた気分なのだと思う。
そういった心当たりは死ぬほどある小人さんだ。
洗礼や入学式、新年の祝いなど、ロメール他、多くの人達から祝いを貰った。その中でどれを身に付けるか、散々悩まされたものである。
当たり前のように装飾品ばっか贈ってくるものねぇ。にぃーにも、お父ちゃんも。アドリスやザックや、はては王家一同まで参加してくるからなぁ。
愛され過ぎてて、げんなりするとか贅沢な悩みだが、当事者としては愚痴のひとつも言いたくなるだろう。
素直になれない御年頃なヴィンセントも、きっと彼女に何かを贈りたいに違いない。
そう、微笑ましく思った小人さんだったが、事態が斜め上半捻りをみせるのは、もはや彼女のデフォである。
「これは.....」
メグ殿下と顔馴染みになって、あれやこれやと相談していた小人さん。髪飾りの一件の翌日に届いたヴィンセントからの贈り物を見て、思わず唖然と口をあけた。
そのトルソーにかけられたドレスは、茶色にベージュのレースやリボンをつかった地味な衣装。さらに髪飾りは灰色の花に黒のレースが施された埋もれる一品。
栗色の髪なメグでは、マジで嫌がらせにしかならない保護色のような色目だった。
「あの方には美的センスというものが欠落しておられるのでしょうか?」
歯に衣も着せず呟く小人さん。それに苦笑し、メグは心持ち切なげに答える。
「何時もの事ですわ。今までも、こんなお衣装や飾りしか贈って下さらなかったので..... その..... 御母様が先回りなさいましたの。壊されてしまいましたが」
聞けば、婚約してからこちら、贈り物といえばこんな地味なモノばかりだったらしい。地味な色目をしているのに派手な格好は似合わない。みっともない。己を知れと。まるで使用人や老婆のような装飾品ばかりを押し付けてきていたのだとか。
相手が大公家なため、亡き王の跡を継いだ女王である王家も強くは出れず、なあなあで済ましてきた。
しかし、成人の儀は人生の一大イベントだ。社交界デビューを兼ねた大切な催しで、この成否が本人の行く先を決めるといっても過言ではない。
さすがにこれは放置出来ないと考えた女王は、先回りして雅やかな髪飾りをメグに贈った。
髪飾りが決まっていれば、合わせるドレスも地味には出来まいとの親心だったが、それもヴィンセントの暴挙で無為に終わってしまう。
大公は先王の弟。娘を娶る婚姻先でもあり、たとえ女王であれど滅多な事は言えないのである。
トントントンと指で頬を叩き、小人さんは炯眼に眼をすがめた。
「この挑戦状、受けてたちましょう」
にぃっと口角を上げる少女を見て、何故か背筋を震わせるメグ殿下だった。
そして半日後。
「これは.....っ」
それ以上言葉の出ないメグ。同席した女王陛下は感嘆に眼を見開いている。
「襟ぐりと裾のレースに赤と黒の飾り紐を通し、胸のストマッカーが無地なので、刺繍を縫い付けました。あとはフロンティア隣国特産の摘まみ細工の花々です。いかがでしょう?」
目の前のトルソーにかかる茶色で周囲に埋没するような地味なドレスが、黒と赤をアクセントにした雅やかな衣装にリフォームされていた。
左胸には大輪の赤と黒による重ね牡丹。その周囲に同色で小花が散らされ、ゆらゆらと揺れる何本もの垂らし。
ドレス裾にも多くの花が飾られ、鏤められた小花にも垂らしが揺れている。
京都の《はんなり》と対極にある江戸の《艶》それを追求して、茶をベースにした赤と黒のコントラスト。
髪飾りにも大輪の牡丹。多くの小花と垂らしで一体感を醸す華やかな衣装に、トルゼビソント国王親子は言葉もない。
「なんと見事な..... よろしいのですか? このように素晴らしいお品を?」
「もちろんですとも。わたくしからの御祝いとさせてくださいませ。それならば大公家も文句は言えますまい」
元々、親善用にもたされた多くの御菓子や細工物。その細工物を分解して利用しただけである。
花も恥じらう乙女の若い盛りを、罵り、呪いで満たそうとした婚約者。
若い御嬢さんの晴れ舞台に水をさすような輩は地獄に落ちると良いにょ。うん。
常に女の子の味方な小人さん。
贈られた衣装にリフォームしただけなのだ。文句があるならフロンティアに言えと、遠回しな一筆をしたためて女王に渡し、小人さんたちはトルゼビソント王国を後にした。
後日、非常に憤慨したらしい大公家の御坊っちゃまから抗議めいた手紙がフロンティアに届き、頭を抱えたロメールが居たのも御愛嬌。
その一件以来、やや強かになったメグ殿下が、ヴィンセントを冷たくあしらうようになったのは、ただの余談である。
「不器量なそなたを思って、私は言っておるのだっ!」
「左様でございますか。ならば、お見苦しい顔を見せぬよう、御前失礼いたしますね」
すいっと部屋を出ようとするメグを慌てて引き止めるヴィンセント。
「そのような事は申してはおらぬだろうっ!」
「不器量な我が身が疎ましいのでございましょう? とっとと愛想を尽かしてお帰り下さってもかまいませんのよ?」
冷ややかな眼差しに気圧され、ヴィンセントは忸怩たる思いで一杯だった。
自分がそう言ってきたのだ。地味で不器量だと。恥ずかしいから着飾るなと。まさか、こんな反撃が来ようとは。
今までの己を後悔しても後の祭り。そして素直になれない御年頃。
「自分を弁えよっ! 私が貰ってやらねば、そなたなどいかず後家だぞっ?! 大人しく私に従っておれば良いのだ!!」
「.....なれば、捨て置きください。いかず後家? 大いに結構! わたくし、留学いたしますわっ! もう、あなた様に振り回される人生は、真っ平でございますっ!! どうせ第三王女ですものっ、他国に嫁ぐのも一興でしてよ?」
どうせ政略結婚の相手だったのだ。ならば、別の相手を探すのでも構いはしない。
今のメグは好きな衣装を着て、好きな髪飾りをつけ、大いに人生を楽しんでいた。自分を殺してきた日々から脱却し、女王の後押しで、自由を満喫しようと決心したのである。
小人さんはメグに言った。
何時でも遊びにおいでませ。と。
コンコンと若い盛りを楽しむように勧めてくれたフロンティアの王女殿下。
好きに生きて良いのだと諭され、メグは眼から鱗がポロポロと落ちる。
王女だから。国民のためになる婚姻を。義務と責任を果たさねばと盲目になっていた。
嫁ぎ先に。婚約者に気に入られようと、己を殺し、我慢に我慢を重ねて、それが当たり前になっていた。
女王の気遣いも分からず、周囲の言葉も聞こえず、ただひたすら、自分さえ堪えれば平和なのだと錯覚していた。
誰もそんな事を望んでいなかったのに。
女王もメグがヴィンセントとの婚姻を望んでいると思っていたからこそ、その嫁ぎ先に気をつかっていたに過ぎないのである。
新年の成人の儀で艶やかな姿のメグを見て、ヴィンセントは頭ごなしに彼女を怒鳴り付けてきた。
「なんとみっともないっ! そんな派手ななりで、そなたは王女としての自覚もないのかっ! まるで場末の娼婦のようではないかっ!!」
凄まじい暴言の羅列を耳に、絶句する女王達。そして炯眼に眼をすがめ、優美に口角を上げる。
彼女は、腐ってもトルゼビソント王国の最高権力者だ。メグを言いように罵ってきたヴィンセントは、その境界が甘くなり、知らず女王の前で王女を罵るという失態を犯してしまった。
「わらわの前で、よくもまあ..... 大公よ、そなたの倅は何時から王家より偉くなったのかのぅ?」
エスコートに訪れたヴィンセントと共にやって来ていた大公は、慌てて女王に傅き、平身低頭謝罪する。
「申し訳ございません。私の不行き届きにございます」
「何故、父上が謝罪なさるのですか? メグが似合いもしないドレスを纏うのが悪いのですっ」
まるで悪いと思っていないヴィンセント。それを当たり前にしてしまったのはメグの消極的な態度だ。
嫌われないよう言いなりになっていた彼女の姿が、婚約者をこのように増長させたのだと、今なら分かる。
「娼婦は言い過ぎました。しかし、王女たる者、無駄遣いを慎み、婚家のしきたりに従うべきでしょう? 彼女の生活費は血税です。こんな派手な格好、周りに笑われてしまいます。私を含めて」
さらに言い募る暴言の数々。自分の身形は上級貴族に相応しい豪奢ないでたちのくせに、メグにだけ一方的な質素を押し付ける。
そこまで聞いて、王女は周囲の人々の言葉を思い出した。メグとて王族の一人だ。個人の荘園もあるし、公費もついている。
誰に遠慮することなく使える金子を持っていた。ヴィンセントは、これが目減りする事も恐れているのだろう。
そんな穿った意見を述べたのは、筆頭側使い。
『お似合いです』
『本当にお美しいですわっ』
『こうして、着飾らせて差し上げる事を何年お待ちしていたことか.....』
ヴィンセントの仕打ちを呪い、恨み、着飾ろうと決心したメグを口々に称賛して、涙声まで溢した側使い達。
御母様も満足そうに、満面の笑みで何度も頷いていた。
幼い頃より共にあった婚約者の暴言で洗脳され、己を殺す事しか知らなかったメグは、初めて周囲の気持ちを理解したのだ。
刷り込まれた劣等感。それを払拭し、彼女は婚約者を据えた眼差しで見つめた。
「ならば、婚約を破棄いたしましょう。気に入らない相手を迎える事はありませんわ」
ドレスの裾を翻し、一人で広間へと向かったメグ。
ここから彼女の怒濤の巻き返しが始まったのである。
今までの行いを洗いざらい大公にぶちまけ、メグは女王陛下へ婚約破棄を申し立てた。
女王も同意し、倅の無礼千万を並べたてられては大公も口出し出来ず、唖然とするヴィンセントを余所に、王家と大公家の間で話し合いが持たれ、婚約は白紙となった。
これに慌てたのはヴィンセント。
大公の一人息子な彼は、王家と婚姻するのが当然だと育てられてきた。メグの上の姉二人は嫁ぎ済み。彼女しか娶れる王女は存在しない。
ましてや王家の不興を買って婚約破棄されたとなれば、この先、同格な家との婚約も絶望的だ。
せいぜい格下な家から花嫁を買うくらいしか方法がない。
王家と縁を持つはずだった彼にとって、そんな屈辱は許しがたく、再三の復縁を望み、こうして王宮詣でを重ねる毎日である。
「他国に嫁ぐなど許さぬぞっ! 留学も、もっての他だ! 婦女子に学問など要らぬっ!」
「なら、御母様にそのように御伝えくださいませ。許可が下りねば、わたくしも留学は諦めますわ。婦女子に学問など要らないと進言してごらんあそばせ」
にっこり笑う元婚約者様。
女王陛下にそんな台詞、口が裂けても言えるわけはないのは百も承知。
ぐぬぬぬっと顔を真っ赤にするヴィンセントに、長年の溜飲を下ろすメグ王女である。
乙女の窮地を救った小人さん。
しかし近い未来、件の二人の人生が再び交差するなど、知りもしない小人さんだった。
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