第140話 御先と御遣い ふたつめ
「んあ~、えらい事になったぁぁ」
小人さん部隊に合流した暗部の魔術師達。監視を兼ねた護衛なのだと理解はしているが、単なるチクり屋ではないかと憤慨する小人さん。
「そんな邪険にしなくても宜しいではないですか?」
「そうそう、俺らだって好きで密告するわけじゃ無いんだからさ。悪役にされたらショックだぜ」
「悪役の前に、おまえはキチンとした作法を身につけんかっ! 仮にも王女殿下の御前だぞっ!!」
老人のような男性がヒャルバス。それに胸ぐらを掴まれた若者がダーヴィー。フロンティア暗部の魔術師だ。
老人系のヒャルバスはともかく、ダーヴィーはいくつなのか。フロンティアの寿命が短くなりつつあると言っても、金色の魔力を受けて生まれた世代は未だに老化が遅い。
それも変わり始めているが、すでに半世紀を越えたドラゴも、三十路越えたロメールも、前世の頃と全く見かけが変わっていないのだ。
指を咥えて首を傾げる小人さんを面白そうに眺め、ダーヴィーは満面の笑みを浮かべる。
「市井の出なんで言葉使いの悪さは御容赦を。俺は護衛なんてした事がないんで、騎士団の方々に御指導いただきたい」
そう頭を下げるダーヴィーに、ドルフェンが鷹揚に頷いた。
「固くなる事はない。ここは王宮ではないし、ほとんど御忍びのようなモノだ。何かしら無い限り身分は明かさない。それだけ覚えておいてくれ」
ドルフェンの話を瞠目して聞く暗部の二人。似たような焦げ茶色の髪に黒い瞳の二人は、よく似ていた。親子なのかもしれない。
「その色で暗部の魔術師になれるとか、凄いね」
魔力の高さは髪や瞳の色に依存する。生まれつきで後天的に何とか出来るモノではないのだ。
小人さんの呟きを聞いて、二人は悪戯気に顔を見合わせた。
「髪は地毛ですが、目の色は変えてあります。ほら」
ダーヴィーが軽く自分の眼に触れて出したのは小さな丸いモノ。それを見て小人は驚きの声を上げる。
「カラコン.....っ?」
「からこん? は、存じませんが、試験的に作られた変装アイテムです。なんでも王都で流行ってる色眼鏡からヒントを得たとかで」
思わず噴き出す小人さんと、すちゃっとグラサンをかけるユーリス。
「ああ、それですか。なるほど、そういうモノなんですね」
長くトルゼビソント王国に潜んでいた二人は、もう何年もフロンティアに帰っていないらしい。
このカラコンも、蜜蜂便で届いたのだとか。恐る恐るつけてみたが、ガラリと変わった雰囲気が気にいっているそうだ。
「難を言えば視界が悪いことですかね。暗くて、ちょい困る時があります」
苦笑するダーヴィー。それを聞いて、小人さんは改めてカラコンを見る。
ああ、全面黒の色ガラスなのか。ここを、こう、ちょいちょいと.....
「あっ、何をっ?!」
シュウっと音をたてて溶ける色ガラス。慌てるダーヴィーを余所に、小人さんは丁寧に色ガラスの中央に穴を開けた。
眼に傷をつけぬよう、薄く滑らかに穴を開け、驚くダーヴィーに、にかっと笑う。
「つけてみ?」
見た目の変わった色ガラスをマジマジと見つめ、ダーヴィーはおっかなびっくり眼に装着した。
「え? おっ? うわっ、見えるっ! 色ガラスをつけてても、普通に風景が見えるよ、父さんっ!」
やはり親子か。
驚嘆する二人から変装アイテムの色ガラスを受け取り、瞳孔部分に穴を開ける小人さん。
「でも、なるべく外しておくようにね? 眼に良いとは思えないから」
人体とは繊細だ。ちょっとした事で不具合を起こす。こういったモノも、もっと進化すればファッションにも出来るのだろうが、試作品の今は安全性が低いし、長く着けているのは危険だ。
「助かるんですよ、これ。俺らの眼は、ちょいと目立つんで」
困ったような顔のダーヴィー達の瞳は緋色だった。それも赤ではなく朱に近い緋色。沈み始めたばかりの夕焼け色をした瞳は、たしかに目立つ。
だが、その瞳に小人さんは見覚えがあった。
「ドナウティル系の混血?」
「よく御存知で。曾祖父がドナウティル人です」
なるほど、隔世遺伝か。
遺伝子は濃い色ほど優性だが、たまにそれを覆す時がある。優性遺伝子を押し退け、自己主張する場合が。
「ドナウティルは平民まで銀髪赤目だものね。こういう事もあるよね」
そう考えるとドナウティルは国民総魔術師の可能性を秘めていた。色素の理からすれば、全人民が高い魔力持ちに当てはまるのだ。ある意味、フロンティア以上の魔法国家となれる。
「しかし、どういう理屈ですか? こんな穴を開けただけで風景が見えるようになるなんて。目の色はそのままなのに」
水鏡を出して自分の風貌を確認する親子。
「ああ、視界を占めてるのは眼そのものじゃいんだよね。真ん中の瞳。その中央にある黒い部分。ここだけが脳に見たものを伝えてるの。だから、そこを開けば視界が確保出来るさ」
「ほう.....」
感嘆の眼差しで小人さんを見つめる魔術師達。それを代弁するかのように、ドルフェンが口を開いた。
「産業や政治でも思いましたが、まさか医学にも通じておられるとは..... 本当に底知れぬ方ですね」
うええぇぇぇっ?!
現代人なら当たり前の知識が、中世のアルカディアではチートなのだと、あらためて自覚する小人さん。
そんな大仰なモノじゃないもっ!
そう説明する小人さんだが、うんうんと頷きつつも、チヒロ様は謙虚ですねと分かった風に微笑むドルフェン。
空回りするアレコレに、げんなりと肩を落とし、小人さんは武装してトルゼビソント王国王都へと向かった。
「なんと..... 魔法が復活すると申されますか?」
ここはトルゼビソント王宮。
前以て先触れされていた小人さん部隊は快く迎えられ、挨拶を済ませたあとの晩餐会で、小人さんは本題をトルゼビソント国王に伝えた。
なんとトルゼビソント王国の現国王は女王陛下。辺境を一周してきた小人さんでも初の御目もじである。
「その通りですの。わたくし、多くの森を周り盟約を交わしてございます。それで世界に魔力が回復してきておりまして。すぐではありませんが、魔法が使えるようになると思いますわ」
カトラリーを震わせて話を聞くトルゼビソント国王。お伽噺でしか知らない伝説の再来だ。それも当たり前だろう。
しかし、魔法の復活は良いことばかりではない。知らず暴発させて事故が起きたり、不心得者が犯罪につかったりと多くの問題が浮き彫りになる可能性も否めない。
そういった事を未然に防げるよう、法の整備や正しい使い方のレクチャーなど、事前に行わねばならない事が沢山ある。
そう説明し、翌日、専門家による質疑応答が開かれた。
「ある意味、ヒャルバス達がいてくれて良かったかも?」
「そうだね」
魔術師二人にレクチャーを丸投げして、のほほんと城下町を散策する双子。
トルゼビソント王国はフロンティアから見ると最果ての国だ。今回の事がなくば、きっと訪れる事もなかっただろう。訪れるとすれば御巡礼の金色の王だけ。
過去の御先祖も、こんな気持ちだったのかなぁ。
北欧と西欧が入り雑じり、賑やかなトルゼビソント王都だが、少し観察してみると平民らは民族衣装のような物を着ている。
艶やかな刺繍の刺された見事な衣装。昔、地球のテレビで見た遊牧民のような意匠だった。
オルガの森が近いせいもあるのだろう。来る途中も馬や羊が放牧され、ゲルやパオのような移動式住居を幾つも見かけた。
辺境の村や街は干し煉瓦で出来ていたし、北国特有の乾いた気候に合っている。
「綺麗な刺繍だなぁ。何着か買っていきたいね」
「ヒーロの刺繍の方が綺麗だよ。今度、タイに刺してくれるなら、僕がお洋服買ってあげるよ?」
ワクワクと走り回る兄妹。
他にも木工細工やガラス細工など、多くのアレコレを購入して御満悦。さらに露店を梯子し、多くの食べ物もゲットした。
「揚げ饅頭美味しいっ!」
パン生地で具を挟み揚げたモノを頬張り、小人は、もっもっもっと口を動かしている。
同じ物を口にしながら、アドリスも美味そうに中身や作り方を分析した。
「肉と野菜..... ピーマンや人参ですね。塩気のみか。ゴマ油と胡椒を足したら、もっと美味くなりそうだ」
「これ..... デセールにもつかえるな。カスタードやクリームチーズをベースに、果物のコンポートを入れたり.....」
研究に余念のない二人を楽しそうに見つめ、小人さんは一抱えほどの食べ物を蜜蜂に渡す。
「オルガに届けてね」
心得たとばかりに翔んでいく蜜蜂を見送り、王宮へと帰還した小人さん達を待っていたのは、疲労困憊する魔術師親子だった。
「俺ら、護衛兼、監視が仕事なんですけどっ?!」
恨みがましく上目遣いで睨めつけるダーヴィーにひらひらと掌を振り、小人さんは愉快そうに口角を上げる。
「立ってる者は親でも使えってね。いやー、助かるわぁ。ロメール様々だにょ♪」
これから先の国々でもヨロシクぅっとサムズアッブし、お土産という心付けを渡す小人さん。
元々トルゼビソント王国の密偵だった彼等には食べ慣れたモノである。
「露店物? 城下町に行ってたんすか?」
オロオロと顔を歪める魔術師親子。まさか王女殿下が下町に降りるとは思ってもみなかったのだろう。
「何時もの事だ。驚くに値せん」
しれっと宣うドルフェン。
「だよねー。ヒーロが、じっとしてる訳ないし」
溜め息交じりな千早。
「.....いまさら?」
クスリと笑うザックが最後を〆め、トルゼビソント国王が用意したという客間に向かう小人隊。
それを唖然と見送りつつ、小人隊の洗礼に戸惑う魔術師二人である。
こうして新たな仲間が加わり、賑やかさに拍車のかかる小人さん部隊だった。
後日、これを知ったロメールが、思わず遠い眼をしたのは言うまでもない。
「まあ、予想はしてた。うん、予想はね。.....帰ってきたら、じっくり話合わないとなぁ。ドルフェン達と」
小人さんに甘いのはロメールも同じ。
どんな事でも好機に変える。無自覚に最強な小人さんは未だに健在である♪
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