第139話 御先と御遣い


『分かった?! 何か起きたら、ちゃんと報せてよねっ! 特に騎士団の面々っ!!』


 空中に浮かんだ水鏡の前で項垂れる小人隊。そこに映し出されているロメールから、こっぴどく御説教をされていた。


 いや、まさか、そんなんなるなんて思ってなかったんだも。うん。


 ここはトルゼビソント王国辺境の街。


 あれから、神々のテーブルでの出来事を周りに相談する訳にも行かず、アイコンタクトのみで会話する双子。

 チラリと目配せし、御互いに小さく頷いて、当たり障りない会話をオルガに振った。


「アンタも御同輩とはねぇ? 記憶は?」


《あるわよぉ。でも、ここでの暮らしに満足してるから、どうでも良いかなぁ♪》


 未だに、よいちょよいちょと踊る巨大ウサギ様。それに倣って踊る子供ウサギ達。

 何がどうして主に生まれ変わったのかは知らないが、本人が幸せであれば些末な問題だろう。


《歌って踊って美味しいもの食べて~♪ 人生、楽しまないとね~♪》


 やだ、なに? この子っ 親戚付き合い出来るような気がするわぁ!


 一緒に踊りながら小人さんは両手を頬に当てて、思わず顔を赤らめた。それを見て、ニヤリと髭を揺らすオルガ様。


《惚れたね?♪》


「いや、それはないっ」


 びしっと指先を揃えて突っ込みを入れる小人さんに、ゲラゲラと笑い転げるウサギ様。


《あはははっ、これよこれっ、良いわ~、そのノリ♪》


 この人、間違いなく中身日本人だわ。しかも、ちょい古めの。


 チェーザレの時に抱いた疑問。地球の時間軸と合わない転生。高次の者らが時を操れると知り、その疑問は晴れた。

 地下に金色の魔結晶が存在していたため、ここの森は魔力枯渇を免れ、豊かだったらしく、不自由はないのだとか。


《んふ~、あとは、まあ..... たまには人間的な食事がしたいくらいかなぁ》


 ボソッと呟かれた一言が小人さんの胸に沁み渡る。他人事とは思えない憐憫が腹の奥から湧き上がった。

 聞けば基本は果物や木の実。魔法がつかえるので野草のソテーくらいは出来るらしいが、やはり日本人の口に合わないようだ。


《魚とか、鳥とか捕まえるのにも苦労するし。労働に見合うモノは作れないし。たまにやってくる冒険者からまきあげても、干し肉とかの携帯食ばっかだしねぇ》


 今、さらっとカツアゲ自供したな?


 苦笑いな小人さん。


 オルガは土と僅かな焔の属性持ち。魚を取るために水底の土をいじくって生け簀とか試したらしいのだが、数匹の魚を得るために掻き回した湖は長く濁ったままで、しばらく泥水を飲むはめになったという。


《あんな土臭い水を飲むくらいなら魚を諦めるわぁ~》


 へにょりと液体化して大地にへばりつく巨大ウサギ様。

 うにうにとグダるウサギを見て、騎士団は何となく親近感を覚えた。


 似てる..... 小人さんに。


 前にもあったな、こういうの。


 軽く記憶をサルベージしたドルフェンは、彼の皇女殿下を脳裏に描いて眼を見開いた。


 そうだ、サクラ様だ。


 十年前にも小人さんとかっ飛ぶ桜に、当時の騎士団は、まるで小人さんが二人いるようだと悲鳴をあげたものだった。

 そして、ドルフェンはこめかみに冷や汗を浮かべる。


「まさか、この方も.....?」


 にぃ~っと嫌な笑顔でほくそ笑む小人さん。皆まで聞くまでもないと、生まれ変わりや神々のヘマの多くを知るドルフェンは、大仰に片手で目をおおった。

 それを余所に小人さんはスライム化するオルガに声をかける。


「なら、御飯ご馳走するよ。おいで?」


 ギラリと眼を輝かせたオルガと子ウサギ様ら一行を連れて、小人さんはモノノケ馬車へと帰還した。




《きゃあぁぁぁっっ! なに、これーっ!》


 ドンドンパフパフとオルガは狂喜乱舞する。


 目の前のテーブルに広げられた料理やデザート。フロンティアでは通常の食事だが、この数々は他の国々でも豪勢だと驚かれたモノだ。

 ましてや森深くに棲み、ときおり冒険者から追い剥ぎするくらいしか文明的な食べ物を手に入れる方法のないオルガには、夢のような食卓だった。


「森の主? 甘いもので良いのか?」


 魔物慣れしすぎているアドリスやザックは、他の主達が甘味好きなのを知っている。

 基本、魔力で生きている魔物も通常の食事を行い身体を作るが、その中でも甘味好きなのは周知の事実。

 率き連れているモノノケ態も小人さんの鞄に詰まった蜂蜜キューブを、いつも虎視眈々と狙っていた。


「んにゃ、オルガは御飯が食べたいんだって。だから追加よろしくっ」


 ちゃっと右手を挙げる小人さんの真似をして、オルガも子ウサギ達も揃って右手をあげる。勢いあまって跳び跳ねているウサギもいた。


 .....なに、この可愛らしい光景。


 ピコピコ揺れる長い耳の真ん丸目玉なウサギ様達。真っ白で紅い眼はオルガだけ。他は黒や茶や斑な子ウサギ達。お目々は揃って黒だった。

 思わず雪崩のごとく崩れそうになる顔面を必死に引き締め、アドリスは新たな客人の料理に取りかかる。


「野菜中心が良いのか?」


 アドリスの問いかけに全力で否定を示すオルガ。森の主の一族は雑食だ。


《嫌ようぅぅっ、がっつりお肉食べたいわぁぁぁっ! 魚でも嬉しいっ!》


 だだだだっだんっと地面を踏み鳴らす巨大ウサギ様。眼は口ほどにモノを言うのに加え、過剰ボディランゲージで伝わらない言葉はない。

 鼻息も荒く頭を振り回すオルガに、高速で頷き、アドリスは食料から大きな丸鶏を幾つも出して手早く捌いていく。

 ふおぉぉぉーっとそれを見学するウサギ達。アドリスの周囲を取り囲み、複数の羨望の眼差しに晒され、アドリスはダラダラと冷や汗をかいた。


「.....勘弁してくれ」


 助けを求めるようなアドリスの眼差しに気付き、ザックが助け船を出す。


「これ..... 食事が出来るまで食べてろ」


 大きなマットをしき、出されたのは何種類もの焼き菓子。各種クッキーからマドレーヌ、パウンドケーキやゴーフレット。この十年で進化を遂げた製菓の結晶がズラリと並べられた。


《んまあぁぁぁっっ!!》


 ドドドドっと押し寄せるウサギらと、それについていく小人さん。

 それぞれ菓子を手にとり、夢中で食べ始めた。


《美味しいぃぃっっ! これよ、これっ! 懐かしい味だわぁぁっ!!》


 もふもふっもふもふっと次々口に含み、感動に滂沱の涙するオルガ様。

 子ウサギ達も眼を見開いてポリポリポリと御菓子を食べる。

 まるで餓鬼の御一行様のようなウサギ達に、さすがのモノノケ隊や小人隊もドン引きだった。


《.....あ~。もうっ、これだけでアンタに仕えても良いと思えるわぁ。ありがとうね♪》


 ほたほたと大粒の涙をこぼし、それでも御菓子を頬張るオルガ。涙と鼻水で呼吸困難を起こしているのに大した根性である。


「分かるにょ。アタシも砂糖がないと知った時は絶望したから」


 あの時から、もうもう十年以上か。時がたつのは早いなぁ。


《それでも作ったのねぇ? 探して集めてぇ?♪》


「諦めるのは人生終わってからで十分だしね。蜂蜜から始め、十年以上かけてここまで来たにょ♪」


《ラノベ定番ねぇ♪》


「違いないっ、でも読むとやるとじゃ全然違ったの。蜂蜜はともかく、砂糖は神々のやらかしがなかったら、今でも探していたかもね」


 あらゆる禍が福と転じた前世。


 その思い出に話を咲かせていると、ようやく支度の整ったアドリスが満面の笑みで料理を持ってくる。


「出来たぞ、腹一杯食えよっ!」


 どんっどんっと置かれた大皿に載るのは捌かれた鶏を照り焼きにしたモノ。食欲をそそる香ばしい匂いが辺りに漂った。

 テラテラ輝く艶やかなタレと白ゴマの振られた鶏肉。その周囲にはインゲンやニンジンなどが彩りよく添えられ、好みでつけられるようにマヨネーズが別皿に盛られている。


《てっ・りっ・やっ・きぃぃーっ?! うっそぉぉぉーっ!! 女神キタコレーっ!!》


 絶叫する巨大ウサギ様。


 その姿に過去の己を重ねて、苦笑する小人さん。


 あの頃のアタシも、周囲からこんな風に見えていたのかな?

 人の振り見て我が振りなおせ。か。昔の人は良いこと言ったもんだわ。


 タハハハっと乾いた笑いをもらし、翌日、オルガに料理の宅配を約束して、小人さんらはトルゼビソント王国へと向かった。




 そして冒頭に戻る。


『チィヒーロは知らなくても、そなたらなら分かっただろうっ? カストラート新王の言葉の意味をっ! ちゃんとチィヒーロに教えて、こちらへ連絡させなさいっ!!』


「面目次第もございません」


 平身低頭するドルフェンら小人隊の面々。その時には気づいていたのだが、次々と起こるアレコレに翻弄され、すっかり忘れてしまっていたのだ。返すべき言葉もない。


 あの時、最後に贈られたカストラート新王の言葉。


 カストラートはフロンティアの意向に従います。


 これが、フロンティアに対する半属国を了承する言葉だったなど、小人さんには分からなかった。

 これからはフロンティアの話を聞いてくれる。仲良くしようね? 的な程度の言葉だと小人さんは思っていたのだ。


『.....正直、不可侵か和平が結ばれれば上等だと思ってたけど。ほんっと、君は私らの予想の斜め上を爆走していくね。.....言いたくはないが..... よくやってくれた。ありがとう』


 苦虫を噛み潰したかのような仏頂面で微笑まれても怖いよ。


 誉められてるのに誉められてる気がしない。


 そんな事を考えながら、小人さんは気になった事を口にする。


「これって水鏡じゃないよね? なん?」


 宙に浮くロメールの顔。それを映しているのは、以前にフロンティアで見たような水面ではない。

 トルゼビソント王国の国境を潜った途端に現れたフロンティアの密偵二人が作った宙に浮く鏡面。

 いきなりの事でビックリしたが、この不思議な魔法に小人さんは興味津々である。

 無邪気な問いを耳にして、ロメール黒くほくそ笑んだ。


『水鏡の改良版かな。少し手間がかかるんだけど、水魔法と風魔法の複合だよ』


 聞けば、水魔法の霧で鏡面を作り、風魔法の風送りで音声を伝える形にしたらしい。

 元々、霧を鏡面にして現場を伝える方法はあったのだが、これには音声が伝えられない欠点があった。

 水鏡は水面であるため、それを振動させる事で音を伝える。しかし、こちらは固定した座標同士しか繋げなのが欠点だ。

 水面ではないから振動が伝わらず音が伝えられない霧の鏡面の欠点を、風送りで補う方法を考案したらしい。


『これなら水と風の術者が揃えば、何処でも連絡を取れる。ねぇ? チィヒーロ?』


 ほくほく顔で嬉しそうな王弟殿下。仕方無さげに苦笑する暗部の術者二人。


 うーわー..... えらいモン考案してくれたなぁ。


 絶句する小人さん部隊。


 これからの旅程。全て報告され、連絡され、さりにはリアルタイムで御説教の雷が落とされる未来を想像して、思わず頽おれる小人さんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る