第138話 小人さんと神々の晩餐 とおっ


「どっちにしろいっぺん逢ってみないとだよねぇ、闇の精霊王に」


 もっもっとサンドイッチを頬張りながら、リスのように両頬を膨らませる小人さん。

 まるで冬眠前の小動物のごとく延々と食べる姿に、周囲は苦笑い。


『食べ過ぎではないか?』


 心配そうなチェーザレだが、小人さんは、へにょりと眉を下げて口の中のモノを飲み込んだ。


「だって、食べても食べても御腹が膨らまないも」


 そうなのだ。美味しくて幾らでも食べられるのに、何故だか御腹に溜まらない。少ししょんぼりとする小人さんの呟きに、サファードがわざとらしく咳をする。


『あ~、すまん。全部幻影だからな。ごめん』


「な.....っ」


 あんぐりと口をあける小人さん。


 どうりで..... でも凄いな。この味に、この質感。本物としか思えないにょ。


 気を悪くした風でもなく、しげしげとサンドイッチを見つめる小人さんを余所に、周囲が慌ただしくなった。

 空気が震え、凄まじい爆音が轟きわたり、どおんっという衝撃が後方からガゼボを揺らす。

 もうもうと上がる土煙の中に立つのは、双子の見慣れた巨大蜜蜂様。


《サファード.....?》


『.....メルダか? え? まさかっ?!』


 驚愕の面持ちで立ち上がったサファードは、慌ててメルダに駆け寄り、その身体に触れた。


 わなわなと震える指先。


『馬鹿な.....っ! 高次の奴ら、またボニーを.....っ!』


「.....ボニー?」


 信じられないと言う顔で頽おれるサファードの周りで精霊王達も驚愕の顔をしていた。


《サファードは..... 光の素材になる事を了承した時に、愛する者の解放を望み、高次の者らと約定を交わしたのです。.....まさか、再び転生させていたとは》


 聞けば、サファードはメルダの魂が次代に継承される時に立ち会い、間違いなく他の魂が次代になったのを確認したのだと言う。

 主が生きている間に次代は生まれる。同じ魂を継承出来るわけがないのだ。

 しかし、この数千年のうちに主は何度か代替わりしていた。その代替わりに再び、サファードの大切な人の魂を交ぜてきたのだろう。

 そう説明しながら、忌々しげな顔で天を仰ぐ精霊王達。


 サファードが最愛の者の魂を見まごうはずはない。


『なんで.....っ? 解放してくれたんじゃないのかよぉぉぉっ!!』


《どうしたの? 何が悲しいのサファード? わたくしです、メルダです。ああ、懐かしいっ!》


 労るように金色の青年を抱き締めるメルダに、サファードは眉を寄せて今にも泣き出しそうな顔で見上げた。


『.....そうだな、懐かしいよ、メルダ。元気だったかい? よくここが分かったね』


《貴方の魔力を感じました。物凄く沢山翔んだはずなのに..... 不思議ですね、太陽が動いていません》


 首を傾げるメルダの頬を撫で、サファードは奥歯を噛み締める。


『許さねぇぞ、高次の野郎ども.....っ、こうなりゃ全面抗争だ。奴等が約定を守らないなら、こっちだって守ってやるものかっ!』


 小人さんにルクレッツィアだった頃の記憶はない。当然、メルダにも。

 しかし別な事に気を取られ、小人さんは小さく呟いた。


「.....まさか、サファードってクライド? 映画の?」


『.....懐かしい呼ばれ方だな。映画? 俺達の事が映画になってんのか? タイトルは?』


 少し逡巡したが、小人さんは苦笑いしつつ答えた。


「.....《俺達に明日はない》.....だにょ」


 一瞬、眼を丸くしたサファードは、次の瞬間ふてぶてしく口角を歪める。


「良いタイトルだ。俺達に明日なんかいらねぇ。明日なんざ放っておいたって、勝手にやってくるんだからな」


 ギラリと獰猛に眼を剥き、サファードは唸るように吐き捨てた。

 それに大きく頷き、小人さんもランランと眼を輝かせる。


「その通り。明日はどうやったって訪れるもの。なら、今日を精一杯足掻こうじゃないの♪」


 がしっと手を繋ぎ、サファードと小人さんは愉快そうに鼻先を突き合わせた。


『そろそろ時間切れだ。次に逢うまで息災でな?』


「アンタもね? 間違っても高次の奴等に気取られるんじゃないにょ? .....消されかねないからね?」


 なんとなく高次の者達の遣り口が理解出来てきた小人さん。


 アレだ。日本でいうインテリヤクザ的な意識高い系の無法者。


 むんっと再会を誓う二人を見守りつつ、精霊王達も姿が薄れ始めた。


《ここの魔力が尽きる。時を止めるのも限界だ。すまぬな》


《また逢おうな、俺らの祝福で、おまえはここに出入り自由だ。精霊界側なら次元が違うから神々にも内緒で話が出来るぜ?》


《あとは魔力循環装置でしょうか。そこなれば我らの世界と繋がりやすいはずです》


《まあ、そんなモノが無くても自力で繋げそうではあるな、お主は》


 それぞれ思い思いの言葉を残して消える精霊王達。そんな彼等を見送り、サファードの姿も薄れていく。


『ごめん、メルダ。もう戻らないと.....』


 切なげに指を絡め、メルダの前脚を額づけ、サファードはその脚先に口づけを落とした。


『絶対に幸せになるから。してみせるから。待っててな?』


 悲痛な顔で見つめるサファードを不思議そうに眺め、メルダは、ふくりと笑みをはく。


《何を仰っておられるのか分かりませんが、わたくしは幸せでしてよ? サファードに再び逢えましたし。望外の喜びをいただきました》


『メルダ.....』


 サファードが何かを口にしようとした瞬間、彼の姿も掻き消える。


 胡乱げにサファードの消えた宙を凝視するメルダをポンポンと撫でて、小人さんはニカっと破顔した。


「良かったね、メルダ。でも、この事は内緒でね?」


 何処に高次の者らや神々の耳や目があるか分からない。何も知らぬメルダが口を滑らせたら、事である。

 素直に頷くメルダを見つめていた双子の姿も薄れ始めた。


「ここは夢みたいな場所なの。泡沫の夢。もうすぐ帰るから待っててねーっ」


 そう言い残すと小人さんらの姿も霧散し、ふと気づけばメルダ自身も王都の森に戻っていた。


 .....夢?


 あんなに沢山翔んだはずなのに、居た場所も、お日様の位置も変わってはいない。

 己の現状を理解し、メルダは程好い疲れが残る自分の身体に奇妙な顔をする。


 夢にしては、やけにリアルだった。これが白昼夢というモノなのだろうか。


 夢でも良い。懐かしい人物に逢えて、とても良い夢だった。


 フクフクと触角を振るわせ、幸せそうな巨大蜜蜂様が悦に入っていた頃。


 小人さんは元のウサギの森地下へと転送されていた。




《おかえりっ! 上手くいったぁ?》


 すちゃっと右手を挙げる巨大ウサギの傍で、ドルフェン達の時も動き出す。


「チヒロ様っ? .....って、え?」


 呆気に取られたかのように眼をしばたたかせるドルフェン。他の騎士達もキョロキョロと辺りを見渡していた。


「御令嬢が消えたみたいに見えたのですが?」


「錯覚? あれ?」


「.....まあ、何事もないなら、それで」


 不審げな眼をして呟く騎士達。それを余所に何か言いたげなドルフェンを無視して、小人さんはオルガを見上げる。


「アンタも地球人?」


《そうよぅ♪》


 テヘペロを地でやる巨大ウサギ様。


 可愛い顔だねっ、もうっ!


 いつの間にか集まっていた子ウサギ達まで揃って真似してテヘペロ中。


 うわあぁぁぁっ! 可愛いが過ぎるでしょっ! これ、なんてユートピアっ?!


 怒るに怒れず、萌え悶え悶絶する小人さんの周りを飛ぶ子ウサギ達。

 二足歩行で、リアルウサギのダンスを披露する主の一族に、周りの騎士達も胸キュンを止められない。


《可愛いっしょー? アタイが仕込んだんだよー♪ ほら、皆、上手上手♪》


 たらったらったらった~♪ と、鼻歌まで歌い、踊り出したウサギ達。


 こうなりゃ自棄だと、盆踊りで飛び入り参加する小人さん。


 可愛いらんちき騒ぎに巻き込まれ、ただただ見守るしかない騎士らは、ウサギや小人さんの息が上がるまで、呆然と立ち尽くしていた。もちろん、その眼福を瞼に焼き付けながら。


 後日、それを聞いた保護者軍団が記録用の魔術道具を小人隊に持たせるため、ロメールに小型化してくれと捩じ込んでくるのも御愛嬌。


 こうして神々の晩餐にされそうな素材たちは意思を統合し、各々高次の者らへの叛逆へと動き出す。


 目指すは大切な人の幸せ。それすなわちアルカディアの平和。何よりも細やかで壮大な野望が、今、始動する。

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