第171話 エピローグ・それからの小人さん ~後編~
「...............ありがとう」
「母さんっ?!」
「うそっ!! やだぁぁぁっ!!」
「御祖母さまぁぁっっ!!」
王宮深く、賓客用の宮で一人の老婆が人生を終えた。
快活でカラカラ笑う賑かな人だった。誰もに愛され、何物もを愛し、彼女の人生は波乱万丈で、その冒険譚は吟遊詩人らの謳を大層賑わせたモノである。
世界を駆け巡り、多くの足跡を残して、彼女は長い破天荒な人生を終えた。
多くの涙に見送られ、彼女の墓石に刻まれたのは短い一文。今際の際に呟かれた言葉。
《ありがとう》
誰に宛てられたのか分からない一言は、長く人々の心にとどめられた。
《ありがとうか》
《そなたらしい》
ふふっと嬉しげに微笑むのはアルカディアの神々。その序列に並ぶべく、小人さんは天上界へ招かれる。
彼女は来世に御先になると神々に約束していたからだ。
『永遠かぁ。ぶっちゃけめんどいんだけど? 浄化して構わないから輪廻に戻してもらえんかなぁ?』
ばっと驚愕の面持ちで振り返るカオスとアビス。
冗談ではないと全身で物語る姿は、ある意味滑稽にも見えた。
神々なのになぁ。
彼らが人形になる瞬間を見ていた小人さんには、あの時の無邪気な笑顔が脳裏にこびりついている。
今でこそそれらしく見える二人だが、今の彼等は焦燥感からか、焦りが顔面に浮いて幼く見えた。
ならぬっ!!
ですよねー。
たははっと乾いた笑いを浮かべて流す老女。彼女は、かつて小人さんと呼ばれていた元地球人だ。
奇々怪々と紆余曲折の波乱万丈を越えて、とうとう年貢の納め時。
人間をやめる時がやってきたのである。
《望みは叶えよう。年齢も姿も思いのままに》
《住むところや財源も用意しよう。暮らしに困らぬように》
必死に懇願する神二人。御先の誕生は彼等の悲願でもあるからだ。
このチャンスを逃したら、次は何時になる事か。
そのためなら幾らでも融通を利かせよう。何でも与える。だから.....。だからっ!
だから、御先になってくれっ!!
今にも泣き出しそうな顔の二人に、思わず、ぴゃっと仰け反る千尋。
『分かってるってっ! 名付けもしたし、あんたらはアタシの子供のようなモンだしっ、言った事は守るよっ!』
ほっと顔を緩める双神。そして少しはにかむように母上? と呟いた。
『名付け親だし、間違っちゃいないね』
ふふんっと眼に弧を描く老女。
《母上..... うん、良いな》
《これからは、そう呼ぼう》
大の大人な姿で、きゃっきゃと嬉しそうな彼等の後ろに、ずらっと誰かが現れた。
《賑やかだな。ようやく御先を得るのだから、もう少し厳かに出来ぬのか?》
そこに立つのは地球の神々。いわく創世の神。日本や世界で言う地球の神々は全て御先なのだという。
創世神が作った地球に、それぞれの国となる大陸をこしらえ、人間らを導いた御先らしい。
ほー? まあ、元々天照大神とかもイザナギイザナミ様らの子供だし、そういう括りになってるのかもねー。
となると、地球ってめっちゃ御先のいる世界なんだなぁ。繁栄するわけだよ。
さらには各々の御遣いもいるわけで、地球が不思議わっしょいっな世界である理由の一端を垣間見た気分な小人さん。
そして気づくと他の世界の神々も集まり、いつの間にかアルカディアの神々の周りは、ちょっとした宴会状態になっていた。
各々持ち寄った飲み物や食べ物を口にして、アルカディアに御先が生まれた事を寿いでくれる。
あれから小人さんの創世した世界を謳歌しているようで何よりだった。
《望む姿はあるか? 瞳は金色と決まっておるが、髪色や年齢、性別などは決められるぞ?》
言われて千尋は考えた。
《癖のある黒髪で》
黒髪は桜の髪色であり、日本人たる千尋のアイデンティティーでもある。そして癖っ毛はドラゴ譲り。
二人の特徴を備えた髪を選び、さらに年齢を七歳に指定した。
アルカディアでは七つの洗礼を受けねば自由に動き回れないからだ。
《何故子供に? もっと大きい方が良くはないか?》
《絶世の美女にしてやるぞ? 我らの御先なのだから》
『んにゃ、前世のままで。下手な色恋とかに巻き込まれたくはないから、大人より子供が良いな』
にまっと笑う小人さんに、呆れたかのような神々の視線が集まる。
彼女が前々世の地球で、恋愛に複雑なトラウマを持つことを神々は知っているが、それは今世に改善されたと思っていたのだ。
今世は結婚し、多くの子供らに恵まれ、良い伴侶と天寿を全うしたのだから。
《そなた.......... 根が深いのぅ。まあ仕方無い事なのだろうが。なれば我から祝福だ》
そう言うと地球の神は左手で千尋に触れる。
《我が名において。この者を邪な心より守護せん》
カオスとアビスも左手で触れ、過去の小人さんを思い浮かべつつ力を注いだ。
途端に小人さんの身体がパアッと輝き、次には見慣れた黒髪金眼の幼女が現れる。
背の中ほどまで伸びた柔らかな黒髪と、猫のようにややつり上がった大きな瞳。
薄緑のポンチョに赤いサロペットズボン。
過去の小人さんを知る者ならば、思わず二度見してしまうような姿である。
そしてこの姿は、深淵でファティマと融合した時にも見た姿だ。
あの時、すでに運命は決まっていたのかもしれない。
少し複雑そうな小人さんに、他の世界の神々も声をかける。
《では我々からも祝福を》
他の世界の神々が、それぞれの世界の特色を持った装飾品に祝福を込めて小人さんに与えた。
『ありがとうね』
素直に御礼を言い、小人さんは神々の前で、くるりと回ってみせる。
《似おうておる。息災にな》
最後にカオスが小人さんの頭にサークレットをはめ、アビスがイヤーカフを耳につけた。
《準備万端だ。棲み家は何処にする?》
『メルダの森でっ!』
心得た
ほくそ笑む神々に見送られ、小人さんは三度アルカディアに転生した。
これが最後の転生である。そして金色の王の伝説も終わりを迎えた。
永遠を得た金色の王がアルカディアを終焉まで見守るのだから。新たな金色の王は生まれない。
渦巻く光の中に多くの記憶が浮かんでは消え、七色の濁流に呑み込まれて小人さんの姿は掻き消えた。
《.....ありがとう、本当に》
万感の想いがこもる神々の呟きを小人さんは知らない。
「メルダぁーっ!」
《おや、主よ。どうなさいました?》
クイーンの森の奥深く。冒険者らすら足を踏み込まないような緑深い所に小人さんのお家がある。
神々は千尋の望み通り、質素だが貧相ではないこじんまりとした家を用意してくれた。
一階はキッチンと連結した応接室。それと御風呂や倉庫などで、二階に寝室と書斎。それと客間が一つ。
ときおり訪れる想定外の客のために用意された、ベッド二つのちょい広い客間である。
地球で言う5LDKな一戸建ては煉瓦と漆喰を外壁にした赤い屋根の可愛らしい家だった。
王宮にある某伯爵邸に似せた造りを千尋が望んだからだ。
周辺に畑を作り、某邸から持ち込んだ果樹や作物を植え、蜂蜜を財源にまったりスローライフ。
孤児院には無料宅配。他は有料で卸す小人さん。
キルファンの砂糖人気に押され、今ではソコソコな値段で取引されている蜂蜜だ。
それでも独り暮らしには十分な財源で、お城や街の顔馴染み相手に売り込んでいた。
「..........俺の涙を返せよ。な?」
「まあまあ、良いじゃないの。こうして蜂蜜が届くんだからさ♪」
小人さんが訪れたのは王宮の厨房。そこにはドラゴの跡を継いで料理長となったアドリスがいた。
金色の魔力がある時代に生まれた者は長寿である。壮健な年齢が長く、アドリスも見た目は五十そこそこだが実際は八十歳ほど。
これから徐々に老衰していく年齢だ。
小人さんはアルカディア生まれでも中身である魂が地球産だったせいか、地球人と変わらない年齢の重ね方をした。
そのせいで、お城の誰よりも早く寿命を迎えてしまった。
どんどん老化していく小人さんを驚愕の眼差しで見守っていた家族達。
ちなみに桜も同じだった。小人さんより早く虹の橋を渡り、ドラゴの号泣が長く邸に谺していたのを覚えている。
千早はドラゴの血が濃かったのか、魂がアルカディア産だったせいか、寿命は長いようだ。
「皆に看取られて良い人生だったにょ。あとはオマケさぁ。次はアタシが皆を看取るからさ。勘弁してね♪」
「そういう生き物だよな、おまえは」
ふうっと溜め息をつき、アドリスは蜂蜜を受け取る。そして代金の袋を渡した。
チャリチャリと音を鳴らして御満悦な小人さん。
「料理長やハーヤには言わないつもりか?」
「うん。変な期待はさせない方が良いでしょ?」
「..........王弟殿下には?」
「..........言わない」
蜂蜜卸すためアドリスだけには話したが、他の皆には話さない方が良い。
複雑な顔のアドリスを黙殺し、小人さんは前世と違うスローライフに勤しんだ。
「んもーっ!! いつも家の窓に張り付いてるんだよぅ、ちゃんと巣に寝かせておいてよねっ!!」
小人さんの全身にまとわりついているのはメルダの子供達。まだ成虫になっていない幼虫様である。
さも嬉しそうに、うぞうぞと蠢く白い幼虫。それも赤ん坊大。
虫が嫌いな人が見ようものなら阿鼻叫喚の絶叫が轟きわたるだろう。
「おもーいっ! 離れいっ!」
てやっと幼虫を投げまくる小人さんに、幼虫らは楽しそうにバウンドしながら跳ね戻ってくる。
きゃっきゃと声が聞こえそうなほどご満悦な幼虫様達。
「遊んでるわけじゃないのよーっっ!」
ていっていっと投げまくる小人さんを、生温い眼差しで微笑ましく見守るメルダ。
そんなこんなで日々が過ぎ、お城にまことしやかな噂が流れ始めた。
机に置いていた難しい書類が完成している。
行き詰まったとき、それを手紙にして置いておくと、いつの間にか解決方法が書かれている。
誰かが困っていると、どこからともなく主の子供がやってきて助けてくれる。
いつかどこかで感じた懐かしさ。
姿は見えずとも手を差しのべてくれる誰かの存在を感じて、人々は首を傾げるが、数十年前を知る者の脳裏に揃って過るのは小人さん。
そしてさらにお城や街を駆け回る小さな子供の噂が広がり、その目撃情報が主の森周辺に多い事から、誰ともなく件の子供を森の隠者と呼ぶようになった。
森の奥深くには賢人が隠れておられる。魔物を従えて人々を助けてくれる隠者様と。
過去の小人さんを知る者らが必死に探し回ったが、主の子供らに阻まれて森の捜索は出来なかった。
そうこうするうちにドラゴが亡くなり、アドリスやロメールも亡くなり、千早も虹の橋を渡る。
「.....チィヒーロ?」
「うん、お父ちゃん」
幼いころのままな愛娘に驚愕するドラゴ。
夢だろうか? 確かに娘は老衰で死んだはずだ。
「生きて.....?」
「違うよ、御迎えだよ? さ、お母ちゃんのとこに行こう?」
白く霞む視界の中で差しのべられた手を掴み、ドラゴはその温もりに安堵の笑みを浮かべて頷いた。
娘の御迎えとは気が利いている。
「ああ。そうだな..... サクラを待たせてはいかんな」
つ.....っと一筋の涙がドラゴの頬を伝い、千尋の手を掴んだまま彼は息を引き取った。
それを確認してから幼女は部屋を出る。
扉の横にはアドリスが立っており、痛ましそうに千尋を見つめた。
「ありがとうね、アドリス」
「良いさ。ハーヤには恨まれるかもしれんが、料理長の幸せのが大事だ」
最後に愛娘に逢えて、きっと良い臨終だったに違いない。
アドリスは俯く千尋の頭を撫で、その姿が蜜蜂とともに消えたのを確認してから千早らを呼んだ。
彼は小人さんのために、王宮騎士団所属な千早を嘘の報告で呼び出し、伯爵邸から遠ざけたのだ。
当然、死に目に逢えなかった千早から酷く詰られたが、アドリスはそれを甘んじて受け入れた。
そして病床の自分にも小人さんが訪れ、彼は己の死期を覚る。
「そうか..... ありがとうな」
俯く小人さんの頭を再び撫でて、病床にあったアドリスも事切れた。
金色の魔力が失われてからフロンティアには多くの病が蔓延する。
いくら寿命が長くとも、病魔には勝てない。
神の序列に並ぶ幼女は、その死期を感じ取れる。
どれだけ見送る事になるのだろうか。
声もなく、ほたほたと涙を溢す小人さん。それに懐かしさを感じて、アドリスは彼女の頭を撫でたのだ。
泣くなよ。俺はお前と出逢えて、凄く幸せだったんだから。
続いてロメール、ドルフェン、さらにザック、千早と看取り、小人さんの涙も涸れ果てた頃。
約束どおり、こっそりと皆を看取った小人さんは、自分を知る人がいなくなったフロンティアで、ようやく人前に姿を現した。
神々より遣わされた御先なのだとの説明に、人々は熱狂する。
それを裏付ける金色の瞳。
まるでお伽噺のようではないか。やはりフロンティアは神々に祝福されているのだと。
さらには吟遊詩人らが挙って書きまくった謳に出てくる小人さんにそっくりな容貌も、その神秘性に拍車をかけていた。
困った時には相談にのるとの言葉に感謝して、フロンティアは敬愛する現人神を密かに隠者様と呼んだ。
森の隠者様とよばれる幼子は、長くフロンティアと共にある。
別名、あなたのお城の小人さんは、今日もフロンティアのお城を駆け回っていた。
快活な笑みを浮かべ、賑やかな歩調で踊る小人さん。
その姿は永遠にフロンティアから消えることはない。
こうして生きた伝説が新たに始まる。それはきっと過去に劣らぬ愉快な道行きになるだろう。
永遠に。
二千二十二年 四月 三十日脱稿
美袋 和仁
~あとがき~
これにて、神々がかかわる小人さんの冒険は終了です。
第一話の伏線をようやく回収出来て、一安心なワニがいます。
幾つかの感想や誤字報告で、後に隠者と呼ばれる~に、《小人》と何度もまいりました。誤字じゃないんだ、誤字じゃないの..... と心でのみ呟いていた日々も終わります。
この最終回数話が先に書かれていたため、一応内容を確認してから連続投稿です。
~御飯ください~から、~空を翔る~まで。これが最初の一話で思い付き、詰められた内容でした。
思いっきり粗筋書きのような物語なので、後々エピソードを足していくかもしれませんが、これにて完結でございます。
拙いながらも愛情だけは一杯の物語。楽しんで頂けたら嬉しいワニがいます。
それでは皆様方の御健勝を御祈りしつつ、さらばです。また、どこかで♪
By・ 美袋和仁。
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