第170話 エピローグ・それからの小人さん ~前編~
「本当に俺で良いのか?」
デカイ体躯にモジャモジャ髭。威風堂々とした姿ではあるが、ドラゴは腕に掴まる愛娘を見下ろした。
「お父ちゃんと、こうして夜会に出たかったの。夢だったんだから付き合ってよ♪」
すっかり娘らしくなった小人さんに感無量なドラゴは、嬉しい言葉に涙が滲む。
今日は新年の舞踏会。
新成人となった十五歳の者達が初めて国王と謁見する社交界デビューの日でもあった。
そのエスコートは、通常なら婚約者が。決まった相手がおらぬ場合に限り、身内がするのだが、千尋は何故かドラゴにエスコートを頼んできた。
妹を溺愛する千早もゴネはしたのたが、彼には決まった婚約者がいる。それを差し置いて千尋をエスコートする訳にはいかない。
千尋にも婚約者はいるが、諸事情があり、ドラゴにエスコートを譲ってくれたのだ。
「そうか。綺麗だぞ? チィヒーロ」
「ありがと♪」
今夜の小人さんは薄いクリーム色のドレスに、薄青いショールをつけ、射干玉な髪に飾られるのは蝶を象った乳白色の真珠の髪飾り。
ドレスも髪飾りも、細かく鏤められたアクアマリンが良いアクセントになっている。
これは婚約者からの贈り物。エスコート出来ない事を残念に思い、これでもかと豪奢な装いを用意してくれた。
「じゃ、いこ?」
成長した愛娘に、ふくりと眼を細め、ドラゴは広間に足を踏み入れる。
真っ直ぐレッドカーペットを進み、二人は国王陛下に挨拶をした。
それに鷹揚な頷きを見せ、国王は小人さんを柔らかく見つめる。
慈愛に満ちたその眼差し。何かを含むソレをロメールも困った顔で見つめた。
「美しくなったの。時がたつのは早いものだて」
「勿体無い御言葉。ありがとう存じます、国王陛下」
しっとりと微笑む小人さん。
桜譲りの美貌に、一種独特な雰囲気が周囲の視線を集めた。
ほうっと湧き起こる嘆息が、そこここから聞こえてくる。
「まことに美しい」
「アレを隠しておられるとは。伯爵殿もお人が悪い事だ」
千尋が学業優秀でピカイチの淑女であることは社交界の噂になっていた。
色々と奇天烈な御令嬢である事を差し引いても魅力的な娘である。
身分だけとはいえ伯爵令嬢。王家の人々の覚えも良く、何より亡国キルファン最後の皇族である桜の娘。
付加価値は計り知れないのに、すでに婚約者が決まっていると言うではないか。
隣国となったキルファン王国は桜に忠誠を誓っていた。
つまりは桜の一族はキルファンの王族も同然。
もっと早くに懇意にしておればと歯噛みする貴族達。
ドラゴが料理人である事を嘲り、侮り、侮蔑を投げ掛けていた彼等は、そういった機会の数々を、見事に逃してしまったのである。
今になって双子の優秀さに気がついても盛大な後の祭り。千尋には早々に手強い相手が婚約者となった。
同じ理由で千早にも貴族らの注目が集まっていたが、ジョルジェ伯爵は子供らの婚姻は本人達に任せていると宣い、降るようにあった申し込みを全て断り続けた。
結果、双子はそれぞれ好いた相手を婚約者としたのである。
国王陛下と王太子がファーストダンスを踊る中、千尋はドラゴに腕を絡め、ワクワクした顔で見上げた。
「踊ってね?」
「ああ、もちろんだ」
娘のファーストダンス。
羨む貴族らと別のベクトルで睨み付ける人々を余所に、ドラゴは満面の笑みで千尋と踊った。
平民上がりとはいえ、既に何十年も貴族をやってきたドラゴである。一通りの作法は身に付けていた。
基本、夜会などには参加しない料理人。今回は愛娘の社交界デビューという事で、無理やり休暇をもぎ取った。
王宮から良い顔はされなかったが、すでに何人もの料理人を育ててきたドラゴだ。
特にアドリスの腕は天下一品。自信を持って自分の後釜を任せられる技量で、それを盾にゴリ押ししたのである。
その甲斐はあった。
花もかくやな美しい愛娘。
ああ、本当に大きくなったものだ。
ドラゴは鼻の奥がツンとする。ようやく脳裏に居座り続けていたボロボロな幼児の姿が薄れ始めた。
沢山積み重ねられてきた可愛い娘の思い出が被さり、煤けて窶れた幼子の記憶がボヤけ霧散する。
曲が終わりを迎えた時、ドラゴの眼からポロポロと涙が零れ、周囲がギョッと顔を強ばらせた。
「すまん、もう.....」
そこまで言って言葉を詰まらせるドラゴに慌てて寄り添う桜。
「まったく、あんたは」
仕方無さげに苦笑する桜からハンカチを受け取り、人気のないテラスへ逃げ込むドラゴ。
微かに聞こえる嗚咽に、千尋は面映ゆそうに顔を赤らめた。
「子供の成長が親には感無量なのさ。さ、あんたは他の人らに挨拶して踊っておいで」
優美な笑みを浮かべて、桜は着物の裾を翻すとドラゴの後を追う。
それを見送り、小人さんは見知った顔を探した。
まるでそれを狙っていたかのように寄ってくる人々。
だが、そんな不埒者をよしとせず、すかさず小人さんに声をかけたのはロメールだった。
「次の曲は私と踊ってもらえるかな?」
「喜んで♪」
しゅっと佇む流麗な紳士。もう四十近いのに、未だ三十歳そこそこにしか見えないのはフロンティア人の特徴である。
金色の魔力の恩恵を受けていた世代は未だに老化が遅い。そのため壮健な時代が長いのだ。
曲に合わせて踊り出した二人はお似合いのカップルだった。
「本当に大きくなったね。もう立派なレディだ。..........揉め事は卒業してね?」
今までが今までである。金色の王を辞めても小人さんの周りは揉め事だらけで、破天荒な日々だった。
ハラハラしながら双子の成長を見守ってきたロメールには思うところもあるのだろう。
思わず軽く噴き出して、小人さんは小さく頷いた。揺れる摘まみ細工の小花が可愛らしい。
「そうだね。もう何事も起きない事を願うわ」
「..........やめて? なんか盛大な振りに聞こえて怖いから」
どうしろと。
思わず剣呑に眼を据わらせる小人さんをホールドしながら、クルクル軽やかに舞うロメール。
小人さんもダンスが得意ではあるが、さすが王族というべきか。
踊りやすいリードにつられて微笑む千尋を、ロメールは蕩けたような笑顔で愛でていた。
そして踊り終ったロメールは千尋の横につく。
ドラゴがいない隙をついて、小人さんに善からぬ者が近づかぬようにガードするつもりだった。
しかしそこへ、人々を掻き分けてやってきたのは千早。
眼を怒らせてロメールを睨みつけ、ぱっと妹の手を取る。
「王弟殿下、今宵は他国の賓客もおられます。御忙しいことでしょう? ヒーロは僕がつきますから」
「.....君、婚約者はどうしたの」
「良いのです。彼女は弟君らに任せてきましたから」
チラリとロメールが広間を見渡すと、苦笑しながら会釈する御令嬢と眼が合った。
彼女の弟君らは困惑顔だ。いや、仄かに立ち上る怒気すら感じられる。
..........当然だよね。
「君ね..... はぁ.......... 言うだけ無駄なんだろうなぁ」
小人さんの複雑怪奇に巻き込まれ付き合わされた千早は、とんでもないシスコンへの成長してしまった。
周囲全てが敵に見えているらしく、貴族学院卒業後の進路は王宮騎士団を目指しているのだとか。
「妹に善からぬ事を考える痴れ者は叩っ切る」
そう宣言して憚らぬ耽溺ぶり。婚約者の御令嬢も諦め顔で生温く見守っていた。
ホント、理解ある婚約者で良かったね、千早。
当たり前のように千尋をエスコートしてダンスに向かう千早。
そんな二人の後ろ姿に、幼い頃の双子が被る。
しっかり両手を繋いで、ぽてぽてと歩いていた小さな子供達。
色違いのポンチョを着て、お城を駆け回っていた二人が、今日、成人した。
時がたつのは早いものだなぁ。
ドラゴと同じ感慨に耽るロメールの耳に、慣れた嫌な音が轟く。聞こえるのではなく、轟いた。
広間の人々が一斉に何事かと顔を上げた時、天窓から飛び込んできたのは、皆様よく御存じな巨大蜜蜂様。
広間の吹き抜けを旋回して、レッドカーペットの上にドスンっと降り立った。そして片手に持つ封筒を入り口近くの侍従に渡す。
《今回は忘れなかったのですね。上等です》
封筒の中身はロメールが騎士に送らせた夜会の招待状。
ふくりと眼を綻ばせるクイーンは、ロメールの前で嬉しそうに羽を鳴らした。
「ようこそ、クイーン。チィヒーロはあちらですよ?」
千早と踊る小人さんを指差すと、あちらもこちらを見ていたらしく、にぱーっと笑って駆けつけてくる。
《チヒロ様っ! 御成人、おめでとう存じますっ!》
「ありがとう、メルダっ、これからも宜しくねっ!」
《はいっ! 皆も御祝いを申したいと外に控えておりますよ?》
「皆も?」
「え?」
小人さんが口にした疑問に、ロメールも何事かと疑問を投げ掛けた。
「うっわぁぁぁ..........」
疑問符を浮かべて顔を見合せた二人が慌てて外に出ると、そこには見知った面々。
《御成人、めでたく存ずる、王よ》
《あんたが成人ねぇ。人の子の成長は早いもんだ》
《お美しくなられましたね。ささ、これは御祝いです》
モルト、ジョーカー、ツェット。
居並ぶ巨大な魔物達に、王宮は阿鼻叫喚の嵐となった。
しかし、ツェットらが積み上げた御祝いの山を見て、あまりの衝撃に悲鳴を忘れる。
モルトからは金銀宝石の原石。ジョーカーは彼等の糸で織り上げた美しい布。ツェットも珊瑚や真珠など、見上げるほど大量のモノが無造作に積み上げられていた。
《花嫁衣装にでも使いな》
《楽しみですのぅ。さぞ見事な花嫁御寮になるだろうて》
《気が早くはなくて? 王は、まだこれからのうら若き乙女でしてよ?》
きゃっきゃと賑やかな三重奏。しかし周囲の者達には、獰猛に唸る魔物にしか見えはしない。
あ~~.....っと胡乱な眼差して顔を見合わせるロメールと小人さん。
だが、そこに空気を読まない声が聞こえた。
「おうっ! やけに賑やかだと思ったら、あんたらか」
やってきたのはアドリス率いる厨房の料理人達。普段から小人さんに付き添う彼は、森の主らとの付き合いも深い。
物怖じせずモルト達に近づくと、料理人達に指示をして大量の甘味を運ばせる。
「チィヒーロの御祝いに来てくれたんだろう? さ、食べてくれっ!」
魔物らは甘味に目がない。
ぶわっと溢れる歓喜とともに、出された甘味をパクつく巨大な魔物達。
みるみる中身の消えていく大皿を取っ替え引っ替えして、せっせと運ぶ料理人らも笑顔である。
「助かったよ、アドリス」
「なぁに。見習いらが知らせてくれたのさ。広間にクイーンが現れたって。ならきっと他の面子も来てるだろうと思ってな」
唖然とする王宮の人々を余所に、魔物と小人さんらのどんちゃん騒ぎが始まった。
それに苦笑しつつ、国王は凍りついていた楽団を促して演奏を再開させる。
「あの娘は、ああいう生き物なのだよ。気にするな、宴を楽しもう」
主達が知性ある魔物だと知るフロンティア貴族だ。一時の騒動はあったものの、すぐに通常運行。
内に外にと賑やかな王宮で成人した小人さん。
ここから彼女は穏やかならざる人生を続け、天寿を真っ当する。
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