第169話 あなたは世界の小人さん 神々の独立

《くっ、ここでは分が悪い》


《来よ》


《そなたは神々に連なる者だ。審判は天上で》


「へっ?」


 呆気に取られた人々の間を多くの稲妻が貫いた。あまりの眩しさで視界を失ったロメールが、再び視界を取り戻した時。


 小人さんの姿は消えていた。




《.....人々が起きた?》


《こちらもだっ、ああ、みんな夢から醒めたっ!》


 天上界では、闇の精霊王の支配から解かれた人々が眼を醒まして首を傾げている姿が見える。

 小人さんの予想通り、神となった闇の精霊王は現世に干渉出来なくなったのだ。

 多くの闇の精霊も力が弱まり、深淵へと戻っていく。彼等が力を発揮出来ていたのは、闇の精霊王が無限の魔力を与えていたから。

 それが無くなれば、現世に存在するのも危うい精霊なのである。その世界生まれな四大精霊の方が、まだ強かった。


 解放された世界に涙する多くの神々。


《あの子か.....》


《小人さんだったか? きっとあの子が何かをしてくれたのだろう》


《闇の精霊王に名前をつけておらなんだか?》


《途中から、映りが悪くなって見えなかったな》


《だけど..... ああ、心からの感謝をっ!》


 感涙に咽び泣きつつ、小人さんへの感謝を口にする神々の後ろで、バシュンっと大きな音が立つ。

 振り返った神々の眼に映ったのは、大柄な男性に抱き締められた小人さんの姿だった。


「ドルフェンっ?」


「二度も..... 失いはしませぬっ!」


 小人さんが高次の者らに拉致される瞬間、目映い光に視界を奪われようとも、ドルフェンは目測を頼りに小人さんへ飛び付いた。

 そして今、小人さんと共に天上界へとやってきたのである。


《審判だ》


《この者は神々に叛逆した》


《神に連なる者として有り得ぬ傲慢》


 にやりとほくそ笑むように瞬く金色の三柱。


 だが、それを嘲るように見上げる小人さん。


 なーに言ってんだかぁ? 悪いけど分かっちゃったんだよなぁ。


 最後のあの時、ツァトゥグアが叫んだのだ。稲妻の目映さに視界を奪われつつも、彼は起きるであろうことを予想し、神々の理を暴露した。


『そいつらは門番を持たないっ! 封じてしまえば出られないっ!!』


 一瞬しかないと判断したのか、ツァトゥグアは言葉少なではあるが核心部分を小人さんに伝える。


 消えてしまった小人さんに周りが大騒ぎしているなか、ツァトゥグアだけは遥か上空を睨みつけて呟いた。


『僕の知識を舐めるなよ。知ってるんだからな』


 その仄昏い呟きは稲妻に穿たれ、ボコボコにされた深淵を転がり、儚く霧散した。




『高次の者達に尋ねる。貴女達は三人だね?』


 小人さんを庇おうとするドルフェンを押し退け、低く唸る小人さん。


 途端に大きく天上界が揺れた。


 それに眼を細め、彼女はさらに声を張り上げる。


『貴女方はチェーザレとクライドを使い潰すために、アタシとメルダをアルカディアへ転生させた。それと知られぬように地球にも干渉した。時を操る貴女達には簡単な事だったろうね』


《な.....っ?!》


 地球の創世神が驚愕に眼を見開く。


 チェーザレが絶望に染まるよう、無惨極まりない人生を何度も繰り返させて来たのだ。なんと悪辣な事だろうか。


『それだけじゃない。闇の精霊王は、貴女達がそうなるよう導いた。深淵から出てこぬように。彼の心を寂しく心ぶれるよう荒ませていったんだよね。..... 彼が高次の者と同等の力を持っていたから』


 今なら分かる。闇の精霊王は、奈落に落とされる魂らを見捨てられずに深淵にいたのだ。それと知られぬよう、散々、魂を廃棄してきたのだろう。ヒュリアの乳兄弟のように。彼等はたまたまジョーカーの網にかかって助かったが、他の世界でも同じようなことをしているに違いない。

 何の罪もない魂まで、神々の眼を掠めて落としてきたのだ。モールドレを深淵に縛り付けるため。


 図星を突かれたのか、あからさまに狼狽え出す三本の光柱。


 途端に揺れる天上界の大地。大きな振動が小人さん共々神々を襲う。


『支えろっ!』


》》


 揺れる大地に驚き、大騒ぎしている神々を小人さんが一喝した。


『ここは、あんた達の世界だっ! 高次の者らに空け渡すなっ! 支えろっ!!』


 言われて神々の瞳に光が宿る。


 各々一斉に両手を大地につけ、それぞれが渾身の力を注ぎ込むと、大きく揺れていた天上界がピタリと静かになった。


『そうよ。ここは貴方方の世界なんだから』


 にっと口角を上げる小人さん。


 小人さんがわざわざ声高に話しているのは、天上界の神々に聞かせるためだ。

 高次の者らが、如何に傲慢で命を弄んできたのかを。生み出し送り出したら、それは一個の個人だ。上から踏みつけて良いモノではないのである。


 だが神々は、ソレを知らない。


 高次の者らにしても同様だ。生み出した者がひれ伏し、彼等に敬われる事を当然だと思っている。ソレを享受し、神々を守ることに酔っている。


 虐げたりするよりはマシなのだろう。神々がそれで良いのならば、さしでがましいかもしれない。


 しかし小人さんは見た。


 小人さんの話を聞いた神々の瞳に浮かんだ驚愕と憤りを。


 彼等は、今の内容に怒りを感じている。つまり、高次の者らに支配される事を望んでいない。


 なら、やることはひとつしかないにょん♪


 赤裸々に暴露され、三本の光は空高く舞い上がった。

  途端に凄まじい憤怒が大気を満たし、神々の四肢を強ばらせる。


《うっ? これは.....》


 高次の方々の怒りか.....?


 小刻みに痙攣しつつも大地を従わせる神々。細やかな抵抗。


 それに焦れたのか、スパァンと音を立てて三本の光が天上界に穿たれた。


 小人さんの周囲に降り立つ高次の者達。


《そなたは知り過ぎた》


《そなたは神々の和を乱した》


《そなたを回収して、我らは和を正す》


 高次の者達の右手が小人さんに伸ばされる。それを見て、多くの神々が駆け出した。


《お許しくだされっ!》


《その子は多くの世界を救!》


《まだ幼子でありますっ、御慈悲を!》


《ええぃっ、まどろこしいっ! 支えろ! 守れーっ!!》


 幾十、幾百の神々が殺到し、高次の者らと小人さんの間に割り入る。神々の右手は破壊の力。高次の者達の右手が神々に触れてしまえば、その神は消滅してしまう。

 さすがに我が子同然の神々には手を出せないらしく、小人さんをひしめき守る神々に業を煮やし、高次の者達は再び天高く戻っていった。


《なんたる愚かな。我等は神々を生み出し世界の星々を造りたもうた親なるぞ。.....後悔せよ》


 高次の方々の逆鱗に触れたのだろう。小人さんの上空から無数の稲妻が轟き落とされる。避けようもない範囲の稲光の嵐が千尋を襲った。


 聖書にも描かれているメギドの焰。人間の世界のみを焼き尽くす焔は、神々に影響を及ぼさない。つまり神々が小人さんを守ろうとしても、それを素通りしてしまう。



『チヒロ様ーっ!』


 悲壮な顔で眼を見開き、絶叫するカオスとアビス。そしてドルフェン。だが少女はスルリと踊るような足取りで全ての稲妻を見事に避けた。

 千尋の視界一杯を埋め尽くす凄まじい光の矢。だが、その着地地点が小人さんには手に取るように分かる。まるで少し先が見えるかのように。

 頭が冴える不可思議な感覚で、ふと小人さんは思い出した。


 そうか、あの時の。


 小人さんが過去にファティマであった頃。高次の者達が自分に何かを与えた事を。

 あれは高次の者らからの祝福。後に御先となる者へ贈る神の力の譲渡だったという。

 本来なら生まれる世界の神々から受けるべきモノだが、高次の者らはかつての小人さんに多大な恩が出来た。その感謝にと与えられたらしい。


 左手の印は未来を築く再生の力。右手の印は過去を清算する破壊の力。額の印はそれらを纏めて世界に干渉し、構築する神々の力。


 深淵で謎めいた印が浮かび上がった時、そのようにツァトゥグアは言っていた。

 結果、小人さんには時を操る力が、ほんの少し宿っている。

 だからだろう。高次の者の稲妻の行方がダブるように小人さんの視界に映っていた。

 まさか自分が与えた力に翻弄されようとは。高次の者らも予想だにしなかったに違いない。


 にいっと悪い笑みを浮かべ、小人さんは目的を果たすべく叫んだ。


 奴等が引きこもった今がチャンス。


『アタシは認めないっ!』


 ここは天上界。


 多くの神々が見守る中、小人さんの最後の戦いが火蓋を切った。




『親ってのはなぁっ! 子供をスポイルしてがんじがらめにしたりしないんだよぅ! そんな奴は、親失格だっ!!』


 轟く轟音とともに穿つ稲妻の雨。それを避けながら、千尋は右手を上げる。その手の甲に輝くは正三角形の金色の煌めき。


『スクルド!!』


 小人さんの叫びに呼応するかのように大気が揺れ、金属質な音がガキンっと響いた。


《ひっ? あ、姉上ぇぇっ!》


《やめろっ!》


 天から降りかかる、呪いのごとき低い声。


 それを無視して、今度は左手を上げる。こちらには逆の位置の金色な正三角形。


『ウルズっ!!』


 再び硬質な音とともに悲痛な叫びが遥か高みから響き渡った。


《やめろ.....っ!!》


 最後に両腕を上げたまま天を仰ぎ、にやりとほくそ笑む小人さん。その額に燦然と輝くは二つの三角形で出来上がる六芒星。


 そして、《神々のテーブル》で精霊王達から祝福をもらった時に受けた天啓。


 天をも滅ぼす言霊。それは、名前だ。


 神々の存在を固定する祝福であり、世界への干渉を封じる呪いでもある、名付け。


『ベルザンディーーー!!』


《やめろぉぉぉーーーっ!!》


『これが、あんた達の名前だぁぁっ!!』


 ガキンっと大きな音とともに稲妻が消え、天上界が静寂に満たされる。


『いい加減に子離れしやがれぇぇーっ!!』


 唖然と少女を見つめていた神々は、その変化に気がついた。身体が軽い。それぞれを戒めていた高次の方々の干渉が失われている。


《いったい、何が.....?》


 力尽きたかのように頽れた小人さんは、息を荒らげつつ説明をした。


『高次の奴等も所詮は神々だったって事さ』


 過去と未來と現在を操る高次の者達。その手慰みで生まれた神々は高次の者らの子供。つまりは人間と神々の関係に等しい。

 そして高次の者は人形の光だった。これを思い出して小人さんは訝しんだのだ。


 過去に人形の光であったカオスとアビス。千尋から名前を与えられ現在の姿になった二人。


 .....同じではないのかと。


《だから名前を与えた.....?》


 驚愕を隠せない面々に、小人さんは頷いて見せた。

 神々を縛る約定。これが高次の者らにも適応されるならば、名前を与えられた奴等は天上界に干渉出来なくなるのではないか。小人さんは、そのように考えたのだ。


 そして、ツァトゥグアの最後の言葉。


《高次の者らは番人を持っていない》


 つまり、深淵の扉同様なモノが天上界にもあり、名を持たぬ高次の者達は、名を持たぬ神々同様、自由に通過出来ていた。

 しかし名前を与えられることで神々の制約が働き、その扉を通れなくなる。それは奴等が遥か高みに戻ってから閉じ込めなくてならない。要は扉に鍵をかけてしまう。それが名付けだ。


 モノが扉なので、開閉可能。天上を支配していた光の三柱や、深淵を支配する闇の精霊王には特別な配慮があったのかもしれない。


 だがツァトゥグアは言った。番人が必要なのだと。そして、それを高次の者らは持たないと。


 深淵でツァトゥグアは克己と共にチェーザレを扉に誘った。チェーザレは闇の者だ。

 つまり、名前を受けて閉じられた扉には開ける番人が必要なのだろう。チェーザレが番人となり、深淵は扉の開閉が可能。


 これで、番人とやらのいないらしい三柱は、二度と顕現できなくなるはずだ。

 高次の者らから祝福を受けていたため、小人さんには神々と同様に高次の者達へ名付けが出来る権利が生まれていた。


『大当たりだったみたいだね』


 シン.....っと静まり返った遥か高みを見上げ、にぱーっと笑う小人さん。


『神々も一人立ちするさぁ。あんわんたらは見守るだけで良いにょ♪』


 彼等が本当にノルンだったのかは分からない。以前、そのように呼ぶ世界もあるといっていたが定かではない。それでも、あの名前しか思い浮かばなかった千尋は、高次の者達に三姉妹の名前をつけた。


 そして、事態が斜め上半捻りするのは彼女のデフォである。


 のそりと立ち上がった小人さんの額に輝く六芒星。それが軽やかな共鳴を始めたのだ。

 何処からか分からない共鳴につられ、天上界が金色に輝きだす。


《これは.....》


『うえっ?!』


 小人さんの全身から吹き荒れる金色の帯。無数の帯が波打ち、広がり、波紋のように天上界を満たしていった。


《創世の力.....?》


 みるみる大地が萌え出り、草花が成長して花開く。遠目に蠢く大きな木々。それも成長し森へと変貌していった。

 見上げれば空には金色の雲。呆然と立ち竦む神々の前で、然したる時間もかけずに世界が出来上がった。


『にょ?』


 不思議顔な小人さん。


 そなたという者は.....


 周辺に居た神々は瞳を震わせて、ざっと小人さんに傅く。

 思わず、ぴゃっと仰け反る小人さんを見上げて、ふくりと微笑み涙を零す神々。


《終わった..... これで天上界にも世界が出来た。有り難う存ずる。本当に.....》


《多くの世界を解放してくださり、感謝にたえぬ》


《親神様には逆らえぬ我々は..... 多くの過ちを犯し申した》


 高次の者達が神々にかせた強靭な軛。それを叩き壊した小人さん。

 高次の者らに名前をつけた事で、天上界は小人さんを主と認めたのだ。そして彼女の望む世界を天上界に創世した。


 虚無にも近い何もない白い世界で、各星々を見守る事しか出来なかった神々にも暮らしというモノがやってきたのである。


《これから忙しいな。わたくしは家を建てて畑というモノを作ってみたいわ》


《我は水辺の近くが良いのぅ。釣りとやらを嗜んでみたいぞ》


《鍛冶や木工も必要であろう? 誰ぞ、得意な御先を持つ者はおらぬか? 彼等の力を借りて世界を造ろうぞ》


 いきなり活気づく神々を唖然と見つめる小人さんの両肩に、カオスとアビスの手が置かれる。


《ほんに、そなたは。.....愉快な女子だ》


《まさか天上界に世界を造るとは。高次の者らが地団駄を踏んでおろうなあ》


 くっくっくっと然も愉しげに笑う二人につられ、小人さんも笑いだした。


 終わり良ければ全てよし。


 新たな世界の誕生に、天上界は大いに賑わったのである。


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