第46話 小人さんの新たな日常


「じゃあ、二人で行くんだ?」


「らしいな。卒業式以外、学校解放日しか親の参加は認められないらしい」


「そうなんだってねぇ。キルファンじゃ、学校は平民のモノで、貴族らは家庭教師についていたから知らなかったよ」


 朝食のテーブルを囲み、一家団欒なドラゴ家。

 朝食は基本和食。生まれてからずっとそうなので、小人さんは勿論、千早も箸を上手に使う。

 桜は言わずもがな。ドラゴもこの十年で、随分器用に箸を使えていた。

 別にフォークとかでも構わないと桜は言ったのだが、逆に興味津々でドラゴは箸に挑んだらしい。


「いや、便利だぞ、これは」


 今では厨房でも菜箸を使っているとか。トングやヘラよりもずっと小回りがきくし、繊細な作業も出来るため、料理人らにも好評なんだと言う。


 そんなのほほんとした伯爵邸だが、今日は双子の入学式。

 参加は出来ないとはいえ、ソワソワしっぱなしな両親に、千尋と千早は顔を見合わせて苦笑する。


「忘れ物はないか? 何かあったら、すぐに帰ってくるんだぞ?」


 あたふたと双子の肩を抱き、ドラゴは何度も髪にキスをする。御守りなのだそうだ。


「ダイジョブ。行ってくるね」


「気をつけてな」


 へにょりと眉を下げて涙目な熊さんに手を振り、双子はヒュリアとドルフェンを連れて王宮に向かった。


 二人は入学のしおりを開き、何度も確認してからヒュリアの持つ鞄にしまう。

 彼女の持つ鞄はアイテムボックスになっていて、タンス一つ分くらいの物を入れる事が出来た。

 これも本来は王家の子供しか使えないモノだが、ロメールの婚約者であり国王夫妻が仮親の小人さんに、特別に貸し出された鞄である。


「ドキドキするね、ヒーロ」


「うん。どんなところかなぁ」


 少し前に学園都市は見学出来たが、学園内には入れなかったのだ。

 貴族の子弟が集う学校である。セキュリティの関係上、学校解放日にしか中を見学する事は出来ない。

 小人さんは巡礼に行っていたため、月に一度しか行われないソレに参加しそこなってしまった。


「勉強や訓練は辛くもありますが、大勢の同年代と触れあえる唯一の場所です。楽しい事も多々ありましょう。私も貴族学院で沢山の友人を得ました」


 懐かしそうに語るドルフェンに頷き、双子の足は軽やかになる。

 わくわくと胸を踊らせ、双子はダビデの塔に向かった。

 しかし、そこは騎士団に警備されていて、やや物々しい雰囲気。


 前にロメールと来た時は、警備が二人巡回していた程度だったのに。なんかあったのかな?


 恐る恐る近寄る小人さんらを眼にし、騎士達は快活に微笑んだ。


「おはようございます、準備は宜しいですか?」


 やってきた双子を案内するかのように示された場所は小さな建物で、その前にファティマとテオドールが立っている。


「来たわ、ヒーロ、こちらよ」


 ぱあっと顔を煌めかせ、ファティマは軽く手を振った。


「殿下方、おはようございます」


 千尋を背にして、千早が大仰に頭をさげる。それに倣い、千尋もカーテシーをした。


「やだわ、ヒーロは御父様達から後見を受けているのでしょう? なら、わたくしの妹じゃない。気軽に御姉様と呼んでちょうだい」


 少し頬を膨らませるファティマに頷き、テオドールも柔らかな笑顔で双子を見つめる。


「そうだね。チィヒーロの兄妹ならば、君も僕の弟だよ。ハーヤと呼ばせてもらっても良いかい?」


 千早の眉がピリッと動いた。しかし、それを上手く隠し、テオドールに負けず優しげな笑みを浮かべる。


「勿体ない御言葉。どのようにでもお呼びください」


 鷹揚に頷くテオドール。だが千早は、その彼の言葉に含むモノを覚り、心の中で苦虫を噛んだ。


 僕はハーヤで千尋はチィヒーロか。まるで王弟殿下のようだね。


 周囲の話によれば、ロメールは千尋の記憶が覚醒するまで、《千尋》と流暢なキルファン語で呼んでいたらしい。

 それが前世の記憶を取り戻した途端、チィヒーロと呼ぶようになったとか。

 彼にとってチィヒーロは唯一無二。そう周りは認識している。

 本人が自覚しているのかは分からないが、チィヒーロと呼ぶロメールの顔は至福の極みで、誰もが幸せのお裾分けをもらった気分になるため、野暮な追及をする者はいない。


 その王弟殿下と同じ雰囲気で妹を呼ぶテオドールに、千早は妙な胸騒ぎを覚えた。


 だがそんな千早を余所に、テオドールは何度も手元の時計に眼を落とす。


「そろそろ時間なんだけど。不味いな、ミルティシアが来ない」


 転移ゲートの開く時間は決められていた。それを逃すと個別の馬車で向かわなくてはならなくなる。 


 双子も、そう説明を受けていた。


 ジリジリと王宮を見つめる四人の前に、慌てて駆けつけてきた一団。

 制服の裾をはためかせて、足早に歩いてきたのは薄紫の髪に大きな青い眼の少女。


 ミルティシアなの? すっごい大きくなって.......


 真っ直ぐな髪を何度も撫で付け、彼女は忌々しそうに呟いた。


「お寝坊したわ。それに髪も上手くまとまらなくて......」


「良いのよ、ミルティシア。ちゃんと間に合ったのですもの。さあ、参りましょう?」


 ミルティシアとファティマの真っ直ぐな髪を見て、千尋は無意識に自分の髪に触れた。

 前世では同じストレートだったが、今の小人さんの髪は緩やかな曲線を描いている。

 ドラゴの癖っ毛の影響だろう。千早も、色はドラゴ譲りだが、その髪質は真っ直ぐだった。

 大きなウェーブのかかった黒髪。柔らかく豊かではあるが、やはり元日本人の千尋は真っ直ぐな髪が懐かしく羨ましい。

 千尋の無意識な指の動きに気づいたのか、テオドールの口角が微かに上がる。


「綺麗な髪ですね、チィヒーロ。まるで星空を切り取ったかのようだ。良くお似合いです」


 テオドールの言葉に、周りの三人も振り返った。


「本当ね。わたくしなんて髪質が固くて。おかげで上手く纏まらないのよ」


 ミルティシアが愚痴ると、ファティマも溜め息をつく。


「わたくしだってよ。サラサラ過ぎて同じ髪型にしか出来なくて。ハーフアップとかしようものなら、半日でぐしゃぐしゃになるわ」


 乙女の悩みは尽きぬモノ。


 隣の芝生現象に陥っていた小人さんは、久々の女子トークに、顔を煌めかせた。


「まとまりすぎるのも考えものですわ。油断すると鳥の巣のように絡まってしまいますもの」


「そうなのね?」


「あぁー、学院にも侍女やメイドを連れて行けたら良いのにっ!」


「崩れにくく長持ちする髪型を考案するしかないですね」


 女の子の悩みは何処も同じ。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものである。

 それが楽しい御年頃な娘らが集まり、きゃっきゃうふふ。そんな少女らと、それを呆然と眺めていた男の子組は、急かす騎士らに促されて、慌てて転移ゲートに入っていった。


 中にはエレベーターのような箱。奥の壁に掌サイズの針水晶が七つほど並んで埋め込まれている。

 いってらっしゃいませと頭を下げる騎士達の前で扉が閉じて、テオドールが水晶の一つに手を当てた。

 それに倣うようにファティマとミルティシアも手を当てる。


「ここに魔力を流すんだ。そうすると触れている人を転移ゲートが運んでくれるよ」


 テオドールの掌が淡く発光すると、空気に溶けるかのように彼の姿が消えた。

 同じようにファティマとミルティシアの姿も消え、残された双子は固唾を呑んで針水晶に魔力を流す。

 すると、フォンと微かな空気の音が鼓膜に響き、二人は再び同じような場所にたっていた。


 あれ? 失敗?


 だが、そこには王家の子供らが並んでいる。

 皆が揃った事で、テオドールが扉横に設置してあるベルの紐を引いた。

 涼やかな音と共に箱の扉が開き、双子の目の前には賑やかな人々が歩いていく。

 皆、同じ制服を着て、楽しげに笑っていた。鈴の音が眼を引いたのか、何割かは転移ゲートを凝視していた。


「ようこそ貴族学院へ。新たなフロンティアの愛し子に祝福を」


 ファティマやテオドールに手を引かれ、双子は貴族学院に足を踏み入れた。

 見上げるほど大きな建物が幾つも並び、光溢れる庭園も広く、ここが学校だなんて思えない。

 ファティマ達は、自分の腰ほどまでしかない小さな子供の驚く様を、微笑ましく見つめていた。

 蜜蜂の一件から、ファティマは何とかして千尋と交流を持とうとしたが、気づいた時には、二人は王宮にいなかったのだ。

 キルファンの親戚の家に長期滞在の予定だと聞き、落胆を隠せなかったが、兄のテオドールから、双子が転移ゲートを使うと知らされ、会えるのを心待ちにしていたのである。

 テオドールも、キルファンに長期滞在だと言いつつ、何気に魔物らへ眼をさ迷わせる周囲の雰囲気から、十年前の巡礼と似た空気を感じ、そこはかとない微かな確信を抱いていた。


 そして、あの魔物馬車騒ぎだ。


 気づくなという方が無理だろう。


 チィヒーロ。


 隣接するキルファンの知識がテオドールにもあった。そして、他の人々同様、同じ答えに辿り着く。


 おかえり、チィヒーロ。


 先程まで引いていた小さな手を思い出して、テオドールは胸が苦しくなった。

 あの頃は分からねど、今なら理解出来る。君は、すごく大変な目にあっていたんだね?

 魔物や人間を相手に、小さな子供が戦っていた。

 だから、今度は僕が護るよ。絶対に。


 詳細は分からなくても、王宮の騒ぎや、それにまつわる大規模な国土改革を眺めてきたテオドールには、だいたいの察しがついた。

 何よりも、絶え間なくファティマへ感謝を向ける大勢の大人達。

 あれはファティマへではなく、小人さんに向けられたものだったのだ。


 小人さんの功績の全てを妹が奪ってしまった。


 千尋が聞けば、それは違うと言っただろう。しかし、己の思考に没頭するテオドールに、その考えは浮かばない。


 妹を救ってくれた分、僕が彼女の力になろう。全力で。


 心密かに誓うテオドールを、千早が陰鬱な眼差しで見つめていた事を、彼は気づいていなかった。

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