第47話 小人さんと新たな日常 ふたつめ


「すごい....」


「広いし、建物も高いね」


 転移ゲートから出た二人は、ファティマらに案内されるまま公会堂へ向かう。

 そこで生花のついたバッジを受け取り、それぞれ胸につけた。

 金で出来た六芒星のバッジは、貴族学院所属の証明で魔道具になっているらしい。


「この学院内や外周都市での買い物などにも使うから無くさないようにね。後で魔力登録をしましょう。そうすれば本人しか使えなくなるから安心よ」


 ギルドカードのようなものかな。


 あれも血液に含まれる魔力が登録されるため、本人以外にはつかえない。

 ファティマの説明に頷きながら、双子は公会堂の中へ入っていった。

 中は広々としており、正面奥に舞台がある。その手前には六つの丸テーブル。

 丸テーブル周辺に長いテーブルが幾つも並び、上級生らが学年別に座っていた。


「新入生は丸テーブルよ。名前の入ったカードが置いてあるから。そこに座ってね」


 そう言うと、王家の三人は壇上に上がる。

 どうやら王族の彼らには特別席があるようだ。

 それを見送り、双子は空いてる席に自分達の名前を探した。


「ここだね」


 山折にした赤い紙に金の文字。

 双子はそれぞれ自分の名前のある席につく。


 そしてしばらくして、国王陛下と王太子殿下が壇上に上がり、新たに洗礼を受けた子供達の入学を寿いだ。


「大いに学び、鍛え、フロンティアを支える貴族としての成長を期待する」


 好好爺な眼差しで新入生を一瞥し、国王は、ふと千尋と視線を合わせた。

 そしてふくりと笑みを深め、用意されていた席へ静かに向かう。

 一瞬、生徒らの好奇の視線が小人さんに集中し、千尋は内心冷や汗だらけだった。


 何してくれるんだかっ! ファティマ達と来たせいで、ただでさえ注目の的だったってのにーっ!


 優美な微笑みを維持しつつも、小人さんは無意識に膝の上で拳を握り締める。

 そんな彼女の焦燥を余所に式は進み、レクリエーションで、式から歓談会に入った。

 それぞれ交流を持ち、顔と名前を知る御茶会である。


 あ~、御貴族様だねぇ。優雅だわ。


 セッティングされた御菓子や軽食。お茶や各種果実水。日本の学校なら有り得ない状況だ。

 美味しそうな匂いにつられ、皆が席を立つ中、壇上の国王らが双子をテーブルに呼ぶ。

 王家の席に呼ばれ、小人さん達はうんざりと顔を見合わせた。


「入学早々これかにょ」


「まいったね」


 だが無視する訳にも断る訳にもいかない。二人は覚悟を決めて壇上へ上がる。

 それを見ていた周囲の生徒らが、ざわざわとどよめくのを背中に感じ、あからさまな刺々しい視線の集中砲火に苦笑いした。


 若いなぁ。


 嫉妬と羨望の入り交じったソレに、この場で最年少のはずの小人さんは、見掛けと裏腹な達観を持つ。

 どうやら、新たに転生して、さらなるオバちゃん気質が身に付いたようだ。

 壇上に着いた二人は、王家の面々が居並ぶテーブルの前で優雅に挨拶をする。


「よう来たな。ささ、座るが良い」


 小人さんは、ほくほく顔な国王陛下に殺意が湧いた。

 しかし、それを察した千早が前に出て、申し訳無さそうな顔で応対してくれる。


「ありがとうございます。でも、御挨拶のみで。まだ同級生達とすら顔合わせをしておりませんので」


 やんわりと同席を拒絶する千早の言葉に柳眉を跳ね上げ、ウィルフェが噛みついてきた。


「そなたになど言ってはおらぬ。チィヒーロさえおれば良い」


「兄上っ!」


慌てて窘めるテオドールを一瞥し、ウィルフェは鼻を鳴らして顔を背ける。

 それに溜め息をつき、ミルティシアが据えた半目で子供のような王太子を睨みつけた。

 可愛い女の子は、呆れ顔も可愛らしい。


「呆れますわね。本当にどうしようもない。あれほど叔父様に注意されたのに、このていたらくですか」


 トゲも顕な実妹の言葉に、ウィルフェの眼が見開く。

 次いでファティマも、おっとりと溜め息をついた。


「ウィルフェ御兄様は双子というものを分かっておられませんわね。もし、同じ事をテオドール兄様に言われたら、わたくし二度とウィルフェ御兄様と口をききたくありませんわ」


 やれやれと首を振る妹二人に、ウィルフェは信じられないモノを見る眼差しで狼狽える。


「いやっ、だが、この者は王からの誘いを断ろうとしたのだぞ?」


「では、わたくしが申しましょうか?」


 冷たく穿つ聞きなれた声に、ウィルフェは背筋を凍らせた。

 ロメールの次に怒らせてはならない人物の、しっとりとした声。


「わたくし達は貴族として学ぶために学院へ来たのです。王家におもねるために来たのではございません」


 流麗に言葉を紡ぎつつ、文面にはない精神をガリガリ削る含みに、王家の面々は顔を凍らせた。


 意訳。『こちとら忙しいんだ。あんたらに構ってる暇はないんだよ』


 にっこり笑って、さっくり切り捨てる口上。何処に居ても、小人さんは小人さんである。

 御理解いただけまして? とほくそ笑むその瞳には、なんの感情も浮かんでいない。

 だが、既に精神を削られ慣れているウィルフェは、しぶとかった。


「お茶の一杯くらい良いだろうっ、紹介したい者もいるのだっ」


「紹介?」


 きょんっと呆ける小人さんに、ウィルフェは視線を左に流す。

 そこには王家の席とは別の丸テーブルがあった。

 座っていたのは二人の男子学生。彼らは王太子と小人さんのやり取りを、ビックリしたような顔で見つめている。

 ぽかんと口をあけたままな二人を一瞥し、国王陛下が軽く咳払いをした。


「あ~、この御二方は、フラウワーズの留学生だ。今年から中学年に編入なさる」


 国王の紹介で我に返り、慌てて立ち上がる二人の少年。


「私はイスマイル。隣は弟のパチェスタ。以後、お見知りおきを」


 第一王子の子供だという二人は、十二歳と十歳。なんでも二人で留学するため、弟が十歳になるのを待っていたらしい。

 ファティマ達と一年かぶるため、同じクラスで一年間フロンティアの基本を学び、魔法取得を中心で教わりたいのだという。


「叔父が魔法を使うのを見て、ずっと憧れていたのです。夢がかないました」


 綻ぶように笑う二人の少年。


 マルチェロ王子が在学中、一通りの生活魔法を習得していったとロメールから聞いてはいた。

 国境の森が復活してから、じわじわと魔力の復活が確認されているのも知っている。

 フラウワーズ王家では、王太子が留学して魔法を会得してきたのを皮切りに、王家の子供達や高位貴族らの留学が頻繁に行われてきたらしい。

 今年も、この二人と数名の貴族が留学に来たとか。


「それはそれは。遠路遙々、ようこそ御越しくださいました。ジョルジェ伯爵が娘、千尋と申します。以後よしなに」


「兄の千早です。お見知りおきを」


 優雅に一礼する双子を見て、えっ? と国王陛下らを振り返るイスマイル達。


 .....さもありなん。普通、中級貴族が王家の面々と対等な口なんてきかないものね。


 振られた視線に苦笑する国王と王太子。


「まあ、事情があってな。チィヒーロは我等の兄妹同然なんだ。妹がやんちゃを言っているようなモノよ」

 

苦虫を噛み潰した顔で、ウィルフェは溜め息をつく。


「左様ですか。なれば、我々とも仲良くしてくださいませ、チィヒーロ様」


 さすが小さくとも王族。要らぬ詮索はせず、あるがままに受け入れてくれるようだ。

 十年前のウィルフェよりも、ずっと大人である。


「ありがとう存じます。兄ともども、幾久しくお付き合いくださいまし」


 そう言うと、するりと千早の肘に腕を絡める小人さん。

 微笑ましい双子の笑顔と、慎ましい仕草に滲む特別感。

 なるほど。御兄妹仲が宜しいのだな。

 得心顔で頷くイスマイルの横から、突然、ぶわりと冷気が噴き出してきた。

 えっ? と思う間もなく、王族が座るテーブル周辺に極寒のブリザードが渦を巻く。

 冷たく眼をすがめる男ら三人組と、素知らぬ顔で御茶を飲む、姫君二人。


 この空気を感じておられぬのかっ?


 男性ら独特の悋気は、どうやら女性らには気づけないようである。

 ごごごっと暗雲を立ち込める三人を一瞥し、千早は勝ち誇ったかのような眼で小人さんの髪にキスを落とした。

 伏せられた睫毛の下で、流すようにチロリと動く真っ黒な瞳。

 その優越感に浸る眼差しに、国王達の悋気がブリザードから雷の響き渡る暴風雨へと変貌する。


 腹黒全開な笑顔を浮かべた四人に、フラウワーズの二人は抱き合って背筋を凍りつかせた。


 これは..... 避けて通るべき案件なのでは?


 仲良くしてくださいと言った手前、心苦しいが、チィヒーロ様との付き合いは最低限にさせていただこう。


 たった数分の会話で、フラウワーズの二人は、踏み抜いてはならない地雷の存在を確信する。


 雷、雹に雨霰。天変地異が荒れ狂う背景を余所に、ガタガタと震えながら、固く心に誓うフラウワーズの兄弟を、不思議そうに見つめる小人さんだった。


 知らぬは小人さんばかりなり。


 こうして、双子の新たな日常が始まったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る