第103話 小人さんと海辺の森
「さてと..... 次は何処になるのかなぁ」
小人さんは、かつてサファードとメルダが作ったという世界地図の写しを持ち出して、テーブルに広げた。
数千年前の代物である。写しに写しを重ねても、今の世界事情からかけ離れた地図なのだ。
「あー、これだな、カストラートの地底湖。めっちゃ小っさ」
そこには現カストラートのある辺りに、ポツンと小さな印がある。
なにせ神話の時代の地図だ。当時はまだ、国らしい国がなかったのだろう。フロンティアすら建国されたばかりな頃である。
当然、主の森の位置も印のみ。永い年月の間に色々書き込まれて失われた主の森に付箋がはられた。
サーシャから紅茶を受け取り、ふと小人さんは可愛いメイドを見上げる。
「そーいや、辺境の半分を回ったけど獣人は見なかったなぁ」
何気無い疑問を呟く千尋に、サーシャは一瞬眼を丸くして、次には困ったかのように眉根を寄せた。
「獣人は短命なので..... 共に拐われた人達も、たぶん既に.....」
「へ?」
少し躊躇しつつもサーシャは知っている事を小人さんに話してくれる。
獣人は、その名のとおり獣の特徴を持った一族だ。しかもキメラ体質で、肉食獣系の親から草食獣系の子供が生まれたりと非常にランダム。
まあ顔つきなどは親から引き継ぐし、我が子も他所の子も関係なしに育てて可愛がる一族なので問題ないらしい。
「獣人は男性が極端に少なくて。百人に一人くらいしか生まれないのです。なので夫婦という概念がなくて..... まあ、そういう感じです」
濁されたが、察した小人さん。
ある意味、平和だよね。浮気や不倫、略奪とか無縁な世界じゃん。
獣人は獣の特性を持つため身体が頑丈で敏捷性が高く、筋力も強い。労働奴隷として最適で、高価売買されていた。
しかも見た目が派手だ。器量によっては愛玩奴隷にも出来る。
やな世界だねー。あれ?
大まかな説明に苦虫を噛み潰しながら、小人さんはサーシャを見た。
「ひょっとして、それで、お父ちゃんのトコに?」
「まさかっ! 旦那様は御無体などなさいませんでしたよっ!!」
「いや、そうでなく.....」
そんな事は分かっている。あのドラゴが奴隷扱いなどするわけがない。
「そういう可能性があるから、王宮に自宅のあるお父ちゃんが引き取ったのかなぁって」
市井にあれば、きっと再び拐われただろう。拐われなくとも、富豪や貴族に買われ、酷い目に合わされたかもしれない。
「ああ、そうかもしれません。当時、私は幼かったので」
サーシャは五つか六つ。同じ奴隷船に囚われたナーヤと船の中で知り合い、フロンティアの検閲があるまで何日も閉じ込められていたので何処が故郷なのか分からない。
ナーヤは生まれも育ちも奴隷だったため、売買契約書がなかったのが功を奏し、サーシャと共に保護されたのだ。
奴隷同士を番わせて生まれた生粋の奴隷は、売られない限り売買契約書が存在しないからだ。
そうしてフロンティアに保護された二人は平民として扱われたのだが、サーシャが獣人なことがネックとなる。
これを人目にさらすと、どうしても好奇の目を避けられないだろう。そういった悪どい誰かに目をつけられるに違いない。
最悪、修道院に幽閉するかと周りが考えたところ、男爵となって屋敷に人手が必要なドラゴが口入屋にやってきたのだとか。
そして、保護された奴隷に幼い子供がいると聞いたドラゴは、ナーヤ共々引き取ると言ってくれて今に至る。
住まいが王宮外郭で、サーシャが人目に触れないのも好都合だったのだろう。
お父ちゃんらしいな。
「ちゃんと御給金も頂いておりますし、家人として教育も受けさせて頂きました。御主人様には感謝しかございません」
心底感謝の笑顔を浮かべ、サーシャは新しい御茶を淹れてくれた。
「それで、フロンティアはどうなのか分かりませんが、私の故郷では五十歳前後で亡くなります。たぶん、私も.....」
サーシャはフロンティアの生まれではない。金色の魔力の恩恵も少ないだろう。洗礼を受けて、桜同様、後天的に魔法を使えるようにはなったが、未来は未知数だ。
あれから十年。サーシャは二十代後半くらいか。
「結婚とかしないの? サーシャ、好い人いないん?」
あからさまな小人さんの言葉でサーシャの顔が真っ赤に染まる。
ぼんっと火を噴きそうなソレに、千尋は苦笑した。
パンパンっと頬を叩き、無理やり己を落ち着けると、サーシャはポツポツと呟く。
「結婚は考えておりません。.....私の血が混じると.....獣人が生まれる可能性もありますし。.....相手のお家に迷惑でございましょう」
「そんなん気にしない人だっているよ。ねぇ? ドルフェン?」
後ろに立つドルフェンを振り返って同意を求める小人さん。
ドルフェンは、しばし考えてから首を横に振った。
「それは、かなり極少数かと..... 居ないとは言えませんが、平民でも獣人を受け入れる者は、まずおりますまい」
ドルフェンの説明によれば、獣人は元々数が少ない上に奴隷でしか存在しない。獣人=奴隷のイメージが定着している事。
さらには獣の特徴が、動物的な忌避感を持たせ、嫌悪の対象である事。
さらには短命で、縁起が悪いイメージも払拭出来ない事。
「子供が早死にするとわかっていて娶る者はおりますまい」
なるほど。前者二つは差別的なモノだが、最後の一つには小人さんも納得せざるをえない。
我が子の早い死を望む親はいないだろう。
「それも込みでサーシャを愛してくれる人が現れると良いなぁ」
難しい事は分かったが、諦め切れない小人さん。
千尋にとって、サーシャは姉も同然である。良い男性と巡り逢って幸せな結婚をして、家庭を築いて欲しい。
自分の事を盛大に棚上げして奉り、サーシャの花嫁姿はキレイだろうなぁと、暢気に考える小人さん。
そんな小人さんを千早が現実に引き戻す。
「それで、次は何処にするの?」
地図とにらめっこしつつ、二人はカストラートの先にある辺境を確かめた。
フロンティアとカストラートは大陸南の海岸沿いにある。なので、その先は海岸を大きく回る形だった。
カストラート東北の砂漠を越えた辺りに二つの主の森があり、どちらも似たような距離である。
ただ、その森の間には大きな山脈が横たわって二つを物理的に分けていた。称するなら平原の森と海辺の森。
「山越えが必要になるね。蜜蜂馬車を造っておいてホント良かったよ」
一人ごちる小人さん。
その横で、じっと地図を見るサーシャの顔が、すっと青ざめた。
「ここ..... 山に囲まれた地形。私の故郷と似ています」
ぼそりと呟かれた言葉に、部屋に居た全員が眼を見張る。
聞けば、故郷の村は西南に連なる山々が見えていたという。そして時折やってくる行商は塩漬けの魚なども運んできていたらしい。
西に長い山脈が横たわり、東が海岸線に接している地形。これと条件が一致する。
「サーシャの故郷かもしれないって事か」
小人さん達は奴隷商が獣人を何処で手に入れているのか分からなかった。
飯の種だ。彼等とて簡単には口を割らない。軽く調べた程度では分からなかったサーシャの故郷が、ここに来て判明したかもしれない。
によによと口元を緩め、小人さんは次の巡礼先を海辺の森に決めた。
「しっかり確認してくるからねっ! 期待してて♪」
意気揚々と準備を始める千尋をサーシャは複雑な面持ちで見つめていた。
今さらだと思う反面、本当に? という信じられない気持ちで一杯なサーシャ。
素直に喜べない彼女を、ドルフェンが静かに見守っているとも知らずに、小人さんは走り出す。
こうして新たな巡礼の旅を始める小人さん部隊。
今日も小人さんは我が道を征きます♪
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