第137話 小人さんと神々の晩餐 ここのつめ


《まあ、可愛らしくて良いではないか。そなたらしい精霊だ》


 あうあうする小人さんの頭を撫でながら、大地の精霊王は好好爺な面持ちで千早を見た。


《そちらも水の精霊を得たかろう? ならば、フロンティアに戻ってから水の魔力循環装置まで行くと良い》


「へ?」


 きょんっと呆ける千早に、水の精霊王が少し眉を寄せる。


《水の魔力循環装置は海の底にあるのです》


 海の底? なんでまた、そんなところに?


 疑問顔な双子。その瓜二つな顔に、兄妹だなぁと苦笑し、サファードは過去の出来事を語った。

 その昔、フロンティア南の離れた位置に小島があった。そこに水の魔力循環装置が作られたのだそうだ。


『そこでだけ逢える原初の森の主のためにね。ここの森の主にはそこでしか逢えないから』


 ところが、そこへアルカディアの神々が、知らずにキルファンの大陸を置いてしまった。結果、小島はキルファンに押し潰され、地下の魔力循環装置ごと海の底となってしまったのだ。


 うわぁ.....


 タイミングが悪かった。魔力循環装置を設置して、それらが魔力を蓄え、その本領を発揮するようになるまでの間隙に起きた出来事。

 どうしようもない物理的な現象で、サファードは水の精霊を手に入れ損なったのだ。


『その後、ここが出来上がったけど、その頃には俺は肉体を持っていなかったからな』


 あらゆる所でタイミングが悪かったと笑うサファード。


 それはそうだろう。どれもが一夕一朝で出来る事ではない。長い時間をかけて、一つ一つ必死にやり遂げたに違いないのだ。

 先人である彼の苦労を思い、小人さんは何とも言えない複雑な顔をする。


『そんな顔すんな。俺は楽しかったし、あっという間の幸せな人生だったぞ? おまえだって、そうだろう? 振り返ってみろよ』


 優美な笑顔で微笑む建国の王。その満たされた笑顔は嘘偽りなく幸せな満足感を醸し出している。

 言われて小人さんも、己の短くも波乱万丈な人生を振り返った。

 確かに多くの苦労はあったが、あっという間だった。苦労を苦労とも思う前に日々が過ぎ、気づけば幸せな生活を送っている。


 そうだよね。人生なんて、こんなもんだよね。


 当時のサファードも同じだったのだろう。


『まあ、俺の話はそんな感じだ。いよいよとなったら、チェーザレ。俺と組んで闇の精霊王を守ろうな』


『奴を守る?』


『高次の奴等が消したいってんなら、何か理由があるはずだ。一応、天上界で噂程度には聞いているけど、それが悪い事とは俺には思えないんだよなぁ。アルカディアに手を出さないよう話し合う余地くらいはありそうな感じでな。だから、高次の奴等の逆をいきたい。まあ、嫌がらせ的な?』


 シニカルな笑みを浮かべるサファード。


 だがそれは小人さんも思った事だった。


 闇の精霊王が何をやらかしてきたのかジョーカーから聞いた時、その世界が揺り篭を望むのなら、それで良いじゃん? と。

 何が悪いのか分からない。揺り篭を嫌う世界を滅ぼそうとする一面はいただけないが..........


 そこで小人さんはハッとした。


 世界を統べる力を精霊王は持っている。


 それも一つや二つではない。多くの世界を養い、心地好い夢で丸ごとくるみ込む力だ。

 無限に闇の精霊を生み出し、その世界の根幹を支える力。


 それって途方もなくね?


 天上の神々が構築し維持できるのは精々星一つ。それを何十も横取りして支配している闇の精霊王は異常だ。


 それじゃ、まるで.....


 神々を統べる高次の者達のようではないか。

 そこまで考えて、小人さんの脳裏に複数のピースが音をたててはまっていく。


 深淵に棲まう精霊王。.....これが実は深淵に閉じ込められているとしたら? 

 孤独は人を殺すという。人間のような寿命の短い生き物でも変調をきたすのだ。悠久を生きる彼等にとって、それは想像を絶する苦痛だろう。

 そのため闇の精霊王は暴挙に出たのでは?

 彼にとって、己を慰めるための致し方ない手段なのでは?


 そう考えると多くの事柄が変わってくる。


 基本的に精霊は人間が大好きだ。そして何故か必ず滅ぶ人間世界。それに耐えかねて闇の精霊王が手を出した。

 彼にとって唯一無二の慰めであれば、それは当たり前の行為だっただろう。

 だが精霊王の行為は、天上の神々を悲しませた。結果、高次の者達が動きだし、今に至る。


 待て待て待て待てっ!! おかしいぞ、これっ?!


 小人さんは日本人だ。自分の祖国が長い年月を穏やかならざるも生きてきたから、その感覚が鈍っていた。


 過去に悠久を生き延びた国家はないのである。千年にも満たない歴史の国々が多く、それらも名を変え品を変え変化し続ける。


 それが当たり前なのだ。


 人は変わる生き物だ。変わり、試行錯誤し、新たな文明を生み出し続けるもの。環境に応じて変われる生き物。それが人間だ。

 国の滅びとは新たに生まれ変わるチャンスでもある。天上の連中や闇の精霊王は、それを全く理解していないのではないか?

 こう有るべきと型にはめて、それが成されないと勝手に失望し、己の型を維持しようと躍起になってしまう。


 あ~、見たことあるぞ、この図式。


 過去のネットの中にいた、困ったちゃん達。


 超他者依存型で、皆が同じでないと我慢出来ない輩。共感を受けねば生きてゆけず、他と違う人間をことのほか憎み攻撃する種族。

 高次の者達の行動が、正にそれである。

 そして、それに逆らえない気の弱い人々。その様に洗脳され、心では疑問を抱いていても主張出来ず、ただ頷くだけのイエスマン。

 これが神々だ。


 だとすれば、闇の精霊王は..... 人間達を本気で守っているのではなかろうか?


 変わる事を許さない高次の者達。それに従うだけの神々。放っておけば勝手に滅ぶ人類。


 これを長く見てきた闇の精霊王。


 やり方は誉められたものではないが、確かに彼は人間達を守っている。滅びに進むのを止めている。


 名前を受けた神々は人間界に降りられない。しかし高次の者達は勝手気ままに何処へでも現れる。

 そう、何度もチェーザレを過去へ逆行させたように、気に入らない事象に手を出せるのだ。

 なのに闇の精霊王が統べる星には手を出さない。気に入らないなら、過去に戻して彼の干渉を跳ね除ければ良いはずだ。


 これが、手を出さないのではなく、出せないのなら辻褄が合う。


 何故だか分からないが、高次の者達は闇の精霊王の力に干渉出来ないのではなかろうか?

 だからこそ消し去りたい。サファードやチェーザレを搦め手に利用しようとするのも、奴等が闇の精霊王に直接手を出せないからだと考えれば納得もいく。


 それって、凄くね? 高次の者達は神々を生み出し、世界を生み出し、時間さえをも操る、ある意味全知全能の存在だ。

 そんな奴等が手を出しかねる相手って、相当だろう。


 こうなると闇の精霊王を見る目が百八十度変わる。本当に彼は悪い存在なのだろうか。


 小人さんが思うがままに呟いた言葉は、その場に居た全員の顔を凍りつかせた。


『ある..... あるぞ、それ。その可能性は考えてもみなかった! 闇の精霊王が、高次の奴等に疎まれながらも未だに存在してる理由だ!!』


《彼が高次の者達の干渉を受けない存在だと言うのなら、今までの話に納得がいきますね。どうりで好き勝手に他の世界を支配出来たわけです》


《だが、そうなると話が変わりゃせんか? 高次の者らを敵と考えるワシらにとって、闇の精霊王は、実は福音なのでは?》


 驚嘆に湧き返り、あれやこれやと議論を始めた人々を一瞥し、小人さんはジョーカーを思い浮かべる。

 彼女もまた、大して闇の精霊王を恐れてはいなかった。前に話を聞いた時にも、小人さんと二人して困った奴だよねぇと軽く溜め息をついていた。


 ひょっとして何かを知っているのではなかろうか。


 謎が謎を呼ぶお決まりの状況で、ようやくほつれ始めた高次の者達の姿。

 今まで見てきたモノは間違いではないが、それが全てでもない。物事には必ず反面、側面が存在する。

 彼等にとっての正義が、常に正しい訳ではない。そして知的生命体は往々にして己の利益を求める生き物なのだ。

 正面、反面、側面。その何れかで一番利にかなったモノを選び取りたい。


 高次の者らも神々も知ったこっちゃないも。アタシはアルカディアの幸せを選ぶにょ。


 こうして新たな疑惑の種が生み落とされ芽を出した。

 神々のテーブルに載せられた素材達は、勝手に料理される事を望まない。

 思い通りの料理にしようと目論む高次の者らが知らぬ間に、その素材達は猛毒を含み、彼等の目論みを叩き壊そうと相談していた。


 次々と新たな問題が判明し、ほつれた糸を巻き込むように世界の謎が広がっていく。


 そんな中でも御菓子に手を伸ばして、もしゃもしゃする小人さん。


 通常運行なその姿に、思わずほっこりする精霊王やサファード達。


 何処にいても、何をしてても、小人さんは小人さんです♪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る