第136話 小人さんと神々の晩餐 やっつめ


『そうだね。何から話そうか』


 ガゼボには御茶の用意がされており、沢山の御菓子や軽食が並ぶテーブルで、サファードは想いを馳せるかのように遠い眼をした。

 彼から御茶を受け取り、双子はサファードの言葉を待つ。


『異世界転生だの、神々だのは説明いらないよな? 俺達三人は地球からやってきた魂だ』


 サファードも元は地球人?


 軽く眼を見張る小人さんに小さく頷き、彼は己の過去を話した。

 多くの命を奪い、いきがっていた若い頃。当時の自分が何を思ってそんな事をやらかしたのかは、もはや覚えてもいない。


『そんな悪行を犯した魂をさらなる闇に染めるため、高次の者達はアルカディアに投げ込んだんだ。沢山ね』


 初めて聞く話に小人さんは興味津々。当事者であるチェーザレは苦虫を噛み潰す。


『でもそれは上手くいかなかった。何故なら、高次の者達はその魂を縛りつけるために必ず大切な者を奪っていたから』


 チェーザレを従わせるため、ルクレッツィアの魂を小人さんに生まれかわらせたように。

 投げ込まれた悪党の魂達の大切な者を、高次の者達はその近くへ生まれ変わらせていた。生殺与奪件を握る形で。

 それにより過去の記憶を持つ悪党どもは心を入れ替え、善行を重ねるようになる。己の大切な者を幸せにするために。

 高次の者らには人間の機微が分からない。悪に染まった魂を従わせるために用意した人質が、そのような効果を発揮するなどと考えもしなかったのだ。


 結果、業を煮やした高次の者らによって、無理やりチェーザレが悪辣非道な方法によって闇に染められた。


 それを知るサファードは、チラリとチェーザレに視線を振る。


『俺の大切な人も近くにいた。.....当時のメルダの魂がソレだったんだ。だから、俺は必死になってフロンティアを建国したよ? いやぁ、幸せな時間だったね』


 クスクスと笑うサファード。


 そして、すっと真顔に戻り、炯眼な瞳で双子を見据えた。


『高次の者らの企みは分かっている。だけど、これ以上の干渉は御免被りたいのが俺の正直な気持ち。なんで君らがやってくるタイミングを見計らって、ここで待ってたわけよ』


 サファードの説明によれば、高次の者達は深淵にいる闇の精霊王を疎ましく思っているらしい。

 それを消滅させるために光の魂としてサファードを。新たに闇を支配する者としてチェーザレを用意し、その相反する光と闇の軋轢を利用し、現在の闇の精霊王を消す算段なのだとか。


 淡々とされるサファードの説明を聞きながら、小人さんは首を捻る。


 おかしいな。なんで、そんなまどろっこしい事を? 高次の者がその気になれば、神々とて一瞬で霧散出来るはずだ。


 小人さんは前世で見ていた。神々の使徒が片手で少年神を霧散させていたのを。


 そんな一方的な力を持つはずの高次の者達が搦め手をつかう? 変だ。何かある。


 じっと考え込む小人さん。


 考え込みつつも少女は無意識に手を動かし、ちゃっかり御菓子や軽食を頂いていた。

 そんな少女を柔らかな眼差しで見つめ、サファードはチェーザレに視線を振る。


『俺らを食い物にしようとしてんだよ、高次の者らは。どうよ? 共同戦線張らね?』


『共同戦線?』


『おうよ。俺らのどちらが欠けても奴等は手詰まりになんだ。光と闇の両方が揃いつつある今がチャンス。いざという時、奴等の思い通りにならねぇように、話を詰めておきたくてな』


 アルカディアに人類が発祥してから、全てを見てきたサファードは、大体の神々の成り行きも見聞きしていた。

 そして気づいたのだ。神々や高次の者達は地球の異次元世界を知らないと。正確には、知ってはいるが、その本質を理解してはいないと。

 元地球人であるサファードはそこに眼をつけ、長い時間をかけて《神々のテーブル》を築いた。


 山の山頂に地球世界の遺産を集め、こうして緑豊かな場所を作ったのだ。


『なるほどな。魔力循環装置なるモノを見て感じてはいたが。アレも地球世界の遺産か』


『正解♪ 天界、精霊界の力を借りてね。この場所をアルカディアから切り離すために使ってるんだよ。神々のテーブルが発動している時、アルカディアの時は止まってる。誰もここでの会話を盗み聞きする事は出来ない』


 時を操る事が出来るのは高次の者達だけ。しかしそれに類似した力を持つ地球の天界は、操れずとも時間に干渉する術があった。


 時を止める。


 これは高次の者らにも出来ない、地球世界の天界のみに与えられた能力。神々から独立して派生した異次元の世界は成長し、神々の理とは違う独自の発展を見せている。


『という事は、今現在、神々の時も止まっている?』


『そう。動けるのは地球世界の魂を持つ者だけ』


 ほくそ笑むサファードが視線を泳がせたのにつられ、小人さんも思わず周囲を見渡した。するとそこにはいつの間にか多くの人々が立っている。


《新たな我が子を歓迎しよう》


 美しく優美な物腰で立つ四人の人物。


《我は焔の精霊王》


《俺は風の精霊王だ》


《わたくしは水の精霊王です》


《ワシは大地のだ。よう来たな、地球の子らよ》


 唖然とする双子に自己紹介をし、四人の精霊王はサファードを見つめて微笑んだ。


《長かったな》


『ああ、あんたらの協力に心から感謝するよ』


 感慨深く頷き合うサファードと精霊王達。


 彼等はアルカディアを神々の軛から解放するため、長く共闘してきたらしい。


『俺は神々のテーブルでしか彼等に逢えない。ここでしか時を止められないんだよ』


 苦笑するサファード。


 なんでも、この山、神々のテーブルを築いた理由は高次の者達の支配からの脱却。多くの人々が聖霊を持ち、世界に不信を抱いてくれるよう、サファードは異次元世界の力を借りて魔力循環装置を設置した。

 しかしこの山頂へやってくるには四大聖霊のうち三つを所持していなくてはならず、魔法の理が失われつつあったアルカディアに、絶望感を抱いていたらしい。

 このままでは高次の者らの良いようにされてしまう。

 それに焦りを感じていたサファードは異次元世界にSOSを出し、この山の山頂を聖霊界と繋げてもらったのだ。

 いざとなれば、アルカディアの優しき聖霊達が逃げ込めるよう。あるいは逆に聖霊界から援軍を送れるように。


《永い..... 本当に永い年月であった》


《ここに到着出来る者がおろうとは》


《特にお前は、自力で聖霊界を繋げたしなっ!》


 にっと笑う風の精霊王。言われて小人さんは、彼の顔に見覚えがある事に気がついた。


「あの時の?」


 カストラートで闇の精霊王の僕を撃退した時。一瞬垣間見た美しい世界。そこに立っていた一人ではなかろうか?

 そしてあらためて四人の顔が、その時見た人々なのだと小人さんは気がついた。


「精霊王だったの.....」


《こんな奇跡が成しえたのも、アルカディアの双神が失敗..... いや、本来あるべき神としての情を見せてくれたおかげか》


 カオスとアビスが後悔していた一件。


 金色の魔力でアルカディアを満たしてしまった事。実はアレが今のアルカディアを救おうとしている。

 魔力循環装置の制作設置には膨大な魔力が必要とされた。だが当時のアルカディアの人々では到底そんな魔力は出せない。

 それを補い、可能としてくれたのが金色の魔力である。今は伝説と化した双神の失敗が、当時のサファード達を手伝う結果となった。


 うわぁ..... ホントに万事塞翁が馬だなぁ。人生、何がどう転ぶのか分からないモノだにょ。


《それで、そなたにこの場所の管理権を与えようと思う》


「管理権?」


《そう。わたくし達からの祝福よ?》


 四人は小人さんを囲み、左手をかざした。


《天をも焦がす火柱のような焔を》


《天をも突き抜ける流星の如く疾き風を》


《天をも被う涙のような煌めきの水を》


《天をも穿ちそびゆる山々と大地を》


 四人の手から、キラキラと光る風が吹き荒れる。


いまし》》


 吹き荒れる四色の風が帯のように小人さんの周囲を踊り、ぱあんっと弾けて星々の如く砕け散った。

 ふわりふわりと漂う四色は入り雑じり、七色の煌めきが辺りを漂っている。


「いったい何が?」


 ふわふわと漂っていた光が集まり、そこに小さな球体が生まれた。その球体はポヨポヨと蠢き、シャボン玉のように揺らめいている。


「これって.....?」


《水の精霊よ。造るのは初めてだけど、上手くいったと思うわ》


 ふくりと優雅に微笑む水の精霊王。なんでも、この土地その物が魔力循環装置と同じ役割を果たすらしい。

 他にちゃんとした水の魔力循環装置もあるのだが、金色の王専用の精霊は精霊王全員で創造する特別製なのだとか。


《あなたは生前、水の循魔力環装置まで来られなかったものね、サファード》


『悔しいね。それでもまあ、他は巡れたし、後悔はないかな』


 サファードが生きていた頃、他の魔力循環装置で同じ事が行われ、金色の王専用の精霊達は生まれた。だから魔力循環装置に小人さんが魔力を流すだけで、他の精霊達は手に入ったのだ。


「それでアタシをここまで?」


『まあ、話をしたかったのもあるな。魔力循環装置を介してでは出来ないこともあったから。精霊王達の祝福とかね』


「祝福.....」


 そういや、頭に何か響いたんだけど、幻聴かな?


 小人さんは、ぼうっと空を見上げた。山頂から見上げる空は雲が近い。


《天をも滅ぼす言霊を.....》


 言霊..... 言葉には力が宿ると言われる。天をも滅ぼす言葉? なんだろう?


 思い耽る小人さんの前で、ポヨポヨしていた球体が立体的に浮き上がった。


 .....スライム?


 アルカディアの魔物の中でも最弱と呼ばれる水の生き物。棲み家によって形態の変わるスライムは、七変化という渾名がついていた。

 水場や湿地帯などでは液状。山岳地帯などでは石に化けたような個体。以前、フラウワーズで見つけて触った時は、ゴム鞠のような感触だった。

 この子は丁度その中間。一般的に森に棲むタイプのスライムで、水饅頭みたいにもったりとした球状である。

 ただ、その色が七色。シャボン玉のように無色透明な姿で、ちらちらと虹みたいな七色が浮かんでいた。

 ポテポテ跳ねつつ小人さんに近寄り、眼のない顔で見上げるスライム。


 え? 何か可愛いんですけど。


「名前が欲しいんじゃないの? 付けたげなよ」


 いつの間に入れ替わったのか、千早が羨ましそうにスライムを見つめていた。


 そっか、名前だ。


 うーんと空を仰ぎ、小人さんは名前を考える。そしてふっと眼を見開き、視界に映る雲を眺めつつ、スライムを見下ろした。


「じゃあ、ムースで。よろしくね」


 ポワンと嬉しそうに跳ねて、スライムは宙に消える。

 しかし、サラマンダー、ノームと正統派な精霊が来てたのに、何故、風の精霊はドラゴンで水の精霊はスライムなのか。

 思わず疑問を呟いた小人さんに、四人の精霊王は視線を交わして噴き出した。


《それは創造に金色の王の干渉があるからじゃよ》


 そう説明しつつサファードに視線を振る焔の精霊王。サファードは、そっと眼を逸らす。


『精霊と聞いて..... まあ、途中までは普通に思い描いていたんだけどな。.....カッコいいじゃん? ドラゴン』


 ぶはっと笑う精霊王達。


 つまり、生まれる時に金色の王の脳裏に描かれた姿が反映したと。 え? て、事は?


 思わず、すっとんきょうな顔をする小人さんを微笑ましく眺め、世界王達が揃って頷く。


『そうだよ、そなたの描いた水の精霊が、アレだった訳だな』


 にっと破顔する風の精霊王。


 んのおぉぉぉーっっ! そういう重要な事は先に言っておいてよねーっ!!


 またもや脳内で絶叫する小人さんだが、すでに後の祭り。この先、アルカディアに多くのスライム精霊が闊歩する時代がやってくるのだが、今の小人さんは想像もしていない。


 だけどそれは、とても幸せな風景だと、サファードは人知れず笑った。

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