第156話 芸術劇場と小人さん やっつめ


「これは、また.....」


 開館式を終えて劇場劇場を見上げていた賓客らは、フロンティア国王夫妻の案内で建物の中へ入っていく。


 そして絶句した。


 入り口から本館の扉に繋がるトンネルのような通路。その両壁に二段で飾られているのは沢山の絵画。

 油絵が主流のアルカディアでは珍しい透明水彩の絵に、賓客らは眼を奪われた。


「ここに飾られておるのは一般から募集した写生の絵です。初等科の子供から老人まで。それぞれが思い思いに描いた力作ばかりですぞ」


 溢れる色の洪水。


 何気ない日常や、森や花々。人物もあれば動物もあり、個性的な絵が並ぶ中央には天井から床まで届く真四角な絵が飾られている。


「大きな絵ですね..... 蜂ですか?」


 右の壁中央には巨大な蜜蜂の絵。


「王都の森の主。クイーン・メルダです」


 おお.....っと簡単のざわめきが零れ、食い入るように見つめていたカストラート王が、ふと眼を凝らした。


「ここ..... 継ぎ目が? ひょっとして一枚絵ではない?」


 カストラート王の指差す部分に微かな違和感を覚え、人々が揃って仰視する。


「よくぞ御気づきになられました。その通り。複数の絵師がパーツを担当し、それらを組み合わせて一枚の絵にしております」


 天井から床までそびえる巨大な絵画。てっきり壁に描かれた壁画とばかり思っていた賓客達は、その壮大な絵に息を呑む。

 今にも動きだしそうなほど、精密に描かれた巨大蜜蜂。


 これが森の主..... 知性ある魔物。


 実際に主を眼にしたことのない貴族達は、この絵が等身大なのだと聞いて、倍驚いた。


「このように複数で分けられれば保管も簡単。季節や催しによって千差万別な絵が飾れて都合が良いのです」


 壁画では、描いたら終わり。その後の手入れや保管にも気を使うし、一般に解放する予定の場所にはそぐわない。

 一応、絵の手前に荘厳な縄で出来た境界ロープが張られているが、小さな子供は何をするのか分からないのだ。

 予想外の事をやらかすのが子供である。

 なのであらゆる事象に対応出来るよう十メートルほどの等間隔で、見習い騎士らが立っていた。内、五人は正規の騎士。

 一般に解放される一階から、貴族らに解放される二階の専門エリア。三階の宝飾品まで、館内全ての芸術品を警備している。

 そんな騎士らを余所に、本館へと足を踏み入れた賓客達は再び息を呑む。

 壁一面に飾られた絵画の海と、等間隔で飾られる彫刻や箱庭。この箱庭というモノが多くの人々の眼をひいた。


「これは見事な..... 小さな街ですか?」


「あちらは学園都市のようです。いやはや、精巧に出来てますな」


「これ..... ひょっとして我々が泊まっている宿なのでは?」


 色とりどりな小さな模型。御菓子のお城では、砂糖や菓子で出来た様々なモノを見たが、こちらはまるで遥か上空から見渡すように精巧な作り。

 そんな中、じっと眼を凝らしていたマルチェロ王太子が、あるモノに気付いて、ぎょっと眼を見張る。


「これ.....っ! フラウワーズの王都ではないのか?」


 驚愕する彼の声を聞き、他の王族らも並べられた箱庭を凝視する。

 そして特徴ある建物などから、それぞれの国の王都が飾られているのに気がついた。


「流石ですね。今回の記念に、皆様方の王都を箱庭にいたしました。お土産として用意したモノですの。お帰りの際にお持ちくださいませ」


 優美に微笑む小人さん。


 マルチェロ王太子が口にせねば、誰も気付かなかっただろう。


 ダルクらと空を翔るようになって、早半年。マルチェロ王太子は、本国の王都を上空から何度も眺めて知っていた。見慣れた王都の景色に思わず口元を緩ませる。

 小人さんが大空を駆け巡る生き物な事を知る他の王族らも、そうか、我が国の王都はこのような姿なのかと感嘆の溜め息をもらしたが、王族らと違い、この理屈の分からない貴族達は、全身を心胆寒からしめる悪寒に見舞われた。

 ぞっとした眼差しでフロンティア国王夫妻や小人さんを見据える貴族達。


 知られている? 王都が、これほど精密に描かれているのだ。他の土地もフロンティアは熟知しているはずだ。


 自国の地理が、フロンティアには丸分かりである事を知らしめる箱庭。

 これの恐ろしさを、流石に理解したらしい貴族達をチラ見し、各国の王族らはほくそ笑んだ。


 ようやく己を知ったか。自前のものさしの短さを自覚してくれれば幸いだ。


 今頃、貴族達の脳裏には、乗ってきた蜜蜂馬車や、見学してきた王宮、学習院、孤児院など、色々な事がフラッシュバックしていることだろう。

 自分達の国と比べて、格段に洗練されたアレコレを。


 他国と全く次元の違うフロンティア。


 今は追い付けずとも良い。これを知り、追い付きたいと意識してくれるだけで儲けものだった。

 各国が連れてきた貴族らは、国を統べる頂点を支える主要貴族達。彼らの意識が変われば、国が変わる。

 言語に尽くした所で、フロンティアの異常性は伝わらない。百聞は一見にしかず。直接見た方がてっとりばやいのである。


 .....万一、これでも意識が改革されないのであれば、それは徹底的に政に向かないとしか言いようがない。国を統べる主要貴族として致命的である。他の適正ある者に、その地位を明け渡すしかないだろう。


 静かだが、辛辣な眼差しで貴族達を見つめる各国の王族ら。

 自分達が選定の篩にかけられているとも知らず、驚嘆に顎を落として茫然とする貴族達だった。


 ひとしきり一般の美術品を堪能した賓客らは、一階フロア左右の奥にある販売ブースに眼を止める。


「こちらは販売ブースです。一階に陳列されていた美術品も、こちらで売買出来ます。左が生活雑貨のブース。右が調理雑貨のブースになっておりますの」


 言われて散り散りに見学していく人々。


 見目美しい文具や雑貨。細工の凝った食器やカトラリー。ところ狭しと並んだ品々に、各人、眼を見張る。


「これは美しい。ガラスペンですね。葡萄と蔦の意匠がみごとだ」


「このカップ。内側に絵があります。なぜ?」


「このように飲んだ時、その絵が現れます。ちょっとした遊び心ですわ」


 ほうほうと楽しそうに説明を受けつつ、購入が可能と聞き、あれやこれやと買い求める人々。

 だが、そんな中にまろびた不粋な呟き。


「.....磁器ではないですか。なんと贅沢な」


「このような高価なモノを置いて大丈夫なのですか? 平民など盗人も同じでしょうに」


 口性ない貴族らの言葉に閉口する小人さん。見ていても賑やかで楽しい雑貨らを眼にして、言うべき台詞がそれなのか。


 思わず溜め息しか出てこない。


 あんたらんとこと、家の民は違うんだにょ。


 芸術などに食指を示せぬ逼迫した状況な民らしかいない他国には、趣味や嗜みに興じる平民の存在が信じられないのだろう。

 芸術劇場オープンを楽しみにし、毎日頑張ってお小遣いを貯めているフロンティアの子供達。


「わたし、リボンが欲しいの。キレイなレース編みのリボンに刺繍のされたモノを買いたいの」


「あたしはマグカップっ! 可愛い小鳥の絵がついたのが欲しいっ」


 きゃっきゃ、うふふと盛り上がる子供達や、それを微笑ましそうに見守る大人達。

 一般の職人らが腕によりをかけた逸品が並べられると聞き、老若男女問わず期待に胸を膨らませているフロンティアの人々。

 こういった楽しみは、生活に余裕がなくば持てないモノだった。平民と見れば盗人と蔑む他国の貴人には分からないだろう。


 しかし、それを説明する義理もない小人さん。しれっと侮蔑の言葉を扇で叩き落として、賓客らを二階へと案内する。


 真鍮の手摺がついた優美な階段。それを登った先には、一階とは違う荘厳な空間が待っていた。


「こちらは専門職による美術品です。フロンティアでも選り抜きな職人技。どうぞ御堪能くださいませ」


 非売品だという芸術品の数々。


 このエリアへの入場は有料で、一階の無料解放されたエリアとは一線をかくす雰囲気が漂っている。


 重厚な絵画に、緻密な彫刻。


 思わず溜め息をもらす人々の眼に、一際鮮やかな何かが映った。


 それは着物と反物。


 キルファンの協力を得た特設ブース一面にひらめく反物の群れに、人々は度肝を抜かれる。


「布.....? ですか?」


「布に絵? いったいどうやって?」


「絵ばかりではありません、この髪飾りとか..... 花と..... 玉? 糸で作られた玉でしょうか?」


 人形を模したマネキン人形。頭髪もつけられたソレには、摘まみ細工や絹糸細工の飾りがふんだんに飾られていた。

 眼にも鮮やかな各種着物や金糸銀糸をたっぷりと使った帯など。未知の装飾品が賓客らの視界を奪う。


「こちらはキルファンの民族衣装です。わたくしの母がキルファンの出身で、馴染みの深い衣装ですわ」


 特設ブースには専門の呉服屋や職人がおり、其々の織りや染めの話をしてくれ、飾りの作り方なども説明していた。


「こう、綿を丸く糸で形成して、それに刺繍を刺していくのですよ。模様になるよう正確に」


「これは芯になる厚手の布を摘まみ、形を作ります。作られた部品を繋ぎ合わせて、花や垂らしを.....」


「友禅染めと言いまして、職人の手描きをそのまま模様としております。染めの手法ですか? .....秘密です♪」


 あれやこれやと聞き入りつつ、初めて触れる文化に夢中な人々。


 そして彼等は気づいた。


 小人さんのドレスが、このキルファンの品々に類似していることに。

 目の前の呉服屋とやらが着ている着物は、ぴったりと身体をおおい、太い帯が締められ花のように背中で結ばれている。

 しかし、小人さんが着ているドレスは、前合わせであるのと長い袋袖が同じなだけで、ゆったりと膨らみ、ひらめくスカートはドレスそのものだ。

 前合わせな襟にも、ふんだんにレースが飾られ、呉服屋の着るシンプルな形の着物とは趣が変わっていた。


「王女殿下の御召し物は、これに似ているような気がしますが.....」


 ぽつりと呟かれた一言に、小人さんは、ふっくりと眼に弧を描く。


「母がキルファンの出身だと申し上げましたでしょう? この衣装は、フロンティアに合わせて作られた和風ゴスという、新たなドレスですわ」


 ひらりと裾を揺らして、淑やかにカーテシーをする小人さん。

 フロンティアとキルファンの合作と聞き、思わず固唾を呑む賓客達。


 旧いしきたりを守り受け継ぐ事を善しとする彼等にとって、新たなモノには強い忌避感が伴う。

 著しく逸脱するモノは容赦なく排斥され、ましてや余所の文化を受け入れるなど言語道断。侮辱にも等しい行為だった。


 それをあっさりと覆す目の前の少女に、人々は言葉も出ない。


 彼女の着るドレスは、確かにキルファンの民族衣装を思わせる形をしていた。それでいて、華やかなドレスの威厳も失わず、艶やかな意匠の染めや縫いが、奇抜なドレスを上品に纏めている。

 旧いしきたりから言えば、奇天烈極まりないドレスだ。だが、文句なく美しい。


 射干玉の黒髪に飾られた大きな摘まみ細工。華やかな牡丹に、零れる小花。動く度に揺れる垂らしも豪奢な逸品。


 文化的な意味で是否を問うならば、間違いなく否な代物だ。ここはフロンティアであって、キルファンではない。


 心の葛藤が顔に出ていたのだろう。


 貴族らの視線の意味を察し、フロンティア国王夫妻は柔らかく微笑んだ。


「美しいでしょう? 可愛らしくて自慢の娘でございます」


 フロンティアでは、これを認めるのか?


 小人さんと対照的な王妃の衣装。正しく中央区域の文化を引き継ぐ豪奢な装いの王妃と並び、小人さんはコロコロと笑っていた。


 他国から見れば、一種異様な光景である。


 これを是とするフロンティアに、賓客らは改めて脅威を感じた。


 そんな他国の人々の葛藤をモノともせず、小人さん慣れしているフロンティアの面々は三階へと向かっていく。


 三階は宝飾品のエリア。


 立ち並ぶガラスケースに収められたきらびやかな宝石群に、三度度肝を抜かれる賓客達。


「ここが芸術劇場最上階。宝飾品のフロアにございます」


 繊細なカットの施されたルースから、研磨前の原石まで、多種多様な宝石が並び、そのフロア中央には、人間よりも大きな岩が鎮座している。

 しかし、その岩すらも宝石の原石。大きく割れた亀裂から中を覗くと、岩の内側には、びっしりと煌めく結晶が生えていた。


「これはフラウワーズより寄進された原石ですの。ありがとう存じます、マルチェロ王太子様」


 ほにゃりと笑う小人さんに眉毛を軽く上げて応え、マルチェロ王太子はほくそ笑む。


「なに。大事はない。この程度のモノなら、他にも幾つかあるでな」


 二人の親密げな会話に瞠目を隠せぬ各国の貴族達。

 古くから親交の深いフロンティアとフラウワーズは他国でも有名だ。両国の交流の歴史は、少なくとも千年遡れる。

 そんな中、フロンティアの後見を得て国を興したキルファンが加わり、他の国と違う格差を見せつけられ、ドナウティルとカストラートの貴族は狼狽えた。


 このままではフラウワーズとキルファンに一歩先んじられる。


 あからさまな焦燥感に追いたてられる両国の心境も知らず、小人さんは三階中央の大きなボックス席へ賓客達を案内した。

 そこは王族のみで、他の貴族らは中央席左右のボックス席へと案内される。克己や千早もそちらだ。形として王族なのは小人さんだけだなのである。


 中にずらっと並ぶ観覧席。


 王族専用で十六席並ぶ観客席中央にフロンティア国王夫妻。その左右にマルチェロ王太子とマサハド国王。

 あとは序列に従って各王族らが座り、小人さんはロメールを挟んで、一番右端に座った。

 立場上、準王族でしかない小人さんに相応しい場所なのだが、マサハドの隣に座るマーロウや、カストラート国王と並ぶシャルルは膨れっ面。


「何故にチィヒーロが末席なのだ? こちらに来よ。席は空いておるぞ?」


 マーロウの言葉に反応して、シャルルがギンっと眼をすがめる。


「お嫁様は僕のお膝に来ると良いと思うの。ほら」


 屈託なく伸ばされたシャルルの腕を、カストラート王が容赦なく叩き落とした。


「大概にしなさい、シャルル。王女殿下はロメール王弟殿下の婚約者だ」


 子供に言い聞かせるような口調の兄に、気まずげな上目遣いで見上げるシャルル。

 それと同時にマーロウもマサハドに小突かれていた。


「そなたもだ。下手を申すでないわ。婚約者の前で婦女子を誘うなど埒外にも程がある。控えよ」


 仏頂面を隠さぬまま、そっぽを向くマーロウ。


 そんな二人に苦笑し、小人さんはロメールを見上げた。ロメールも鷹揚に頷いて小人さんを労う。


「お疲れ様。君が待ちに待った演劇事業の集大成だ。期待しているよ」


「うんっ、ホントに長かったね」


 感慨深げに舞台を眺める小人さん。厚い緞帳の降りた舞台の前には下位貴族の観客達がひしめいていた。

 フロンティアの貴族らだけではなく、この日のために自主的にやって来た各国の貴族達。

 蜜蜂馬車を蹴った他国の貴族らも多くいる。王族らを差し置いて観劇するか迷ったようだが、遠路遥々やってきたのだ。是非とも観劇していって欲しいと説き伏せ、今日のチケットを進呈した小人さんである。

 行きは陸路でやってきた彼等に、帰りは蜜蜂馬車で送ってあげようと考える小人さんの前に飲み物が運ばれ、甲高いベルの音が響き渡り、ふっ、とホールの明かりが落ちた。


 ゆるゆる上がる重厚な緞帳。


 誰もが固唾を呑み、静かに見守る観客らの期待の眼差しの中で、アルカディア初の演劇が始まった。


 小人さんの努力の証が、今、開演する。

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