第155話 芸術劇場と小人さん ななつめ


「今日も良い日和ですこと。皆様まいりますわよ?」


 満面の笑みな小人さんと、固く強ばらせた顔の貴族達。そして仏頂面な王子らその他。


 夕べの晩餐会でやらかした面々は、こっ酷く叱られ、フロンティアの常識を知らぬ貴族達も、慌てて王宮の文官達を取っ捕まえて、件の事件の誤りを尋ねた。


 そこで発覚した事実。


 フロンティアは真っ当に働き、税を納める民の自由を法で定めており、これには如何なる横槍も許されない。民には貴族らの横暴や無理難題を断る権利がある。

 身分を持つものは、その利権に応じた義務をも背負う。身分に見合う能力を示さねばならない。ただただ地位に甘んじ、自堕落な生活を送るような事は出来ないのだ。そのような怠慢を見せようモノならば、即刻利権を剥奪される。

 ただし貴族間では身分が遵守され、序列を損なう事は禁忌だ。正しく上下関係を維持していた。


「.....民の権利? なんだ、それは」


「平民など勝手に増える家畜のようなモノだろう? 領地に住まわせてやっているのだから、身を粉にして働くのが当たり前じゃないか」


「長く続く家系でもなのか? 能力を示さねば剥奪されるのか? そんな馬鹿なっ!」


 懊悩に頭を掻きむしる貴族らを冷ややかな眼差しで見つめ、ロメールは流麗に睫毛を伏せた。周囲を騙くらかす甘やかな外面だが、その中身を知るマーロウは騙されない。

 この顔は悪巧みしている顔だと脳内で警鐘を鳴らす。


「無能者に領地を預けるくらい愚かな事はない。民は搾取するための家畜ではないのだよ?」


「お説ごもっとも。まあ、フロンティアを知るまでは似たような考えだった俺が言うのも何だがな。おっと、今は違うから、うん」


 マーロウは、にししっと小人さんのような快活な笑みを浮かべた。


 以前、小人さんがドナウティルを訪れた時、マーロウは目の前を横切った下働きの爪先を落とさせて王宮から放逐した。

 それを知った小人さんが、その下働きを見つけ出して治癒を施したと聞いたとき、何故にそのような? と本気で尋ねてしまったのだ。


 あの時の無感動な少女の瞳をマーロウは忘れない。今思い出しても全身が総毛立つ。


 上質な翡翠のごとく動かぬ眼差し。何の感情も見えず温度を感じられない無機質で硝子のような眼を向けられ、マーロウは心底背筋を粟立たせた。

 狼狽えて千早に助けを求めたところ、千早は呆れた顔でマーロウを見据え、くるくるとこめかみの辺りで指を回す。


「本気で分からないんだね。まあ、他の国はそういうモノだと僕らも習ったけどさ」


 習った?


 不可思議そうに眼をしばたたかせるマーロウに苦笑し、千早は説明した。フロンティアの在り方と常識を。

 フロンティアでは収集した情報を開示し、身分ある者はそれを知識として習うのだ。公務で外交に携わる王侯貴族は特に。


 唖然とするマーロウを上目遣いに見据え、千早は低く穿つように呟く。


「敵を知り、己を知れば百戦危うからずってね。キルファンの古い言葉だよ。ヒーロは学びに貪欲だ。ヘマをやらかし、転がりつつも立ち上がって成長していく。.....君は何してんの? 自分がヒーロの前で何をやらかしたのか理解してるかい?」


 フロンティアの上流階級は民を守る者。そんな貴族の前で自分は何をした?


 ドナウティルなら当たり前の事だった。使用人の粗相には罰を与える。食器を落とせば鞭を打ち、お辞儀が気に入らなくば食事を抜く。使い物にならなくなった者は廃棄し、奴隷系の労働力など使い捨ても同然。


 だが、フロンティアでは違う。


 眼を見開き愕然とするマーロウ。それを静かに眺め、千早は立ち上がると、力無く下がった彼の肩を軽く叩いた。


「文化の違いは仕方無いよ。育ってきた環境もあるし。だからヒーロは君に何も言わなかっただろう? .....言っても無駄だと思われてるんだろうけどね」


 マーロウは、ひゅっと息を呑む。


 だからこその、あの極寒の眼差しか。


 無駄だと思っていても、受け入れがたい。眼は口ほどにモノを言う。


「知らない事は悪くない。でも、知れる立場にありながら、知ろうとしないことは、ただの甘えで怠慢だよねぇ?」


 容赦ない千早の言葉の数々が、凍りついたマーロウの心臓を深々と射抜いた。


 そこから心機一転。マーロウは、フロンティアでの残りの留学期間を使い、ありったけの知識を頭に叩き込む。

 人が変わったように学び始めた弟王子を、信じられないモノを見るような顔で見守る御学友達。


 そんなこんなで月日は流れ、今のマーロウはフロンティアをよく知っていた。


 だからこそ許せなかったのだ。夕べのアンドリュフ公爵を。




「貴方も変わりましたね」


「ロメール殿下に言われると嬉しいです。まだまだ足りないとは思いますが、努力は怠らずにいきたいです」


 よい面構えになったものだ。数年前の悪童の面影は殆ど無いな。


 マーロウの横顔を見つめ、彼の変貌にロメールは刮目する。

 時々悪戯っけが顔を出すものの、今のマーロウは立派な青年になりつつあった。

 これならチィヒーロの嫁ぎ先の候補にするのも吝かでないと、眼に弧を描くロメール。

 王弟殿下から辛辣に値踏みされているとも知らず、マーロウは小人さんに寄り添う克己を忌々しげに睨み付けていた。

 今日は学園都市の見学だ。フロンティアに留学していた王子達には見慣れた街だが、克己は初見。ワクテカな尋ね人を見上げて、屈託なく笑う小人さん。


「克己は初めてだよね?」


「ああ。楽しみだな、学園都市かぁ。ハリポタみたいな感じ?」


「あれはほぼ近代だから..... どっちかってーと、ニーベルングの指輪?」


「ワーグナーか。良いね」


「そっちもいずれ上演したいねぇ♪」


 きゃっきゃっと楽しそうな二人と、相変わらず意味の分からない会話に苦虫を潰すにぃに。

 それを後ろからやれやれと見つめるフロンティア騎士団に護衛され、親善使節御一行は学園都市へ向かう。


 芸術劇場の森と隣接した学園都市は、馬車で三十分程度。劇場がオープンしたあかつきには、学園都市と森林公園を循環する辻馬車を走らせる予定の小人さんだ。

 一律銅貨二枚。子供は一枚の安価な馬車。三十分おきに走らせて、地球で言う路線バス的なモノにしたいと目論んでいる。ここで成功したら王都にも導入予定だ。


 んふふ~ん♪ 夢が次々叶っていくにょん。頑張ってきた甲斐があるなぁ。


 御満悦な小人さんを乗せ、馬車は学園都市の門を潜る。

 隆々とそびえる高い外壁。これだけではなく、外壁に等間隔で造られた尖塔を利用し、上部全てをおおう物理的な結界も張られていた。

 正面の門からしか入れず、有事の際には民の避難場所にも設定されている学園都市は、王都に負けぬ広さを誇っている。

 広大な農地や牧場なども有り、ほぼ自給自足が可能な要塞都市の一面を持つ街を見て、唖然とする賓客達。


「これが..... 貴族学院の敷地内ですか?」


「左様でございます。多くの生徒らが暮らし、専門家が研究に勤しむ場所ですわ。フロンティアの叡知が集まっていると言っても過言ではありません」


 そう。殆どの学術者が拠点として住まう学園都市は、あらゆる知識の宝庫である。風雅な数寄者らもたむろい、移ろうような様式美を持つ古式豊かな街並みが並んでいた。

 それ専門な店が多く、艶やかな装飾品や日用品から、怪しげな薬草、薬品、まじない道具まで。多種多様な物が違和感なく調和している。

 最先端の帽子屋の隣に古びた古書店があったり、一階が食事処で二階が冒険用の武具屋だったりと、目まぐるしく重なる店舗の数々。

 馬車の窓から見ていても目移りしてしまう溢れるような街並みに、賓客一同絶句した。

 ポカンと口をあけたままな人々を乗せ、馬車は貴族学院の門に入っていく。


「学校..... え? 上流階級の学園なのですか?」


「こんな大きな? なぜ?」


 馬車から降りた一行は、見たこともない見事な建物の群れに眼を奪われた。

 下手な上級貴族の屋敷より大きな建物が並び立つフロンティア貴族学院。学年ごとに校舎があり、それぞれの年齢に合わせた仕様になっている。

 机ひとつにしたって、初等部と中等部ではサイズが違うのだ。大は小を兼ねるというが、ジャストな物が好ましいに決まっている。


「各学年ごとに校舎があります。そして各講義ごとの専門棟も。あちらが校舎で、こちらが専門棟。その奥を進むと鍛練場です。野外と屋内の二種類ございます」


 てちてち歩く小人さんに案内されつつ、貴族らはあいた口が塞がらない。各国の学校は学舎と鍛練場、あとは催しモノを行う大広間と庭園くらいである。

 それぞれお国柄はあるものの基本は似たようなものだった。


「これな。我が国にも導入したい。学年ごとの学舎と専門棟。なかなかに使い勝手が良かったのだ。図書室も年齢合わせれば、本や資料を探すのに苦労せず済むし」


「わかるっ、俺の国も屋内鍛練場を建築中なんだ。雨天でも鍛練出来るとか、盲点だったよ。ドナウティルは雪の季節が長いから、あると助かると思う」


 興味深げに言葉を交わすマルチェロ王太子とマーロウ王子。

 初めて貴族学院を訪れたマサハドやカストラート三兄弟は、貴族らと共に絶句している。


「これが学校?」


「しかも上流階級の子弟だけなのだろう? こんなに生徒がいるのか?」


「学校、楽しそう..... 僕も留学したい」


 手入れの行き届いた建物や施設。思い思いの感想を口にしながら、敷き詰められた煉瓦の道を進んだ一行は、開けた庭園に足を踏み入れた。

 そこに立つのは小人さんも見慣れた教師陣。穏やかな笑みを浮かべて親善使節団を出迎える。


「ようこそ御越しくださいました。ここより先は、専任の教師らが御案内いたします」


 好好爺な面持ちで教師達を紹介するのは魔術教師のヨーファース先生。相変わらず太鼓腹を揺らし、朗らかに笑っていた。


 この笑顔には、何故か妙な安心感を覚える小人さん。


 各々知りたい事や見学したい場所も違うだろうからと、小人さんは各専門の教師らに案内を御願いしておいたのだ。

 大半は魔術を知りたいとヨーファース先生に群がっている。他にも商業や歴史、農業や牧畜、珍しい所でフロンティア特産の蜂蜜に興味を示す者もいた。


「甘味にかかせぬ素材ですし、どのようにして森の主と懇意にしておられるのか..... とても知りたく存じます」


 この御仁はドナウティルの貴族。ザイール侯爵である。

 ドナウティルは辺境に主の森が二つあり、フロンティア王都が近くに主の森を持つにも関わらず、魔物の被害が殆ど無い事実に驚いていた。


「我が国の辺境の村などは、魔物の襲撃に怯えております。どのようにして、それを避けておられるのか。是非とも知りたいのです」


 金色の王の伝説は彼も知っている。しかし、今のフロンティアに金色の王はいないはずだ。なのに、未だ森の主と友好であるのは何故なのか。

 さらにはフラウワーズ王都にも新たな主が森を築いたと聞き、それも詳しく知りたいのだとマルチェロ王太子ににじり寄っていた。


「.....広大な樹海があれば、主がやってくる可能性があると。.....その昔に金色の王から教わりまして。.....うん」


 盛大に眼を泳がせながら答えるマルチェロ王太子。それを横目に、知らんぷりをする小人さん。


 まあ、嘘は言ってないよね。


 苦笑いの視線を合わせ、当たり障り無い答えを返したが、ザイール侯爵は諦めていなかったらしい。


「主の森関係ですか。研究者が学園都市におります。そちらを御紹介いたしましょうか?」


「是非にっ!」


 喜色満面なザイール侯爵を連れて、地理の教師が馬車乗り場へと向かうのを見送る小人さんの耳に、マーロウと千早の声が聞こえた。


「先生いるし、久し振りに手合わせしないか? ハーヤ」


「おお、それは拝見したいものだ。審判は任されましょうぞ」


 ぱっと明るい顔で千早を見る派遣騎士の武術教師。途端に、周囲の護衛騎士らの目の色がギラリと変わったのは、気のせいであって欲しい。

 名指しされ、一瞬笑みをはいた千早だが、次には心許ない顔で小人さんに視線を振る。


「あ.....っと。でもヒーロについていないと」


「いてらん、にぃに。手合わせしたいんしょ?」


 ひらひらと手を振る妹。千早の手足がウズウズしているのが微笑ましい。


 同年代で千早と互角を張れる者はフロンティアにはいない。騎士団見習いになれるほどの腕前なのだ。真っ当にやり合えるのは本職の騎士達くらいだろう。

 マーロウはフロンティアに留学していたころ、授業をなおざりにしていたにも関わらず武術は中級だった。

 本気で学びだしてからは、あっという間に免除まで進み、騎士団の演習に交じって千早と鍛練に励んでいた。


 天性の武人。


 あのハロルドに、そこまで言わせしめた人物である。それに魔法も加わり、まだ成人もしていなかった二人は、一騎当千なフロンティア騎士らが刮目するコンビになっていた。


 久しぶりの再開に手合わせだ。さぞ嬉しかろうて。


「じゃ、少しだけ..... すぐ戻るからっ」


 言うが早いか鍛練場へと駆け出す二人。

 屈託なく笑う二人の少年の楽しげな後ろ姿は、見ていて微笑ましい。


 ああ、幸せってこういうのを言うんだよねぇ。


 それぞれ好きに見学しようとする人々に眼を細め、小人さんは今の幸せを噛み締めた。


 そこへ呑気な声が聞こえる。 


「じゃ、俺らも街に繰り出そうか。気になるモノが一杯あったんだよっ!」


 ワクテカに眼を輝かせる克己。それに大きく頷き、小人さんは彼の指を掴んだ。


「お勧めなとこも沢山あるにょ、行こう♪」


 淡い笑みを携え、馬車乗り場へと引き返す三十路少年と、五十路少女。


 しばらくして戻ってきた千早とマーロウが、いつの間にか消えた二人を死に物狂いで探すのも御約束である。




「これだから、ヒーロは、もーっ!」


「アイツは駄目だっ! なんかヤバい気がするぅぅっ!」


 克己と小人さんの間に横たわる阿吽の呼吸。誰にも立ち入ることが不可能な二人だけの世界を思わせる謎の親近感。

 察することは出来ても看破出来ない似たような不安を、千早とマーロウは漠然と感じていた。


「「どこだあぁぁーっ!」」


 雄叫びを上げて駆け回る二人を余所に、克己と小人さんは学園都市を堪能する。




「うっは、おもしれーっ、なんだ、これっ」


「ジャグジーの応用だにょ。水の代わりに魔力を泡立ててね♪」


 子供用プールみたいな入れ物の中で、フワフワと浮かぶ二人。モコモコ立ち上がる泡は、不安定に二人を支えていた。客寄せの遊具だが、克己は大はしゃぎ。


 あれやこれやと走り回る小人さんらに千早達が追い付いたのは、もう陽がかげるころ。


 おのぼりさんのように、大量の買い物をかかえた克己と小人さんの姿に、脱力を禁じ得ない千早とマーロウである。


 当たり前みたいに小人さんと寄り添う克己。野放しにしてはいけない天敵を見つけ、千早とマーロウは顔を見合わせて頷いた。


 そんなこんなで日々が過ぎ、小人さん達は芸術劇場オープン当日を迎える。


 もちろん、何事もなく終わる訳はない。通常運行な小人さんクオリティーが始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る