第56話 小人さんと蟲毒の呪法 ひとつめ


「はえ? マルチェロ王子から?」


「そ、君に救援要請」


 ロメールの執務を手伝う休日。やってきた双子に、彼は一枚の封筒をチラつかせた。

 それは金の縁取りがされた厚めの封筒。封蝋を剥がした跡があり、すでに中身は確認済みなようだ。


 渡された封筒から便箋を取り出し、小人さんは眼を走らせる。


「んーと? つまりバストゥークの街の地下に洞窟があり、そこに魔物が蔓延っていて手が出せない状況だと?」


 春先に行った巡礼で、バストゥークの地下に何かがあるかもな話になり、王都へとって返したマルチェロ王子は騎士団と調査兵の部隊を編成し調べたらしい。

 結果、掘り尽くされて見捨てられたはずの坑道深くに歪な落石跡を見つけ、掘り返してみたところ、さらに深く続く洞窟を発見したのだとか。

 だがそこに入って見ると、中は縦横無尽に小道のめぐる洞窟で、方向感覚が失われる上に多くの魔物が狂暴に襲いかかってきたのだという。

 道が狭い事もあり、騎士や兵士も十分な力を発揮出来ず、知恵を貸して欲しいとの御願いだった。


「まさか、フラウワーズにそんな場所があるとはねぇ。それで、気になったんだけど。クイーンの森の事、覚えてる?」


 ロメールが皮肉げに軽く柳眉をあげる。


 クイーンの森?


 ほに? と小首を傾げる幼女を抱き上げて、ロメールはその小さな鼻をつついた。


「ほら、君らが見つけたじゃない。結界に封じ込められた魔物達」


「ああ、蟲毒みたいな洞窟?」


「そう、それ」


 結界に閉じ込められて狂化していた魔物達。騎士団からの依頼で、その結界をぶっ壊し、地球うんぬんは黙ったまま、こういった生き物を争わせる事で強い生き物を生み出し、それを贄に成就させる古代の呪法があるのを小人さんは説明した。

 これにより、突然変異で恐ろしい魔物が生まれる可能性や、触発されてスタンピードが起きる可能性もあった事を併せて説明すると、騎士団は蜂の巣を蹴飛ばしたかのような大騒ぎになった。

 そして結界の魔術痕から、それを行ったであろう人物が特定され、話を聞いてみたらしいが、ただの結界実験だったと言い張られたのだとか。

 身分の高い魔術師なため、これといった悪意や証拠のない状況では、事情聴取が関の山だと言われ、小人さんは真っ黒な笑顔を浮かべる。


「その、ただの実験でエラい事になるとこだったんだけど?」


 悪意の有無が判断出来ないとはいえ、厳重注意とか、降格とか、何かしらの罰はないんかいっ! 野放しかっ!


 心で思っただけのつもりが、コロコロと口からまろびていたらしい小人さん。

 がーっと気炎を上げる幼女に、ハロルドが苦虫を噛み潰したかのような顔で大きく頷いた。


「同感です。しかし高位の貴族相手では、これが精一杯なのです」


 聞けば、相手はフロンティアに四つしかない侯爵家。しかもダビデの塔に所属する魔術師らしく、高位魔術師の魔術実験には、ある程度の裁量が個人に許されているらしい。

 だが場所が場所だ。おとがめなしとはならず、今後一年間、報酬返上の処罰が与えられた。


「ほーん。身分の高い御貴族様に、それって効果のある罰なん?」


 じっとり眼を座らせる小人さんに、誰もが気まずく眼を逸らす。


 無いよりマシでしょうと宥めすかされ、その時には終わった話だった。


 そんな事を脳裏に浮かべつつ反芻していた小人さんを、ロメールは真面目な顔で見つめる。


「似てるよね? バストゥークのと。落石で封じられた洞窟、その奥に蔓延る狂暴な魔物達。そして、そこに大量の魔物が存在するという事は、その洞窟の何処かに強大な魔力を持つ何かがある」


 小人さんは、ハッと顔を上げた。


 そうだ、クイーンの森然り、強大な魔力を持つ何かがないと魔物は生まれない。フロンティアは元々魔力が大地に豊富だった。

 今もその恩恵は、薄れはしても無くなってはいない。

 理由の一端は強大な魔力を持つ主らの存在。金色の魔力は失えど、彼らが生来持つ属性の魔力は途方もないモノだ。


 ほぼ魔力枯渇していたフラウワーズに、魔物の蔓延る洞窟などある訳がない。魔力がなくば死んでしまうのが魔物である。

 だから同じような事が起きている可能性を、小人さんは危惧しつつも心の中で否定していた。


 一応、そのような事が起こりうるかもしれないとマルチェロ王子には仄めかしておいたが。

 あちらにしたら、襲撃してくる魔獣のほうが重大だろう。

 そしてふと、千尋は千早から聞いた説明を思い出す。


 そういえば......


「にぃに、前の巡礼の時、バストゥークの地下に何かあるって言ってたよね?」


 小人さんを抱き上げたままのロメールを剣呑に見つめていた千早は、いきなり振られた話に眼をしばたたかせた。


「え? あー、ノームのかな? 確か、地下に大きな場所があって、閉じ込められて苦しんでるとか..... 直接聞いてみない?」


 千早の言葉に頷き、小人さんはクルリと指を宙に閃かす。


 ぽんっと現れた二匹の精霊。


 瞠目するロメールを余所に、小人さんはコロンとじゃれるポックルに質問した。


「ポックル、バストゥークの地下には魔物らの墓場があるって言ってたよね?」


『ホウっ』


 大きく頷くノーム。


「そこに魔獣の成れの果てから出来た石があるんだよね?」


『ホッホウッ』


 再び大きく頷くノーム。


 小人さんは、あの時渡された小さな石を思い出す。黒紫で微かに心をざわめかせた不思議な石。

 そして、ノームの本体は地下深くにあると言っていた。


「コロンの本体はダビデの塔の下にあったり?」


『きゃうっ』


 こちらも、そのとおりとばかりに大きく頷く。


 なんだろう? 何かが繋がりそうなんだけど.......


 バストゥークでも感じた、掴めそうで掴めない何か。


 うーんと頭を抱える小人さんに、ロメールが据えた眼差しで声をかける。


「ねぇ、チィヒーロ? あの小さい人は誰かな?」


「にゅ? ノームだにょ、名前はポックル」


 よろしくっ、とでも言いたげに、ノームは短い両手をロメールに振った。

 ロメールの口角が小刻みに震えている。


「こういう事は、もっと早く知らせてくれないかなぁっ、何処でノームをっ?!」


 バッと千尋に顔を向け、ロメールはキラキラとした眼差しで説明を求めた。


 あれぇ? 言ってなかったっけ?


 物凄い剣幕で詰め寄るロメールの顔を両手で押さえ、小人さんは斯々然々とバストゥークでの出来事を話す。

 ひとしきり説明が終わると、ロメールは頭をかかえつつ、チラチラとノームに視線を振った。


「余所様の国の精霊をね。ははは.....」


「アタシのせいじゃないも......」


「で、どうするの?」


ロメールの手が柔らかく小人さんの頭を横から撫でる。その繊細な指先で髪を梳られ、千尋はどうしたものかと考えた。

 自国の事は自国でやるべきだ。いくらマルチェロ王子と懇意とはいえ、小人さんがしゃしゃり出ては内政干渉と疑われかねない。

 特に幼女は、フロンティアとキルファンの二枚看板を背負っている。

 自覚したのは最近だが、国家間のいさかいを生み出す種になりかねないのだ。


 蟲毒の話も魔獣の話もしてあるし、あちらは立派な軍隊持ちだ。本人らに頑張ってもらうしかないよなぁ。


 結論を出しかかっていた小人さんに、ロメールが声をかける。


「そういえば、この最後の一行。どういう意味かな?」


 言われて小人さんも手紙を確認した。そして眼を見開き、口元を戦慄かせる。


「みんなっ、フラウワーズへ向かう準備をっ! 蜜蜂飛行で最速で行くよっ!」


 爛々と眼を輝かせて、右手を高く挙げ、小人さんはフラウワーズ行きを決定した。


 最後の一行。


『今回の力添えの報償に、御依頼の件を快諾いたしたい所存』


 魔獣達の墓場の土地の買い取り。


 隣国の土地を小人さんが買うのは容易い事ではない。それでも何とかして手に入れるつもりだった。


 ポックルと約束したしね。


 そのチャンスが棚ぼたでやってきたのである。


 千尋は講義の日程を調整し、一週間ほど欠席すると学院へ伝え、千早も同じようにフラウワーズ行きの準備を始めた。


 免除された科目が多い事が幸いする。


「別に、にぃには無理しなくて良いんだよ?」


「は? ヒーロだけで行かせる訳ないでしょ? それとも何? 僕を置いて行きたい理由でもあるの?」


 剣呑な眼差しで妹を見据える兄。


「そんなんは無いけど...... にぃにの学生生活を邪魔したくないさ」


 うじうじと呟く小人さんを後ろから抱き締め、千早は小さな頭を撫でる。


 ああ、いつの間にこんな身長差がついたのか。


 ドラゴ似な千早は、この春でさらに大きくなった。桜似な千尋は、小さいままである。


「にぃにはね、ヒーロの傍にいるのが一番好きなの。ヒーロの傍にいたいの。お父ちゃんが、必ずお母ちゃんの傍にいるようにね。だから、置いていくような事は言わないで? むしろ、何処へでも連れていってね? ...まあ、置いてったとしても、追いかけるけどね」


 ぎゅっと小人さんを抱き締めて、千早は仄昏く眼をすがめた。


 こんな小さくて可愛い妹を、男だらけのフラウワーズ軍へ一人で出せる訳ないだろうっ! 全く、ヒーロは御子様なんだからっ!


 そこも可愛いから、許すけど、来なくて良い発言は許しがたいかなぁ。


 頭を撫でていた千早の手が小人さんの髪に絡み、その一房に、そっとキスを落とす。


 仄かに香るのは椿の香油。


「にぃに?」


「うん?」


「ありがとうね」


 ほにゃりと笑う屈託のない笑顔。


「うん....っ」


 あああ、眼福だなぁっ!


 この笑顔が独り占め出来るのなら、僕は何だって出来る。やってみせる。だから...


「いつも一緒にいてね、ヒーロ」


「うんっ」


 一見、微笑ましい兄妹の包容。


 それを少し離れた所から見ていたロメールは胡乱な顔で空を仰いだ。


 うーん。見なかった事にしよう。うん。怖いね、ガチのシスコンだね。そのうち私、刺されるんじゃないだろうか?


 千早の仄昏い瞳に、一瞬、血生臭い未来が垣間見えたロメールだが、それは横に置いておく事にした。


 こうして小人さんはフラウワーズへ向け出発する。


 鬼が出るか、蛇がでるか。


 それでも小人さんは元気です♪

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