第57話 小人さんと蟲毒の呪法 ふたつめ


「..........」


「やあ、久し振りだね、マルチェロ王子」


 微笑む美丈夫に、王太子は言葉を失う。


 ここはバストゥーク。


 前日に先行させた小人隊が到着して、しばらくするとモノノケ馬車も到着した。

 マルチェロ王子は眼を据わらせつつも、想定内だと嘆息する。しかし、その馬車から、思わぬ想定外がゆったりと現れたのだ。


 淡く光るベージュの髪に穏やかな灰青の瞳。人好きする柔らかな笑顔に油断してはいけないのだと、散々マルチェロ王子へ叩き込んだ、フロンティアの怪物。


「ロメール王弟殿下.....?」


「元気そうで良かった。国王陛下は息災かな?」


 他愛ない世間話を交わしながら、マルチェロ王子は驚愕の眼差しで小人さんに視線を振った。


 どう説明したものやら。


 小人さんは気まずく眼をそらし、今朝の事を思い出す。




「私も行く」


 小人隊が先行したと知り、ロメールは直接ジョルジェ伯爵邸に突撃してきた。

 何でも、一週間分の仕事が終えていけるか際どかったらしく、完璧に終えるまで同行したいとは言い出せ無かったのだそうだ。


 仕事の鬼なロメールらしい。


 しかも、もし間に合わずば、個人で向かうつもりだったとか。


「えーと?」


 きょんっと呆ける小人さんを抱き上げて、ロメールはギンっと剣呑な眼差しで幼女を睨めつけた。


「行くったら、行く。良いね?」


 暗い光を燻らせる見事な三白眼に恐れ戦き、コクコクと頷いて、致し方なしに同行を許した小人さんである。


 まあ、目的は分かってるけどさぁ。


 ガチガチに緊張して、カクカク歩くマルチェロ王子。その後ろをニコニコとついていく我が国の王弟殿下。さらに後ろに並んだ兵士達。


 なに? この絵面。


 遠巻きな両国の騎士らを一瞥し、双子は顔を見合わせる。

 それを眼にして、ロメールが二人に手を振った。


「チィヒーロ、千早、王太子殿下が、例の坑道に案内してくれるって。見に行こう」


 キラッキラな満面の笑みで、子供のようにはしゃぐロメールに、周りの人々も困惑顔だ。特にフロンティア騎士団の面々が。

 すっとんきょうな顔で、呆然と件の行列を見送っている。


「王弟殿下ですよね? まるでウィルフェ様のようだ」


「いや、昔の王弟殿下は、あんな感じだったよ。好奇心の塊でね。命にかかわるような冒険を平気でやる方だった」


 その話を耳にした途端、ぶんっと小人さんの顔が騎士らに向けられた。


 なにそれっ! すっごく聞きたいんですけどっ?!


 こちらもキラキラと眼を輝かせ、ロメールの昔話に興味津々な妹の両耳を、ガッと千早の手が塞いだ。


「それどころじゃないよね? ヒーロ。あの王弟殿下を野放しにしたら不味くない?」


 呆れ顔で顎をしゃくる七歳児。その先には、とてとて歩いていくマルチェロ王子とロメールの背中がある。


 いつの間にっ!


 千早の手を引いて、小人さんは慌てて行列の後を追っていった。




「ここが、その坑道?」


 崩れて撤去された岩が積まれた横には、人が一人通れる程度の洞窟。古びた坑道は柱も脆くなっており、かなり危険な雰囲気だ。


「補強はしてあります。今すぐどうのとはならないはずですが、確実ではないので.... その.....」


 チラチラとロメールに視線を振るマルチェロ王子。


 言いたい事は伝わるが、それってアタシには適用されないんかな?


 生温い笑みを浮かべた小人さんに気付き、マルチェロ王子は嫌な顔をする。


「そなたは平気であろう。モノノケ隊といるのだ。世界一安全なのは、そなたであろうが」


 モノノケ隊?


 はて? と首を傾げた小人さんの肩にはポチ子さん。その二の腕にはミーちゃん。そして頭の上には麦太君と小さな蜘蛛らが、誇らしく胸を張り、そっくり反ってマルチェロ王子を見ていた。

 クスリと笑い、魔物らに頷く王太子。


「頼りにしておるぞ。チィヒーロを頼んだ」


 そんな暢気なやり取りをしている間に、ロメールが迷いのない足取りで、一人、洞窟に入っていく。


「狭いねぇ。ここに魔物が?」


 ズカズカ進むロメールの腕を掴み、慌ててドルフェンがそれを止めた。


「お止めくださいっ! 何処へ行こうと言うのですかっ!」


 驚き戸惑うドルフェンを余所に、ロメールはしたり顔で嫌な笑みを浮かべる。


「何処へって、ここに有るというノームの本体までだよ。そのために来たのだから」


 ですよねー


 天を仰ぐ小人さんと、別な意味で再び愕然とするマルチェロ王子。

 そしてドルフェン共々、微妙に語尾の違う異口同音で叫んだ。


「「ノーム? 何の話だ(です)? 聞いてないぞ(ません)っ?!」」


 うん、言ってなかったね。


 うんざりと顔を上げたまま、まだ準備があるからと、小人さんはロメールを宥めすかして、地上に戻る。


 マルチェロ王子を脅すように案内させたらしいロメールは、とても珍しい事に、ドルフェンからお小言を食らう羽目になった。

 危機管理を担うドルフェンは、まさか王弟殿下が来るなど夢にも思わず、それ用の設えがないと頭を抱える。




「まあ、私なんてチィヒーロのオマケとでも思えば良いじゃない?」


「そういう訳にはまいりませんっ! 至急早馬をたてました、明日には王宮騎士団が来るでしょう」


 飄々と笑うロメールに苦虫を噛み潰しつつ、小人さん達は夕食をとる。


 前に使った王族用の別邸。


 ここは賓客をもてなす事もあり、大きな広間や厨房が備えられていた。

 アドリスやザックも存分に腕を奮い、コースで提供されたメインは何故かスパゲッティー。小人さんのリクエストである。

 真っ赤なソースに、多くの具材。一見、トマトソースのようだが、スパイシーな香りが鼻腔を擽った。


「これは?」


 慣れない料理を訝るマルチェロ王子に、小人さんが答える。


「ペスカトーレ。魚介たっぷりなスパゲッティーだにょ」


 本場はナスやズッキーニなども入れたりするらしいが、小人さん印のペスカトーレは魚介オンリー。

 どちらかと言えば海賊スパに近いものだ。

 あーんと大きく口をあけ、モシャモシャと食べる幸せそうな小人さん。


「美味いな」


感嘆の面持ちで食べるマルチェロ王子。


「御嬢のレシピに外れはない」


 給仕をしながら、冷たい一瞥を王太子へ投げ掛けるザック。

 モシャモシャしながら、小人さんは考えた。


 納豆やゼイゴを出しても同じ事言えるかなぁ。


 ザックなら言いそうだと考えなおし、小人さんは、坑道の話を始めた。


「んとね。ここの地下には大きな空洞と、魔獣の亡骸から出来た石。それとノームの本体があるらしいんだにょ」


 そう言うと小人さんは何時もの肩掛け鞄を持ち、以前ノームにもらった石を中から取り出した。

 テーブルに置かれたのは、不気味に光る黒紫な石。

 マジマジとそれを見つめ、ロメールが思案げに眼をすがめる。


「これ..... 魔法石だね。属性は分からないが、それなりの魔力を感じるよ」


「これがバストゥークの地下に?」


 小人さんは頷いて、軽く指を閃かせた。


 するとポックルが、ぽんっと現れる。


「ポックルがくれたん。ねぇ? これが、ここの地下にあるんだよね?」


『ホウっ』


 うんうんと頷く小さな精霊。


 そしてさらに小人さんはコロンを召喚した。

 鈍色のトカゲにマルチェロ王子の瞳が輝く。


「これは?」


「サラマンダー。フロンティアの地下には、サラマンダーの本体があるとかで、焔属性で力ある魔術師なら手に入れる事ができるの」


「誰でも?」


 声を上ずらせるマルチェロ王子の前で、ロメールと千早も宙に指を閃かせる。

 途端に現れた真っ赤な二匹のトカゲに、周りは声を失った。


「本来は魔術師以外には極秘事項なんだが。話の都合上仕方ないね。知っておいてもらわないと、調査も進まないだろうし」


 ほくそ笑むロメールの前で、マルチェロ王子が、ガタンと大きな音をたてて立ち上がる。


「私もっ! あ....っ」


 意識せぬ己の行動に気づき、彼は静かに腰を下ろした。

 王太子は努力を重ねているが、力ある魔術師とは言いがたい。その自覚があるのだろう。

 ぬか喜びはさせたくない小人さんは口を閉じていたが、その口角のニマニマまでは隠せない。


 たぶん、マルチェロ王子はノームを顕現出来る。


 小人さんの眼に映る彼の周囲には、小さな光が見えていた。ヒュリアと暮らすようになって、その乳兄弟の影響か、幼女の瞳には人ならざるモノが見えるようになっている。

 精霊の回りで弾ける小さな光。それと同じモノが彼の周りで踊っていた。

 その光は小さく瞬き、マルチェロ王子の周りを嬉しそうに回る。


 これは千早も同じで見えており、双子だけの秘密だった。


 にっと顔を見合わせて笑う可愛らしい子供に、思わず、ほっこりとする周囲の人々。


 炯眼な光を瞳に浮かべるロメールだけが、一人静かに双子の様子を窺っている。


 こうして、十分な打ち合わせを行ってから、四人は調査隊を組み、坑道へと向かった。


 ちなみに駆けつけてきたハロルド騎士団長に、ロメールが大目玉を食らったのは余談である。


「貴方と言う方はっ!! もはや子供ではないのですよっ?! 落ち着いたと思っていたのに、コレと思うと猪突猛進なのは、お止めくださいっ!!」


「分かった、悪かったからっ! 子供らの前でお説教はやめてっ?」


 タジタジなロメールという貴重なモノを拝見し、小人隊あらため、モノノケ隊はバストゥークの地下に潜っていった。


 そこに秘められた精霊の謎が、今や遅しと小人さんを待ち受けているとも知らずに。


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