第58話 小人さんと蟲毒の呪法 みっつめ


「ああ、そこそこの広さはあるんだ」


 狭い入り口をしばらく通ると、そこには人が二人並べる程度の広さの洞窟が現れた。


「だが、これでは騎士の武器が振れる幅がないんだ。槍はおろか剣すらな」


 苦虫を潰すマルチェロ王子。


 言われてみれば確かに。


 一番大きなドルフェンの頭すれすれな高さだし、ここで武器を振るうのは難しそうだ。

 ぽてぽて歩く小人さん達を先導し、今までに記してきたというマップを片手に兵士らが先を進むが、その顔がおかしい。


「どうかしたの?」


 訝る小人さんに、兵士らが首を傾げる。


「いや、いつもならこの辺で魔物らが出てくるんですが」


「いないなら良いじゃん。先に進もうよ」


「まあ..... そうですね」


 首を傾げる兵士達を余所に、ずんずんと進むモノノケ隊とフロンティア勢。

 それを据えた眼差しで見つめ、マルチェロ王子は人知れず嘆息する。


「あの..... ひょっとして」


「言うな」


 小声で囁きかけてくる兵士を冷たく一瞥し、フラウワーズの面々もフロンティアの一団を追っていく。


 彼等の前をカサカサと歩く蜘蛛二匹。その上を飛ぶポチ子さん。一団の殿を務める太郎君。

 災害級と言わせしめし魔物を前に、姿を現す魔物は正気ではない。

 ずんずん進む人間達が見えなくなった後、洞窟を過る影がいた。

 大きな生き物を模したような複数の影達は、安堵の溜め息をつくかのように、深く頭を項垂れたのだった。




「ほほぅ。だいぶ広くなってきたね」


「ここらはもう、我々の地図にはないあたりだ」


 緊張した面持ちで周囲を見渡すマルチェロ王子。

 武骨な岩肌は変わらないが、やや様相が変わってくる。

 そこここに散らばる生き物であったはずの残骸。そして仁王立ちする小人さんの前には、明らかな違和感を醸す複数の魔法石。


「なるほど? 隠してもいないのなぁ。ここは魔法の使える人がいないから」


 それはクイーンの森で発見した洞窟のモノと同じ構成の魔法陣である。

 暗闇でほんのり浮かび上がる魔力の絵画。

 クイーンの森のは巧妙に隠されていたが、こちらは剥き出しなままだ。

 にぃぃ~っと幼女の口角が上がり、両手を地面につけると、金色の魔力が地面を走る。

 それはパキパキと小刻みに蛇行し、魔法陣を発動させているであろう魔法石を粉々に打ち砕いた。

 カラカラと音をたてて欠片が転がり、発動していた魔法陣から光が失われる。


「よっし、行こうか」


 のこのこと歩く小人さんを慌てて捕まえ、ドルフェンが抱きかかえた。青い瞳が不安そうに揺れている。


「ここからは私とともに。.....例の洞窟と同じ有り様なのでしょう?」


「多分ね」


 幼女がじっと暗闇を凝視すると、一つ、二つ、と深遠に浮かぶ不気味な赤い光芒。


「おいでなすった」


 微かに聞こえる唸り声とともに、複数の狼系な魔獣が現れた。

 獰猛な牙をのぞかせ、捲り上がった口角に泡をふき、ポタポタと涎を滴らせるその姿。

 クイーンの森で見たのと同じである。


 だが様子がおかしい。


 狼狽えるフラウワーズ勢を余所に、魔物慣れしているフロンティア勢は戦闘態勢。

 一触即発の空気が横たわる中、先陣を切ったのは宙を切り裂く複数の矢である。

 真一文字に放たれた矢は魔獣に的中し、穿たれた獣は悲鳴をあげ、急に魔獣らは後ずさった。


 矢を射たのは千早。


 爛々と眼を輝かせ、背に装備していた短弓をつがえると、ギリギリ引き絞っている。


「ヒーロに唸るとか。何様? ねぇ?」


 軽く首を傾げて薄ら笑いを浮かべ、千早から凄まじい殺気が放たれた。

 どんっと空気を重くするソレは、まるで厳寒の吹雪の如く周辺を吹き抜ける。

 這い上る寒気に絡め取られ、人々は雪結晶の幻覚が舞い散るのが見えた。


 ダイヤモンドダストかな? にぃに、白鳥様みたいだにょ。


 某懐かしのアニメではお馴染みの技だが、リアル体験すると、マジで怖い。ついでに寒い。


 さらにそこへ追い討ちをかける者がいる。

 ロメールが両手に焔を練り上げ、千早に劣らぬ薄い笑みをはき、魔獣らを見据えていた。そして無造作に焔を擲つ。

 複数の魔獣が火だるまとなり、あっという間に騎士団に切り裂かれていった。

 ついでとばかりに、騎士団の取りこぼした魔獣を風魔法や無数の糸で屠る蜘蛛と蜜蜂。

 何気な~く結界を張り、阿鼻叫喚な魔獣らの血飛沫や肉片から一団を守る麦太君。

 ミーちゃんは癒し担当なので休憩中。


 こうして、絶妙の連携で、魔獣の一団は蹴散らされた。

  

「上出来だったよ、千早。行く手を阻むなら血祭りだ。チィヒーロも好きだものね、お祭り」


 いや、それベクトル違い過ぎじゃない?


「二人とも本気モードすぎ。どしたん?」


 戦意喪失した魔獣らは、散り散りになり、呆気にとられるフラウワーズの面々を不思議そうに見つめながらロメールらは答えた。


「え? だってヒーロの邪魔しようとしたんだよ?」


「殺らないと、ノームのところに進めないじゃない?」


 こちらも当たり前のように、若干齟齬のある思惑を口にする。


 あああ、そういう奴らだよねぇ。


 猪突猛進は小人さんの専売特許なはずなのに、伝染しつつあるようだ。


 いや、ロメールは元からなんだっけ? .....あとでハロルドに詳しく聞こう。


 ただ、先程の妙な違和感。こちらを目掛けてジリジリとにじり寄ってきていた魔獣らが、戦闘に入る前、一瞬止まって怯んだのだ。


 何かに怯えた? いったい何に?


 狂化した魔獣は、強敵を見ると逆に徒党を組んで襲ってくるのだとロメールはいっていた。

 ならば怯み逃げ出すのは、どういう時なのだろう?


 何の気なしにロメールへ話を振ると、彼は眼をしばたたかせて口元に指を当てる。


「言われてみれば。聞いた事はないね。何でだろう」


 ロメールにも心当たりはないらしい。


 そんな益体もない事を、あーだこーだと話し合うフロンティア勢に眼を見張り、たらたらと冷や汗を流すマルチェロ王子。


 いったい何だ? 何が起きた?


 眼にもとまらぬ速さで矢を射かけた幼児。

 それを支援するかのように、魔法を披露した王弟殿下。

 騎士らも臆することなく武器をかまえ、小人さんを中心に魔物らはそれをカバーしていた。

 阿吽の呼吸のフォーメーション。

 死角のない見事な連携に、フラウワーズの兵士達は背筋に冷たいモノを走らせる。

 ただの戦闘訓練の練度ならばフラウワーズとて負けてはいない。

 しかし、魔法を組み入れ、魔物を戦力と数えるフロンティアの戦闘態勢は圧巻の一言である。

 事実、王弟殿下が魔法を掌に練り上げた時、騎士らはその軌道上を空けたのだ。

 そっとズレた、あの感覚。明らかに無意識なその動きに、マルチェロ王子は思わずぞくりと背筋を震わせた。


 戦闘の次元が違う。


 高尚な悩みを脳裏に描くマルチェロ王子を余所に、兵士達は稲妻のように矢を放った幼子を凝視している。


 子供を連れて探索など危険極まりないと思っていたが、まさかの超戦力。

 これがフロンティアでは普通なのか? だとしたら、恐ろしい国だと、兵士らの腹の奥が冷たいモノで撫でられる。


 それぞれが想いを馳せる中、小人さんは暢気に呟いた。


「ま、なるようにしかならないよね。行こか」


 大きく頷くフロンティアの面々。


 ドルフェンに抱かれた小人さんを、ロメールと千早が取り合ったのは御愛敬。


 何とも緊張感のないまま、一行は洞窟の奧に進んでいった。


 それを見送る複数の赤い光芒に気づきもせずに。

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