第125話 ~閑話~ それぞれの憂い
「.....というわけで、ダルクはフラウワーズにあずけてきたから♪」
にぱっと宣う小人さん。
用意した馬車によって、難民らと獣人達を順次カストラート経由でフロンティアへ送っていた千早達は、思わず胡乱な眼差しで天を仰いだ。
「せめて王弟殿下に相談してからの方が良かったのでは?」
困惑げに呟くドルフェンに首を振り、小人さんは並んで出発する馬車を眺める。
「獣人や難民達の街はキルファンとフラウワーズの間に造ろうと思うの。そのためにもフラウワーズには逸早く魔力と魔法を復活してもらわないとね」
カストラート側に造ると、クラウディア王国にも手の届く土地となりかねない。あの国王のことだ。どんな難癖をつけて難民や獣人達を連れていこうとするかも分からない。
これから厳しい時代が待ち受けるクラウディア王国だ。現実を理解すれば血迷う事も十分に考えられる。
それを物理的に封じるためにも、新たな街はキルファンとフラウワーズの境に造る方が良い。
中央区域の国々が南に渡るのにも、中継地点の街の存在は有難い。
その説明を聞き、千早とドルフェンは唸りつつも納得した。
「取り敢えずはカストラートで休憩してフロンティアへ向かおう。陸路だし、護衛は頼んだにょ。アタシは先に帰って受け入れ準備をしておくから」
あれやこれやと指示を出し、小人さんは千早を連れて海辺の森へと飛んでゆく。
「レアーン、どう?」
海辺の森にやってきた双子を、好好爺な眼差しで見つめる巨大ペンギン様。
《良い感じです。金色の魔力のおかげで、洞窟や岩礁も復活しましたし》
断崖絶壁な洞窟は、海の中に幾つもの洞穴があり、その下方の海の一帯が複雑な岩礁になっている。
海上に突き出た大きなモノから、海底に連なる小さなモノまで。遠浅な岩礁に船が立ち入れば、あっという間に海の藻屑だ。
さらには複雑に絡み合う海藻の森。波をはらんで泡立つその中には、狂暴な海の魔物も潜んでいる。
これが本来の海辺の森の姿か。
楽しそうに泳ぎ、跳ね回る子ペンギン達を見下ろし、至福の笑みを浮かべる小人さん。
その、のほほんとした空気にチェーザレが水を差した。
『回収するのだろう? いくぞ?』
尖った声音のチェーザレ。
そう。ここは最後の魔結晶がある森。
すぐそこの大きな穴が地下に直結し、そこには魔物の墓場があったのだ。闇の精霊がカストラートから連れてきた魔物達も、そこで息絶えていた。
乗り気にはなれないが向かうしかない。チェーザレは一緒にやってきた小鬼を抱えて、小人さんに軽く顎をしゃくっている。
レギオンからあずかった小鬼は、これで最後。残るはフロンティアに置いてきた次代の赤い鬼のみ。
レアンに乗っかり、双子は深い洞穴を降りていった。
《おこしやすっ! いやあ、これで肩の荷がおりるってもんですわ!》
陽気な声で迎えてくれたのは番人の一人、トリガー。.....巨大ミミズである。
.....なんで関西弁なんだか。しかも、この陽キャぶり。
どこぞのンババ少年の漫画を思い出してしまう小人さん。
彼は以前訪れた時、地面の中で様子を窺っていたらしい。闇の精霊から逃れるため、じっと身を潜めていたのだとか。
ウキウキとのたうつミミズを見上げて、小人さんはチェーザレと共にそそりたつ闇の魔結晶に手を触れた。
相変わらずの変な脈動を感じ、小人さんの背筋に悪寒が走る。
生き物の魔力を糧として成長した力。
ある意味、怨念のこもっていそうなソレをチェーザレに解放させ、千尋が金色の魔力で相殺する。
お互いの針水晶に吸い込まれていく各々の魔力。霧散した小鬼に眼をすがめ、小人さんはチェーザレの様子を見た。
「どう? これで全部なはずだよね」
『.....あいつらっ!』
苦々しげに口元を歪め、チェーザレの眼が怒りに見開かれる。
あいつら?
しばらく瞳を震わせて、チェーザレは己の内の炎を鎮めるかのように何度も深呼吸した。
『.....足りぬ。記憶は全て回収出来たが、神としての力が抜けている。意図的に抜かれたとしか思えない』
そして彼は切なげに眼を細めて、小人さんの頭を撫でた。今までにない繊細な手つきに、小人さんは首を傾げる。
今までも大切にされてきていたが、それをさらに上回る慈愛に満ちた雰囲気に働く妙な違和感。
『そなたであったのだな..... そして..... また、我を操ろうと.....っ!』
ギリリと奥歯を噛み締めるチェーザレ。その顔に滲む懊悩が、彼の葛藤を小人さんに伝える。
「どしたん? ダイジョブ?」
柔らかな手で頬を撫でられ、チェーザレは、その細い指を掴み口づけた。
『守ってみせよう..... 何があろうとも、そなただけは』
完全に甦った記憶がチェーザレに知らしめた事実。彼が、その事実に打ちのめされていた頃、深淵の誰かも眉をひそめて物憂げにアルカディアの入り口を見上げていた。
『知っちゃったかぁ。難儀だよな、御互いに』
遥か彼方に思いを馳せるように呟いたのは完成された光の魂。フロンティア初代国王、サファードである。
彼は大罪を犯してアルカディアに転生させられた多くの魂の一つ。高次の者達が闇の素材を錬成するために投げ込まれた欠片だった。
だが、あらゆる悪党の魂を放り込んだにも関わらず、何故か多くの者は善行を積み闇の途から外れてしまう。
それに業を煮やし、高次の者達はチェーザレに無理やり悲惨な人生を繰り返させて闇に染めた。
そして彼等は保険も忘れずにかけている。チェーザレが高次の者達の言いなりにならざるをえない保険を。
彼の妹のルクレッツィア。彼女の転生した人物が千尋なのである。
悪辣非道極まりない。
さらに、サファードの愛する人物も。
『ボニー..... 俺、どうしよう?』
一抹の不安の種がサファードの心に芽吹いた。アルカディアに投げ込まれる前の彼は、地球で人でなしな行いを犯したのだ。
その代償として彼は大切な人を奪われた。決して異性とは幸せになれない呪いを彼女に背負わして、サファードが高次の者らに逆らえないよう縛りつける。
彼が光の素材の役目を果たせば、彼女の呪いは解かれるはずだ。
『早く..... ボニーが成長する前に呪いを解かないと』
悲痛な光を眼に宿し、サファードは深淵から憑依している人間の元へ還る。
そんな二人を静かに見守り、ジョーカーは深い溜め息をついた。
《高次の者らも酷い事をするもんだ》
サファードが手伝ってくれるおかげで、闇の精霊達の侵食は抑えられている。束の間の休息で夢の中をたゆとい、ジョーカーは思案した。
何とかして二人を解放出来ないかと。
愛する者を人質にされ、翻弄される二つの魂。これが許されてはいけない。
ジョーカーとてクアトゥヴアを人質に取られているようなモノなのだ。小人さんの働きしだいでは、副産物的に彼を解放出来るかもしれない期待を抱いている。
だがそれは、誰かの不幸の上に成り立って良いモノではないとも知っていた。
何とか..... 何とかならないか。
酷く頭を悩ませ、うつし身な身体を発光させるジョーカー。
彼女は忘れていた。小人さんが小人さんである事を。
にぱっと笑って、何物をも蹴倒す小人さんが、後にジョーカーの憂いをも払ってくれる未来を、今の彼女は知らない。
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