第124話 始まりの森 ~後編~
「主様、お変わりありませぬか?」
マルチェロ王子は毎日王宮の森を訪ねていた。
日課のごとく足げく通い、今では主の巣までフリーパス。樹海とも呼べる広さの森深層に、気軽に足を運ぶ。
十年以上毎年のように何百本も、あらゆる木々を植え続け、国境の主の子供らの力を借りて泉も通して丹精込めて造り上げた森。
いつか新たな主が棲んでくれるのを夢見て、マルチェロ王子自ら指揮をとり、王都と変わらぬ大きさにまで広げた森。
フラウワーズの国土の半分が荒野である事も幸いし、豊かな緑を国民は歓迎してくれた。
最初は上手くいかず四苦八苦もしたが、フロンティアやキルファンにも協力を求め、諦めないで手をかけた結果、植樹が成功するようになり、今の森がある。
.....長かった。
マルチェロ王子は感慨深げに森を見上げた。
生き物が森を豊かにすると聞き、ウサギや鹿を放ち、増えすぎたら間引いてコツコツと荒野を開拓する日々。
小人さんなら金色の魔力で一度に行える行程を、マルチェロ王子は人力でやってのけた。
それだけの努力を重ねたからこそ、小人さんはダルクの移住先にフラウワーズの森を選んだのだ。
小人さんはちゃんと見ていた。マルチェロ王子のたゆまぬ挑戦を。
ダルクがやって来てから三ヶ月。フラウワーズ王都は活気に溢れている。
「これが魔法.....? ひぇぇ」
「簡単に火がつけられるのね、助かるわぁ」
「うは、水がこんなに?」
小人隊が辺境を巡礼するようになって、かれこれ三年。フラウワーズから見て西北のスーキャラバ王国を回り、東のクラウディア王国の主の森と繋がったため、フラウワーズ全域が金色の環の内側に入った。
そして新たな森の主を迎え、洗礼を受け直した人々に魔法が使えるようになったのだ。
主の魔力がフラウワーズ王都の人々の呼び水となり、魔法が復活する。
絶対的に魔術師が足りないので、フロンティアのように媒体を使った洗礼までは出来ないが、それでも留学してきた者達が結構な魔法を使える事を知り、フラウワーズ貴族らから来年はフロンティアへ留学したいとの希望が殺到していた。
魔力の循環は、主の魔力に依存する。主の森があるとないとでは雲泥の差。
一気に魔法文化が花開いたフラウワーズは、お国柄も手伝い、好奇心一杯に新たな魔法学科が作られている。
「それもこれも全て森の主様のおかげです」
はにかむように微笑むマルチェロ王子を見て、ダルクはフンっと鼻を鳴らし、地面にガリガリと爪を立てた。
《そんな事、当たり前だろう。そのために主はあるんだよ》
書かれた文字を読み取り、思わず破顔するマルチェロ王子。
主は人間のために存在した。神々が与えて下さった奇跡だった。それを我々は.....
多くの国が森の恩恵を忘れ、離れ、さらには潰してしまった過去を思い出して、彼の心がひきつれる。
それが神々の苦渋の決断だったとは知らず、マルチェロ王子は素直な胸の内を口にした。
「それを当たり前と思っていてはいけなかったのです。.....失ってから後悔しても遅い。私はそれを十年も前に痛感いたしました。だから..... 今度こそ失わない努力を。あなたがここに居て下さる奇跡に感謝を」
地面に書かれた文字に頭を額づけ、マルチェロ王子が森の主に跪いたのを見て、どよめく護衛達。
「王子っ! 貴方様は王太子であるのに.....っ」
狼狽え、立たせようと慌てる護衛を振り払い、マルチェロ王子は炯眼な眼差しで彼等を見据えた。
「だから何だ? 私よりも身分よりも、何よりも大切なモノがあるのが分からぬか?」
豊かな大地。それを確約してくれる存在。
たゆまぬ努力と情熱で得るべきモノを、無償で与えてくれる森の主に払えぬ敬意などない。
ゆうるりと踵を返し、マルチェロ王子はダルクの爪に口づけた。
「心からの感謝を」
喜色満面な王子を見て、ダルクの心が揺れ動く。
この人間は本気で喜んでいた。自分の存在を。そして恐れている。ダルクを失う事を。
毎日やってくる王子の不安をダルクも感じていた。森に馬は入れない。この半年の間に多くの魔物が生まれたからだ。
かなり奥深くに来ないと魔物はいないため、森周辺は安全だった。だから、奥までやってくるのは冒険者ばかり。
そんななか、護衛とともに徒歩でやってくるマルチェロ王子。
樹海深層にあるダルクの巣に彼女がいるのを確認しては、あからさまな安堵を顔に浮かべていた。
.....おかしな人間だ。
そう思いつつも、ダルクは毎日やってくる彼を心待ちにしている己に気づく。
馬鹿な事だ。どうせ、すぐに来なくなるさ。早く静かに暮らしたいモンだね。
そんな強がりを心で嘯き、ダルクはマルチェロ王子を見つめた。
《ここまで毎日来るのも難儀だろう。子供をつけてやる。なにかあるなら、それに話かけな。アタシに伝わるから》
そう地面に書き、ダルクは一匹のツバメをマルチェロ王子に渡す。
朱の差し色がキレイな幼児サイズのツバメ。
差し出されたソレを捧げ持ち、マルチェロ王子は眼を見開いて絶句した。そして無様にも震えた声でダルクに問いかける。
「宜しいの.....ですか?」
彼の脳裏に浮かぶのは、あらゆる主の子を従えて踊る小人さん。
《.....そいつなら、ここまでひとっ飛びで来られる。歩く手間がはぶけるよ》
ツンデレかーーーっ!
この場に小人さんが居たなら、そう叫んだ事だろう。
遠回し過ぎるダルクの心遣いに感謝し、翌日、速攻でダルクの子に飛んでもらったマルチェロ王子。
蜜蜂よりも遥かに速いツバメを追いかけ、絶叫を上げてマルチェロ王子の護衛達がすったもんだしたのも御愛嬌。
「来ましたっ!」
いかにも嬉しそうな顔でダルクの目の前に降り立ち、御満悦なマルチェロ王子。それに眼を細めて、満更でも無さげな巨大ツバメ様。
こうして穏やかに新たな森は始まった。
願わくば、幾久しくこの優しい平和が続かん事を。
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