第85話 終わりの始まり よっつめ


「予定は前倒しでっ! 動けるかにょっ?」


 メルダによって王宮に運ばれた小人さんはカノンに乗り、騎士団へ声をかけてジョルジェ伯爵邸へと戻る。


 扉が開けられるのももどかしく中に飛び込むと、いつものサロペットズボンに着替えて、千早と共に王宮へと飛び立った。

 少し前に他のモフモフ達に嫉妬し、威嚇して回っていたポチ子さんもすっかり仲良くなり、小人さんの頭には小さなヒヨコが乗っている。

 左二の腕にミーちゃん、右肩に掌サイズのリス、頭にヒヨコ。

 思わず王宮の人々が二度見するような姿で、双子は天窓からロメールの執務室に飛び込んでいった。


「チィヒーロっ!」


「大体の話は聞いたにょ。他に何かある?」


 机の上の書類をガサゴソと漁る少女を抱き上げ、ロメールはそのまま執務室から出ていく。

 そのロメールを追いかけて千早も執務室から出てきた。


「ごめん、取り敢えず逢って欲しい人がいるんだ」


「逢って欲しい人?」


 きょんっと呆ける小人さんを連れてロメールがやって来たのは、王宮と後宮の境にある貴賓室。

 扉前にいた騎士らが恭しく頭を下げて、侍従へ言付け、貴賓室の扉が開けられた。

 上品な広い室内で寛いでいたのは一人の少年。

 一見冒険者風だが、その整った容貌や所作が彼の高貴な身分を物語っている。


 少年は立ち上がると、胸に手を当てて頭を下げた。


「アウグフェルと申します。訳有って家名は捨てました。お見知りおきを」


 うん? 以前どこかで似た台詞を聞いた記憶が?


 首を捻る小人さんに、疲れたかのようなロメールの声が聞こえる。


「ヒュリア嬢の、また従兄弟だそうだ」


「ヒュリアのっ?!」


「ヒュリアを御存じかっ?!」


 三種三様の言葉が室内に飛び交った。




「ずっと探し続けておりました」


 そう言いながら、アウグフェルは大まかな経緯をロメールに説明する。

 ヒュリアが国外追放となり、即座に追いかけた事。

 カストラート国境の荒野に近い街々を巡り、ロウエーリア辺境伯領を拠点にして捜索していたらしい。


「まさか、王都の伯爵家に保護されていたとは露ほども思っておりませなんだ」


 捜索する傍ら、冒険者として生業をたてていたアウグフェルは、今回の異変を目の当たりにした一人だ。

 聞けば、西の森の渓谷に現れた亀裂は大地を大きく割り、森を囲む防壁から飛び出しているのだとか。


「馬車が駆けていた所に、こう、ガガガッと亀裂が走り、あっという間に西と東を分断したのです」


 その馬車の護衛を引き受けていたアウグフェルと数人の冒険者が、その亀裂が走る様を目撃していた。

 その報告の過程で、アウグフェルは探していた名前を耳にする。


「森の主が動くやもしれん。以前動いたのは二年ほど前か。御元気にしておられるかな、伯爵令嬢とヒュリア嬢は」


 遠くに思いを馳せるような辺境伯の呟きに、アウグフェルは眼を見張り、そのしだいを聞き出したのだ。

 そして王宮が詳細を冒険者から聞きたいとの話が舞い込み、いてもたってもいられず王都までやってきたのだと言う。

 

「へあ~。不思議な縁もあるもんだにょ。ヒュリアは元気だよ」


「良かった..... 逢わせて頂けますか?」


「ヒュリアが良いって言ったらね。聞いてみるよ」


 小さく頷く小人さんに感謝し、アウグフェルは微かに眉を寄せ、瞳を曇らせた。


 父王の陰謀を阻止しなくては。ヒュリアが狙われているのだと知らせ、出来るなら共に遠くへ逃げなくては。


 アウグフェルは、王太子である兄からの書簡を思い出していた。

 父王がヒュリアを王太子妃にするため血眼で探していると。死体でも構わないからと。

 ヒュリアの死が確認されなくば大公家の財産が接収出来ない。ただそれだけの理由で。


 父王の手が届かない辺境へ向かい、二人で静かに暮らしたい。

 用心棒でも何でもやって食わせる自信はある。

 出来るなら夫婦となり、子供を作り、穏やかな人生を過ごしたい。

 元王子とは思えぬ世間慣れした思考。この二年で培われたアウグフェルの庶民スキルが遺憾無く発揮されている。


 ようやく目的を果たせそうだった彼の前に、待ち望んでいた人物が現れた。


「まああぁぁっ! 本当にアウグフェル様ではありませぬかっ! お久しいっ!!」


 あれから二年。十四歳だったヒュリアは十六歳となり、花も恥じらう美しい乙女に磨きがかかっていた。

 王宮でも噂の的で、伯爵令嬢の侍女なのだからソコソコな家柄の娘に違いないと、多くの貴族達から求婚も相次いでいる。

 だが、詳細不明な娘に御苦労な事だと一笑に伏し、ヒュリアは全てを断っていた。


「ああああっ、ヒュリアっ!! 本当に久しぶりだっ! 元気そうで何よりだね」


 満面の笑みでヒュリアを抱き締めるアウグフェル。

 

「わたくしを探しておられたとか。何ゆえですの?」


 ヒュリアは国外追放となった身だ。訳が分からない。

 疑問符を浮かべるヒュリアの胸中を察し、説明するべきか悩むアウグフェル。

 彼はチラリと周囲を一瞥し、再びヒュリアを見つめた。


「話がしたい。二人きりになれないだろうか?」


「御断りします。わたくしはヒーロ様の侍女ですので」


 すぱっと一刀両断するヒュリアに、アウグフェルの眼が点になる。

 それに小さな笑いを漏らし、ヒュリアはしゅっと背筋を伸ばして答えた。


「ヒーロ様に対して一切の秘密を持つつもりはございませんの。胡散臭い娘なのに、ヒーロ様は何も聞かずに侍女として雇って下さいましたわ」


 結局はロメールに看破され、身の上を知られてしまったが、それでも小人さんはヒュリアを匿ってくれたのだ。

 そんな主に隠し事などする気はない。

 二人きりで話そうが、今ここで話そうが同じなのだとヒュリアの眼が語っていた。


 幼い頃からの付き合いだ。

 そういったヒュリアの頑固さを良く知るアウグフェルは、すぐに白旗を上げる。


「実は.....」


 とつとつと言葉を紡ぐアウグフェルの話に、ヒュリアは勿論、ロメールも思わず天を仰いだ。


「なんともはや。濡れ衣までは良くあることだが。政敵に大公家を渡さないために、ヒュリア嬢を死体でも良いから探してこいか。凄いね、君らの王様は」


「あれから二年です。もはや生きているとも、死体が手に入るとも父だって思ってはおりますまい」


 なので二人で遠くに逃げたいのだとアウグフェルは言う。


 その説明に、少し歯切れの悪さを感じた小人さん。


「それで終わらないよね? ヒュリアが見つからなかったからって、大公家を諦めるような王様には思えないんだけど?」


 双翼の片方が政敵の手に落ちるのを、指を咥えて見ているはずがない。

 何かしらの企てがあるはずだ。


 睨め上げるような少女の言葉に、ぐっと喉を詰まらせる少年。

 その態度が、小人さんの言葉を肯定している。

 少し逡巡したものの、観念したのか、アウグフェルは諦めたかのように小さく呟いた。


「.....見つからなければ。銀髪紫眼の娘を兄にあてがい、ヒュリアの代わりに葬儀をするそうです」


 部屋の中が凍りつく。


 つまりヒュリアに似た女性と王太子に係累を生ませ、事が済んだら女性をヒュリアと偽り、処分して、何事もなかったかのように大公家を乗っ取る算段なのだとアウグフェルは説明した。


「あるあるなんだろうけどさぁ。エグいなぁ」


 出来うるなら近寄りたくない国、オブ・ザ・イヤーなカストラート。

 だが、こうして話を聞いてしまった。聞いてしまった以上、見て見ぬふりは出来ない。


 人間、自分に嘘はつけないから。


 何もせずに傍観すれば、これからずっと、事あるごとに思い出すだろう。


 あの国でヒュリアのために犠牲になった女性がいるのだと。

 その忘れ形見が大公家を継ぐ。次代の王となる。

 忘れようたって忘れられるモノではない。

 この先一生、チクチクとヒュリアやアウグフェルの心に突き刺さるトゲとなる。

 小人さんにとっても同じだ。ロメールにも。


 大きく迂回するつもりだったのになぁ。


 はあっと溜め息をつき、小人さんはヒュリアを見上げた。


「お片付けしておかないと落ち着かないよね? 濡れ衣は晴れたみたいだし、取り敢えずやれる事はやっておこうか?」


「宜しいのですか?」


 驚愕の眼差しを向けるヒュリアに、小人さんは頷いた。

 二人の間に漂う暗黙の了解的な雰囲気に怖じ気づき、アウグフェルはロメールを見る。

 視線を振られたロメールは、御手上げとばかりに肩を竦めて見せ、さらにアウグフェルの不安を煽った。


 ヒュリアは、ずっと小人さんを見てきたのだ。

 規格外なアレコレに振り回されつつも、小人さんが情に篤く、弱者を見捨てない生き物だと知っている。


「わたくしとて大公家の姫でありました。このような事態を見過ごすことは不本意ですわ」


 ヒュリアは幼い頃から領主教育を受けてきた。弟が継ぐものだが、それを手助け出来るよう学びに学んできたのだ。

 本人の与り知らぬ間に、叔父夫妻は処刑され、その子供らは投獄されたままだと言う。

 ならば姉弟達だけでも救わねば。

 出来うるなら犠牲が出る前に事を収めてしまいたい。

 それには小人さんの協力が不可欠である。


「んじゃ、行こうか。カストラートに」


「はいっ!」


 にかっと笑う小人さんとヒュリア。


 何がどうなったのか分からないアウグフェルは右往左往。


 阿吽の呼吸で歩き出すフロンティア側を信じられない眼差しで凝視し、眼を見開いたまま、その後を追っていった。


 こうして新たな騒動が巻き起こり、奇しくも因縁を持つカストラートへと向かう事になった小人さん達。


 陰謀渦巻く血塗られた国で小人さんを待つのは何なのか。


 それは神々にすら分からない。

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