第179話 振り返る日々 ~後編~ エピソード・パスカール 


《.....情けない》


 平原の森に埋められ、レアンは苦々しげに唸っている。


 あの最後の日、金色の王の崩御を知ったクラウディア王家は、帰路に着くフロンティア一行の前に立ち塞がった。

 失意に暮れる従者らの行く手を阻み、その進行を妨害する。


「遺体を運んでの出国は許可出来ません。この地に埋葬してから帰国していただきたい」


 居丈高に叫ぶクラウディア騎士達に、驚きを隠せないフロンティア一行。


「そんな..... 金色の王の御遺体です。祖国に眠らせて差し上げねば」


「遺体を長く運ばれては、旅の行程で傷んで疫病の元になりかねません。これは王家の意向です」


 確かにそういった事が起きる可能性はある。しかし、それはフロンティア以外の国での話だ。

 魔法を失っていないフロンティアの魔術師達は、遺体を冷凍することが可能。今もそのようにして、サウペドを保存している。

 そう説明しても、騎士達はガンとして首を縦に振らない。

 困り果てたフロンティア一行を一瞥し、あろうことかクラウディア騎士らは、強引に遺体を馬車ごと奪い取った。

 余所の国で事を荒立てる訳にもいかず、必死に抵抗しつつも、魔法が使えねば騎士にかなわない魔術師達。お忍びだったため、目立つ護衛騎士などを連れていないことが仇となる。


「手厚く埋葬すると御約束します。では.....」


 悲壮な顔で佇むフロンティアの人々を置き去りにして、クラウディア騎士達はサウペドの遺体を持ち去ってしまった。


「どうすれば.....? フロンティアに連絡をっ!」


 国が違えば法律も違う。下手を打てば、サウペドの遺体を損ないかねない。

 幸いなことに、今のサウペドの遺体は冷凍保存され、ガラスを内張りした強固な棺に納められている。通常の得物では棺にキズをつけることすら困難だろう。

 幾ばくかの時間は稼げるはずだ。

 急ぎフロンティアに連絡をつけ、正規の使者を回してもらって話をつける他ない。


 顔を青ざめさせたまま、大慌てでフロンティアの間者らの元へ従者達が向かっていった頃。


 クラウディア王宮では、国王が凄まじく憤慨していた。




「どうなっておるのだ、この棺はっ!!」


 剣や槍、斧などは言うに及ばず、職人まで呼んで、鋸やノミを打ち付けてもビクともしない堅牢な棺。

 見かけは豪奢な木彫りの箱なのに、全く得物の歯が立たない。


 フロンティアの王族が亡くなったと聞き、クラウディア国王は遺体を交渉に使う事を思い付いたのだ。

 聞けばフロンティアの要人らしい御老体。これをチラつかせれば、結構な金額をフロンティアから巻き上げられるだろうとの悪どい思惑からだった。

 さらには、遺体から金目のモノを剥ぎ取ろうと、ただいま悪戦苦闘中。


 あさましいにも程のある話だが、それを知った森の主らがクラウディア王宮へとやってくる。


 金色の王の御遺体を奪われたと聞き、怒り心頭。一族郎党を率いてクラウディア王都へと乗り込んできた。


《国を滅ぼされたくなくば、王を返せ》


 王宮前面で魔力を波打たせる巨大な魔物達。綺麗に設えられた大理石のスロープに刻まれた荒々しい文字を読み取り、クラウディア王宮の人々は震え上がった。


「かっ.....っ、返せとのことです。フロンティア王族の御遺体を」


 唇をガクガクと痙攣させつつ、報告する宮内人。愕然とする多くの貴族らから恐怖が伝播し、王宮は恐慌状態に陥る。

 しかし、それを聞いたクラウディア国王は獣じみた笑みを浮かべた。


「ほう..... アレを欲しいとな。よし、ワシが話をしよう」


 ニタニタとほくそ笑み、王宮前面へとやってきたクラウディア国王は、二匹の巨大な魔物と対峙する。


 そして交渉を持ちかけたのだ。


 森の主達が今後一切クラウディア王家に逆らわないなら、サウペドの遺体をフロンティアへ返すと。

 怒りも顕に威嚇する二匹の魔物。膨大な魔力の波に当てられ、人々は、一瞬気が遠くなる。

 ぞわぞわと全身が粟立ち、冷や汗が止まらない。煩いくらいに鼓膜が耳鳴りを訴えていた。


「良いのか? こちらは何時でも、あの遺体をバラバラに出来るのだぞ?」


 当てられた魔力にギリギリと奥歯を噛み締めつつ、クラウディア国王はレアンとダルクを睨み付ける。

 サウペドの遺体は魔法により強固に守られていてクラウディア国王達に手は出せないのだが、二匹の魔物はそれを知らない。


 結果は明白だ。金色の王の遺体を人質に取られ、二匹の魔物はクラウディア国王に膝を屈した。


 即日、フロンティア一行へ丁寧に返されたサウペドの遺体。


 いきなり掌を返され、狼狽えた魔術師達だったが、主の亡骸が無事に戻ったことは僥倖だ。

 安堵の息とともに礼を述べ、彼等は急ぎフロンティアへと帰国する。


 それを遠方から見送り、二匹の魔物は陰鬱に顔を項垂れた。

 サウペドの遺言を守れず、獣人らを隠すしか出来ないていたらく。だが、森の主達にとっては金色の王が何より尊いのだ。


《仕方なかった..... 御許しください、王よ》


《森の交換なんて..... どうなっちまうんだろうね》


 主を失えば森は枯れる。


 それを知ったクラウディア国王は、二匹に森の交換を命令したのだ。枯れようが枯れまいがどうでも良い。主らの力の元を奪うつもりなのだ。


 こうしてダルクは海辺の森の洞窟に閉じ込められ、レアンは草原の森に埋められた。




「人間様に楯突くからだ。ケダモノの分際で。ああ、これで面倒事が減る。ようやく獣人を狩れるな」


 クラウディア国王の高笑いとともに時は流れ、時代は移り、平原の森はゆるゆると朽ちていく。

 地下で繋がる森同士なため、か細い繋がりから、その荒廃は酷く緩やかなモノだったが、それでも確実に森を蝕んだ。


《.....枯れる。アタシの森が》


 ホタホタと嘆くダルク。


 洞窟や海中を領域とする海辺の森と違い、大地に根差して広がる草原の森は朽ちるのが早かった。

 通常の荒廃よりは遥かに緩やかだが、間違いなく折れ崩れていく平原の森。


 地獄のような数百年。


 そんな絶望の汚濁でもがき苦しむ二匹に、いきなり光明が訪れた。


 燦然たる一筋の光。新たな金色の王の来訪だった。


 皆様御存知、フロンティアの小人さん。


 戦け、モノノケ、そこ退けと爆走し、クラウディア国王を蹴倒して二匹を救い出す。


 少し前の出来事だ。


 うっそりとレアンは笑みを深めた。


《ほんに..... 愉快な御仁でござった》


 平原の森は間に合わなかったが、ダルクには遠方の新しい森が与えられ、レアンの森は金色の魔力で生まれ変わる。

 平原の森が枯れてしまったため、クラウディア王国の土地は痩せ始めた。もはや通常の実りは期待出来まい。

 クラウディアの自業自得だが、その責任は王家にある。巻き込まれた民草が気の毒なレアン。


 しかし、それにも小人さんが助け船を残してくれていた。 


『逃げ出す難民がいたら、この船でカストラートまで送ってね』


 そう言い、残していった数隻の船。

 フロンティアとクラウディアの間にある隣国カストラートに打診済みらしく、難民の


受け入れが決まっている。



《ほんに..... 金色の王でござるな》


 そして、ふと空をふり仰いだ。


 抜けるように澄み渡った大空。これが続く先に、レアンの倅の森がある。

 腕白で正義感の強い息子。不甲斐ない親に代わり、獣人らを守ろうと悪戦苦闘していた子供ペンギン。


《俺、やるよ。約束、守る》


 次代たる倅は金色の王に憧れていた。片言を駆使し、必死にレアンの前で訴える希望に満ちた眼差し。

 まだ幼いため、メリタのように流暢には話せないが、そのやる気だけは人百倍。

 他の子供らをも引き連れ、クラウディア王家の裏をかき、獣人らを安全な土地に導き続けてきた。多少の手伝いもし、その暮らしが楽になるよう努力した。

 ゲリラ的な出没で、クラウディア王家側を撹乱したりと、その行動は上手くいっていたように見えていたが.....


 ある日、一人の獣人の子供がクラウディア兵士に捕まったのだ。レアンの倅と共に遠出していたために。


 母親が病気だった獣人の子供は、どうしても獲物が欲しかったのである。肉でも魚でも良い。滋養のあるモノをとの子供の願いを聞き入れ、レアンの倅は海に向かった。


 その後ろを、こっそり件の獣人の子供がついてきてるとも知らずに。


 そこで運悪く、獣人の子供は兵士に見つかってしまった。


 主の一族が動いていると覚られてはいけないレアンの倅は、兵士に姿を見られるわけにはいかず、子供を助けられない。


 結果、子供は兵士らに連れ去られてしまったのである。


 あとは芋づる式だった。子供を見捨てられない獣人は白旗を上げて投降するしかない。


 あうあうと泣き伏す倅ペンギン。


《俺の、せい。俺、が、もっと..... 注意し、て、たらっ》


 レアンは慰めたが、その夜、倅ペンギンは消えていた。

 そして何年も音沙汰がなくなり、微かな思念で、生きている事だけがレアンに伝わっていた。



《まさか、王宮に囚われていたとはなぁ。厄介なことになるところだったわ》


 はあ.....と嘆息する巨大ペンギン様。


 はっちゃける小人さんに引きずられ、成り行き任せで傍観していたら事は終わり、倅ペンギンは眼を輝かせて、憧れの金色の王についてゆく。

 嬉しそうに手を振り、蜜蜂馬車に潜り込んだ倅に呆れつつ、レアンは仕方無さげに苦笑した。


 そんなこんなで日々が過ぎ、なんと倅ペンギンは金色の王から森を賜る。

 進化して成獣となり、名前も頂いたようだった。


《お父ちゃんっ! 俺、レオンっ! レオン、だあっ!》


 いきなり響いた思念。


 呆然とするレアン。


 こうしてクラウディア王国に、新たな森が生まれたのである。


 後に煌めく流星の如くクラウディア王国を席巻する希望の物語は、ここから始まったのだった。

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