第178話 振り返る日々 ~前編~ エピソード・パスカール 1
ここから番外編となります。
読者様からパスカールの話が気になるしとの感想をいただき、書き起こしたしだいです。
よろしければ、御笑覧下さい♪
《小人さん外伝・群青のアステル》
「.....どうか、彼等を」
白髪混じりの明るい金髪を大地に投げ出して横たわる老人。
すでに光を失いボヤけた視界の中で、彼は最後の息を振り絞り呟いた。
老人を囲む多くの従者達は、今にも言切れそうな主の姿に泣き叫ぶ。
そんな嗚咽を上げる人々とは別な生き物が、老人の言葉に答えた。
《お任せあれ。我等の命ある限り、王の意思を継ぎましょうぞ》
《.....王よ》
悲痛に顔を歪め、老人の最後を見送るは巨大な二匹の生き物。
身の丈三メートル近い二匹は、泣き伏す従者達と共に、息を引き取る老人を最後まで見送った。
ここはアルカディアという世界のクラウディア王国。
アルカディアは地球の中世初期のような世界で、巨大な大陸に多くの国々が点在する。
過去には魔力があり魔法の存在した世界だが今は残っておらず、南の辺境国、フロンティアのみが使えるにとどまっていた。
大陸の半分が砂漠や荒野なため、国同士も御互いを確認出来ないほど遠く離れている。
それぞれの国を訪れるには馬で数週間、馬車で一ヶ月はかかる距離なため、ほぼ各国は音信不通。荒涼とした大地に浮かぶ小島のように、過酷な自然環境に阻まれ国交もない。
国王の崩御も即位も分からないし、招待もされないような原始的な鎖国ばかり。
そんな中、冒頭の老人は各国を巡り歩いていた。
老人の名はサウペド・フォン・フロンティア。南方に位置するフロンティア王国の王弟殿下である。
彼の国フロンティアは、建国の王にまつわる伝説が生きている国だ。
その昔、世界に魔力や魔法が溢れていた頃。一人の少年が強大な魔物を従えて国を作った。豊かな大地と広大な海を有したフロンティア王国。
時を経て青年となった彼は、フロンティア初代国王となる。そして人々に穏やかな暮らしをもたらした。
さらには、空を翔る強大な魔物と共に世界を巡り、各地に点在する多くの魔物の森にも恩恵を与えたという。
その名残なのか、現在世界からは失われた魔力と魔法が、未だに残っている国だった。
森の主と呼ばれる強大な魔物らを従え、世界を見守る者。その力を有する彼は光をはらむような見事な金髪金眼で、操る魔力も金色であった事から金色の王と呼ばれ、長く尊ばれた。
その初代国王の死後、フロンティア王家には極稀に金髪金眼の者が生まれるようになり、初代国王のみが所持していた金色の魔力をも覚醒させる。
この金色の魔力は、森の主らとの意志疎通を可能とし、魔物や森を活性化させる魔力。他には使えない局地的な能力だった。
ゆえに新たな金色の王となった者は魔力を各地の主の森に与えるため、巡礼と称して諸国を放浪する。初代様に倣い、多くの森を訪う歴代の金色の王達。
サウペドも、そんな子孫の一人である。
過酷な巡礼の旅の最初にカストラート王国経由でクラウディア王国を訪れたサウペド。
そこで彼は見たのだ。奴隷狩りに合い、逃げ惑う獣人達を。
縄を打たれ、矢を射かけられ、まるで獲物のように木の枝に吊るされる獣人らを信じられない面差しで見つめ、サウペドはクラウディア王宮へ乗り込んだ。
「あのような無慈悲が許されるのですか?」
問い掛けるサウペドを、クラウディア王宮の者達は嘲笑で迎える。
「獣ではないですか。人語を理解するだけの。良い値段で売れるので、繁殖させる予定で狩っているのです」
さも当たり前のような口調のクラウディア国王。周りの貴族らも同意のようだ。
「そんな馬鹿なっ、人間でしょう? 見かけは獣が混じっていたとしても、泣きもすれば笑いもする、我々と同じ人間ではないですかっ!」
サウペドが、どれだけ誠心誠意を込め切実に訴えようとも、彼等は眉一つ動かさなかった。
言葉は通じるのに心が通じない。
愕然としたままクラウディア王宮を後にするサウペド。
手足に力が入らずフラフラと戻ってきた彼を、従者達は慌てて天幕へと連れて行った。
力なく座り込み、サウペドは出された御茶を虚ろな眼で無意識にすする。
心ここにあらず。彼の頭の中には獲物と称され、逆さまに枝から吊るされた哀れな獣人らの姿が何度も浮かんだ。
矢に貫かれ、息も絶え絶えだった獣人達。
なぜ、あんなに惨い事が出来るのだ?
懊悩煩悶に身を捩るサウペドだが、人類の発祥から長く続いてきた各差別は、そう簡単には無くなるものではない。
こういった差別や認識の違いは何処にでもあるモノだ。過去の地球世界でも、黒人や原住民らを土人やアポジなどと呼び、白人らが狩りの獲物にしていたのは有名な話である。
生き物であって、人ではない。良くて家畜、悪くて獲物。そういった人間の皮で作られた家具や、湯がいて綺麗にした頭蓋骨の飾りや盃なども過去の黒歴史の中には存在した。
意気消沈し、苦悶に顔を歪めつつ、サウペドはクラウディア王国の森の主達を訪ねる。
クラウディア王国は大きな森を二つ所有し、それぞれに主と呼ばれる強大な魔物がいた。
海辺の断崖絶壁を森とするのは地球で言うイワトビペンギンのレアンとその一族。絶壁の下は広い座礁で、周辺を多くの魔物が潜む海藻で囲まれている。下手に船が入り込もうものなら、秒で海の藻屑だ。
彼等は断崖絶壁の洞窟を棲み家とし、その洞窟奥深くは複雑に枝分かれしていて、海に繋がってたり、さらに奧に続いていたりと、まるで迷路のようになっている。
好好爺な眼差しでサウペドを見下ろす巨大ペンギン様。
《どうなされた、王よ》
心配げに手を差し出す巨大な魔物。
その大きな暖かい手に頬を撫でられ、サウペドは思わず涙を溢した。
クラウディア王宮の人間達よりも、魔物である森の主のほうが、よっほど人情味に溢れている。なんたる皮肉か。
「獣人が.....狩られてしまう。奴隷にして繁殖させ売り払うのだと。悪魔の所業だ」
アルカディアで奴隷売買は当たり前に行われている。借金奴隷、犯罪奴隷など様々な理由はあるが、買う者がいるから売る者がいて、客のニーズに合わせ奴隷を増やすのも普通だった。
そのため拐かしなどもよく発生し、そういった被害者は後をたたない。
フロンティアでは検問などを強化して、拐かしの被害者を救おうと動くが、他国では平然と売られてしまう。
狩られ、殺され、売られ。それが当たり前な獣人達。フロンティアから見れば、拐かしと何ら変わらない。
民を子供とし、それを護る王侯貴族達。法的に人民の権利を保証するフロンティアは、このアルカディアという中世の世界観において、最先端の政治センスを持つ国だった。
それもフロンティア初代国王の教えである。
実は、初代国王は異世界からの転生者で、神々のために働く森の主を慰める者として呼ばれたのだ。
愛する者のためにフロンティア王国を造り、よりよい国へと導いていった。
フロンティアが現代地球よりな政治センスを持っている所以である。
そのフロンティア育ちなサウペドは、あまりに残虐なクラウディアの仕打ちを見て、腹の奥から沸き上がる憤りのやり場がない。
「人間なんだ。人間なのに..... なぜ?」
自国民すら家畜同然にしか思っていない各国の王侯貴族達。巡礼の旅に出てからこちら、サウペドは悲惨な他国の民らの実情に心を痛めていた。
フロンティアとはかけ離れた身分制度。些細な失態で凄まじい仕置きを受け、挙げ句、部位を失う平民達。思わず眼をおおうような悲惨な状況。
その行程のなかでも今回は極めつけである。獣人は民どころが、人としてすら扱われていない。
獣寄りな外見の者は殺され、剥製や毛皮となり、人間寄りな外見の者も首輪に繋がれる消耗品の奴隷だった。
しとどに濡れたサウペドを切なげに見下ろし、レアンはその肩を軽く叩く。
《お任せあれ、王よ。ワシらが獣人を守りましょうぞ》
涙に濡れる顔を上げたサウペドに微笑み、巨大ペンギンは何度も大きく頷いた。
それに一縷の希望を見出だし、サウペドは獣人らの事をレアン達に任せ、後ろ髪を引かれながら巡礼の旅を続ける。
主らの森を訪ねる旅を続けなくてはならなかったサウペドを送り出し、レアンと、もう一匹の森の主はクラウディア王家から獣人らを守り続けた。
森の主は古くから大地に根付き、災害級と呼ばれる魔物だ。多くの子供を従え、強大な力で他を圧する古代の生き物達。
人間の国が出来るより遥か昔から存在する魔物達にかなう訳もなく、クラウディア王国辺境で隠れ棲む獣人らを乱獲出来なくなった王家は、苦虫を噛み潰した。
「なんとかならぬのかっ? 獣人の買い手は数多だというのにっ!」
「今まで捕まえた奴等を繁殖させるしかないでしょう。主の怒りを買えば、森が溢れます」
冷静な臣下の説明に、ぐっと喉を詰まらせるクラウディア国王。
俗にスタンピードと呼ばれる災害だ。魔物が狂化し、問答無用で人間の土地を襲う。
過去に何度か起きた記録があり、その都度、国は壊滅的な被害を受けてきた。
ただ、森の主は知性ある魔物。筆談による意思の疎通が可能で、稀に何かを授けてくれる事もあるのだとか。
「ケダモノの分際で.....っ!」
獰猛に唸るクラウディア国王。
その彼に好機が訪れたのは、今から数十年後。
各地を回り、多くの主の森を巡礼したサウペドが、再びクラウディア王国へやって来たのだ。
「おお、息災であったかレオンよ」
《王か。巡礼は滞りなく終わったようだの》
眼を細めるペンギン様の隣には巨大なツバメ。クラウディア王国平原の森の主、ダルクだ。
海側の辺境に面したクラウディアは、反対側に長く大きな山脈を持つ。その山脈を隔てた向こうにダルクの森はあった。
魔力や魔法が失われて数百年。
それでも一部には魔法が使える地域がある。
有名なのはフロンティア王国だ。彼の国では国民全てが魔力の恩恵を受け、魔法が使えている。
そして、このクラウディア王国の一部でも魔法を使える者らがいた。
海辺の主の森に近い、南辺境伯領の者達である。
誰でもと言うわけではないが、日常生活に困らない程度の魔法は使えていた。
その理由は主の森。
元々、森の主達は神々から金色の魔力を受け、魔物となった者達である。
生まれたばかりのか弱い人類を生かすために。過酷なアルカディアを住み良く改良するため、魔物となった主達は神々の力を使い、土壌改良を行った。
硬い岩盤を割って水を呼び、風を渡らせ種を芽吹かせる。そうして主の森のある土地は豊かになり、多くの国々が出来上がったのだ。
広大な樹海とも言える主の森は、その広さに応じて周辺に魔力を満たした。
その結果、主の森の魔力を受ける人間らに魔法を使える者が現れたのだ。
今は昔の話ではあるが。
いつの頃からか知恵をつけた人間達は森の主を恐れるようになり、魔物の温床である深い森を忌避しはじめた。
さらには人類の文明も進み、僅かな利益のために主の森は狙われる。魔力に満ち溢れた深い森は天然の資源の宝庫だったからだ。
結果、多くの森で主が殺され、森が潰され、多くの国々から魔力が失われたのである。
主の森を守り尊重してくれたフロンティア以外の国々から魔力は消え、魔法は消滅した。
今は誰も知らない裏話だ。フロンティアのみが、薄々感じ取っている程度の。
世界の大半が砂漠や荒野なため、サウペドの時代の馬車では長く渡る事が不可能で、従者とともに馬に荷をくくりつけてあらゆる国を回った。
フロンティアの魔法で食料や荷を玉に封じてなくば、とても巡礼など出来はしなかっただろう。
歩くよりは早いが、馬車よりもずっと遅い馬の歩み。各国の森を訪れた後には、数十年という月日が流れていた。
それでも辺境各地の森で歓迎を受け、サウペドは満足げに微笑む。
魔力を持つフロンティアの者は、他の国々の人々より寿命が長い。
そんなサウペドでも、過酷な巡礼を終えた後には酷く憔悴し、年齢よりもずっと老いて見えた。
王族が何十年も旅を重ねたのだ。致し方あるまい。
しかしサウペドの心に穿たれたトゲは抜けなかった。いつでも彼の心にはクラウディア王国の獣人らの姿がこびりついていた。
巡礼を終えてフロンティアへと帰国し、ある程度休んだ彼は、いてもたってもいられずに再びクラウディア王国を訪れたのである。
「あれからどのようになった? 獣人らは息災か?」
《御安心召されよ。我らにかなう者などおりはしませぬ》
悪戯げにほくそ笑むレアン。巨大ツバメのダルクも鷹揚に頷く。
《いざとなれば、アタシの一族が草原の森に連れて逃げるさ》
大きな山脈を挟んで存在する草原の森。空を飛べる翼があるからこそ、二つの森は気軽に行き来が出来ていた。
「ありがたい。彼らを御頼み申す」
安堵に緩むしわくちゃな老人の顔。
それが、つと歪み、次には苦しげに頽おれる。
《王っ?!》
「サウペド様っ?!」
ぜひぜひと息を荒らげ倒れ伏す老人。
栄養や衛生観念のよろしくない中世。そんな世界で数十年にわたり砂漠や荒野を旅した老人の身体は、老いも手伝いボロボロになっていた。
ここまで気力のみで動いていたサウペドは、心からの安堵に気が緩み、体内に抱えていた爆弾が破裂したのだ。
か細い息の下、彼は力をふり絞って呟く。
「.....どうか、彼等を」
獣人達を.....
息を引き取った金色の王の遺言を胸に刻み、レアンとダルクは心に誓う。
必ずや盟約を守ると。
そんな彼等の切ない気持ちは、時の権力者らに利用され、最悪へと向かうのだが、その悲惨な未来を今の彼等は知らない。
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