第99話 カストラート王と小人さん やっつめ


「んにゃーっ、ウザイぃぃっ!」


 払っても払ってもまとわりつく黒い靄。それを片端から弾き飛ばし、小人さんはアウグフェルの案内で王太子の執務室へと向かっていた。

 途中途中に横たわる王宮の人々。どうやら眠らされているだけのようで、命に別状はない。


『闇の魔力の特性だ。人の心に安らぎと平穏をもたらし、その結果、眠りにつくのだ』


 なるほど。闇だからといって邪悪な魔力であるわけではないのね。


 だがその魔力から感じる昏さ冷たさが、人の心に不安感を与え、おぞましいモノのように思わせるのだろう。

 ていていっと靄を払いつつやってきたフロンティア一行は、王太子の執務室の扉を開けた。

 そこにはやはり、横たわる王太子の姿がある。


「兄上っ!」


 慌てて駆け寄ったアウグフェルは、その首や胸に手を当てて呼吸の確認をし、あまりの安堵からヘナヘナと頽おれた。


「良かった..... 生きてる」


 騎士らの協力で王太子をソファーに移動し、アウグフェルはその場に残ると小人さんに言った。


「いつ目覚めるか分からないしな。.....貴女方に問題を押し付け、心苦しいが」


「いーの、いーの。元々、アタシ達の問題なんだから。むしろ、大手を振って地下に行ける大義名分が出来たにょん」


 満面の笑みな小人さんに苦笑し、アウグフェルがさらに礼を述べようとした瞬間。

 小人隊の背後に黒々とした大きな手が現れた。

 黒い靄が依り合わさったような不気味な塊。


「伯爵令嬢っ! 後ろっ?!」


 顔面蒼白で叫びながら手を伸ばしたアウグフェルよりも速く、ドルフェンが千尋を抱き上げる。

 半瞬の差で小人さんを捕らえ損なった手は、獰猛な雰囲気でドルフェンに向き直った。

 大人程もあろうかという巨大な手に冷ややかな視線を向け、ドルフェンの口角が不均等に捲れ上がる。


「そうそう何度もやらせるか。こういった状況には慣れておるわ」


 過去に幾度となく小人さんを見失ってきたドルフェン。その屈辱は、未だに深々と彼の心に突き刺さっているようだ。


「なん? これ」


 ドルフェンに抱かれながら首を傾げる小人さん。

 フロンティアの騎士達も、慌てず騒がす、ドルフェンの周囲で武器を構える。

 冷静を通り越した堂に入り様。アウグフェルは何が起きたのか分からず、ただただ目の前の信じられない光景を凝視していた。


 しばらく無言で睨み合っていた謎の手と小人隊。


 先に動いたのは謎の手。


 いきなり床から出てきた手は、来たとき同様、床に消えてしまった。


「何だったの?」


「さあ?」


『悪意は無かったな。喰ろうたれば良かったかの?』


 不思議合戦ポンポコは小人さんのデフォである。今さら狼狽えるような者など小人隊にはいない。

 

「床から来ましたよね? 地下に関係あるかも?」


「だぁねぇ。行ってみよか」


 まるで何事も無かったかのようなフロンティア一行は、一路地下を目指す。


 闇の魔力暴走といい、今の謎な手といい、明らかな異常事態。なのに平然と動き回る小人隊に、アウグフェルは言葉を失う。

 その後ろ姿を見送りながら、彼は改めて、彼女が間違いなく金色の王なのだと覚った。

 ここまで来るのに散々見せつけられた金色の魔力。あれを見て、気づかぬ者はおるまい。


「.....無えわぁ」


 思わず床に突っ伏す彼を責められる者は、誰もいない。




「また、凄いね」


 王宮四角に地下への階段があると教わり、小人さん達は素直に階段を降りていく。

 先頭に立つチェーザレが靄を吸いとってくれておらねば、一寸先が闇の状態。

 最初の階は複数並ぶ部屋。聞けば尋問室や拷問室など、暗部の施設らしい。

 その下には地下牢、ここらあたりはフロンティア王宮と変わらない。


 違いは、さらに下にあった。


 地下牢からさらに下へと降りた小人さんは、小さな広間のような所に出る。

 そこは中央の壁に大きな鏡が飾られ、祭壇のようなモノの左右には大きな香鉢が置かれていた。

 香鉢から漂う甘い香りが鼻をつく。


「ここかな? フェルが言っていた預言者の間って」


『.....懐かしいな。我と交信していた、あの婆ぁか。まだ生きておったのか』


 ふんっと鼻白んだ顔で、チェーザレが片目をすがめた。


 しかし変だ。香が焚かれているのに人気がない。

 

 怪訝そうに辺りを見渡し、小人さんら一行は、慎重に広間を探索する。

 すると鏡がズレて、その前にスロープのようなモノが現れた。

 斜め下に向かいポッカリと口を空けた螺旋状のスロープ。その奥は薄暗く先が見えない。

 大人一人ずつでギリギリ通れそうな空洞に、ごくっと息を呑む騎士達。

 だが、そんな人々を余所に、ぴょんっと中へ飛び込む小人さん。


「チヒロ様っ?!」


「先に行ってるぅぅぅぅぅ」


 飛び込んだ勢いのまま、しゃあぁぁっと滑り降りていく小人さんに驚き、慌ててドルフェンもスロープの中へ入っていった。


「お待ちくださいっ!!」


 それに続く小人隊の面々。


 けっこうな距離を滑り降り、どちゃっと小人さんが落ちたのは深く生い茂った草むらの中。

 強かにお尻を打ち付け、のたうつ小人さんの後からドルフェンが顔を出した。


「大丈夫ですか? チヒロ様」


「ダイジョブぅ、えーと? ここは?」


 次々と出てきた騎士達も、薄暗い周囲を見渡して絶句する。


 そこには広々とした水面と、天井から吊り下がるかのような不思議植物群。

 苔むした岩肌に付着する藻のようなモノが微かに発光し、青白い仄かな光でだだっ広い洞窟を照らしていた。

 朧気な陰と光の織り成すコントラスト。

 非常に幻想的で美しい光景である。


「これが、カストラートの森かな?」


「たぶん..... 見事なものですね」


 ふわあぁぁ、っと仰ぎ見る小人さんが何気にぽてぽて歩いていくと、そこに不気味な影が蠢いた。

 咄嗟に距離を取る小人さんを見据え、その影はうっそりと口を歪ませる。


《来たか。あやつが待っておったぞ? 早う添うてやれ》


 くふくふと嬉しげな影に反応したのはチェーザレ。


『ああ? おまえ誰だ』


《人の子か。言葉には気をつけよ。我は人の幸福を約束する者だ》


 黒々とした影の視線が、ふと和らぎ、愛おしそうに双子を見つめた。

 その慈愛に満ちた眼差しに、チェーザレは少し思案気な顔をして、はっと眼を見開く。


『貴様らかぁぁーーっ!!』


 迸る憤怒に押され、ぶわりと広がる黒紫の魔力。

 それを見て、大きな影も何かを覚ったかのように逆鱗を顕にした。


《黒紫の魔力っ? そなた、もしやっ?!》


『覚えておったかよっ! お前らの蝕んだヘイズレープをよっ!!』


 チェーザレの両腕が天を突き、振り下ろされた瞬間、竜巻のような風が渦を巻いて黒い影に放たれる。

 キリ揉み状の竜巻が真一文字に直撃し、黒い影は怯むようにソレを受け止めた。


《何故、そなたが? ヘイズレープと共に消えたはずではなかったのかっ?!》


『あの世から追い出されたのよ。なあに、貴様らがおるならば巷も地獄と変わらぬわ、我に似合うておろう?』


 猟奇的な笑みを浮かべつて、立て続けに魔法を放つチェーザレ。

 それを受け止めるのが精一杯っぽい黒い影は、みるみるうちに巨大な竜へと変化した。


《侮るなよ、小僧っ!》


 竜は大きく喉を膨らませると、それをカッとチェーザレに打ち込む。

 まるでファイアーボールのような黒い火の玉が幾つも飛び出して、チェーザレの足元に大穴を空けた。

 だが、チェーザレは全ての火の玉を避け、さらに己の周囲を風の刃で固めて、竜を目掛け放つ。


 どんっどんっと激しく交わされる魔法の応酬。


 いきなり始まった怪獣大戦に、さすがの小人隊も凍りついた。


 いったい、どうして、こうなった?


 苦笑いする小人さんは、ふと壁に何かがあるのに気づき、じっと眼をこらす。

 それは大人大の大きさな黒水晶。


 なんでこんな所に?


 不思議そうに首を傾げ、その黒水晶に触れた小人さんは、弾かれるようにバッと手を離した。

 微かに脈打つ不気味な感触。


「なん? これ?」


 戦き後退った小人さんの足が、何かにコツンと当たった。


「え?」


 見下ろした小人さんの視界には、ズタボロで息も絶え絶えな人間。

 白にも近い銀の髪を散らばらせ、うつ伏せに踞っている。


「ドっ、ドルフェンーーっ!」


 幻魔大戦よろしくな闘いを繰り広げる一人と一匹を背景に、小人さんはドルフェンを呼んで、倒れていた人間を治癒してもらう。

 しかしその反応は鈍く、様子は変わらない。


「これは、病気とか怪我ではないですね」


 治癒は癒しであって、損なわれていない身体に効果はないのだ。


「ならっ」


 小人さんは金色の魔力を倒れている男性に使う。

 命の源である金色の魔力は、あらゆるモノに効果を発揮する。

 本来なら人間に使ってはいけない力だが、ヒュリア達から賢人の話を聞いた今、目の前の男性がその賢人なのは明らかである。

 御先か御遣いか知らないが、元々金色の魔力を持っている者だ。金色の魔力を使っても不具合はあるまい。


 失っていた魔力が満たされ、銀髪の男性は大きく息を吐くと、薄く眼を開いた。


 けぶるような赤い瞳。


 それを見て、小人さんは安堵の息をつく。


「良かった。ダイジョブ?」


 にぱっと笑う少女。


 恐る恐る起き上がった男性は、黒い竜と闘う子供を見て呆気に取られた。


《いったい、なにが?》


 思念か。やっぱ、ここの主だね。


 ふよんっと顔を緩め、小人さんは男性から事の経緯を聞く。


 後ろで闘うチェーザレを酷く気にしつつ、男性は起きた出来事を話してくれた。




「アレか」


 小人さんは湖の最奥に位置する壁を辛辣に睨めつける。

 そこには天井から地面まで縦一直線に割れた隙間があった。


 銀髪の男性の話によれば、しばらく前に大きな地震が起こり、森の洞窟に亀裂が入ったらしい。

 フロンティア西でフェル達の目撃した、大地が割れたと言う事件の影響だろう。

 特に何も異常はなく、困惑しながらも放置していたところ、昨日いきなり黒い大きな影が現れたのだとか。

 その影は森の主らを捕らえ、森の異変に気づいて様子を見に来た老婆をも捕らえ、魔力を根こそぎ奪い尽くした。

 

《私はアレを知っています。ヘイズレープの人々の悪意に巣食い、大戦を引き起こした精霊達です》


 その昔、ヘイズレープの民であった御先達はアルカディアを訪れ、それぞれの土地に知識や技術を伝えた。

 それに伴い、宗教や人としての概念も伝わり、アルカディアは一気に栄えていく。


 そんな中、御先であった者らはアルカディアでも御遣いを作り、従え、多くの話をしたのだという。

 彼はドナウティルで御遣いとなり、鬼のレギオンの巡礼に同行した。

 語られた話の〆に聞いた精霊達の話。

 ヘイズレープの人々を疑心暗鬼に陥れ、滅亡へと導いた悪しきモノ。


 その話と同じモノがいきなり現れたのだ。

 金色の魔力が闇を相殺するように、闇の魔力もまた金色の魔力を相殺出来る。

 狼狽し後手に回ってしまった男性は、闇の魔力に囚われ、良い様にされてしまったらしい。


《金色の魔力は奴にとって餌にすぎません、お逃げくださいませっ!》


「ほーん。なら、まあ、平気かな」


 にっと笑う小人さん。


 不可思議なソレに首を傾げる男性は、闘うチェーザレの魔力が闇の魔力である事に気がついて眼を見張った。


《主様っ?!》


「闇対闇ならダイジョブでしょ。さあて、どうなるかなぁ?」


 金色の魔力を喰うとなれば、小人さんは無力だ。四大属性を持つとはいえ、小人さんの魔力の根元は金色の魔力である。


 派手にドンパチをやらかすチェーザレが、稲光のような魔力を周囲に迸らせた。

 それは縦横無尽に空を馳せ、黒い竜にまとわりつく。


《ぐああぁぁっ! うっとうしいっ!!》


『鬱陶しいのは貴様だっ! さっさと、くたばれっ!!』


 喧々囂々と罵り合う二人。


 その闘いの場に、誰かが現れた。

 森の奥から現れたのは見事な銀髪の青年。シャルルである。


「どうしたの? お嫁様はまだ?」


 のほほんと彼が呟いた瞬間、竜の全身に闘気が漲っていく。

 メキメキと音をたてて鱗を逆立てる真っ黒な竜。

 シャルルのまとう闇の魔力が、黒い竜に助勢していた。


《ふはははっ! 形勢逆転だなっ!!》


 圧され気味だった竜の血走った眼が、ギョロりとチェーザレに向けられる。

 明らかに先程より魔力の大きくなった竜に、チェーザレは軽く舌打ちした。


『それが、お前の信者かよ。目障りな』


 信仰が力となる神々の理。


 魔力の大きな者が信じ祈ってくれるほど、神は力を増す。神と対極にある精霊にも、それは適応される。

 人間となり今現在信者のいないチェーザレは、己の力量のみで闘わねばならないのだ。


 兄の不利を見て、小人さんは駆け出した。


「アタシは認めないっ!!」


 甲高い少女の声が洞穴に響き、皆が振り返る。


「アタシは認めないっ! アルカディアに、あんたなんか要らないっ!!」


 小人さんが言葉を口にするたびに、竜の身体がゾワリと震える。


「アタシは精霊を知ってるっ! 精霊は何処にでもいるっ! でも、あんたなんか信じないっ!! あんたなんかに人間を幸せには出来ないっ!!」


 こんな酷い騒動を引き起こすモノが人間の味方なわけはない。


「みんなーっ!! あの亀裂を塞いでーーーっ!!」


 小人さんは、モノノケ隊に向かって大声で叫んだ。


 あの亀裂から現れたのなら、アレを塞げば消えるかもしれない。

 その証拠に、黒い竜の魔力は、亀裂の奥へと繋がっていた。

 小人さんの言葉に従い、蜜蜂達が蜘蛛を抱えて湖を渡る。


《やめろっ! 我等を..........っ、精霊王を信じぬと申すかっ! 心から人間を愛する、あの方をっ!!》


 黒い竜の周りから無数の黒い玉が飛び出して蜜蜂達を追っていった。


 精霊王?


 訝しみつつも、小人さんは腹の底から吠える。


「精霊は信じてるっ! 精霊王もいるんだろうね、でも、アタシは、あんたを信じないっ!! 本当の精霊王なら、人間をどうこうしようなんてしないよっ!!」


 モノノケ隊の蜘蛛達が、みるみる亀裂を糸で塞ぎ、それを阻止しようとする黒い玉はカエル達の守護にバチバチと弾かれていた。

 激しい攻防の中で綴じられていく壁の亀裂。


《ぐああぁぁっ! よせっ! やめろっ!!》


「精霊ってのはね、優しくて、ひょうきんな可愛い生き物なんだっ! あんたなんかじゃないっ!! あんたの言う精霊王なんてアタシは信じないっ!!」


 微かな輪郭を残して、黒い竜の断末魔が森に響く。


「アタシは知ってるんだぁぁーーーっ!!」


 一際大きく小人さんが叫んだ時、黒い竜が霧散し、洞穴の天井が大きく割れた。

 いや、物理的に割れたのではない。空間が裂けて、ソコから一面の花が舞い散った。


《よくぞ、申したっ!》


《よくぞ、繋げたっ!》


「はえっ?」


 裂けた空間から垣間見えるのは雄大な自然が溢れる美しい大地。

 色とりどりな花々が咲き乱れ、風に踊る花弁の中に立つのは四人の人。

 それぞれ特色ある美しさを持つ四人は、優美な物腰で小人さんを見つめている。


 何が起きたのか分からない。


《そは精霊を信じる》


《そは人を信じる》


《そは世界を信じる》


《そは我等を信じる》


 満面の笑顔を浮かべ、謎の四人は小人さんに何かを放った。


》》


 夢のように幻想的な一時。


 降り積む花弁を眺めつつ、気づけば割れた空間は閉じられていた。


「今のは一体..........?」


 唖然と眼を泳がせるドルフェン。他の騎士らも言葉を失ったまま微動だにしない。


 ..........夢? 


 いや、夢ではない。


 その証拠に、未だ舞い散る無数の花弁。


 茫然自失で魅入られる小人さんの背後から誰かが近づき、ガバッと抱き締めた。


「にょっ?!」


 ジタバタともがく千尋の耳元で小さな呟きが聞こえる。


「逢いたかったよ、僕のお嫁様♪」


 はいいぃぃーーっ?!


 スリスリと小人さんの頭に擦りつくシャルルに困惑し、頭の中だけで絶叫する小人さん。


 誰か、説明プリーズっ!!


 次から次へと立て続けに起きる不思議現象にわちゃわちゃしつつ、今日も小人さんは元気です。


 ..........たぶん♪

 

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