第98話 カストラート王と小人さん ななつめ


「は..........?」


 王宮に着いた小人さんは、目の前の光景に我が眼を疑った。

 王宮から伸びていた魔力が近づくにつれ黒く濃くなり、門のあたりまで来ると、その立ち上る魔力で前が見えないほどである。


「いったい、これは..........?」


 騎士達と降りてきたジャイザリー伯爵も顔を強ばらせて王宮を見上げていた。ヒュリアも同様だ。

 ただ、魔力慣れしているフロンティアの騎士達のみが、やや眼をすがめて黒々と立ち上る不気味な魔力を見つめている。


「これは、魔力暴走ですね。..........カストラートに、これだけの魔力を持つ者がいるとは驚きですが」


 珍しくはあれど驚くほどでもないと、小人隊の皆が言う。

 

 これが魔力暴走。


 知識としては知っていたが、見るのは初めてだ。

 そう宣った小人さんに、ドルフェンが苦笑いする。


「チヒロ様がクイーンの森で王弟殿下を庇った時にも起きておりましたよ?」


「はえっ?」


 ロメールにかぶさった千尋が放った金色の帯。あれもクイーンらや蜜蜂達が吸収してくれなくば、目の前のような惨状になっていたのだという。


「そういった魔力暴走は子供が引き起こす事が多いのです」


「まだ慣れぬ魔力を操作出来ない。放っておけば魔力枯渇で意識を失います。それも御存じですよね?」


 にまにまと説明する小人隊の騎士達。


 ううううっ。アタシの黒歴史が広まっている。


 思わず赤面する小人さんを余所に、騎士達は安堵に胸を撫で下ろした。


「まあ、焔や水でなくて良かったです。あれらが暴走すると怪我人も多く出ますから」


「しかし、これは闇の魔力でしょう? チェーザレ殿以外にも使える者がいるとは」


 魔力暴走とは別の疑問に、周囲が一斉に千早を振り返る。

 視線の集中砲火をモノともせず、千早は軽く眼をつぶるとチェーザレを表に出した。


『これは使っておるのではない。魅入られておるのだ。そこな娘同様、魔力の器のデカイ者が中におるようだの』


 物憂げにヒュリアを一瞥するチェーザレ。


「わたくし? ですか?」


「ああ。そういや色素の薄い人間ほど魔力量は多いんだっけ」


 今は枯渇状態でも、ヒュリアの魔力上限は高いのだろう。

 思わぬ言葉に狼狽えつつ、チェーザレの話を聞いたヒュリアは、はっと顔を上げてジャイザリー伯爵と顔を見合わせた。

 ジャイザリー伯爵も厳めしい顔で頷いている。


「その御話に当てはまる方がお一人おられます。第二王子のルイスシャルル殿下です」


 真剣な面持ちの二人に聞いたところ、銀髪碧眼の第二王子がいるのだとか。

 その御仁は知的障害があり、長く社交から遠ざかっているらしい。

 夢現で危なっかしく、常に誰かがついていないと、すぐ何処かへ行ってしまうという。


 ん? それって..........?


 どこぞで聞いた覚えのある説明に、フロンティア一行は息を呑む。

 そして全員が、今朝がた暗部のもたらしたハビルーシュ妃の報告を思い出していた。


 そんな一行が王宮前で固まっていた頃。




「これで安心。ね?」


 塔の最上階でほくそ笑むシャルル王子。

 その周囲に浮かぶ不気味な影は大きな手を形取り、シャルルの身体を背後から鷲掴んだ。

 自分の腕より太いその黒い指を撫でつつ、シャルルは至福の顔をする。彼は恍惚とした眼差しで宙を見据え、薄い唇に言の葉を上らせた。


「ああ、そう。来てるの?」


 クスクスと密やかな笑いを噛み締め、シャルルは塔を降りていく。

 彼の立ち去った部屋の中には大きな魔結晶。大人大のソレは微かに脈動し、冷たい結晶の表面に浮かんだ露が、まるで涙のように、ポタリポタリと滴っていた。

 滴る雫を舐めるように蠢く影。


 薄暗い部屋の中には、沁みいる静寂と凍てつく寒さ。そして闇の魔力の残滓のみが残されている。




「取り敢えず、これを何とかしないとなぁ」


 うんざりと見上げる小人さん一行の後ろから、誰かの足音が聞こえた。


「伯爵令嬢っ! これは何事かっ?!」


 兵士達を引き連れて駆けてきたのはアウグフェル。彼は冒険者ギルドにいたため、今回の難から逃れたらしい。


「何事も何も、こちらが聞きたいわ。大公家の委任をジャイザリー伯爵に頼もうと申請に訪うたら、この有り様よ」


 仰々しく首を竦める少女を見て、急を報せに走ったらしい兵士達も神妙に頷いた。


「そうです、いきなりでした」


「城の中から靄のようなモノが溢れだして、あっという間に人々を呑み込んだのです」


 この兵士らは門番で、黒い靄が生き物のように這い回り、王宮の人々を呑み込んでいくのを目撃したらしい。

 それで、冒険者ギルドに行くと言って外出したアウグフェルへ一目散に報せに走ったのだ。


 兵士達の話を聞き、信じられない面持ちで王宮を見上げるアウグフェル。

 外に漏れている魔力は、ほんの一部。見上げた王宮の窓など、いたるところからも魔力が漏れていて、王宮の中は黒い靄で一杯なのだろう事が見て取れた。


「何でこんな事に? 兄上らは御無事なのか?」


 譫言のように呟くアウグフェル。

 それに飄々とした笑いを浮かべて、チェーザレが腕を一閃させた。

 途端に風が吹き抜け、王宮入り口付近の靄が一掃される。


『元来、我の魔力よ。多少の異物が混じっておろうとモノの数ではないわ』


 ぺろっと下唇を舐めて、満足そうに靄を片付けるチェーザレ。

 それに倣うよう小人さんも金色の魔力を放ち、闇の魔力を相殺させた。

 今までも闇の魔結晶に出合う度にやってきた事だ。二人とも慣れたもの。


 だが、たしかに何か別なモノの抵抗を感じる。


 不思議そうに己の両手を見つめる小人さんに、アウグフェルが跪き祈るように懇願した。


「頼むっ! 兄上らを助けてくれっ!!」


 切なげに歪められた彼の顔。不安に揺れる瞳に大きく頷き、小人さんは、にかっと笑う。


「りょーかいっ、さ、急ごう?」


 もしゃもしゃとアウグフェルの頭を撫で回して、小人さんは彼を立たせると、真っ直ぐ王宮の中へ足を踏み入れた。


 ここで前々世からの因縁と、文字通り全世界を蝕む陰謀を知る事になるのを、今の小人さんは知らない。




《ここら辺りまでか》


 大地を割った亀裂を全面修復し、ようやく肩の荷を下ろしたジョーカーは、子供達を労いながら西の森へと帰っていく。

 

 彼女の背後に見えるのはカストラート辺境の街。


 その先の王都で、長きに亘る神々の憂いの一端が密かに蠢いていたなどと、彼女は知るよしもない。




「ぅ..........」


《まだ動けるのか。大したものよの》


 カストラート王宮地下深く。そこに横たわる大きな何かは、さも楽しそうに靄でグルグル巻きにしたモノを突っついていた。

 グルグル巻きにされたモノは人間。総白髪の老婆は苦しそうに壁に張り付けられている。

 その足先から生える魔結晶。まるで黒水晶の如く煌めく結晶が、老婆のいたるところに生えていた。


《足りぬなぁ.......... そなただけでは。疾く来よ、御遣いよ》


 張り付けられた老婆の足元に踞っていた何かが動く。そして這いずるかのように、大きな影へ近づいていった。


《も..... おやめ下さい》


 切れ切れの呼吸で言葉を絞り出したのは長い銀髪に赤眼の男性。

 煤けた髪はゴワゴワと軋み、肌はカサカサで生気が薄く、何も映してはいないような虚ろな瞳で大きな影を見上げていた。


《やめる? これからだろう? ようやく、この国を縛り付けていた主の支配が消えたのだから》


 そう言うと、大きな影は無数の玉を口から吐き出す。

 その黒い玉は自我があるようで、楽しそうに無邪気に飛び回っていた。


《餌だよ、お上がり》


 言われて飛び付く無数の玉達。


「ひゃあぁぁっ」


《うあっ! やめっ! .....ぁーーっ!》


 老婆から生えたていた魔結晶が、群がる玉に吸われみるみる消えていく。

 踞る男性からも魔力を啜っているようで、男性は、しだいに力無く横たわった。


《ふっ。可愛い我が子らの餌になれる事を光栄に思うのだな。御先や御遣いなど、何の役にもたたぬ者が》


 そう低く呟き、大きな影は天を仰いだ。


《我等こそが真に人間を救い、幸福に出来るのだ。待っているが良い。もうすぐだ》


 神々など人間に試練しか与えぬではないか。そんな者らの使徒なんか消えてしまえ。


 カストラート王宮の地下で、大きな影は眠りにつく。


 その夢の中には一人の青年。


 彼はやってきた影に気がつくと、満面の笑みで微笑んだ。


『ああ、待っていたよ。僕は自由になったんだ』


《そうだ。そなたは自由だ。ワシが何でも願いを叶えてやろう》


 地下の大きな影は竜の形を取り、夢の中の青年を尻尾で撫でた。

 青年の名前はルイスシャルル。長年夢現の住人だった彼は、神々の妙薬によって人外と馴染みやすい体質になっている。


 そして彼は見たのだ。


 十年前の小人さんを。


 ジョーカーの銀の褥であった出来事を、彼は最後まで見ていた。


 あれが僕のお嫁さん。


 ファティマと融合し、黒髪金眼を見張る可愛らしい少女。


 未だに記憶鮮明なソレを、うっとりとシャルルは呟いた。


『来てるよね、僕のお嫁様。可愛い可愛い金色の姫君』


《そうなのか? ワシは感じぬが。そなたが望むのならば、すぐにでも連れて来よう》


『うん』


 黒紫の靄が漂う夢の中で、ほくそ笑む二人。


 黒い玉達に魔力を吸われながらも、眠った影を見つめ、銀髪の男性は地面に指を立てる。


 逃げて下さい、主様。そして金色の王よっ! 逃げてっ!!


 悲壮な顔で踞る男性の前に、小人さんはやってくる。


 屈強なお供を連れて、ぽてぽてと現れる未来の小人さんを、今の彼は知らない。

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