第50話 小人さんの新たな日常 いつつめ


「にゅ? これなに?」


 万魔殿に桜が個人的に集めた多くの書物。嫁入り時に持ち込んでいたそれらの書物から古典を選び、読もうとしていた双子だが、その本の一冊から、スルリと一枚の便箋が抜け落ちた。

 薄い緑の便箋は白抜きの罫線とトンボが描かれており、その中心に達筆な文字が数行書かれている。


「いかにせば。まことの恋人みわけえん。つえわらじ。貝のかたちのかさかぶり」


 え? これって。


「タイトルロールじゃん? ハムレットだっけ?」


「タイトルロール?」


「主人公の名前が題名になってる歌劇。シェイクスピアって人の作品だにょ」


 懐かしいな。オペラとかけっこう好きだったんだよね。


 小人さんは柔らかく微笑み、眼を細めた。


 狂気に陥ったオフェーリアのシーンで、彼女が歌った詩である。


「王妃様はどこ? 美しい王妃様は? ってね」


 にししっと笑う小人さんの背後で、桜が顔を凍りつかせた。

 御茶と菓子を片手に、暖簾を掛けた彼女手が微かに震えている。


「あんた........ なんで、それを?」


 そして驚愕の眼差しで、小人さんの手から、そっと便箋を受けとった。

 書かれた文字に眼を落として、ついっと瞳が泳ぐ桜。


「こんなところに隠していたんだねぇ。他は燃やされてしまったのに」


 くしゃりと顔をしかめ、桜は丁寧に便箋を折り畳むと懐へしまった。

 不思議そうに見上げる双子をみつめつつ、桜はしばし遠い眼をしてから言葉を紡ぐ。


「むかぁしね。演劇というモノがキルファンにはあったんだよ」


 とつとつと語る桜の話によれば、キルファンには長くお芝居という娯楽があったのだという。

 しかし二百年ほど前の皇帝が、架空の作り事だとしても、平民が王族や皇族になるのは不敬極まりない。天上人への冒涜だと、それらに関わる物語や古典の書物を焚書し、消し炭にしてしまったらしい。

 だが心ある人々により、多くの書物が秘密裏に救い出され、後宮奥深くに隠された。

 桜はキルファンから逃げ出す時、それを何冊か持ち出してきたのだ。


「アタシの乳兄弟がね。演劇に興味があって、食い入るように読んでいたよ。台詞の写しを取ったりね。その名残さな、これは。まあ、千尋の生まれは同郷だと言っていたし、これを知っていても不思議ではなかったね」


 懐に手を当てて、寂しそうな顔をする桜。

 何があったのだろう。双子には分からないが、何かあったに違いない。


 でも、焚書か。


 小人さんは忌々しそうに眉を寄せた。


 焚書は人類による最悪な愚行の一つだ。それによって、どれだけ貴重な知的財産や歴史的遺産が失われて来たことか。


 人間がやる事は、どこの世界でも大して変わらないって事かな。世知辛いなぁ。


 そう溜め息をついた小人さんは、ハッと何かを閃いた。


 これは使えるんじゃなかろうか?


 フロンティアでは芝居とか演劇とかを聞いた事がない。

 物語や詩は、御茶会や夜会で吟じるものであって、舞台で演じるものではない。

 ある意味、吟遊詩人の一人舞台的な感じがソレに当たるのかもしれないが、浪曲や詩吟など、そういった造詣の深い日本で育った小人さんは、爺婆っ子でもあったため、古い落語とかがが大好きだった。


 時そばとか、こちらの何かに絡めたらやれそうだし、左甚五郎とかも受けが良さそうだ。そうやって、人が演じる事に慣れたら、本格的なお芝居も......


 上手くやれば、結構なお金になりそうである。


 にぃ~っと口角を上げて悪い笑みを浮かべる妹に、千早は母親と顔を見合わせて溜め息をついた。

 こういう時の千尋は、大抵碌でもない事を考えている。そして決行してしまうのだ。


 また周囲が大慌てするだろう未来を垣間見る、苦労性の兄である。




 千早の嫌な予感は当たり、しばらく後の城下町に大きな天幕による芝居小屋が建てられた。小人さんのポケットマネーで。

 役者募集の張り紙がデカでかと貼られ、キルファンの克己を巻き込み、アレやコレやと画策する。


「だからさ、まずは入り口を下げるさ」


「入り口?」


 突然ポチ子さんが手紙を届けにきて、フロンティアに召喚されたと思ったら、理由がこれだ。

 克己の眼が、じっとり据わってしまっていても、誰も彼を責める事は出来ないだろう。


「いきなり演劇とかってやっても、皆ついてこれないっしょ? だからさ、紙芝居や人形劇とか、とっつき易いのから入門編を作るんだにょ」


 歌がついてると盛り上がるよねぇ、GO!westとか? という小人さんに、パクりかよっと突っ込む克己だが、大抵の演劇が、古典の物語や架空の物語をなぞるパクりである。

 胸を張って宣う小人さんと、ぐうの根も出ない克己。

 アルカディア独自の物語も沢山あるし、パクりは切っ掛けに過ぎない。

 いずれは、アルカディアの人々によるアルカディアの物語が演劇の主体となるだろう。

 それまではパクりと言われようと、すでに演劇として完成された地球の作品を使うべきだ。何事も、まずは慣れである。

 あーでもない、こーでもないと話し合う克己と小人さん。二人が口にする単語の半分も、周囲の者には理解が出来なかった。


 千早も、絡もうにも絡めず、あからさまに苦虫を噛み潰す。その不機嫌顔な千早の肩を、誰かがポンポンと優しく叩いた。

 そこには達観の笑みを湛えて、静かに首を振るロメールが立っている。


「ああなったチィヒーロは止まらないから。蜂蜜や国境の森の時に比べたら、まだマシかな」


 そう言われても千早には納得出来ない。


 僕の妹なのに。ヒーロのためなら、何だってしてあげるし、やってあげたいのに。


 誰よりも側にいて妹の事は何でも分かっているはずな自分より、ずっと千尋の近くにあるような克己。

 彼には小さい頃からたいそう可愛がってもらったが双子だが、コレはコレである。

 じっとりと藪睨みする千早の視界の中で、二人は喧々囂々言い争っていた。


「だからさぁっ、プリンセス・プ○ンプ○ンとかなら、アタシ全部覚えてるしーっ」


「パクりから離れろっつってんのっ! こっちの物語から抜粋しても良いだろうっ? ルチ将軍が宇宙に飛び出してくとか、アルカディアの人間には、訳ワカメだわっ! 機械やSFとか、こちらに馴染みのないモノのオンパレードじゃないかっ!」


「だって、アタシ、アレが好きなんだもんっ!」


「結局は、それかっ!」


 ぎゃーっとやり合う二人を尻目に、疲れた顔の千早とロメールを、ドルフェンやドラゴが気の毒そうに眺めていた。

 直接的に関わる二人にはお疲れ様としか言いようがない。


 散々話し合った結果、まずは紙芝居からとなり、その物語も、折衷案で地球の童話から持ってくる事になった。


「と..... とりあえず、赤ずきんと、豆の木で」


「オーケイ、あとは絵のサイズを決めて作画だな」


 ぜーぜーと肩で息をしつつ、台車の形や大きさ。台車を牽くのは顔馴染みの蜜蜂様方と、大体の話が決まる。

 決まれば、後は早い小人さん。


 キルファンでも復刻に近い紙芝居。これらは演劇よりも規制が緩く、完全に廃れたのは五十年前くらい話なので、それに関する資料が幾らか残っていた。

 職人達には紙芝居とかを覚えている年代も多い。

 先人の遺産とも言える紙芝居や人形劇の復活に、キルファンは色めきたち、多くの職人らが協力してくれ、即座に十台ほどの紙芝居枠の舞台をのせた台車が出来た。

昔懐かしいその姿。リアルタイム世代でない小人さんでも、何故かノスタルジックな気分になる。

 通常より大きめなソレは、観音開きの扉が開け閉め出来、好奇心旺盛な子供のワクワク感を煽るだろう。


「楽しみだねぇ♪」


 社交を発端にして始まった、小人さん印の紙芝居や人形劇。

 役者という職業に関心を持ち、集まった人々を中心に、広くフロンティア全土へ広まっていくのは、しばらく後の話。


 こうして新たな娯楽を開発しつつ、小人さんの学院生活が始まる。


 何をやってもただでは転ばない小人さん。彼女は今日も元気です♪

 

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