第51話 小人さんと新たな日常 むっつめ
「ですからっ、何故、貴女が特級ですのっ? 有り得ませんでしょうっ」
今日も元気なアリステアに噛みつかれる小人さん。
あれから一週間ほど、院内案内ツアーや、体験学習を経て、今日から本格的な授業が始まったのだが.......
何故か毎日、元気なアリステアに絡まれている小人さんである。
クラス振り分けの試験の翌日、転移ゲートを出てきた双子が見たものは、ゲート正面で仁王立ちするアリステア。
殿下方に、にこやかな挨拶をしつつ、アリステアは双子の前..... 正確には千尋の前に立つと、ふんぞり返って悪態をつく。
「本当に転移ゲートを使用しておられますのね。どれだけ厚顔なのかしら。国王夫妻や殿下方が御優しいからといって、それに甘えるのはどうかと思いましてよ?」
おおぅ、見事な正論。
ふふんっと鼻を鳴らす可愛らしい少女を見つめ、双子は顔を見合わせた。
どうかしら。上手く言えたわよね。いっぱい練習しましたもの。
得意気なアリステアの耳に双子の呟きが聞こえる。
「そうかもね。これって特別扱いだし。周りから見たら不愉快な人もいるよね」
「ヒーロはまだ良いよ。陛下が後見なんだし。僕なんて、完全にオマケだもの」
ふむふむと相談する双子を見ていたファティマ達が、カッと眼を剥き、慌てて小人さんらに寄ってきた。
「何を言っているの、ヒーロっ、貴女は、わたくしの妹なのよっ! 胸を張りなさいっ」
「そうだよ、チィヒーロ。そんな事を言ったら、父上や兄上が泣いてしまうよ?」
蜜蜂関係で、是が非でも小人さんを離したくないファティマ。それを省いても、自分を色眼鏡で見ない双子に、ファティマは酷く傾倒していた。
末の子供らである三人にとって、養子とはいえ目下の兄妹が出来た事を彼等は大歓迎している。
あああ、妹や弟って、こんなに可愛いものでしたのねっ!
甘やかされるばかりだった三人が、甘やかす側になれたのだから、それもしょうがないだろう。
双子を必死に説得しつつ、ミルティシアはキッとアリステアを睨み付ける。
「貴女っ! どなたか知りませんが、仮にも王族に向かって、何を世迷い言を仰るのっ?」
「わっ、わたくしは当たり前の事を.....」
何故、怒られているのだろう?
アリステアは、怒りを隠しもしない王女殿下に背筋を震わせた。
そして助けを求めるかのように、テオドールを見上げる。
まだ洗礼を受けたばかりで王宮に上がった事もないアリステアだが、テオドールの事は絵姿などで、その顔を知っていた。
優しく穏やかな王子との評判を持つ彼なら、きっと分かってくれる。そう考えたアリステアだったが、テオドールを見上げた瞬間、言葉を失い喉を凍らせた。
その場に立つ彼は、まるで汚物を見るかのように、忌々しげな眼差しでアリステアを見下ろしていたからだ。
眼窟奧に揺らめく不可思議な焔。
「わざわざ公言する必要もないかと思っていたけど。言わなきゃ理解出来ない愚か者がフロンティアにも居たのだね」
眼に、すうっと弧を描き、うっすらと笑顔をはくテオドール。その瞳は全く笑っていない。
ぞくりと膚を粟立たせ、アリステアはこの場から逃げ出したくなった。
当たり前の事を言っただけなのに、何故か殿下方の不興を買ったのだと幼いアリステアでも感じられる。
それほどに目の前の三人は怒り狂っていた。
そんな彼女の前にしゃがみ、敢えて視線を合わせてテオドールは低い声音で呟く。単調な声に含まれる脅しにも似た冷徹なトゲ。
「チィヒーロは我々の妹だよ。国王夫妻が認めた王族だ。君が何を言おうと、チィヒーロの持つ権利を侵す事は出来ない。良いね? 理解した?」
あまりの迫力に思わず頷きかかったアリステアだが、両親や周りの言葉を思い出して、本当ーっに、要らぬ勇気を振り絞る...... それが、さらなる窮地を生むとも知らずに。
「ですが、ジョルジェ伯爵は平民ではないですかっ、ならば、この娘も平民でしょう?」
そうだ、御父様達や、お兄様らも言っていた。成り上がりの慮外者だと。
自ら返上すべき身分を当たり前のように享受する厚顔無恥だと。
意味のない矜持を守るためアリステアが口にした言葉は、見事に薄氷を踏み抜いた。
パキンっと音が聞こえた気がして、周囲も見えぬ冷気に肩を震わす。
酷薄に眉をひそめ、テオドールは残念なモノを見るような憐憫を浮かべた。
「そう。そう思ってるんだね、君は。....名前を聞こうか?」
憧れの第二王子を目の前に、やや舞い上がっていたアリステアは、元気に自己紹介をする。
「アリステア・ラ・カルティーニャでございますっ、以後よしなにっ」
「カルティーニャ公爵か。覚えておくよ。ちなみに、ジョルジェ伯爵が慮外者とか言ったのは誰かな?」
「えと? 御父様とか..... 他の方らもよく言っておりますわ」
その言葉を聞いた周囲の学生らが騒然とした。何の騒ぎかと集まってきた生徒達で、いつの間にか小人さんらの周りには人垣が出来ている。
「そう。公爵らの周りもか。ありがとうね。良い事を聞けたよ」
ふくりと眼をすがめるテオドール。
なまじ整った美貌なだけに、その辛辣な鳶色の瞳に浮かぶ憤怒が、絶対零度の切れる殺気を周囲に撒き散らしていた。
その眼に見えぬ刃にズタズタにされ、声にならない絶叫が周りの生徒達から上がる。
何してくれてんだ、カルティーニャ公爵令嬢っ!!
見えない刃に削ぎ落とされまくり、人垣の生徒達は顎を落としたまま言葉もない。
あの幼い御令嬢は、カルティーニャ公爵家と、さらには、親しい付き合いのある周囲の貴族らが、ジョルジェ伯爵を見下し平民なのだと言っている。そう公言したのである。
事の重大さに気づいておらぬのは本人のみ。
周囲の生徒達は慌てて駆け出して、それぞれの家に連絡をした。
彼等とて、ジョルジェ伯爵家に思うところはある。しかし、それを表に出さぬ思慮分別くらいは持っていた。
なのに今回一件で、いらぬ火の粉をかぶりかねない状況が出来上がってしまったのだ。
早く知らせて、カルティーニャ公爵家と距離を取らねばっ!
泡を食う生徒らを余所に、アリステアは夢にまで見たテオドールを見つめ、脳内御花畑中。
睫毛も金髪で素敵。金髪は高貴な色ですもの、王太子様にも負けない、素敵な方だわ。
恋する乙女の結界は強固で、周囲の騒音を完全に遮断し、うっとりとした夢心地に彼女を浸らせた。
そしてその晩、魔道具による緊急通信で父親からこっぴどく叱られたアリステアは、翌日、小人さんに突撃したのである。
「貴女のせいよーっ!」
顔を真っ赤にして涙を浮かべる巻き毛の幼女。
ここからアリステアのつきまといが始まった、気の毒な小人さんだった。
「貴女のせいで、御父様に叱られたわっ!」
「そうなのね。ごめんなさいね」
「わたくし、テオドール様の婚約者になりたいのっ、貴女が邪魔なのよっ」
「あらぁ、大丈夫よ、わたくしは妹ですもの」
「......そう? そうかも。妹なのですものね」
「そうそう。妹と結婚なんて、有り得ないでしょ?」
「なら、わたくしを応援してくださる?」
「よろしくてよ。大した事は出来ないと思うけど」
「じゃあ、お友達になってさしあげるわ、光栄に思いなさいね」
「お友達は、なるモノではなく、なっているモノよ? 貴女がそうなれるように祈っているわ」
「........分からないわ。どういう事?」
「そのうち分かるわ。分かったら教えてね?」
まるで謎かけのようなジョルジェ伯爵令嬢の言葉に、アリステアは首を傾げる。
それが気になって仕方無く、さらには小人さんの成績やクラスがアリステアより上で、腹が立つわ、置いてきぼりにされたようだわで、毎日彼女は小人さんに噛みついていた。
「んっもーっ、わたくし負けませんわっ!」
癇癪を起こすアリステアを、千早が乾いた眼で見据える。
両足を揃えて跳びはねる姿は、まるで幼い子供のようでみっともない。
侮蔑の視線でアリステアを一瞥し、千早は千尋に小さく囁いた。
「毎日元気だよね、あの子。......黙らせようか?」
意味深な含みをもたせる兄の台詞に、悪寒が走る小人さん。
最近、なんか、にぃに殺気だってないかにょ?
謎な不機嫌さを隠さない千早に、にかっと笑い、小人さんはちょいちょいと指招きして、千早の耳に内緒話をする。
耳にかかる息がくすぐったくて、楽しげに肩を竦める千早。
「ダイジョブ。可愛い女の子の癇癪なんて御褒美じゃない。焼き餅妬いてるだけにょ。テオドールのお嫁さんになりたいみたい」
「殿下の?」
一瞬、眼を見開いてから千早はニヤ~っと悪い笑みを浮かべた。
小人さんに良く似た悪巧み顔。
「頑張ってくれると良いね。殿下にも、そろそろ婚約者が必要だろうし」
突然、気を良くした兄を不思議そうに見つめ、魔術のクラスに向かう小人さん。
後日、千早の企みを知り、小人さんが呆れた苦笑いをするのも御愛敬。
可愛く賑やかなアリステアを加えて、不穏をはらみつつも、毎日楽しい小人さんである。
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