第52話 小人さんと新たな日常 ななつめ
「魔法は理です。理論に基づき、正しい配合で絡め、複合魔法を発動する事も可能です。その基礎を学ぶため、ここではない別な場所へ移動します」
ふくふくとした太鼓腹を揺らし、魔術のヨーファース先生は、生徒らを連れて建物の外へと向かった。
通常は専門棟で行われる授業だが、特級のみはそれに特化した施設で行われる。
魔術に特化した施設。それすなわちダビデの塔である。
特級魔術クラスの生徒は、当然のように高い魔力を保持しているので、転移ゲートも使用出来、特例として、このクラスの授業のみは王宮の許可を得て、ダビデの塔で行われていた。
その道の専門家が集う場所に、今年新たに加わった生徒が感嘆の溜め息を漏らす。
「ここがダビデの塔..... ああ、貴族学院の生徒である事に感謝いたします」
胸に手を当てて、熱い憧憬の眼差しを塔に向ける先輩達。
魔術師を目指す者にとって、ここは最終目標だ。感慨深いモノがあるのだろう。
魔術特級クラスは殿下方を含めて七人で、引率する教師とともにダビデの塔の前に並んだ。
「ここは魔術の最高峰です。秘匿案件もございます。皆様、くれぐれもお忘れなきよう」
ふくふくとした恰幅の良い老人は、孫を見るように優しい眼で生徒達を見る。真っ白な髪と豊かにたくわえられた長い髭。
まるで某映画に出ていた魔法学園の学園長みたいな出で立ちで、小人さんは、あの真っ白な頭に三角帽子をのせたくて堪らない衝動にかられる。
如何にも魔法使いって感じの爺様だなぁ。ちこっと肥りすぎだけど。
生徒達と並ぶヨーファース先生は教師歴七十年というベテランだった。
塔の前で待機すること数分。中から扉が開き、塔の魔術師達が現れる。
開いた観音開きの扉に眼を見張り、小人さんと千早は、その横にある魔力ゲートを一瞥した。
あちらからは入らないのかな?
いつも小人さん達は魔力を流して溶けるあちらのゲートから入っている。
中へと進む生徒の最後尾を歩く双子が、チラリとゲートを見たのに気付き、ヨーファース先生は指を口に当てると、お茶目に眼を細めた。
ああ、なるほど。これも秘匿案件か。
双子は微かに頷き、他の生徒らと扉を潜る。
するとそこには多くの機材が並び、例の巨大な魔力回路がピシパシと音を立てて動いていた。
魔力回路初見の生徒は言葉もない。
「これは魔力の指向や配合を試せる回路です。そして、ある秘密もあります」
説明する魔術師が、クルリと指を閃かせると、そこの指に掌大の真っ赤なトカゲが顕現した。
わっと眼を見開く生徒達。
「これはサラマンダー。魔術師にとって、中々に有益なパートナーとなります。この回路に魔力を全力で注ぎ、試練を越えた者のみが精霊を手にすることが可能です」
魔術師の差し出す手に絡むサラマンダーを、生徒達は眼を輝かせて凝視する。
視線の集中放火に驚いたのか、サラマンダーは居心地悪げに、ぽぅっと焔を口から噴いた。
「火だっ!」
「そうです。サラマンダーは火の精霊。火の適正がないと顕現いたしません。ささ、モノは試しです。皆様もやってみますか?」
にっこり微笑む魔術師に群がり、五人が魔力回路に駆け寄っていく。
授業もそっちのけで、回路に魔力を注ぐ生徒達。
それを生温い眼差しで見つめながら、双子はヨーファース先生を見上げた。
訳知りな顔で微笑む先生。
「先生は御存知なんですね?」
双子がすでにダビデの塔に所属しており、精霊を持っている事を。
千尋の言葉に眼を細め、ヨーファース先生は、フサフサな髭を小さく揺らす。
「王弟殿下は、私の弟子なのだよ。貴殿方の事をくれぐれも宜しくと頼まれておるのだ」
ロメールの師匠っ?!
思わず背筋の伸びる二人に、さも面白そうな顔で肩を揺らすヨーファース先生。
「固くなることはないぞ。優秀な魔術師候補と聞いておる。好きに学びなさい」
ふぉっふぉっと愉快そうに笑うヨーファース先生の前で、何人かが渾身の魔力を回路に流し込んだが、誰もサラマンダーを顕現させる事は出来ない。
テオドールも試していたが、ふっと力を失い崩折れた。中には意識を朦朧とさせている者もいる。魔力切れだ。
「単純に魔力不足か、焔の適正がないか。残念です」
「限界まで魔力を使う事を知るのに良い試しです。己の魔力の上限を把握しておくのは大切な事ですからな」
世間話に花を咲かせる大人達を悔しげに見る生徒達。
そしてふと、ファティマが双子を振り返る。
「あなた達は試さないの?」
如何にも不思議そうに尋ねるファティマの声に反応して、他の生徒も小人さん達を見つめた。
「あっと.... わたくし達には、まだ早いのでは?」
「ええ、僕らには分不相応かと」
それを耳にした魔術師達が、盛大に肩を揺らしているが、双子は見ないふり。要らぬ波風はたてないに限る。
面倒事は全力で御免被るとばかりに、しれっと誤魔化すジョルジェ家の子を、少し離れた位置から観察している者がいた。
ドロリと濁り、まるで死人のように淀んだ瞳と、ヨダレを垂らさんばかりに薄く開いた唇。
今の彼を誰かが見たら、きっと悲鳴を上げた事だろう。それぐらい人間離れした、おぞましい顔である。
陰鬱に影を落とし一人佇む男性は、双子がそれと気づく前に姿を消していた。
「にゅ?」
「どうかした? ヒーロ」
さっきまで絡んでいた妙な視線。捉えどころのないそれは、確認する前に霧散する。
「いや、なんか誰かに見られていたような?」
「誰?」
小人さんの台詞に、千早の眼が、すうっと獰猛な光を帯びた。猛禽を思わせる鋭利な目差し。
ヒーロを見てた? いつ? 誰が? 全く気づかなかったぞ??
自分の眼を盗んで妹を見ていたという輩を、千早は探した。
五感を研ぎ澄まし、賜り物のカフの精度をMAXにして、件の人物とやらを探索する。
そこから聞こえる不気味な呟き。
『もうすぐだ...... 復活する。贄は金色の王......』
所々掠れ、完全には聞き取れないが、確認出来た単語だけでも不穏極まりない。
金色の王って、ヒーロの事じゃないか? 贄って?
間違いなく、悪意のこもったその呟きに、千早は目の前が真っ赤に染まる。
ふざけるなっ!
転移装置を使って移動したのだろう。上の階は魔術師らの私室だ。
このダビデの塔には千尋を害しようとする敵がいる。
憤怒の感情につられ、千早の周囲で凄まじい魔力が渦を巻く。
それを察知した小人さんは、千早の目の前で、パンっと両手を叩いた。
きょんと呆ける真っ黒な瞳。
「どしたん、にぃにっ? 凄い顔してるよ?」
「あ? .......ああ、ごめん」
我に返った千早は、それでも天井から視線を外せない。
お父ちゃんに...... いや、王弟殿下に相談だ。
ぎりっと奥歯を噛みしめて、千早はダビデの塔をあとにした。
豹変した千早を訝りつつも、小人さんは毎日のアレコレに忙殺されて、今回の事を失念する。
巡礼に合わせて、奈落の底が蓋を開けた。
双子を陥れるための陥穽が、満を持して動き出す。血で血を洗う凄絶な未来が、今幕を上げた。
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