第53話 小人さんと新たな日常 やっつめ


「なるほど?」


 千早から一連の話を聞き、ロメールは指を口許に当てる。


 ここは王宮執務室。小人さんが紙芝居のアレコレにかまけている隙に、千早は天窓からロメールの前に飛び込んできた。

 その頭上には蜜蜂の太郎君。最近はポンチョも卒業して、一端な貴族の私服を纏うようになったジョルジェ家の双子である。

 しかしその服は、小人さん主導による特殊繊維。ジョーカーの子供らが紡いだ強固な糸で織られ、防刃、防弾はプレートアーマー並みという逸品だ。さらには焔以外の魔法に、べらぼうに強い。

 絹と蜘蛛の糸を依り合わせたため、通常の絹とは違う強かな光沢を持つ千早の服は、王宮の貴族らから強烈な羨望をあつめた。


 結果、ジョルジェ家と懇意にしているロメールへ問い合わせが殺到するという事態になり、双子は王宮正面から入ってこなくなってしまったのである。

 今では天窓が出入口。事が事なだけに、ロメールも文句は言えず、仕方なしに苦言を呑み込んでいた。


 彼等の身を守るために作られた服だ。文句も言えないし、人目につかぬよう天窓を利用しているのも、大きく見れば、問い合わせに辟易したロメールのためでもあった。


 そんな千早はソファーに座ってロメールを見上げている。


「チィヒーロは...... たぶんだが、今回、敵が多い」


 ロメールは冷ややかな眼差しで口を開いた。

 纏う空気も静電気のようなピリピリ感を漂わせ、その静かな口調はまるで言葉を選んでいるかのように淀み、重い。


「前世は王族だったからね。養女であれ、国政に関わる権限もあったし、何より金色の王という肩書きが、彼女の行動全てに正当性を持たせていたんだよ」


 だが今は違う。


 領地も領民もない、凡庸な一貴族。しかも父親は料理人だ。

 平民から見れば雲の上の人でも、貴族から見れば底辺の成り上がりである。

 事実、そのような事を口にする貴族も多い。桜と結婚した事で爵位を上げたと誤解している馬鹿野郎様も掃いて捨てるほどいた。

 それは間違いなく反論の余地もないが、反論出来るなら、どちらかと言えばチィヒーロを育てた功績の方が大きい。

 愛娘を失い、屍のようになってしまったドラゴに寄り添った桜。二人を婚姻させるために与えられた爵位だ。ドラゴの慰めになるように。


 まあ、そんな話を一々公にも出来ないが。何よりドラゴが気にしていないので、敢えて黙殺されている。

 しかし、今はそれを論って双子が攻撃されていた。テオドールからも報告が届いている。


「本当に、渡る世間は馬鹿ばかりだ。君らには苦労をかけるな」


 小人さん本人は、全く気にしていないのが救いといえば救いだが...... 少しは気にしてよねっ!


 複雑な顔でロメールは天井を仰ぐ。


「以前にさ。私と婚約する事になった時、チィヒーロに気になる男性とか居ないか聞いたんだよ。一応ね」


 外見は幼女でも中身は妙齢の女性だ。年齢差とかを差し引いて、成熟した女性の意識があるならば、意中の男性がいる可能性もある。

 問い掛けたロメールに、小人さんはうっすらと笑みをはき、面倒臭そうに答えた。


「男女のそれねぇ。ぶっちゃけ、疲れるだけかな。テンプレな睦言にお仕着せな贈り物とか。正直、ぺらい感情の熱病としか思えないし。ちょっとした事で簡単に掌返しするもんだし、アタシの人生には要らないかな」


 幼女な外見に似つかわしくない辛辣な言葉。まるで唾棄するかのような小人さんの口調に、ロメールは眼を丸くした。

 地球という世界では三十過ぎていたのに独身だったと聞く。アルカディアであれば、有り得ない事態だ。こちらなら二十歳過ぎれば嫁き遅れだ。周りが放っておかない。何とかして良縁を取りつけようと必死になるだろう。

 あちらでも好い人はいなかったのかとロメールが聞くと、凄い眼で睨まれた。

 もう、五体投地して謝罪したくなるような、絶対零度の冴えた眼差し。

 凍りついた眼窟に色はなく、一気に下がった部屋の温度に、ロメールは背筋を震わせる。どうやら、小人さんの地雷を踏んでしまったらしい。


 以来、ロメールはそういった話を千尋にはしなくなった。


 自分自身の恋愛的なモノに、酷い拒絶反応を示す彼女は、過去に何かしらあったのかもしれないが、それを発掘する勇気はロメールにはなかった。


 とつとつと語るロメールに、千早は心底嬉しそうな顔をする。


「そっかぁ。ならヒーロはお嫁にいかないね。ずっと僕らと暮らすんだね」


 くふくふと笑う無邪気な笑顔。


 いや、それはどうなんだろう? この話を聞いて、出る言葉がそれなの? 嫁にもいかず居座る小姑って、本来なら不良債権でしょ? 君の婚姻にも関わると思うんだけど?

 あ~、でもドラゴも同じ顔して、同じ事を言いそうだ。桜も渋面をしつつ、抱き締めちゃうんだろうなぁ。


 ジョルジェ家の仲の良さは異常だ。前世の絡みもあり、双子の両親は溺愛を通り越して子供らに耽溺している。

 べったりまとわりつくようなモノではないが、その深さは底が見えない網のよう。

 絡め取って縛るのではなく、居心地の良い巣を作って誘い込むような用意周到なあざとさ。

 それとは知らずに入り込み、出る気もなくなるくらい、やんわりと囲い込まれる。

 目の前の千早は、それを見て育ってきたのだ。小人さんへの執着も半端ない。


 苦労するね、チィヒーロ。


 まあ、暑苦しい愛情を返し、返され、今のジョルジェ家がある。千尋自身も、かなり家族に執着している。ある意味、良い関係だ。


「テオドール殿下の話によれば、今回はカルティーニャ公爵家の失態らしい。あまりにうかつすぎだが、一応、王家からの抗議はしておいた。王宮には姉君がおられるしね。あちらも大事にはしたくあるまい」


 アリステアの姉であるミランダは、現在、王宮でお妃教育を受けている。ウィルフェとの結婚準備も順調に進んでいる中、一番、顔を青くした被害者は彼女だろう。

 公爵から連絡があったのか、彼女は即座に国王夫妻へ謁見を申し込み、妹のいたらなさを深く詫びていた。


 そして..... 問題なのは、ウィルフェである。


 表向きは変わらないが、明らかにミランダに対する心情が変わったようで、上手く隠してはいるが、その微かな温度差にロメールは気づいていた。


「政略結婚ですから。別に気持ちが無くても良いのでは?」


 それとなく窘めれば、そんな言葉が返ってくる。しれっと視線を泳がせ、そそくさと逃げていくウィルフェの後ろ姿に、溜め息を隠せないロメールだった。

 アレは公爵家に思うところがある態度だ。

 形ばかりの婚姻で公爵らを安心させて、その実、妻とはしない気なのだろう。


 上流階級では複数の妻を持てる。王族ならばなおさらだ。


 安易に婚約解消するのではなく、飼い殺しにしようという悪辣さ。

 力ない王妃と寵愛される側妃の図式は、あまり好ましくはないが、たぶんそうなる。

 本人らに選ばせたとしても、そちらを選ぶだろう。公爵は娘が王妃になる事を望むだろうし、ミランダ嬢も婚約解消はしたくないに違いない。


 王家にしては珍しく、フロンティアは一統なのだ。血脈の濃さではなく、初代国王の光彩を持つものに王位が譲られる。

 なので血筋に重きは置かれず、王族でも、けっこう自由に伴侶は選べた。

 そんな中、ウィルフェは特に恋愛的なモノがなく、純粋な政略でカルティーニャ公爵令嬢を選んだ。

 光彩を持つ者が他の家にいなくば、古い血族から伴侶を選ぶのが好ましい。古い家はどこかしらに王家の血が混ざっており、光彩を所持する子供が生まれやすいからである。

 ウィルフェは、そのセオリーを踏んだに過ぎず、ミランダ嬢の事は婚約者として良くも悪くも正しく接していた。


 それが裏目に出る。


気持ちの伴わない、事務的な婚約者に何かが起きれば、これはマイナス的な要因しか生み出さない。

 ウィルフェの子供に光彩を持つ者がいなくば、他の兄弟の子供、あるいは遠縁。

 とにかく光彩が王位を継ぐ条件なため、各貴族は王家の子供を嫁入り婿入りさせたがるし、妃として嫁いでも安穏とは出来ないのである。

 今回の事でミランダ嬢が子供を得られる可能性は無くなった。


 そしてロメールは、ふとチィヒーロの言葉を思い出す。


『ちょっとした事で簡単に掌返しするもんだし、アタシの人生には要らないかな』


 ああ、とばかりに彼は眉をひそめた。


 なるほどな。実例がすぐ側にある。


 今回の事をはぶいても、たぶん似たような過去が小人さんにあったのだろう。

 男性不信になるような何かが。


 責任重大だな。


 仮にも今の小人さんの婚約者は自分である。彼女の男性不信に拍車をかけぬよう、しっかりと婚約者を演じねば。

 小人さんに対する愛情ならば、売るほどにもちあわせているロメールだ。


 こうして暑苦しい愛情の支流が一つ増え、小人さんを乗せた筏を支える。

 小人さんの渡る人生という川は、波乱に満ちた危うい川だが、多くの人々に支えられて、幼女は鼻歌混じりに進んでいた。


 目指すは世界という名の大海原。


 すちゃらかな踊りを披露しつつ、美味しいや楽しいを溜め込んで、今日も小人さんは元気です♪

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