第49話 小人さんと新たな日常 よっつめ

「うはぁ.....」


「ん~.....」


「「「「........」」」」


 双子それぞれの前に並んだ試験結果。


 それを見下ろしながら、小人さんは歯茎を浮かし、千早は腕組みしつつ首を捻る。

 保護者達のうち、貴族学院卒業生は魂の抜けたような顔で微動だにしない。


 結果として、武術、歴史、語術、算術、作法は二人とも免除。


 さらに魔術、地理は、二人とも特クラス。ついで、嗜みの芸術のみが上級クラスと言う破格も極まれりな判断が下された。


 そして何故か社交が中級クラス。


 基本クラスは、上、中、下の三つと、その上に特クラスがある。

 上級までは嗜みの範囲。王侯貴族が修めるべきレベルで、侯爵あたりまでの必須科目だ。特級になると、ある意味帝王学など国を司る教育で、王族、あるいは上級官僚が必要とするレベルな教育だった。

 生徒の大半は中級まで修めれば卒業レベルに達する。


「これ、もう卒業で良いんじゃ?」


「いやしかし、御令嬢は社交に危うい部分がかなりあります。まだまだ学ぶべきかと」


「あ~。確かに。チヒロ様は世間に疎く、貴族として未熟でございます」


 投げやりなロメールに、ハロルドとドルフェンが力説する。


 いや、貴殿方、アタシ達が七歳だってこと忘れてないかなっ?


 苦虫を噛み潰しつつ、小人さんは試験結果の表を睨み付けた。

 社交が弱いというか、これはダンスだけで稼いだ点である。ぶっちゃけ、実技は全滅だったと言っても過言ではない。

 作法の延長かと思いきや、相手の身分の見分け方や、爵位によって変わる季節の言葉など、知識として知ってはいても、実践するとなると別物だった。

 滑らかに言葉を繋ぎ、誉める、窘める、窺うなど。明らかな境界がないのに、それでいて相手に的確な意図を伝えなくてはいけないという難解さ。

 さらに小人さんは身分は伯爵令嬢なれど、国王夫妻の後見があるため、その挨拶や言葉づかいも問題となる。

 伯爵令嬢としての身振りと王族としての身振り。それを使い分けなくてはならないシチュエーションも細かく分かれていて、非常に頭が痛い。


「でも、半分ぐらい免除になった訳だし、その分、苦手を頑張ろうよ、ヒーロ」


 千早の笑顔に救われる。


「そうだね。やるしかないかぁ」


 苦手は克服するために存在するのだ。逃げる事は何時でも出来るし、逃げても怒る人は小人さんの周りにいない。


 頑張るだけ頑張って、ダメなら諦めよ。


 生来、負けず嫌いな小人さん。


 ふんぬっと鼻息を鳴らす幼女を、周囲は温かく見守っていた。


「まあ、特級クラスなら殿下方もいるし、よく教わると良い。頼んでおくよ」


 ロメールが仕方無さげに薄く笑む。


「社交は普段から気をつけてみましょう。不肖わたくしも侯爵家の末席でございます。お教え出来る事も多いかと」


 ドルフェンも水を得た魚のように、キラキラとした眼差しで、身体を乗り出してきた。

 外出全てが実践ですっ、と非常に良い笑顔の彼が怖い。

 だがそこに、今まで沈黙していた桜が話を振る。


「言葉か。二人ともキルファンの古文を学んでみるかい?」


「古文?」


 揃って首を傾げる双子を見つめつつ、桜は紅をひいた薄い唇に弧を描いた。


「そう。情景と意味を知るのが言葉を選んで伝える早道さ。アタシは、そう習ったからね。今まではフロンティアのやり方でやらせてきたけど、今度はキルファンのやり方で学んでみないかい?」


桜の言葉に男性陣はしばし考える。


 彼女の言葉は確かに一種独特だ。しかし、国王と話していても違和感のない優美で流暢な語感をしていた。

 悪くはないかもしれない。生まれた時から共にあり、聞き慣れた口調である。二人にも理解しやすいだろう。


「良いね。では家では桜から言葉を学び、外ではドルフェンに教わりつつ実践してみようか。社交なんて要は慣れだしね」


 吹っ切れたような明るい顔で、ロメールは双子の頭を撫でた。

 周りも口々に子供らを誉め、今までの努力を労ってくれる。

 二歳で記憶が覚醒し、神々からの神託を受けて小人さんはがむしゃらに走ってきた。

 一人では辛く行き詰まる事もあったかもしれない。しかし、小人さんの隣には共に励んでくれる兄がいて、周囲には見守って手助けしてくれる人々が沢山いた。


 ほんと、アタシって恵まれてるよねぇ。


 面映ゆそうに顔を綻ばせる小人さんの、たゆまぬ努力が報われた瞬間である。


 だが、その頃、別の場所で善からぬ企みを考えている者もいた。




「なぜ、わたくしが中級クラスですのっ?!」


 アリステアは渡された試験結果に憤りを隠せない。

 ほぼ全ての教科が中級。魔術、武術、算術にいたっては下級である。

 カルティーニャ公爵家の令嬢としては及第点。これから学んで上を目指せば良いだけなのだが、上の姉が入学直後の試験で、ほぼ全て上級だった事もあり、彼女はこの現実を受け入れられない。


「御姉様に負けたら..... わたくしだって、妃になりたいのに」


 アリステアの姉であるミランダは十六歳。中に二人の兄を挟み、末娘であるアリステアと九つの差がある。

 その姉は皇太子の婚約者で、昨年貴族学院を卒業し、今は王宮に居を移してお妃教育を受けていた。

 二年後に挙式の予定なミランダは、貴族学院卒業時には、武術を抜いた全ての教科が特級である。

 ギリっと爪を噛み、アリステアの顔が屈辱に染まった。


「負けたくないのに...... わたくしだって、テオドール様の婚約者になるチャンスはあるはずだわ」


 現在、テオドール王子は十三歳。年回り的には悪くない組み合わせだった。

 実際、二年ほど前にはアリステアにも婚約者候補の打診が来ていたのだ。

 第二王子と年回りの合う上級貴族の御令嬢はアリステアを含めて三人。そのうち、一番有力だったのは身分的にもアリステアだ。

 だがその時は、当の本人であるテオドールが難色を示したという。

 まだそういった事は考えられないと。これからを見てから決めたいと。

 彼は身分的に、他国からの姫も娶れるし、逆に他国へ婿入りも出来る。

 政治的にも貴重な人材であるし、フロンティアには婚約の決まった王太子がいるのだ。慌てる必要もないだろうと、その時の打診は白紙に戻された。


 未だに婚約者のいない王子。


 これに目の色を変える貴族は多い。上級貴族に限らず、テオドール自身が気に入れば、伯爵クラスの貴族らでも可能性は低くない。

 あわよくばと考える御令嬢が、掃いて捨てるほど貴族学院に在籍する。


 わたくしが有象無象と肩を並べなくてはならないなんてっ!


 アリステアが一番警戒し、一番蔑んでいるのはジョルジェ伯爵令嬢だった。

 成り上がりの平民を父に持ち、貴族にはあり得ない漆黒の髪の娘。


 あんな小汚い娘が貴族を名乗るだけでも不愉快なのに、殿下方と懇意になったあげく転移ゲートまで許されるとは。烏滸がましいにも程があるんじゃなくて?


 アリステアの父も転移ゲートの使用を国王陛下にそれとなく打診したが、アレは王族にしか使用を許可出来ないと、すげなく断られたらしい。

 ジョルジェ伯爵令嬢は、国王夫妻を仮親とする準王族なのだ。だからゲートの使用が許可された。

初めて知ったその事実にも、アリステアは怒り心頭である。

 成り上がりの平民が、身分的にはアリステアの上にいるのだ。これが憤らずにいられようか。


 彼女の脳裏に歓談会の光景が浮かぶ。


 王族のみの特別席へ、当たり前のように招かれた双子。


 許せないわ。今に思い知らせてやるんだからっ!


 こうして、小人さんの知らぬところで、勝手にテオドールをめぐる婚約争奪戦の火蓋が切られていた。

 似たような事を考える御令嬢は他にもいて、逆に千早をめぐる御令嬢らの嫉妬の焔も小人さんに集中している。恋路のお邪魔虫として。


 理不尽極まりないアレコレに忙殺される不条理な未来を、今の小人さんは知らない。

 

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