第48話 小人さんの新たな日常 みっつめ


「ようこそ、フロンティア貴族学院へ。わたくしは三年間あなた方の担任を務めるヒューベルトです。隣の方は副担任のジェシカ先生。より良い人生の糧となるよう、御互いに頑張りましょうね」


 歓談会も終わり、新入生は教室へ移動すると、これからの説明を受けた。

 広く取られた室内に五列の長い机。段差のついたソレは、地球の大学にあるような教室である。

 双子は一番後ろの席に並んで座り、全員が着席したのを確認して、先生が教壇に上がった。

 担任のヒューベルト先生は男性。薄い緑の髪に灰色の瞳。まだ三十半ばほどか。元気な大型犬のような人である。

 副担任のジェシカ先生は女性。柔らかな茶色い髪で、おっとりとした老齢な人だ。

 異性には相談しづらい事もままあるだろうと、担任には必ず男女一ペアがつくと決められているらしい。


「基本はこのメンバーで勉強を致します。明日の学力試験で振り分けが決まり、それぞれの実力に合ったクラスで学びます」


 落ち着きもなくざわめく生徒達。まあ、七歳なれば、こんなものか。


 先生方は暖かい眼差しで、幼い子供達を見つめた。


 説明を聞けば、基本的なHRや団体としての行動は、このメンバーで行うが、勉強や修練は年齢に関係なく同レベルを集めて行うのだと言う。


「出来る者に復習をさせるため学院があるのではありません。やれる者は、どんどん先へ進むべきです。勿論たまに振り返るのも良いでしょう。しかし、切磋琢磨してこそ能力は伸びます。明日の学力、実技試験に全力をそそいで下さい」


 なるほど、中々に合理的だ。フロンティアは代々名君に恵まれてきたようである。


 ふむふむと頷いている双子の前で、一人の女生徒が挙手をした。

 先生が発言を許すと、その生徒は立ち上がり、豪奢な巻き毛を肩に払う。


「アリステア・ラ・カルティーニャです。質問がございます。身分に応じた敬意は払われるのでしょうか?」


 彼女の言葉に、一瞬ざわりと教室の空気が動いた。赤茶色っぽい髪のアリステアは、ふふんっと鼻を鳴らし、周りを見渡す。


「払われません。それは暗に、身分を鑑み実力よりも高く評価しろとの示唆でしょうか? ソレをやると、辛い学生生活になりますよ?」


 ヒューベルト先生は、にかっと笑って、バッサリ一刀両断。アリステアの顔は驚愕の面持ちから、みるみる真っ赤に染まっていった。

 そんな幼女を一瞥し、ヒューベルト先生は分かりやすいよう説明する。


「良いですか? 実力に合わせて分けるという事は、もし、実力に見合わない者が混じった場合、悪目立ちしてしまうのです。他の生徒に出来る事が、その者には出来ない。結果、その人物はクラス降格となり、同じクラスの者に迷惑をかけるだけで終わります。正直、恥を晒すだけですね」


 明らかに劣る者に高い評価をつければ、教師としての資質も疑われてしまうし、どちらにも益はない。


「このさいです。はっきり言っておきます。以前には、そうした不正の罷り通った時代がありました。何百年も前の話です。しかし、今は違います。平民からも奨学生を迎えるくらいに完全な実力主義です。宜しいか? 今後、そのような化石化した話は持ち出さないように」


 辛辣に眼をすがめ、ヒューベルト先生はアリステアを黙らせた。

 真っ赤な顔のまま俯き、彼女も黙って席に着く。


「ここで私達が何故に姓を名乗らないか。意味がないからですよ。学業において、家名など紙切れ同然。家名で中身が磨かれますか? 高度な教育を受けられる環境ではあるでしょう。しかし、本人の資質が伴わなければ、そんなモノに意味はないのです。同じ環境にあれば、モノをいうのは本人の資質と努力です。学院とは、そういうモノ。身分の意味を履き違えますな」


 思わず口笛を吹きそうになり、小人さんは慌ててお口にチャックした。

 基本概念もさることながら、教師陣への教育も行き届いている。


 悪くない。


 口許をもにょらせつつ、小人さんは胸の高鳴りを止められない。楽しい学院生活になりそうである。

 他にも幾つかの質疑応答が交わされ、後は帰宅するもよし、見学するもよしの自由行動となり、双子はいそいそと教室を抜け出した。


「良いね良いね、楽しそうな学校だにょ」


「僕らはどうしようか? 殿下方の時間に合わせるべきだし、......あと一時間くらいかな。見学してまわろうか?」


 すると、相談する双子の後ろから誰かが声をかける。


「あのっ、新入生だよね? 俺はタクトって言うんだ。君らは?」


 濃い灰色の髪に茶色の瞳。やや癖のある短髪な少年は、にかっと笑って二人に挨拶をする。


「僕は千早。こっちは妹の千尋。三年間宜しくね」


「チッハーヤ? チィヒーロ?」


 辿々しく間延びされる双子の名前。久々のソレに双子は苦笑い。


「キルファン語なの。ハーヤでもヒーロでも呼びやすいように呼んで」


 にっこり笑う幼女に、タクトはホッと顔を緩め、大きく頷いた。


「なんか、皆すごくてさ。貴族様ばかりだろう? 俺、場違い過ぎて怖くて、君らはどこの学習院から来たの? 初等部から貴族学院に推薦されるのは滅多にないって聞いてたから、君らがいてくれて安心したよ」


 あっ、と二人は顔を見合わせた。


 どうやらタクトは勘違いしているらしい。彼との会話の端々に平民気質が滲み出している。


「ごめん、僕らも一応、貴族なんだ」


「えっ? だって、黒に焦げ茶な髪で..... あわわっ、とんだ失礼をっ!」


 身分が高いほど髪や瞳の色は薄くなり、平民などは殆どが黒に近い色だ。タクトが双子を見て勘違いするのも仕方がない。

 一瞬仰け反り、小さく畏まる彼を見て、双子は、にかっと快活に笑う。


「気にしないで。お父ちゃんは王宮の料理人なんだ。元は平民でね。料理の腕でのしあがって身分を頂いただけなんだよ」


「そうそう。料理長やっててね。ドラゴって言うの。熊みたいに大きな人よ」


「ドラゴ.....? ジョルジェ伯爵か? え? あっ、じゃあ、君が小人さんっ?」


 上流階級よりも市井で有名な小人さん。


「うっわっ、すげぇっ! 俺、休みに帰ったら、皆に自慢しようっ! 小人さんとクラスメイトになったってっ!!」


 その言葉の示す意味を訝り、小人さんは首を傾げる。


「小人さんって、昔にいた人でしょ? なんでアタシが小人さんなの?」


 かつてファティマであった頃の愛称だ。大きくなった彼女が、そう呼ばれなくなった事は理解出来るが、その愛称が何故か自分にスライドしているらしいと気付いて、千尋は可愛らしく頬に手を当てた。


「えーと? 俺もよくは知らないんだけど。魂? 心? とか? なんか、その中身が大事なんだって。で、今の小人さんは、ジョルジェ伯爵の娘だって言われてるぜ?」


 漠然とした説明だが、その内容は理解出来る。つまり市井の人々は、ファティマではなく黒髪の千尋を小人さんだと認識していると言う事だ。


 双子は思わず顔を見合わせる。


『これって、アタシの素性がバレてるの?』


『わからないけど、真相までは気づかれていない感じかな?』


 眼は口ほどにモノを言う。


 アイコンタクトを越えた意思の疎通をはかり、二人は後でロメールに相談しようと頷き合った。


「まあ、よく分からないけど、ヒーロは普通の女の子だから...... のはずだから」


 何故に言いなおすか、にぃによ。


 地味に口ごもる兄に生温い笑みを浮かべ、タクトに明日から宜しくねと会話を切り上げて、二人は道を聞きながら武術場へ向かう。

 テオドールがそこに居ると聞いていたからだ。ファティマとミルティシアも、今日の授業は午前中のみで、後で武術場に集まろうと約束している。

 幾つもの建物を経由し、二人は開けた場所に眼を見張った。

 騎士団の演習場にも負けぬ広さに、青いラインが引かれ、それぞれの区画で大勢が鍛練に励んでいる。

 学院の生徒は留学生を合わせて三百人近く。その中でも専門を選ぶ上級生以外は、全てが基本として武術を学ぶのだ。

 中級生の女生徒の中には、すでに輿入れが決まっている者もいて、卒業後、すぐ嫁入りする者らは免除されているらしい。

 騎士団で見習いをしている双子には見慣れた風景だが、普通の新入生達は初めて見る実戦形式の立ち合いに興奮気味だ。


「格好いいっ、私は剣を学びますっ」


「僕は槍が得意なのです。手合わせしたいですね」


 瞳をキラキラさせて食い入るように見つめる子供達。

 その熱い眼差しに照れたかのように、上級生らの動きが鈍くなる。

 些細なぎこちなさだが、担当らしい男性が、檄を飛ばした。


「未来の後輩らだぞっ! 落胆させる不甲斐ない姿は見せるなよっ!」


 半分からかうようにニヤニヤ笑い、大きな木剣を肩にする男性は、新入生達にウインクする。

 上級生らも気合いが入ったのか、先程よりも動きのキレが上がった。

 その姿に眼を奪われつつ、双子は手足がウズウズしてくる。


 そうじゃない、槍の捌き方は、そうじゃないんだぁぁぁっ


 無意識に動く双子の指を眼にして、檄を飛ばした男性が近寄ってきた。


「興味があるのかい? 見たところ素人ではないようだ。試合ってみるか?」


 双子は、ぱあっと顔を煌めかせ、にっと口角を上げる男性を見つめる。


「得意な得物は何だ? 俺が相手になろう。遠慮なく打ち込んで来いっ!」


「「はいっ!」」


 男性の名はアンドリウス。現役の辺境伯騎士だった。

 その彼が、双子に土をつけられるなどと誰が想像しただろう。

 この日の選択を、彼は一生忘れなかった。良い意味で。


「参った.....」


 両手を軽くあげて降参するアンドリウスの首には千尋の木剣。背後の腰には千早の木槍。

 二人のコンビネーションによる怒濤の攻撃で、あっという間に勝敗が決した。

 小柄な双子の動きは激しく、流れるように流麗な体術に翻弄され、アンドリウスはまともに剣を交える事もなく、彼の大剣が千早の槍に弾かれた。

 その隙をついて、千尋の剣がアンドリウスの手から大剣を叩き落とす。


 いったい何が起きた?


 降参しながら、アンドリウスは固唾を呑み、冷や汗を垂らした。

 眼にも止まらぬ素早さ、わざと交差する事による的の分散。一人に集中させぬ突きや抜き。しかも、その多くは騎士団の型である。


「「ありがとうございましたっ!」」


 軽く足を開いて、両手を後ろで組み、双子はザンっと背筋を伸ばして立つと、恭しく頭を下げた。


 ピタリと合った一連の動作。


 それも騎士団の作法である。一般に普及しているモノではない。


「君達は、武術を何処で習ったのかな?」

 聞かなくても分かるが、どうしても尋ねずにはおれない。確認したい。

 憮然とするアンドリウスに、二人は屈託ない笑顔で衒いなく答えた。


「「王宮騎士団です」」


 絶句する周囲を余所に、今日の話はフロンティアを席巻し、各騎士団の門を叩く者が続出したのは御愛敬。


 後日、武術クラスから、双子に授業免除の手紙が届いたのは余談である。

 むしろ、他の生徒が自信喪失するから来てくれるなと懇願に近い内容で、ロメールやハロルドは苦笑した。


 初日から嵐を巻き起こし、今日も小人さんズは元気です♪

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