第71話 異国の王子と小人さん やっつめ
「あれかぁ。うーん、煤けてるね」
翌朝出発した小人さん達は、陽が沈む前に主の森へ辿り着いた。
レギオンの森同様、疎らな斑模様な森。地面が剥き出しで薄い緑が痛々しい。
ぶーんと森の上空を一周して、小人さんは森の中心にあなるだろう場所に砂漠が出来ているのに気づいた。
魔力枯渇の影響かな?
だが降りるにも適した場所だ。小人さんは蜜蜂らに指示をして、その砂漠に馬車を降ろさせた。
閑散とする砂漠。生き物らしきもおらず、ただただ照り返す太陽の陽射しが砂に灼きついている。
魔物らは緑の中かな?
てけてけと走り出して、ざりっと小人さんが砂漠に足を踏み出した途端、砂の中から多くの魔物が姿を現した。
「うぇっ?!」
瞬間、頭の麦太君が守護を張る。気づいたドルフェンら騎士達や千早が慌てて駆けつけてきた。
またっ! 何故に気づくと離れておられるのだっ!!
十年前のヤーマンしかり、西の森しかり。ほんの一瞬眼を離しただけで人間ネズミ花火な小人さんは、どこかに消える。
いや、これは自分の失態だ。彼女がそういう生き物なのだという事は、十分知っているではないか。
小人さんの周りには巨大な蠍。掌サイズから大人サイズまで。
カタカタと頤を鳴らしながら、シュウシュウ変な音をたてていた。
駆け抜けるドルフェンの後ろから飛び抜けていく蜜蜂達。
真一文字に蠍へ向かい突進していく。
だが、蠍らは多くの脚をワシワシ動かして砂煙を巻き上げた。
大量の砂に視界と羽ばたきを阻まれ、少し上空で立ち往生する蜜蜂達。
もうっと辺りを隠す膨大な砂に眼をすがめ、ドルフェンは大体の当たりをつけて小人さんへ飛び付く。
「チヒロ様っ!!」
「ドルフェンっ!」
「ヒーロっ!」
麦太君の守護は、小人さんの身内を通過させる。身内認定されている二人は、そのまま小人さんに抱きついた。
周りは一面、真っ白な砂。
「どうしよう?」
「とりえず、このまま馬車へ向かいましょう」
ドルフェンが小人さんを抱えて来た方向に戻ろうとしたその時。
足元の砂がガコっと崩れ、漏斗状に吸い込まれていく。
「なっ?!」
既に膝まで埋まってしまったドルフェンと千早。
渾身の力で小人さんを空に投げ飛ばし、ドルフェンは千早も抱えて投げようとしたが、小さな千早は既に肩まで砂に埋もれており、崩れる足元の砂で踏ん張りのきかないドルフェンでは引き出せない。
「くそぉっ! チハヤ様、私を登れませんかっ?」
「砂がっ! どんどん中に.....っ! 怖いよぅっ、ドルフェンっ!!」
恐怖に泣き叫ぶ千早を抱き締めて、ドルフェンは肩かけのマントでその頭を包んだ。
「私がおりますっ!」
千早の頭を抱き締めたまま、二人は砂に呑み込まれていく。
「にぃーにっ! ドルフェーンっ!!」
空に投げ出された小人さんをポチ子さんが掴み、砂に沈んでいく二人の姿に絶叫した。
半狂乱で暴れる小人さんを馬車のあたりまで運び、ポチ子さんはザックに渡す。
「ザック、ザック、にぃーにとドルフェンがっ!!」
限界まで眼を見開き絶叫する小人さん。
それを嘲笑うかのように砂漠は静かになり、ただ沈黙が辺りを満たしていた。
『王を招いたつもりだったんだけどねぇ』
目の前に落ちてきた二人を見て、うっそりと笑う大きな蠍と蟻地獄。
小人さんらの馬車よりも大きなソレは、千早を見て、微かに眼をしばたたかせる。
『これは、また.....』
絶句したかのような二匹。
その二匹の背後には、黒紫の魔結晶が一面に煌めいていた。
「いっくよーっ!!」
小人さんは炯眼な眼差しで両手を大地に着き、全力で金色の魔力を走らせる。
縦横無尽に地面を穿つ魔力は一気に森を作り、小人さんが手を放したと同時に、ざんっと枯れ果てた。
途端にボコボコと沈んで行く大地。
多くの植物の根っこが硬い岩盤まで砕き、安定を失った地盤が沈下した。
「後は頼んだよっ!」
小人さんが叫ぶと、多くの蜜蜂や蛙達が地面を飛び回り、それらしい部分を探す。
土魔法でザラザラと瓦礫を撤去する蛙。風魔法で砂を吹き飛ばす蜜蜂。
ジリジリと見守る小人さんの前で、複数の蛙が跳び跳ねた。
「あった?!」
勇んで駆け寄る小人さんの視界には、斜め下に穿たれた大きな洞穴。
直径五メートルほどのソレは、どこかで見たことあるような?
「ええぃっ、女は度胸ーっ!」
無意識に怖じける己を奮い起たせ、小人さんは魔物らと共に洞穴へ突進していった。
「「「「「御待ちくださいーっっ!」」」」」
慌てて後を追うフロンティア騎士団。
それをザック達は心配げな眼差しで見送り、残った騎士らに拠点の準備をまかせ、自分達は料理に取り掛かる。
いきなりの展開に、なにがなにやら分からぬドナウティル陣。
「どうなったのだ? 放っておいても良いのか?」
狼狽えるマサハド王子を一瞥し、ザックは言葉少なに答えた。
「俺らは..... 足手まとい」
「だな。本職の騎士団がいるんだ。護衛は任せて、適材適所。俺達にやれる事をやるさ」
だが必要であれば、アドリス達にだって突っ込む気概はある。今ではないが。
数人残った騎士達もウンウンと頷きながら、天幕を張っていた。
特に打ち合わせをしたわけでもないのに、ピタリと揃う行動。
彼らにとっては、これが日常なのだろう。
複雑に眉を寄せたマサハド王子は、ふとマーロウがいない事に気付き、ばっと穿たれた洞穴へ顔を向けた。
「まさか.....っ? あの馬鹿者がっ!!」
思わず駆け出したマサハド王子を不思議そうに見つめ、件の洞穴に入ろうとしているのに気づいて、ドナウティル人の部下らが止める。
「御待ちください、殿下っ?!」
「何をなさるおつもりかっ?」
マサハドを羽交い締めにして、全力で押し止める臣下達。
「離せっ! マーロウがっ!」
それを耳にして、残された者達は初めて弟王子の姿がない事に気がついた。
「なりませぬっ! あなた様に万一があれば、弟君の命もないのですよっ?!」
「御辛抱くださいっ! フロンティア騎士団と一緒なはず、きっと無事であられますっ!」
ギリギリと奥歯を噛み締め、マサハドは忌々しげな眼で件の洞穴を睨みつけていた。
「あああああっっ、そう言う事かぁぁぁっっ!!」
斜め下に下る洞穴を進んでいた時の既視感。
最奥へ辿り着いた小人さんの目の前には、一面の白骨や死骸がひしめいていた。
頭に引っ掛かった訳だよーっ、バストゥークん時と同じじゃーんっ!!
辺境の村や街が襲われていると言う理由も、たぶん同じなのだろう。
近くに、このような魔獣の墓場があるのだ。
以前、小人さんが魔物の屍を前に進めなくなっていたのを知る騎士団は、そっと彼女を抱き上げて前に進んだ。
「ユーリス?」
「眼を閉じておいでなさい。私が運びます」
仏頂面で呟く弓騎士に、小人さんは小さく頷いた。
そうして進むと、前回同様開けた洞穴があり一面に黒紫の魔結晶。
相変わらずの美しさだが、そのやや禍々しい魔力が、何故か活発に動いている。
その行く先を辿った小人さんの前に、ドルフェンを組敷く千早が見えた。
「にぃーにっ!」
ぴょんっとユーリスから飛び降りて、駆け寄った千尋だが、あと数歩の辺りでピタリと止まる。
忘れもしない、この重く歪んだ冷たい魔力。
「あんた.....っ」
千早に組敷かれたドルフェンは黒紫の魔力によって、がんじがらめに縛られていた。
「お逃げくださいっ、チヒロ様っ!」
みちみちと音をたてて食い込む魔力の縄に抗いながら、ドルフェンは必死の形相で小人さんを見る。
それに倣うよう顔を上げた千早に、小人さんは大きく固唾を呑んだ。
うっそりと嗤う無機質な顔。その瞳には相変わらず温度がなく、微かに上がる口角にも暖かさはない。
「チィーヒロ? ああ、妹だったか。えーと? 妹は愛でる? 愛でるって何?」
まるで何かを反芻するかのようにブツブツと呟く千早。
あまりの様変りに、小人さんも騎士団も絶句する。
前回は確か金色の魔力で撃退出来た。ならば、今回も。
無意識に両手に魔力を溜める小人さんのソレを、間髪入れずに千早の手が掴む。
ニタリとほくそ笑み、渾身の力で小人さんの細い手首を捻り上げた。
「ぅあっ! 痛っ.....ぅっ!!」
「「「「チィーヒロ様っ?!」」」」
小人さんがか細い悲鳴を上げ、騎士団の面々が狼狽する。
そのまま小さな体を後ろから抱き込むと、千早は小人さんの身体を盾にして、今にも飛び掛からんばかりな魔物達を牽制した。
「動くなよ? こんな細い首、捩切るなんて簡単なんだからな」
千早は獰猛に眼をすがめて、小人さんの細い顎を掴む。
「にぃーに.....」
「あ? ああ、えーと? 妹なんだよな。酷いことはしたくない。じっとしてな? うん? 酷いこと? なんだっけ?」
またもやブツブツと何かを呟く千早。
地面をのたうちながら、必死に這いずってこようとするドルフェン。
この二人にばかり注目が集まっていて、フロンティアの面々は、黒光りする二匹の魔物に気づいていなかった。
『主(あるじ)よ。金色の王を害されちゃ困るんだけど?』
『さなり。我らには、まだ金色の王が必要である』
突然の声かけに驚き、小人さんは黒紫の魔結晶が保護色となって見えていなかった魔物らを見上げた。
「あんたら..... 森の主?」
『さなり、さなり。御初に御目もじいたす』
じっとりと見据える二対の眼。黒々とした体躯の巨大な蠍と蟻地獄。
「にぃーにとドルフェンを拐ったのは、あんたらかっ?」
しばし顔を見合わせて、二匹はカチカチと頤を鳴らす。
『王を招こうとした。これらが来るとは予想外だった』
『俺ら、ここから出らんねーからさ? しゃーないじゃん?』
「王? この世界の主は私だろう? 王とはなんだ?」
首を傾げる千早。
ガチカオス。助けて、ロメールぅぅぅっっ!!
訳が分からないまま、唖然とするフロンティア騎士団。
深刻なはずなのに、何故か暢気な雰囲気の漂う最奥で、人々の隙間をチョロ介する何かに、小人さんすら気づかない。
一触即発の空気を孕んだまま、事態は思わぬ方向へ進んで行く。
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