第88話 終わりの始まり ななつめ

《地球はあいかわらずだな》


《唯一、飼い慣らされなかった世界ですしね》


《羨ましい》


 神々がひっそりとたむろう。


 多くの世界は精霊達に飼い慣らされた。

 精霊達と共にあり、ゆるゆると幸せに時が流れていく。


 .....神々を忘れて。


 悪くはない。人間達は闇の隣人らと仲良く暮らしていた。

 魔法や魔力をつかい、穏やかな日々が続いている。


 .....永遠に。


《なぜ、こうなってしまったのか》


《人は変化を嫌う生き物だ。惰性で生きていけるのなら、そちらに流れてしまうだろう》


《神は越えられない試練は与えないのに。.....試そうとすらしてはくれない》


《.....満たされきっているからな。動きもすまいよ》


 全ては精霊達がやってくれる。仕事も、子供の世話も、着替えや食事の介助すら。

 人間達は、そこに居るだけで良い。

 好きな事をやって、楽しんで暮らしていれば、精霊達は喜んでくれるのだ。

 怠惰で無気力な人間達を、神々は切なげに見下ろしている。


 詩を作り諳じたり、踊り、歌い、日々安穏と暮らす人々。

 楽器に興じたり、絵を描いたり、読書や刺繍に耽ったり。御貴族様もかくやな生活を送る飼い慣らされた人類。


 永く育ててきた我が子の成れの果てに、神々は嘆き苦しんでいた。


 これに心を痛め、高次の者らが動き出す。

 

 人間を絡めとり誘惑する精霊達を闇に屠るために。


 そんな中、唯一精霊に飼い慣らされず、全力で抗った世界が地球である。

 抗うどころが、逆に精霊達を飼い慣らし、真に善き隣人とした。


 理由は分からない。だが、地球の精霊達は独自に進化し、深淵に蠢くアレからの干渉を自ら断ち切った。

 そして真実、人間達に寄り添ったのだ。


 高次の者らは考える。


 地球という稀有な前列があるのだ。他の世界と何が違ったのか。

 地球の彼等が精霊を御し得た理由は何なのか。

 

 そして思いいたる。


 地球には魔法の理がない。


 試してみよう。


 こうして生まれたのが、少年神とヘイズレープだった。


 魔力を全く持たぬ世界。溢れるほどの緑を与え、数多の生き物を生み出させ、どの世界にも負けない科学の発展した世界となったヘイズレープ。

 魔力だけは生まれなかったが、それを補ってあまりある技術があった。

 魔力がなくば、精霊達にたぶらかされないだろう。ヘイズレープの人々には、精霊が見えも聞こえもしないはずだ。


 そう考えた高次の者達。


 しかし、ヘイズレープの人々に見えず聞こえずとも、森羅万象に宿る精霊達が居ないわけではない。

 いくら関わろうとしても無視され、いない者とされたヘイズレープの精霊らは、静かに病んでゆき壊れた。


 可愛さあまって憎さ百倍。


 見ないなら、見えるようにしてやろう。

 しとどの涙にくれた精霊達は、深淵から手を伸ばして、ヘイズレープへ悪戯を始めた。


 致命傷になるまで、執拗に、ねっとりと。


 寂しさと哀しさが限界に達した精霊達によって、ヘイズレープのいたる所で事故や不具合が巻き起こる。

 立て続けに起こる森林火災、竜巻や干ばつ、水害や冷害 etc.。自然災害のフルコース。

 果ては核心技術部分を弄り、メルトダウンやミサイル誤射など、人間らは息つく暇もなく起こる不自然な事故に疑心暗鬼となった。


 誰かが自分達を陥れようとしていると。


 精霊の悪戯とは思いもしない。見たこともないのだから当たり前だ。

 狂喜を醸しニタリとほくそ笑んで、ケラケラ笑う精霊達に気づきもせず、御互いが御互いを疑って、世界大戦の引き金となったのだ。


 関われば甘やかされ惑わされ、関わらずば破滅と怒りを買う。


 どうしたものか。


 爆炎に包まれたヘイズレープを眺めながら、高次の者らは頭を悩ませた。

 そして、ふと気づいた。少年神の絶望に打ちひしがれる姿に。


 そうか、その手があったか。


 高次の者らが艶やかに微笑んだ。


 天上界が光であるならば、深淵は闇。表裏一体でどちらも必要だった。

 光に傾けば神々の影響を受けて意識が高まる。闇に傾けば精霊の影響を受けて意識が弱まる。

 精神が弱まった人間らは簡単に精霊達に依存して飼い慣らされた。

 しかし精神が強すぎても神々に依存して、その魔力に染まってしまう。

 つかず離れずなバランスが大事なのだ。


 それを人為的に作ろう。


 光に満たされた魂と闇に染まった魂。この二つを作り、深淵に叩き込めば、闇に蠢くアレが眼を覚ます。

 闇の力に満ちた深淵を光の魂が破壊し、同時に投げ込まれた闇の魂が新たに深淵を染めれば、アレは居場所を無くして消えるだろう。


 アレとは精霊王。


 無尽蔵に精霊を生み出し、数多の世界を飼い慣らしてきた元凶である。

 各世界入り口には番人がおり、精霊王はどの世界にも行けない。

 番人の隙間を縫ってすり抜けていく精霊達を生み出す事しか出来ないのだ。


 深淵に封じ込まれた虚無の王。それが精霊王である。


 深淵と共に生まれ、永遠の闇に閉じ込められた虜囚。


 彼の唯一の楽しみは、生み出した精霊を通じて人間達の営みを感じる事。

 

 そして彼は貪欲だった。


 全てを手に入れるため、新たな世界に手を伸ばす。

 魔法の理のないヘイズレープには酷く絶望した。無関心な人間らが憎らしくて、凄まじい憤りを感じ、精霊達を使って壊した。


 壊してしまえば、また新しい世界が生まれる。精霊王はそれを知っていたから。

 気に入らない世界は壊して作り直せば良い。


 そうやって永く続いていた神々と精霊達の攻防。

 殆どの世界が精霊らの干渉に飼い慣らされた頃。


 高次の方々は、何度も時を繰り返して目的のモノを造り出した。


 光の魂は比較的早く手に入ったが、問題は闇の魂。


 各世界で悪行を尽くした人々を転生させ、新たな悪行を積ませようとしたのだが、これが上手くいかない。

 何故か徳ばかりを積んでしまい、業の軛から解き放たれてしまう。

 なので高次の者はヘイズレープの少年神に眼をつけた。


 彼の世界が辿る未来は確定している。ならば、それをさらに悲惨で残酷なモノに。

 高次の方々は何度もヘイズレープの滅亡を繰り返して、これ以上無いくらい無惨な最後で終わらせた。


 結果、少年神の心は闇に堕ちる。


 何度も繰り返すうちに、高次の者もコツを掴んだ。

 あえて希望を与えて、粉々に打ち砕いた方が絶望が深まる事に。

 まるで実験されるネズミの如く繰り返された悪夢。

 ヘイズレープの滅亡を、高次の方々は余すことなく有効活用する。


 だが、そこに誤算が生まれた。


 繰り返す度にリセットされていたはずの少年神の記憶が、少しずつ蓄積され、欠片ほどだが脳裏に残ってしまったのだ。


 頭の片隅に残る悪夢の断片。それを寄せ集め、少年神は高次の者がヘイズレープの滅亡を弄んでいる事に気づく。


 許しがたい所業だった。


 復讐を心に誓う少年神は、神の力と共にその記憶を魔結晶に封じ込め、アルカディアに運ばせたのだ。

 きっと必ず同じことがアルカディアでも起きる。漠然とした不安だが、何故か確信出来た。


《杞憂であれば良いが.....》


 こうして想像どおりアルカディアに転生した少年神は、憑依した少年、千早の協力を受け、御互いの記憶を共有したのだ。




「神様が敵とか..... ヒーロには話せないよ」


 妹は神々と仲が良い。まさか裏切られる可能性があるなどと夢にも思ってはいないだろう。


『我の記憶が偽りでない事は、そなたが一番分かっておろう』


「.....うん」


 精霊達が人類を惑わせ、支配する他の世界。あれも信じがたいが現実だ。

 そうでなくば、高次の方々とやらが本気で深淵の精霊王を消そうなどと考えるわけがない。


 精霊.....


 千早は宙に指を滑らせる。


『きゃうっ』


『ホウっ』


 ぽんっと現れた二匹の精霊。

 知らず顔を歪める千早。いや、チェーザレか。


『.....こやつらが。ヘイズレープを.....っ!』


「駄目だよ、チェーザレ。これは君の世界の奴等とは違う。君がそうしたんでしょ?」


 しばし頭の中で憤怒と理性がせめぎあう。


『そうだったな。そう、我がそのようにしたのだ。なぁ? ノームよ』


 怯えつつも平伏するノーム。


 チェーザレはノームにとって絶対者だった。

 逆にサラマンダーの次郎君は千早にすり寄る。


『ふん。どうやらサラマンダーは我の支配下から逃れたらしいな』


 森の主らが魔獣の墓場を決めて、それを栄養として育てた魔結晶。

 その魔結晶の魔力を糧として顕現した精霊達は、チェーザレに絶対服従する。

 氏より育ち。自分を育ててくれた魔力の持ち主を、精霊は絶対とするのだ。

 何度も苛烈な過去を繰り返されたチェーザレは、その仕組みに気づいた。そして、アルカディアではそれを利用しようと思ったのだ。


『手足たる精霊らを奪われて、今頃、精霊王は憤慨しておろうな。ふふふ、愉快愉快』


 頭の中に響く高笑い。


 それに苦笑しつつ、千早は次郎君の顎を撫でた。


「君はなんで最初からフロンティアの味方なの?」


 不思議そうに首を傾げる千早は知らない。


 魔法の失われなかったフロンティアはダビデの塔を維持し、魔力を送り続けてきていた事を。

 サラマンダーらを生み出し育てたのはフロンティアの魔力。

 サラマンダーにとって、故郷であり、絶対なのはフロンティアだった。


 こうして高次の者らのみならず、精霊王や小人さんも知らない物語が始まろうとしていた。

 

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