第87話 終わりの始まり むっつめ
その昔。高次の者達は戯れに神々を生み出した。
世界を創る力を持つ神々は多くの世界を創造し、高次の者達を楽しませてくれた。
愛しい子供達の創る箱庭を高次の者達もいたく気に入り、それぞれに祝福を与えたりと天上界は溢れる命で満ちていた。
.....だから、誰も気づかなかったのだ。
光と闇は表裏一体。光ある天上界とともに深淵が生まれたことに。
そして祝福を受けた神々と連なるように精霊が生まれたことにも。
森羅万象に宿る精霊達。ひっそりと生き物の陰に寄り添う闇の物達は、しだいに力をつけていった。
神々が世界を作り、精霊が世界を維持する。
高次の者達に近い神々と、大地に宿り、世界の生き物に近い精霊達。
闇に棲まうそれらに高次の者達が気づいた時には、すでに遅く、人間の世界に、彼等は深く根付いてしまっていたのである。
神々から愛される人間達に、闇で潜んでいた精霊達も恋い焦がれた。
常に人間の傍にあり、その繁栄を手助けする。
光あるところには影もある。光が強く目映いほど、深淵は深まり昏さを増す。
幾つもの世界が生まれては滅び、何度も愛する人間達を失って、精霊達の絶望は深まっていった。
どんなに愛しても、人は必ず滅びる。如何に手を尽くしても、人間は必ず間違い、自ら滅びへと向かう。
情に深く、人間を心から愛していた精霊達は絶望にうちひしがれ、酷く懊悩煩悶した。
そして閃いたのだ。
人間を飼い慣らそう。依存させ、甘やかし、何も考えられないように。
そうすれば馬鹿な滅びは避けられるかもしれない。
狂気にも似た感情が精霊達を蝕み、侵していった。
そこから精霊達は人間を試すようになる。
コイツらは飼えるか? 従順に大人しく飼われてくれるか? ダメなら次を待とう。
世界の森羅万象が人類に牙を剥いた。
永久.....
また、この世界もダメか。
深淵に潜む誰かは呟いた。
次の世界に期待しよう。
新たな世界が生まれるまで深淵の誰かは眠りにつく。
そんな誰かを高次の者達が静かに見つめていた。
哀しい生き物だ。アレをあのようにしてしまったのは、他でもない我々だ。
だから、我々が何とかしなくては。
光は用意してある。あとは完成された闇が必要。
高次の者達が見下ろした世界はアルカディア。
そこに映し出された丸い球体にいるのは小人さん一行。
世界に飼い慣らされるなよ? この負の連鎖を終わらせてくれ。
神々を統べるはずの高次の者達が祈るように見つめるのは幼い兄妹。
双子は一路カストラートへと向かい、西の森に差し掛かっていた。
「一応、ジョーカーんとこにも寄って行こうか」
「畏まりました」
「あれ? ハーヤは?」
「寝てるよ。珍しい」
部屋の片隅で太郎君を枕に寝入る千早。
珍しそうにアドリス達が見守るなかで、千早は悪夢にうなされていた。
《逃げよっ! 魔結晶を持って逃げるのだっ!!》
迫り来る熱波を一手に引き受け、少年神は門を開いた。
ヘイズレープとアルカディアを繋ぐ境界線。
導師を送るために一度だけ許された降臨。ギリギリまで選択に迷っていたため、世界の滅び直前を迎えてしまった。
御先である鬼を御遣いらとともに送ると決めた少年神は、自らを盾として世界の滅びから皆を守る。
焼ける身体。溶けて爛れ、みるみる黒焦げになる少年神。
『主様っ!!』
悲痛な叫びを上げる御先に微笑み、少年神は門を閉じた。
仮にも神である。物理的な被害を受けても、しばらくすれば完全に治癒するのだ。
そして少年神は憮然と世界を見つめた。
轟く爆音。死を確約する閃光の嵐が星を包み込み、世界は毒の空気で満たされた。
ねっとりと灼熱の焔が大地を駆け巡り、僅かな離れ小島を残して、ほぼ全ての土地が灰塵と化す。
《ふ.....っ、ふはは.....っ》
数億年ぶりに踏みしめた世界が瓦解する。それを目の当たりにし、少年神は涙の飛沫を飛び散らせながら慟哭した。
《これで満足かよ、高次の者どもよっ!!》
どうりで我が世界に魔法の理が生まれなかった訳だ。この世界は高次の者達による実験のための箱庭だったのだ。
深淵に蠢くモノを閉じ込めるための、たんなる素材。
少年神の心の軋轢が千早に同調する。
謀られた。裏切られた。ならば自分も裏切ってやろう。
高次の者どもが愛する神々の世界を壊し奪ってやる。
《魔法の理がなくば、奴等は顕現出来ない。なら..... 育てれば良い》
死に絶えた大地を掴み、少年神は陰惨な焔を眼窟に宿す。
《いや、まだだ..... まだ生きてる..... 救える》
離れ小島に生き残った僅かな命達。深く造られたシェルターは自給自足を旨とした最新の設備だった。
《まだ..... 戦わねば。奴等と.....っ!》
そう呟くと、少年神はゆらりと立ち上がり、空気に霧散する。
奴等.....?
訝る千早の中で、少年神はただただ人間を見守っていた。
《産まれた..... 新しい命だ。穏便に生きていけているようだな。良かった》
少年神の世界に残された小さな箱庭の中で、人類はひっそりと命を紡ぐ。
だが、どれほどもつだろうか。灼熱の焔に舐め回され、たっぷりと毒の染み込んだ大地に復活の兆しは見えない。
むしろその毒牙をシェルターの中にも伸ばそうとしている。
浄化せねば危うい。世界に巡らせるエネルギーを何処からか調達せねば。
.....早くアルカディアを。
少年神がアルカディアの神々に賭けを持ちかけた時、すでに彼の世界は滅びの一歩手前だった。
シェルターの中の僅かな人類では、アルカディアに送れる導師がいないと悩んでいた少年神に、高次の者達が手を貸したのだ。
高次の者らだけが操れるモノ。それは時間。
ヘイズレープを滅ぼした大戦直前に少年神を転移させ、アルカディアへ導師を送らせようとした。
いきなり時を遡らされて、少年神は、まだ健在な己れの世界に眼を見張る。
そして全力で天に向かって吠えた。
《時を戻せるのなら、大戦が起こらぬようにさせてくれっ!! 私の子供達を助けてくださいっ!!》
悲痛な少年神の絶叫に答えはない。
しかたなく御先らをアルカディアへと送った少年神は、有無を言わさず元の時間軸に戻されたのだ。
これが高次の者どもの遣り口か。
己れらの都合だけで神々を振り回し、一喜一憂させ弄ぶ。
必ず..... 眼にモノを見せてくれるわ。
どんよりと濁った少年神の瞳を、周囲の神々が心配そうに窺っていた。
まだ滅ぶ前で美しかったヘイズレープ。何とかして戦いを止めようと、残された僅かな時間を御先達と奔走した。
少年神が時を遡ったのだと聞いた御先達も、千載一遇のチャンスと血眼になって世界を駆け回った。
神託もした、奇跡も起こした。人々の前に顕現もした。
.....それでも世界は変わらなかった。
人に見切りをつけた少年神は、大戦を止めることを諦め、御先達をアルカディアに送ったのだ。
どうせいずれアルカディアの命は自分のモノになる。
そうしたら叛逆してくれよう。高次の者らが戯れに壊した我が世界は、あやつらから離反する。
そう心に固く誓う少年神だったが、成功する可能性が低い事も理解していた。だから保険を張ったのだ。
万一、事が成就しなければ。アルカディアを愛そう。
ヘイズレープの命を育むアルカディアを我が子とし、育った種を回収して、人間達に神々の愚かさを知らしめよう。
神は人を救えない。人を救えるのは人だけなのだ。
木っ端微塵に砕かれた神としての矜持。絶望に暗く澱む少年神を見下ろし、高次の者達はほくそ笑む。
仕上がりは上々。あとは彼に希望という種を蒔けば良い。
その希望が打ち砕かれた時、少年神は完璧な闇に堕ちる。
絶望に染まった人間の魂を神に生まれ変わらせ、さらなる絶望に叩き込み、純粋な憎悪の塊へと変貌させる事が、高次の者達の目的だった。
こうして闇の汚泥に囚われた完全なる黒い魂を、光の魂とともに深淵のアレにくれてやれば良い。
光と闇の狭間で起きる激しい軋轢。その強大な力によって深淵のアレも霧散するだろう。
闇は深淵のみあれば十分。蠢くアレは、たんなる副産物。消えてしまえば良いのだ。
神々を愛し、その子供達である人間を愛する高次の者らにとって、深淵に巣食うアレはただの障害物である。
アレがいなくなれば精霊らも消え、人類を試すような事もなくなるだろう。
世界の秩序を正しく守るため、人類に仇為すモノを消そうと試みる高次の者達。
しかし彼等は分かっていない。
自分達が駒にし、素材にしようとしているモノも人間である事を。
分かっているのかもしれないが、理解していない。
駒や素材にだって、自我と自由意志があると言う事を。
彼等が用意した闇の素材である少年神は、彼等に叛逆する事を心に誓った。
すでに用意してあるという光の素材も、また.....
人は神々の思い通りにはならない。天上界でそれを知るのは、カオスとアビスだけである。
フライパンの空豆よろしく、ピンピン跳ね回る人間達に手こずる未来を、今の高次の者達は知らない。
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