第188話 始まりの朝 ここのつめ



「目指すは王宮のみっ! パスカール様に兵を挙げた事を後悔させようっ!」


「狙うのは金物の鎧兵だけだっ! 軽鎧の者には手を出すなっ!」


「分かってらぁっ、任せろっ!!」


 一糸の乱れもなく駆け込む南辺境伯騎士団約三千名。それに追従するは腕に覚えのある強者兵士や冒険者達、約二千。

 クラウディア国王が北に挙兵したと聞き、機を狙って一直線に攻め込んできた。


「侮るなよっ、叛逆者どもがっ! 正統な王を何と心得るかっ!!」


 オーギュスト達を迎え撃つは王宮騎士団。防衛に残された二千名と、徴兵による民兵約三千。

 拮抗する戦力だと王宮側は思った。籠城戦は守る側に利がある。誰もがそう思っていた。


 だが、その質は明らかに違ったのだ。


「侮りゃしないさっ! まあ、主の森の魔物に比べたら雲泥の差だがな」


 射かけられた無数の矢の雨。それは的確に王宮騎士団や正規の兵士らのみを狙って穿たれる。


「なっ?!」


 降り注ぐ矢が合図だったかのように、凄まじい勢いで斬りかかるオーギュストの騎馬兵達。

 馬のスピードにのり、そのまま槍や剣で相手の騎士らを薙ぎ倒していった。


「はっ、魔物の速さと比べたら、騎乗騎士なんて止まってるようなモンよ」


 新たな矢をつがえ、後方から支援する冒険者らの腕は一流。日頃、命のやり取りで魔物と鎬を削る彼等にとって、人間のスピードなど赤子の手を捻るようなモノである。

 立ち向かうオーギュスト達の間隙を縫い、見事に命中する多くの矢。

 割り込む隙間もなく、辺境伯の騎士を避ければ無数の矢が当たるという地獄絵図。まるで一面を分厚い壁で覆われているような錯覚に、王宮騎士団は目に見えて狼狽えた。


「なんだ、これは? なんなんだっ、これはぁぁぁーーっっ!!」


 今にも泣き出しそうな顔で絶叫する王宮騎士団の面々。馬で機動性があることを幸いに、脱兎の如く戦線から離脱を始める。


 取り敢えず下がろう、弓の射程から逃げ出すんだっ!


 泡を食ったかのように無様に逃げ出していく王宮の騎士達を呆然と見送り、歩兵だった民兵らは戦場に取り残された。

 唖然とする彼等に迫り来る辺境伯軍。それを凍りついた顔で見つめていた彼等の前に、一頭の馬が近づいた。


「大事はないか? 怪我人は?」


 馬上には好好爺な面持ちの南辺境伯。遥か高みから見下ろされ、民兵らは慌てて武器を投げ出し、跪く。


「御許しくだせぇっ! 国王様の御命令なんですっ! 命だけは、お助けをっ!」


 口々に許しを求める民兵らに鷹揚に頷き、オーギュストは顎で後方を示した。


「分かっておる。そなたらに罪はない。それより家族を連れて後方に逃げ込むが良い。炊き出しをして我が軍の冒険者らが待っておるわ」


 食事と聞き、跪いた彼等の腹が盛大に鳴り響く。それに苦笑して、オーギュスト達はゆっくりと歩を進めていった。


 威風堂々と。我々は侵略者でも略奪者でもない。ただ、当たり前の要求を求め、手に入れにきたのだ。


 人として誰もが健やかに暮らせる未来を。


 民を養えぬ王は滅びるべきだ。最良どころが、最善すら見えぬ空き盲らなど国に必要はない。


 そしてオーギュストは先日のパスカールの言葉を思い出して、うっそりと笑みを深めた。




「民を食わせる? それだけですか?」


「それだけ? 大変なことだよ、これは」


 大真面目な顔の少年は、懇切丁寧に説明する。

 王都周辺の領地は技術者系で、農地や牧場などは殆どない。そういったモノは遠方になるほど領地の広い中間や辺境に押し付けられていた。

 まあ、利にはかなっている。王都に近いほど技術者が必要なのだから。広い領地が農耕などに専念するのも世の理だ。

 王都近辺には七つの領地がある。ざっと計算しても民が数十万人。王都に近いほど暮らす人々も多い。パスカールの領地だけでは食を賄えない。

 しかし、同じように豊作が続くオーギュストの領地もあった。さらには元貴族らから寄せられた金子。そしてすこぶるつきは小人さんの支援。


「勉強しまっせ~♪ 今回は薄利多売。持ってけ、泥棒っ!」


 食糧を梱包した封じ玉一つにつき、銀貨一枚の手間賃だけで譲ってくれるという。ほぼ原価のようなモノ。

 それをお手玉のようにクルクル回しながらポンポン投げて寄越す小人さん。


「泥棒って.....、人聞きが悪いっ!」


 驚いて受け止め、あたふたするパスカールに、小人さんはひらひらと手を振る。


「言葉のあやだにょん。足りない分は貸すわね。いずれ倍にして返してね♪」


 にっこり笑って詐欺師のようなことを宣う王女殿下に、周りの人々も苦笑い。


 そんなこんなでパスカールは残りの領地を懐柔に出たのである。


 数十万にもなる人々の食を賄うのは大変な事だ。多くの人々が目まぐるしく働き、さらには国王側に気取られぬよう、炊き出しの場所も吟味しなくてはならない。

 三日とおかずに炊き出しをするための人員確保、食糧や資材の調達、運搬。事を円滑に回すため、パスカールは各領地で踏ん張っていた教会に協力を求めた。

 不自然でない炊き出しを行うには教会が一番良い場所だからだ。

 教会で頑張っていた見習い達は、パスカールの話を聞き、涙ながらに喜んでくれる。


「ありがとう存じますっ! 心からの感謝をっ!!」


 疲弊し荒ぶ街や人々に胸を痛めていた聖職者見習い達は、神々の思し召しだとパスカールの仲間を歓迎した。


 人心をクラウディア国王から離すための策略だ。なのに感謝されいたたまれないパスカール。

 いずれ人々を移住させる際にはバレるのだと、パスカール達は教会の見習い達に計画を暴露する。

 民に食を提供し、依存させ、最終的に辺境伯領へと取り込むための謀略なのだと。

 一瞬、眼を丸くした見習い達。しかし次には辛辣に眼をすがめ、唾棄するかのように呟いた。


「かまうものですか。元々は、あの国王の蒔いた種でございましょう。ごらんなさい、この教会を。聖職者も医師もいない。これが、あの愚王のやらかした結果です」


 愚王とまで言っちゃいますか。


 思わず歯茎を浮かせるパスカール達。


 見習い達を心配し、各国の教会から支援が寄せられてなくば炊き出しも出来ず、とうに街の人々は死んでいた。


「ええ、ええ、きっと神々も許してくださいますともっ! 双神様らは人間を愛しておりますもの」


 揃って天を見上げて祈る見習い達を眺めつつ、騎士らの心に過る不穏な不文律。


 時は今か? 今こそ騎士の本領を発揮すべきなのだろうか。


 王たる者にその資質が無いと判断された場合にのみ発動される騎士の路。国王の首を刎ねる権限を神々より託されているのだ。


 パスカール様の手を汚させるまでもない。我々が.....っ!


 騎士らの眼に昏く淀んだ光が一閃する。


 教会からすらも見離されたクラウディア国王に力を貸す者は誰もいなかった。


 教会の見習いらも、生まれた土地の人々を見捨てられなかっただけなので、民らが移住するのと同じくスタコラと辺境へ向かう。


 こうしてガランと人気のなくなったクラウディア中枢。人は石垣、人は城。民を盾にされるような最悪を回避し、オーギュスト達は一路王宮へと突き進んでいった。




「.....それじゃあ、最初から俺らを攻撃する気はなかったんですか?」


 オーギュストに言われた通り、民兵達は家に駆け戻って家族を伴い辺境伯軍に投降する。

 そんな彼らを笑みで迎え入れ、後方を支援していた冒険者らは取り敢えず食えと炊き出しを振る舞った。

 最近は配給もなく、こそいだ木の皮やなけなしの保存食の欠片で飢えを凌いでいた人々の眼に、温かな湯気が突き刺さる。


「.....飯だぁ。ありがてぇ」


「うわぁ.....っ、うわあぁぁんっ」


 唇を噛み締めて、ほたほたと涙する大男。感動に言葉もない幼児。誰もが顔を泣き濡らし嗚咽をあげていた。


 御飯は大事っ!!


 過去に獣人らを救出するさい、取り敢えず食えと大量の食べ物を差し出した小人さん。

 今、同じことをパスカールはやっている。感無量で胸が一杯になり、不覚にも涙が出そうだった。


 本当ですね。御飯は大事です。


 嫌というほど飢えを味わった人々には、矜持もないし、御高説も通らない。志に尽くせるほど人は強くはないのである。

 それを逆手に取った自分の策略は、なんと狡猾で浅ましいことだろうか。


 自嘲気味に薄く口角をあげ、彼は誓う。


 必ず。必ず平和な国にします。許してくれとは言えないが、皆が今を忘れられるよう努力します。


 自責の念に押し潰されそうな少年の姿は痛々しく、思わずフォローに回った冒険者達。


「元より民兵には手を出すなって指示が出てたしな。大丈夫だよ」


 正規の兵士と民兵を見分けるのは簡単だ。戦で支給される装備が違うのだから。

 仮初めの戦力である民兵には軽鎧しか支給されない。得物も数を揃えやすい棒槍だ。

 冒険者の言葉に唖然とし、パスカールに集まる視線の集中砲火。誰もが信じられない面持ちで元王子殿下を凝視する。


「.....それじゃあ、最初から俺らを攻撃する気はなかったんですか?」


 ぽかんと呟く一人の男。


「だって..... 君らだって、クラウディアの民じゃないか。大切な守るべき民だ」


 所在なげにモゴモゴと答えるパスカール。


 顔全体をくしゃくしゃに戦慄かせ、民兵だった者らは号泣した。

 突然の事態に狼狽えるパスカール。そんな彼に労われながら、人々は過去を振り返る。

 何処までも傲慢で高飛車な上位の者らに虐げられ続けてきた凄惨な暮らしを。


 王侯貴族にとって平民など虫けら同然だと思っていた。不興を被れば命はない。どんな理不尽にも唯々諾々と従う他ない。そんな俺らを民だと? 守るべき民だと?


 声にならない畏れが辺りを満たし、人々の胸中を締め付ける。畏れ多い。本来の正しい意味での畏れ多さが人々の身体を駆け巡っていた。


 .....尊い。これが敬意というものなのだろう。身分や地位にへりくだるでなく、無意識に自然と頭が垂れる。


 ざんっと傅く大勢の人々に眼を見開き、助けを求めるかのように辺りを見渡すパスカール。


 その年相応な戸惑いが微笑ましい。


 前に小人さんの示唆した強大な力を、今、パスカールは手にした。


 無限とも言える民衆の敬意。感謝。親愛。


 如何に手を尽くそうが、簡単には手に出来ない至高の力。


 国は王侯貴族だけで回らない。地に満ちた多くの民草こそが世界を動かしているのだ。

 ロメールなどは肌で感じ、それを演出で手に入れた養殖だが、パスカールは天然。


 無自覚最強説は、クラウディア王国でも適用されているようである。


 因果応報。クラウディア王国に、優しい人々の幸せが約束された瞬間だった。




「プリュトン侯爵は大丈夫だろうか」


 居心地悪く身動ぎながら、パスカールは自分の領地で国王軍と対峙しているだろう元近衛隊長を案じる。

 大将は安全な所にいるものだと、蜜蜂馬車によって南辺境に追い出されたが、本当に自分だけ安全な所に隠れていても良いのだろうか。

 そわそわと落ち着かない少年をぶっきらぼうに一瞥し、一人の男が忌々しげに呟いた。


「むしろ邪魔っすよ。戦いってのは非情な場合もあります。あんたみたいに情を差し挟まれたら戦い難いっす。ぶっちゃけ、居ても役にたてないでしょ? あんたに心配されるほど落ちぶれちゃいないっすよ? 皆ね」


 辛辣に宣う熟練っぽい冒険者。


 的を射た的確な言葉に赤面し、思わず縮こまるパスカール。


 それを横目に溜め息をつき、エトワールが、すぱこーんっと冒険者の後ろ頭をひっぱたいた。


「言葉選びが下手にも過ぎる。何故に、危ないから安全地帯にいてくれと素直に言えんのだ? パスカール様を失いたくないから、大人しく守られててくれと。ん?」


「そんなんじゃねーしっ! いや、無くはないけどっ? あーっ、うっぜぇわっ、あんたっ!!」


 赤ら顔で支離滅裂なことを叫び、件の冒険者はスタコラと逃げ出していく。

 それを半目で見据え、エトワールは若い主を柔らかく見つめた。


「誰にも領分がございます。パスカール様にはパスカール様にしか出来ないことが。戦闘は本職に任せ、我々は先を考えましょう」


 暗に、自分達は頭脳労働専門なのだと匂わされ、パスカールも苦笑しながら頷く。

 そしてふと、己の部下をマジマジと見上げた。


「そう言えば、そなたの名前は古語であったな。確か、意味は..... 星?」


「そうです。惑わぬ星という意味だとか」


 答えるエトワールを見つめつつ、静かにパスカールは呟く。


「アステール.....」


「はい?」


「たしか、そのような古語がある。どこかの古語だが、星が形造り成り立つ状態を指すのだそうだ。これを我が領地名にしよう」


「アステール..... 良いですね。伸ばさずに、そのままアステルではいかがですか? もう完成しているのですから」


「そうだな、アステルが良い。良い響きだ」


 空に煌めく星々。その中の一つに自分はなるのだ。かつて見上げた夜空の星に。

 その時、隣にいた少女を思い出して、パスカールの頬に朱が走る。

 白々と明けてきた夜空は光を伴い群青色を深めていく。そこに輝く明けの明星。

 違う世界のはずなのに似たような星々を不思議そうに見上げていた過去の小人さん。


 雌雄を決した王宮の戦い。この知らせが北の辺境まで届くには幾日かかかるはず。王宮側はの話である。

 南北辺境伯領では魔力が満たされ、魔法が復活していた。パスカール達の連絡は秒で行える。それを知らぬ国王側。




「そうか、王宮が落ちたか」


 水鏡からの報告を聞いて、プリュトン侯爵は獰猛に眼を剥き、ニタリと不均等に口角を歪めた。

 今まで彼は国王軍を留めるために、のらりくらりと戦ってきている。援軍を呼びに行ったりせぬよう、窮地にも優勢にもせず拮抗させてきた。

 それもこれもオーギュスト伯達の攻撃を成功させるため。時間を稼いでいたのだ。


 時は来たれり。


「反撃の時間だ。まあ、楽な仕事よ」


 既に一週間にわたる戦いで、国王軍には疲労の色が濃い。満足な食事にもありつけないらしい民兵からは、脱走者も増えていた。


 くすくすと薄ら笑いをまろびるプリュトン侯爵達を知らず、防壁前で悪戦苦闘する国王軍。


 彼等が瓦解するのも時間の問題だろう。


 既に決着がついているとも知らずに孤軍奮闘している国王軍に、王都陥落の報せが届いたのは明後日。


 絶句する将校や騎士らを尻目に、満を持して飛び出すプリュトン侯爵私設兵団。


 為す術もない国王軍は帰還すべき場所すら失い、クラウディア全土へ散り散りに逃げ出していった。


 パスカールが夜明けの空を見上げていた頃、彼の領地に勝鬨が響きわたり、同じ空めがけて数多の拳が振り上げられている。


 血で血を洗う様相を醸していたクラウディア王国の内乱は、こうしてほぼ無血で収束したのだった。


 後に《群青のアステル~星の王子様~》とのタイトルでパスカールの活躍が吟遊詩人らを賑わわせるのだが、聞き慣れたタイトルを耳にした小人さんが抱腹絶倒したのは言うまでもない。


「さんてくじゅぺりぃ~ぃぃ」


 同じく腹筋崩壊させる克己と妹を交互に見やり、千早が憤慨するまでが御約束である。


「んもーっ! また二人だけでーっ!」


 きーっと癇癪を起こす千早。そんな幸せな未来の訪れを、今の人々は知らない。


 無自覚最強&天然無敵に乾杯♪




 

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