第189話 始まりの朝 とおっ!



「やるか。破城槌を.....」


 不気味に静まり返り、そびえる王宮。その外郭を破壊すべく、オーギュストは破城槌の用意を指示した。

 魔法が復活した辺境領地には多くの魔法使いが育まれ、今も軍に同行しているが、それを戦に使おうと思う者らはいない。

 王宮側に魔術師はいないのだ。ならば、最後まで対等に人力で戦うべきだろう。オーギュストの仲間達もそう思っていた。


 まあ、弓を穿つ時に、少々風魔法の手を借りたりもしたが、その辺は御愛嬌、クラウディアの冒険者らが辺境伯領を拠点にする理由でもある。

 クラウディア王国の中で、南北辺境伯領地のみが魔力に満たされていた。主の森の恩恵もデカい。


 以前は半信半疑だった冒険者達。魔力?魔法? 眉唾だ。お伽噺の中だけのモノだろう? そう思っていた。

 フロンティアには未だ残っていると聞いてはいたが、遥か彼方の遠方だ。確かめる術もない。わざわざ確かめに行く物好きもいない。


 しかし、クラウディアの人々は突然真実を突きつけられた。


 いきなりやってきた多くの魔物達、そして行われた大々的な民の移動。それを補助するフロンティアの騎士や魔術師ら。


 当たり前のように使われる多くの魔法。


 指先一つで火をおこし、水を張り、風を纏う。何気に通りすがったフロンティアの者が、天地返し中の農夫を手伝っていた時には本当に驚いたモノだ。

 うぞぞと蠢く大地。まるでうねるように波打つ畑は、瞬く間に柔らかな土となった。


 これが魔法.....


 唖然とする人々を気にもせず駆け抜けていった一迅のフロンティア集団。


 その光景が忘れられず、南北辺境伯領がフロンティアの支援を受けていると聞き、多くの冒険者らはそちらに拠点を移した。

 元々、採取や狩りのために良く訪れていた土地である。


 だから、訪れた冒険者達は豊かに変貌した辺境に眼を見張った。


 当たり前にフロンティアの魔術師らが歩き回り、魔力や魔法の教授をしている。街の者全てが辿々しくも魔法の練習をしていた。

 農耕地や牧場も拡がり、以前の倍はある。その青み深い一面の畑。人々の顔も明るく、今を謳歌しているのが見てとれる。


 荒み心ぶれた王都の街角とは大違いだった。


 飢えが蔓延し、それに伴い病も猛威を奮い出したクラウディア王都。人々の顔は物悲しく、乾いた夜風が毎夜すすり泣き、閑散とする今の王都は廃れた墓場のようだった。


 広大な領地を隔てた辺境との計り知れない落差よ。


 この数年で骨身に染みた現実である。


 王都と遠く離れた辺境の現実は、国王らの耳に入らない。いや、入らぬように情報操作されていた。

 辺境にだって王宮の者は潜んでいる。だが、その彼等も辺境に取り込まれた。雄大な自然に魅了され、豊かな実りに涙し、これを守ろうと口をつぐんだのだ。

 今では王族達のやらかしは有名である。英雄譚として語られ続けてきた五代前のクラウディア国王の逸話が実は出任せで、むしろ今の窮状の引き金になった愚かな出来事であった事は皆が知っていた。

 森の主を従え、退治し、豊かなクラウディアを守ったのではなく、金色の王の亡骸を人質に森の主を脅し、豊かな森を枯らし、主から見離されたのだと。

 その真実を、森の主本人が人々に知らしめたのだ。さらには押し寄せてきた数多の魔物達。

 獰猛で冷酷なケダモノだとされてきた魔物らが、整然と列を成してクラウディアを闊歩していく姿を多くの人々が目の当たりにした。

 誰を襲うでもなく一直線に王宮へと向かう姿を。


 しばらくしてやってきたフロンティアの騎士らが、その魔物達と睦まじくしている姿も。

 まるで親しい隣人のように魔物へ話しかけるフロンティアの人々。

 その人々に甘えるような魔物らの仕草。

 そこここを撫でられ、突っつかれ、御満悦そうな魔物達。


 信じられない光景だった。


 恐れ戦くクラウディアの人々は、これこそが過去の逸話にあった金色の王の力なのだろうと理解する。

 人と魔物を結び、すべての空と大地を治める金色の王の。各国は、その土地をお借りしているだけ。世界は魔物と金色の王のモノなのだ。

 そんな尊い王の亡骸を人質にするなど言語道断。あまつさえ森を枯らし主に見捨てられたクラウディアに未来はない。


 漠然とそう感じ取れる奇跡の光景だった。


 そして起きた神々と小人さんの戦い。


 人知を越えた争いの果てに帰還した小人さん。その勇姿は未だに世界中の人々の瞼に焼き付いている。

 彼女が神々に叛逆し、アルカディアを救ったのだと誰もが心に刻み付けた。




「あれから二年か。世界も変わったよね」


「ああ」


 感慨深げな冒険者達。


 金色の環の共鳴で世界に魔力が満ち始め、各国も新たな道を模索している。復活した魔法を有効に利用し、なおかつ依存しない道を。

 人間とは楽な方に流されやすいものである。魔法が復活した事で廃れる技術や道具も出てくるだろう。それに小人さんは警鐘を鳴らした。


「失われてからじゃ遅いんだにょっ! 必ず知識として伝え、書き留めていくようにね」


 どんな些細な事や日常でも、記録し伝え続けていく。それが後の子弟により新たな技術へと変貌する可能性もあると、小人さんは書き記す大切さを切々と説いた。

 過去にも書き記されさえしていれば、主の森が失われる事はなかった。人々が魔法の復活に狼狽える事もなかった。正しく魔物と付き合える方法もあった。


「知の蓄積と研鑽、拡散は先人のつとめ、世の宝だにょーっ!」


 各国を訪れる度に熱弁を振るう小人さんに感化され、世界は変わりつつある。


 そんな他愛なくもない事を脳裏に浮かべる人々の前に破城槌が構築されつつあった。なるべく穏便にとパスカールからは指示を受けているが、籠城されては致し方なし。

 魔法で封じてきた玉を次々と割り、出てきた部品を組み立てていた辺境伯騎士らの前で、つと大門の扉が開く。

 王宮を固く閉ざしていた扉が開き、中から何人かの宮内人達が姿を現した。


「御手数をかけます。ささ、お入りくださいませ。我等は貴方々を歓迎します」


 朗らかに満面の笑みを浮かべる宮内人ら。


 唖然としつつ王宮内に入ったオーギュストは、中の有り様に愕然とする。


「なるほど」


 くっと喉を鳴らしてほくそ笑む彼の前には意識を失い倒れ伏すクラウディア騎士の山。

 そこら中に横たわる人々は、国王側の者らしい。王宮の半数の人間が、ただいま夢の中。


 やけに王宮が静かだったのは、このせいか。


「誰でも飲食はしますからね。特に水。これで一斉に行動不能にさせました」


 宮内人が掲げたのは水差し。どうやら一服盛って騎士達や国王側の宮内人らを眠らせたようだ。


 思わぬ獅子身中の虫らの活躍。


 国王軍が北の辺境へ挙兵し、南の辺境が攻めてきたと聞き、彼等はチャンスを窺っていたらしい。

 遅効性の眠り薬を使い、じわじわと王宮内を無力化していったのだ。

 クラウディア騎士らが不可解な眠気に気づいた時には後の祭り。誰もが既に薬を摂取した後である。


「助かった。パスカール様からは、なるべく被害を出さぬよう指示されておるのだ」


 軽く息をつき、オーギュストは上空を仰いだ。


「存じております。殿下はそう言う御方です。その甘さを我等は愛しております」


 ふくりと笑みを深める宮内人達。


 悪路をモノともせず突き進むパスカールを彼等は慕っていた。前に千早が言ったとおり、力で捩じ伏せるのが一番楽である。だがそれには多くの痛みと傷がともなうものだ。パスカールは、そういった事を酷く厭うた。


 彼自身が幼少から見てきたからだ。


 父王の横暴や、貴族らの専横。それにより無惨に扱われる人々を、パスカールは臍を噛む思いで長々と見つめ続けてきた。

 だから彼は力の行使をことのほか嫌う。面倒で手間暇や時間がかかろうとも、なるべく穏やかに事を進めたがる。


 そんな彼に好感を抱く者は少なくない。


「殿下は民を憂える御方です。民の心に寄り添える御仁です。.....失う訳にはいかないのです」


 民を人間として認識する稀有な王族。以前のマーロウが、小人さんの前で下女の爪先を落とすなどとやらかしてしまったように、多くの特権階級は平民を同格の人間とは思っていない。

 人間という生き物ではあるが、自分らと同じ、尊重すべき生き物とは思っていない。

 いくらでも勝手に増える家畜のようなモノ。税を納めさせるための道具。その程度の認識だ。

 それを根底から覆す存在。そんな王族は探しても見つからない。良識ある者にとってパスカールは、絶対に守り育てなくてはならない逸材である。

 これからはフロンティアを見倣い、そういった王族を育てる傾向へ行くだろう。しかし、今はそういった王族は皆無なのだ。


 自然発生した心有る王族。


 これを守るためならば、汚れ仕事も厭わぬと覚悟を決めた者達が、初めてここに集結する。


 パスカールを安全に逃がすため、死に物狂いで国を支えた宮内人ら。


 彼を正しい為政者と育て、教育に専念したオーギュスト辺境伯。


 これらに共感し、吸い寄せられるように集まってきた貴族や騎士や力を持つ民達。


 得ようとしても得られない貴重な人材のみならず、民の信頼という、国の根幹を支える何よりも重要な力を手にし、パスカールの御代は揺るぎないモノとなる。


 王のいる居室を睨め上げ、獰猛な眼差しを向ける辺境伯軍。


 だが彼等は、後日、虚脱感漂う脱け殻がそこらじゅうに散乱する未来を知らない。




「え? 兄上が王になるのではないのですか? 僕は補佐でしょう?」


 きょとんと首を傾げる年相応な少年。


 パスカールは自分が王になろうなどと、微塵も考えていなかったのである。

 愚かな父を倒し、頼りなく感じる兄を補佐し、クラウディアをより良く導く。彼が考えていたのは、そんなゆるふわな未来だった。


「「「「「.....え?」」」」」


 揃って真ん丸目玉なパスカールの仲間達。


 そんな愉快な未来を、今の彼等は知らない。御愁傷様♪

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