第77話 異国の王宮と小人さん よっつめ
「さーてと、どう出てくるかなぁ?」
今日はドナウティル前国王の葬儀の日。
本来なら全ての王子らが縄を打たれ葬儀に参列するのだが、小人さんが参加する事でそれは回避されたらしい。
他国の使者の前で悪習を披露することを忌避したのだろう。
しかし、だからと言って王子らの運命が変わるわけではない。
来てるよね? 魔法で派手にやらかす方法もあるけど、出来るなら人間の手で何とかしたい。
小人さんはフロンティアにも繋がっているはずの空を見上げ、静かに時を待っていた。
「多いな」
「総力を出して来てますね」
所変わって、こちらはドナウティル国境。
フロンティアより送られた一万七千の軍が、居並ぶドナウティル軍を前に立ち往生していた。
その数、ざっと見て三万。
フロンティア側はハロルドを筆頭とした王都部隊が中心で、他、義勇軍的な諸侯らの部隊が混じり、編成されている。
小人さんが残した指令は、持てるだけの兵を率いてドナウティル王宮へ進軍するというもの。しかもなるべく無血でという非常識極まりない指令だった。
「戦を知らない子供ですからねぇ。理想だけで夢物語を描いているんでしょうね」
苦笑いする騎士らに、ハロルドも困惑を隠せない。
こちらにはフラウワーズの森の主らが加勢してくれている。
蛙や蜜蜂が周囲を飛び回り、常に警戒していた。
それでも、あの人数に無血で勝つ事は不可能だろう。
思案し、悩めるハロルドの元に誰かがやってきた。
蜜蜂にぶら下がり、空を翔る見慣れた姿。
「ハーヤ様?!」
驚くハロルドの前にすちゃっと飛び降り、千早は冴えた極寒の眼差しで彼を見据えた。
「何をしておるかっ、あんな烏合に立ち止まるほどフロンティア騎士は脆弱かっ!!」
ぶわりと沸き立つ黒紫の魔力。
思わず絶句するハロルドの前で、千早は獰猛に口角を歪めた。
「よく見よ、兵の大半は軽鎧ぞ? しかもあのように広がった陣形で。やるべき事はひとつであろうっ!!」
敵陣を指差し声高に叫ぶ少年に、騎士らは瞠目した。
「兵を纏めよっ! 中央突破だっ!! カエルどもよ、分かるな?」
言われて慌てたようにカエルが散開する。
「蜜蜂どももっ! 分かっておるなっ?!」
心得たとばかりに旋回する蜜蜂達。
それを見て、千早はクツクツと嗤う。
「久しいの。この昂りは。我と共に進めっ!! 目指すは王都、王宮っ!! 遅れるなよっ?!」
幼い子供から漲る凄まじいほどの覇気。
じわりと己の身体に毒のように染み入る、明らかな高揚感。
ぞくぞくと背筋を這い上る歓喜に武者震いし、騎士らが雄叫びを上げた。
まるで何かに操られるかのように騎士達の顔つきも獰猛に変わっていく。
そんな中、唯一冷静なままのハロルドが、信じられない物を見る眼で、千早を凝視していた。
「貴方は..... 誰だ?」
軽く眼を見張り、千早の姿をした誰かは炯眼に眼をすがめた。
「ほう。分かるかよ。......我はチェーザレ。傭兵を率いて、数多の戦で武功をあげた将よ。我が妹のために、今世こそ、馳せ参じんっ!!」
うおおおおーーっと歓呼する騎士達の中で、一人唖然とするハロルドである。
時を遡ること半刻前。
「ハロルド達、来てるみたいだけど、ドナウティル軍に阻まれて進めないみたい」
毎度お馴染み蜜蜂便。
「無血でというのがネックなのでしょう。大群に囲まれたら、攻撃するしかありません」
それは分かる。しかし、民を害しては悪感情が残ってしまうのだ。
ドナウティルの兵士の殆どは徴兵された一般人。
騎士であれば手玉に取れると思ったが、数の暴力には無力なのだろうか。
う~~んと唸る小人さんに、千早が手を上げる。
「チェーザレが我を出せと煩い。出しても良い?」
思わぬ言葉に、取り敢えず聞くだけ聞こうと、小人さんはチェーザレを出してもらった。
「ようは戦を知らぬのだ、フロンティアもドナウティルもな」
出てきたチェーザレは、千早の記憶も共有していた。
騎士団の仕事は、基本、魔物や魔獣退治である。対人戦は滅多にない。
各国がそれぞれ独立した立地なため、戦というモノの経験が殆ど無く、用兵を知らないのだとチェーザレは言う。
「そういや、あんたって枢機卿を辞めて戦場で戦ってたんだっけ?」
さりげなくカマをかけてみる小人さん。これにYesと答えれば、嫌な予感大当たりだ。
「枢機卿? この者は聖職者だったのですか?」
驚くドルフェンに小人さんは鷹揚に頷く。
悪名高くはあるが、巧みな用兵で多くの武勲を立てた叩き上げの人物だ。
理解している風な妹に、ニヤリとほくそ笑み、チェーザレは軽く首を傾げて歯を見せる。
「我が征こう。なあに十把一絡げなどモノの数ではないわ。魔物部隊も同行しておろう? 蹴散らして連れてきて見せよう」
それは助かるけど。
「にぃーに、ダイジョブ?」
「ヒーロのためになるなら、いいよ」
フワッと千早が浮上するが、すぐにチェーザレがとって代わる。
「我とて、そなたの兄だっ!」
「にぃーに? いや..... 御兄様?」
チェーザレの鼓動が大きく高鳴る。同調する千早は、ソレに嫌な予感を感じた。
「.....良いな。そう呼ぶがいい。我は、そなたの御兄様だ」
「了解。それじゃ、頼むね、御兄様」
柔らかで暖かい笑顔。懐かしい何かが、チェーザレの中にぶわりと込み上げてきた。
何時だろう? 何処かで同じような面映ゆい気持ちを感じた気がする。
「任せろっ!! 我はチェーザレ・ボルジアだっ!! 歴戦の将よっ!!」
あ。確定。
太郎君にぶら下がり、一路フロンティア軍を目指すチェーザレを見送り、胡乱な眼差しをする小人さん。
枢機卿とかってあたりの表情で心当たりはあったけど、まさかのカミングアウト。
本人、意識してないんだろうなぁ。
ボルジア家の猛毒かぁ。また、濃いぃのが来たなぁ。
じっとりと冷や汗を垂らしつつ、小人さんは大事にならないよう天に祈った。
そして期待というのは、大抵破られるものである。
「左っ!! 弾幕が薄いっ!! もっと小さな焔を多く作れっ!!」
言われて魔術師達は小指の先程度の焔を複数作り、周囲に飛ばしていた。
軽鎧を貫く程度の焔だが、それが貫通すると中が燃え、兵士らは慌てて鎧を脱いで消そうとする。
じわじわと肌を焼く魔法を放置することは、とても出来ないらしい。
おかげでドナウティル兵の動きは鈍く、駆け抜ける騎馬にも驚き、あたふたと無様に右往左往している。
「こんなに脆いとは。これが本当に軍隊なのか?」
唖然とするハロルドに、チェーザレは然も愉快そうに嗤った。
「そなたらを基準として見たら、この兵らは素人同然よ。徴兵され俄訓練しか受けていない農民だからな」
「徴兵..... 聞いたことはありますが、本当に一般人を戦場に立たせるとは」
道理で脆い訳だ。フロンティアであれば、守るべき民を戦場に立たせるなど信じられない。
「これに立ち往生するとは。そなたもまだまだひよっこよな」
何とも言えない気まずい空気が辺りを満たす。しかし、そんな空気を読むはずもないチェーザレ様は動きの鈍い魔術師達を恫喝した。
「そこっ! 何故に二つしか出せぬかっ! もっと焔を出せっ!!」
「二つで限界ですっ! そんなに出せるわけないでしょうっ!!」
魔法とは大きく効率的に展開するモノだ。小さい焔での戦いなどしたこともない。
「なんだ、そなた大した術師ではないのだなぁ。ドナウティルの小倅であれば、十は軽く出せるものを」
チェーザレの言葉に、魔術師達は顔を凍らせた。
は? 十? え? 複数発動って、メチャクチャ難易度高いんですけどっ?!
言葉もなく唖然とする魔術師を余所に、疾風の如く進むフロンティア軍は王都に辿り着いた。
一度突破してしまえば、歩兵中心のドナウティル軍は騎馬中心のフロンティア軍に追い付けない。
さらには周辺を守護していたカエル達により、大きな衝突は避けられていた。
魔法による遠隔攻撃のみで敵を蹴散らし、その蹴散らした敵を、蜜蜂達が風魔法で吹っ飛ばす。
結果、フロンティア軍の疾走する道が開けたのである。
「駆け足はここまで。あとは堂々とゆっくり進め。招かれた賓客のようにな。それだけで良い」
言われるまま、フロンティア軍は足並みを揃えて大通りを闊歩した。
まるで凱旋してきたかのような威風堂々とした騎士らの姿を、王都の街の人々は言葉もなく見つめる。
約束どおり、御兄様が連れてきてやったぞ? チィヒーロ。
こうして役者も揃い、厳かに行われているであろう葬儀がフィナーレを迎えるのだった。
小人さんの思惑通りに進めば、事は丸く収まるはず。
王宮前を取り囲むフロンティア軍は、ただ沈黙して事の成り行きを見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます