第76話 異国の王宮と小人さん みっつめ


「こちらに大軍が向かってきている?」


「はい。以前よりフラウワーズ側に軍が集結しているとの報告があり、偵察させていたところ、さらに多くの騎士らが増えていると」


「どこの者か?」


「.....深紅に金の六芒星。フロンティアの御旗にございます」


「...............」


 ここはドナウティル王宮。国防を担う将軍を筆頭とした各部署の面々がが集まり、密やかに密談をしていた。


「戦を仕掛けてくる気なのでしょうか?」


 報告された軍は、フラウワーズ軍を除いて約二万。

 多くの騎馬隊が複数集まり一軍をなしているとか。

 このままでは砂漠を進み、ドナウティルを射程内に入れるのも時間の問題らしい。


「現在王宮に滞在されているフロンティアの御使者様が関係しておられるのでは?」


「小さな子供だと聞きます。見掛けた侍女によれば、赤に金糸の飾り帯をおつけになっておられたらしい」


「フロンティアの貴色ではないかっ?!」


 その話は将軍も聞いていた。


 王子様方の後見にドナウティルを訪れたと。

 第一妃様に手出し無用と啖呵を切ったとか?


 ふっと髭面の将軍が笑う。


 あの妃には、誰もが煮え湯を呑まされたものだ。

 御嫡男の生母である事を鼻にかけ、分かりもしない政治に口を出し、王の威光をかさに着てやりたい放題。

 王もまた、他に王子がいなかったため、あの妃の言いなりだった。

 第二王子が誕生するまで十年かかり、その成長を待てるはずもなく、第一王子が王太子となった。

 病弱だが穏やかな人格で、人の話をよく聞いてくれる第一王子。

 御子様方も授かり、なにも問題はないように思われたのだ。


 第二王子が頭角を表し始めるまでは。


 メキメキとその稀有な才能を発揮して、ドナウティルでは難題な土木関係や国政をこなしていくマサハド王子。

 凡庸でコツコツと政務をするディーバダッタ様とは違い、精力的に国中を駆け回る彼の姿は国民を魅了した。

 さらには多くの貴族らからの支援も受け、国を二分する勢力になってしまったのだ。


 これからを考えれば、マサハド王子を失うのは痛い。


 まさか国王陛下が、このように亡くなってしまわれるなどと誰も思っていなかった。

 国王陛下も、ディーバダッタ様とマサハド様の間で揺れておられた。


 どちらが王太子に相応しいかなど一目瞭然。年齢という、どうにもならない時間が二人の命運を分けただけ。


 可も不可もないディーバダッタ様でも王は務まるだろう。


 しかし、新たな何かを感じさせてくれるマサハド様の眩しさに誰しもが抗えない。


 御二人が揃っておられたなら、国政は磐石であろうに。

 内向きなディーバダッタ様。外向きなマサハド様。


 だが王統を一本に絞るのも大切なのだ。それが他の不心得な野心を抱かせない最善の方法。


 悩ましいな。


 将軍は深い溜め息をつく。


「御使者殿と話をしてみよう。先触れを頼む」


 聞いた話によれば問題は第四王子。フロンティアに留学中の彼を守るため、彼の国は護衛についてきたという。

 こちらの法を御存じで、マーロウ殿下を処刑などさせないために。


 内政干渉にもならなくはないが、事には多くの命がかけられている。

 これか外の国に知られればドナウティルは非難から免れられまい。


 他と交流も余りないため何処も無関心だが、フロンティアが声を上げれば多くの国が関心を持つ。


 そういう国なのだ、フロンティアは。


 過去には多くの国々を飢餓から救い、他国への不侵攻を明言する国。

 他にはない魔法文明を維持し、あらゆる魔道具による恩恵を、快く他にも提供するおおらかな国。

 卓越した文化を持ち、優雅で洗練された国。


 どこの国もが一目置いているフロンティアを敵に回そうモノなら、ドナウティルは目も当てられないことになる。

 フロンティアと友好的なフラウワーズなど、いの一番にそっぽを向くだろう。

 フラウワーズの技術に依存する我が国には大打撃だ。

 馬車も、水車も、他の多くのモノが部品を頼っている。

 武器や防具だってだ。


 鉄の技術すらおぼつかないドナウティルは、諸外国の中でも脆弱な国である。

 各国が独立立地なアルカディアでなくば、とうに他の国に滅ぼされていたに違いない。


 第一妃の無礼を王太子が御使者殿に詫びたと聞いた。それがドナウティルの実情なのだ。


 選民思考で現実の見えていない第一妃。

 それに付き従う貴族らも同じである。


 世界は常に動いているのに。


「話を聞いただけでも御使者殿は分別があられるようだ。.....良いお知恵を賜れるかもしれないな」


 周りから置いていかれつつあるドナウティル。

 マサハド王子も、それを酷く心配していた。


『世界は動いているのだっ! 兵士に軽鎧しか支給出来ぬ国など、我が国だけだぞっ?! ちゃんとした武具であれば救えた兵士がどれほど居たことかっ!! 民が反乱などを起こす国に未来などないっ!!』


 餓えた民らが起こす反乱は数知れない。

 それを鎮圧に出た兵士らに多くの死者が出る事も珍しくはない。

 当たり前のことだ。すでにドナウティルの日常だ。


 それがおかしいのだとマサハド王子は言う。


 古い武人な将軍にはマサハドの言葉が分からなかった。


 意味は分かる。


 飢えなければ民は反乱を起こさない。

 だが、どうやって? 実りは天候に左右される。天候は神の範疇だ。人間にはどうしようもない。


 鉄の武具であれば、鎮圧に出た兵士が死ぬ事などないだろう。

 しかし、鉄の武具は高価だ。ほぼフラウワーズからの輸入品しかない。兵士全てに回せるほどの購入は不可能である。


 どれも現実的ではない。


 物憂げに天を仰ぐ将軍は、侍従に先触れの手紙を頼んだ。


「御使者様は子供なので甘いモノでも差し入れしてみましょう」


 その言葉に、将軍は眼をしばたたかせる。


 そうだ、そのように聞いていた。小さな子供だと。


 そんな子供が国を代表してやってくる? 外の国では、そんな事も有り得るのか?


 だとしたら恐ろしいことだ。


 人知れずブルリと背筋を震わす将軍は、しばらく後に凝り固まった頭を小人さんにカチ割られる事になる。


 世はこともなし。


 何処にいても小人さんは小人さんです♪


 

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